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トゥイの旅立ち
『三姉妹』の船に乗って、『ヂャンサンフォン(張三豊)』は『山グスクヌル(先代サスカサ)』と一緒に琉球(沖縄本島)を去って行った。『二階堂右馬助』も一緒だった。 右馬助は『馬天浜のお祭り』に大里ヌルと一緒に久高島からやって来て、 「けじめは付けました。一緒に連れて行ってください」とヂャンサンフォンに言った。 大里ヌルも別れる覚悟を決めたらしく、笑顔で右馬助を見送っていた。 八月の十五夜に出会い、十月の十五日に別れた、二か月の恋だった。 一緒に来た久高ヌル(前小渡ヌル)が、「本当にこれでよかったの?」と聞くと、大里ヌルは無理に笑ってうなづいた。 「もっと早く出会えたらよかったのにね」と久高ヌルが言うと、大里ヌルは首を振って、 「二か月でも充分ですよ」と微笑んだ。 右馬助が琉球に来たのは四年前の暮れだった。右馬助が琉球に来て半年くらい経った頃、久高ヌルは運玉森で会っていた。 八重瀬の若ヌルのミカからヂャンサンフォンの事を聞いた久高ヌルは、運玉森に登ってヂャンサンフォンを訪ねた。『宇久真』の女将のナーサと遊女のマユミと一緒に修行をしている時、髪も髭も伸び放題で、何かに取り憑かれたかのように、一心不乱に木剣を振っている右馬助を見た。まるで獣のようだと思った。女なんか一切興味ないといった男が大里ヌルに惚れるなんて、まったく意外な事だった。 大里ヌルと一緒に久高島に来た時は、髪も整えて、髭も剃って、あの時とは別人のようだった。大里ヌルから運玉森の右馬助だと紹介されても、あの獣と同一人物とは信じられなかった。久高島にいた時は武芸の事などすっかり忘れたかのように、木剣すら握らなかった。大里ヌルが好きでたまらないというように、いつも一緒にいて、愛想もよく、島人に頼まれると何でもやっていた。変われば変わるものだと感心したが、やはり、女よりも武芸を選んだようだった。 『旧港(パレンバン)』の船も『ジャワ(インドネシア)』の船も帰ってしまい、浮島(那覇)は急に閑散となってしまった。サハチ(中山王世子、島添大里按司)は二人を促して島添大里グスクへと帰った。 それから六日後、首里の遊女屋『宇久真』に馬に乗った旅支度の女たちが訪ねていた。先代山南王妃の『トゥイ』と三人の女子サムレーを率いた『マアサ』だった。『シタルー(先代山南王)の一周忌』を済ませたトゥイは、ナーサと約束していた旅に出た。ナーサとマユミと一緒に、馬に乗って『奥間』を目指した。 『トゥイ』の初めての旅だった。お嫁に行く前、叔父(泰期)が始めた『宇座の牧場』に行った事があるが、お輿に乗っていて、景色もろくに楽しめず、旅とは言えなかった。トゥイは馬に揺られながら景色を楽しみ、心は娘に戻ったかのようにウキウキしていた。 途中、勝連の『浜川泊』に寄った。今の時期、ヤマトゥ(日本)の船はいないので、港は閑散としていた。 ナーサとマユミは野の花を摘んで、波打ち際に置いた。花は波に流されて散って行った。 ナーサとマユミはしゃがんで両手を合わせた。 「ここで娘が亡くなったのです」とナーサはトゥイに言った。 「えっ?」とトゥイはナーサを見た。 ナーサに娘がいたなんて知らなかった。浦添グスクに来る前に産んだのだろうか。しかし、どうしてこんな所で亡くなるのだろう。 「先代の中山王(武寧)の長女の『ウニョン』を覚えているかしら」とナーサは言った。 兄の最初の子供、『ウニョン』が生まれたのは、トゥイが嫁ぐ前なので、よく覚えていた。兄の妻は八重瀬に里帰りして、『ウニョン』を産んで戻って来た。 「今だから言うけど、『ウニョン』はわたしが産んだ娘だったのです」 「えっ!」とトゥイは驚いた。 「その事がばれないように、里帰りしたのです。『ウニョン』は勝連按司の三男に嫁いで、とても幸せそうでした。『ミヨン』という娘も生まれて、お腹の中には赤ん坊もいたのに殺されてしまったのです」 勝連に嫁いだ『ウニョン』は高麗の山賊に殺されたと聞いている。確か、『ウニョン』の夫は今帰仁合戦の時、水軍として活躍して有名になった。『浜川大親』という名前で、父(察度)が褒めていたのをトゥイは思い出した。 「『ウニョン』の夫は生き延びました」とナーサは言った。 「あなたも知っていると思うけど、島添大里按司様に仕えている『三星大親様』ですよ」 「えっ!」とトゥイはまた驚いた。 三星大親(ウニタキ)は中山王の裏の組織『三星党』の頭領だった。生前、シタルーが『三星大親』を殺そうとして、何度も失敗していた。三星大親は各地にある『まるずや』を拠点にして情報を集めていると聞いている。勝連按司の息子がどうして、佐敷と関係あるのか、トゥイにはわからなかった。 「ウニョンの夫だった『三星大親』が島添大里按司に仕えたので、ナーサも島添大里按司に仕えたの?」とトゥイはナーサに聞いた。 「それもあるけど、それだけではないのです。島添大里按司様は『奥間』と深いつながりがあるのです」 「奥間と? 『奥間』は父の祖父の生まれ故郷だと聞いているけど、島添大里按司の先祖も『奥間』の出身なの?」 「出身は違います。でも、若い頃、島添大里按司様が『奥間』に来て、つながりができたのですよ」 兄の武寧がナーサと結ばれて『ウニョン』が生まれたなんて信じられなかった。でも、『ウニョン』は美人だった。ナーサの娘だったとしたら納得できるが、自分が産んだ娘を娘と呼べずに育てていたナーサは、さぞ辛かっただろうとトゥイは思った。そして、兄の妻も辛かったに違いない。そんな事は何も知らなかった。 その日は恩納岳の山中にある木地屋の屋敷に泊まった。その木地屋も『奥間』の出身だと聞いてトゥイは驚いた。奥間は鍛冶屋の村だと聞いていた。各地にいる鍛冶屋は皆、奥間出身なので、大切にしなければならないと父が言っていたのをトゥイは覚えていた。叔父の宇座の御隠居は、小禄で『鍛冶屋の神様』として祀られていた。 木地屋の親方、『タキチ』はトゥイが『山南王妃』だったと聞いて驚いた。 「わたしが浦添グスクに侍女として入った時、トゥイ様は九歳でした。幼い頃から聡明な子で、わたしは兄のフニムイ様(武寧)ではなく、トゥイ様が跡を継いだら、中山王も安泰だろうと思っていましたよ。察度様もトゥイ様を大変可愛がっておられました」 タキチは山海の料理でもてなしてくれ、ヤマトゥのお酒も用意してくれた。恩納の城下に『まるずや』ができて、ヤマトゥのお酒も簡単に手に入るようになったとタキチは嬉しそうに言った。 トゥイも久し振りにお酒を飲んで、ナーサから『奥間』の事を聞いた。 四百年ほど前にヤマトゥからやって来た鍛冶屋の集団が『奥間』に住み着いて村を造ったという。鍛冶屋を率いて来た親方は『アカマル様』といって、今、『アカマルのウタキ(御嶽)』に祀られている。やがて、各地に按司が出現して、戦世になると、『奥間』は村を守るために、美しい娘を側室として実力のある按司のもとへ贈るようになる。『奥間美人』を側室に迎えた按司は、領内の鍛冶屋を保護してくれた。 「わたしも側室として贈られるはずだったのですよ」とナーサは笑いながら言った。 「でも、色々とあって側室にはなれず、『八重瀬按司(汪英紫)』に仕える事になったのです」 奥間の長老の息子だった『奥間之子』は浦添按司(英慈)にサムレーとして仕え、若按司を守るサムレーになった。浦添按司が亡くなると家督争いの戦が始まって、若按司は戦死してしまう。『奥間之子』は若按司の娘を助けて逃げ、その娘と奥間之子の息子が結ばれて『察度』が生まれた。察度は祖父の敵を討って、浦添グスクを奪い取り、浦添按司になった。察度は奥間の長老の息子を重臣に迎えて、『奥間村』も保護した。察度は村のために鉄屑を送ってくれたので、奥間村は豊かになった。 トゥイは『奥間大親』という重臣を覚えていた。父とよく内密な事を話していた。きっと、奥間大親は奥間の人たちを使って各地の情報を集めていたのだろう。トゥイが嫁いだシタルーの父(汪英紫)も、『奥間大親』という重臣を使って情報を集めていた。シタルーは『奥間』の者は使わず、『石屋』を使っていた。玻名グスクを奪い取った今の中山王(思紹)は、『奥間大親』を玻名グスク按司に任命したと聞いている。今の中山王が『奥間』の人たちを大切にしているのは確かだった。 「察度様が生きているうちはいいけど、その後が心配だったようです。跡を継ぐフニムイ様は『奥間』の事など何も知りません。『奥間』に来た事もありません。『奥間』を保護してくれるとは思えなかったのです。察度様の死後の実力者を探さなければなりませんでした。そんな時、島添大里按司様が、ヤマトゥの山伏に連れられて『奥間』に来ました。まだ十六歳の若者で、その時は何も起こらず、島添大里按司様は一月ほど滞在して、佐敷に帰って行きました」 サハチはシタルーより十歳年下なので、その頃、二十六歳のシタルーは大グスク按司だった。トゥイが大グスクにいた時、サハチは『奥間』に行ったようだ。そういえば、佐敷に『クマヌ』という山伏がいたのをトゥイは思い出した。サハチはクマヌと一緒に『奥間』に行ったに違いない。 「十月十日が経って、島添大里按司様と仲よくなった娘が息子を産みました。その時、奥間の若ヌルが『神様のお告げ』を聞いたのです。『龍の子が生まれた』というお告げです。奥間ヌルは若ヌルの話を聞いて、島添大里按司こそ、察度様の死後、『奥間』を守ってくれる人だと悟ったのです。生まれた息子を母親から離して、長老様のもとで育てました。それが今の『若様』です。やがては長老を継ぐ事になります」 「何ですって、サハチの息子が『奥間の長老』になるの?」 ナーサはうなづいた。 「サハチ様のお陰で、今の『奥間』は察度様の時以上に栄えています。村自体は昔とあまり変わりませんが、各地にいる者たちの数は、かなり増えました。昔は次男、三男に生まれた者たちは父親の跡を継ぐ事もできず、村にくすぶっていましたが、今では、次男、三男でも活躍する場所がいくらでもあるのです」 ナーサが言う『龍の子』が生まれたのは、サハチが佐敷の若按司の頃だった。島添大里グスクに義父(汪英紫)がいて、大グスクにシタルーがいて、佐敷グスクなんか、いつでもつぶせる状況だった。そんな状況下にいるサハチに、村の行く末を託すなんて、『奥間ヌル』は先に起こる事が見えたのだろうか。トゥイには理解できなかった。 翌日、朝早くに出発して、恩納岳から金武の城下を通って北上した。 「この辺りもすっかり変わりましたよ」と馬上でナーサがトゥイに言った。 「金武にグスクができてから、金武から名護に行く道ができました。それまでは、川にも橋がなくて、上流までさかのぼって行かなければならなかったのです。『奥間』に行くのも一苦労だったけど、大分、楽になったのですよ」 途中、険しい場所もいくつかあったが、馬に乗ったまま、名護岳の山中にある木地屋の屋敷に着いた。 白髪頭の木地屋の親方の『ユシチ』は、 「今年もいらっしゃいましたな」と言って歓迎してくれた。 「わたしが最初に好きになった人なのよ」とナーサはユシチを見て笑った。 その夜、ナーサは『ユシチ』との事を話してくれた。 子供の頃から綺麗な顔立ちをしていたナーサは、有力な按司のもとへ贈る側室として育てるために、十歳の時に木地屋の親方の屋敷に移った。ユシチは親方の次男で、ナーサより二つ年上だった。ナーサはユシチたちとは別棟で暮らしていたが、同じ敷地内で暮らしているので、何度も顔を合わせて、言葉も交わし、ユシチはナーサに惹かれていった。十五歳になったナーサは村一番の美女と言われるほどの美しい娘に育った。ナーサを側室に迎える按司は果報者だと村の人たちは噂をした。 ナーサに手を出したら大変な事になるとわかってはいても、ナーサを思う気持ちを抑える事はできず、ユシチはナーサの屋敷に忍び込んだ。その時、ナーサは泣いていて、ユシチを見て驚いたが、「わたしを連れて、どこかに逃げて」と言った。 ナーサもユシチを好きになっていた気持ちを抑える事ができず、一人で悲しんでいたのだった。二人は結ばれて、その後も隠れて会っていた。ナーサは一緒に逃げようと言うが、ユシチは逃げ切れる事はできないと思っていた。各地にいる木地屋や鍛冶屋が動けば、どこに逃げても見つかってしまうだろう。逃げるとすれば、小舟に乗って、どこか遠くの島に行くしかない。ユシチには小舟に乗って海に逃げる度胸はなかった。 やがて、二人の関係はばれて、二人は切り離された。ユシチは名護の親方の婿養子となって名護に行くが、ナーサには知らされなかった。お前を傷物にしたユシチは村から逃げて行ったとユシチの父親から言われ、どうして、一緒に連れて行ってくれなかったのかとナーサはユシチを恨んだ。妊娠していたナーサはユシチの事を思い悩んだ末に流産してしまう。ナーサは叔父に連れられて八重瀬に行き、以後、二人が会う事はなかった。 八重瀬按司(タブチ)に使えていた叔父が亡くなって、解放されたナーサは三十七年振りに里帰りをした。奥間に帰る途中、名護岳の木地屋の親方を訪ねて、そこで『ユシチと再会』したのだった。お互いに年を取ってしまったが、会った途端に相手がわかった。二人は話し合って誤解を解き、三十七年前に戻ったかのように再会を喜んだ。最近は毎年のように里帰りをしていて、名護でユシチと会うのもナーサの楽しみの一つだった。 「この人はずっと、悪者になっていたのよ」とナーサは言った。 「わたしはユシチに無理やり犯されたという話になっていたの。わたしも逃げて行ったユシチを恨んで、そう思うようにしていたわ。ユシチはわたしが妊娠した事も知らなかったのよ。名護の親方の娘と一緒になって、親方を継いだけど、父親が亡くなるまで、奥間には帰れなかったらしいわ」 「もう昔の話はいい。最近の首里の話でも聞かせてくれ」とユシチは言った。 トゥイはユシチに寄り添うように座っているナーサを見ながら、長年連れ添ってきた夫婦のようだと思っていた。 次の日、トゥイたちは庶民の格好に着替えた。女が馬に乗ってうろうろしていれば怪しまれて、捕まってしまうかもしれなかった。ユシチに馬を預けて、徒歩で『名護』に向かった。 ずっと続いている名護の白い砂浜を見て、トゥイは思わず喊声を上げた。素晴らしい景色を眺めながら、旅に出てよかったと実感していた。 名護から羽地へと行く道は広く、荷物を背負った人たちが行き来していた。羽地を過ぎるとまた細い山道に入った。塩屋湾で道はなくなって、ナーサの知り合いのウミンチュ(漁師)の小舟に乗って塩屋湾を渡った。海辺を歩いたり山の中に入ったりして、日暮れ前にようやく、『奥間』に到着した。どこにでもありそうな山に囲まれた小さな村だった。 「六十を過ぎると急に体が衰えるわ。サハチ様に頼んで、もっと平坦な道を造ってもらわなくちゃね」と言ってナーサは笑った。 ナーサの案内で長老の屋敷に行くと、『長老』と『奥間ヌル』が出迎えた。 「お久し振りです。ヤザイムと申します」と長老が挨拶をした。 トゥイは驚いて、「以前にお会いした事があったかしら?」と聞いた。 「トゥイ様が四歳の時、わしは妻を連れて浦添に行って、察度様に御挨拶いたしました」 「まあ、そうだったのですか」 トゥイの記憶にはなかった。 「わしの妻は『トゥイ様の姉』なのです」 「何ですって!」 五人の姉がいるが、『奥間』に嫁いだ姉はいなかった。 「『奥間』で生まれた娘です」とナーサが言った。 「察度様は浦添按司になられたあと、お礼のために『奥間』にいらっしゃいました。その時、仲よくなった娘が、察度様の娘を生んだのです。察度様がヤマトゥのサクラの花を懐かしがっておられたので、『サクラ』と名付けられました。『サクラ様』は生まれた時から長老様の息子さんの『ヤザイム様』と一緒になる事が決められました」 「姉のサクラさんは今でも健在なのですか」 ナーサが屋敷の方を示した。縁側にかしこまっている女がいて、トゥイが見ると頭を下げた。トゥイは屋敷に近づいて、初めて見る姉に挨拶をした。 「ようこそ、いらしてくれました。あなた様の活躍は『サタルー』から聞いております。お辛かったでしょう。里帰りしたと思って、ゆっくりなさってください」 トゥイは小声で、「サタルーって誰?」とナーサに聞いた。 「若様です。南部の戦に参加していたのです」 「『奥間』の人たちが戦に?」 「戦に勝つには、周りの状況を把握しなければなりません。サタルーたちが情報を集めていたのです。サタルーは先代の中山王(武寧)を倒す時の戦でも活躍しています」 「そうだったの」 「サタルー様の奥様はサクラ様の末の娘です。トゥイ様の姪ですよ」 「えっ、すると若様は義理の甥ということね」 父、察度の孫娘とサハチの息子が『奥間』で結ばれていたなんて、何という事だろう。山南王妃として、周りの状況はすべて把握していたつもりでいたが、今回の旅で、知らない事ばかりに出会っていた。 トゥイとナーサは長老の屋敷に上がって、お茶を御馳走になった。マアサは女子サムレーたちを連れて、マユミの案内で村内を見て回った。 「『龍の子が生まれた』という神様のお告げを聞いたのはあなたですね?」とトゥイは奥間ヌルに聞いた。 「わたしが初めて聞いた『神様の言葉』がそれでした。わたしは慌てて、先代の奥間ヌルに告げました。先代は驚いていましたが、御先祖様の『ウタキ』に行って、お祈りを捧げると、サタルーを母親から奪って、『サクラ様』に育てるように命じたのです」 「あの時は驚きましたよ」とサクラが言った。 「育てろと言われても、末の娘は五歳になっていて、もう乳も出ないし。ヌル様は乳の事は心配するなと言いました。サタルーはみんなから乳をもらって育ったのです。わたしはサタルーの母親になるのかと思っていたら、そうではなくて、サタルーの嫁を産めとヌル様は言ったのです。当時、わたしは三十七になっていました。これから子供を授かる事なんてできるのかと思いましたが、翌年、『リイ』が生まれたのです。サタルーとリイは一緒に育って、年頃になって一緒になりました」 「サタルーさんは両親の事を知っているのですか」とトゥイは聞いた。 「父親が佐敷按司だという事は物心ついた頃に教えました。母親はサタルーを産んですぐに亡くなったと言ってあります」 「母親は今でも生きているのですか」 「わかりません」とサクラは言った。 「先代の奥間ヌル様が、どこかに嫁がせたようです。わたしにも嫁ぎ先は教えてくれませんでした。今、どこにいるのか、誰にもわかりません」 「そうなの」と言って、トゥイは奥間ヌルを見た。 先代の奥間ヌルは随分と強引な人だったらしい。目の前にいる奥間ヌルは神秘的な目をしていて、シジ(霊力)の高い神人のようだった。『龍の子』だと言ってサタルーを大切に育て、サタルーの父、サハチは中山王を倒している。若ヌルの時に聞いた『神様のお告げ』が、現実となって、この村を守ってきていた。 「先代の奥間ヌル様はあなたのお母さんだったのね」とトゥイが聞いたら、 「先代は祖母です」と奥間ヌルは言った。 「先代は娘を授かれず、息子が嫁をもらってわたしが生まれたのです」 「奥間ヌルの父親は十七の時にヤマトゥ旅に出たのですよ」とナーサが言った。 「クタルーさんは『具足師(鎧師)』になるって言って、ヤマトゥに行ったのです」とサクラが言った。 「南部にヤマトゥ船が来ていると聞いて、そのお船に乗って行ったのです。確か、『馬天浜』じゃなかったかしら」 「それはいつの事なのですか」とトゥイは聞いた。 「あれはわたしが側室になるための修行をする前だから、九歳の時だと思うわ。五十年以上も前の事ですよ」とナーサが言って、 「わたしがお嫁に行く前だから、その頃ね」とサクラも言った。 五十年前といえば、トゥイが生まれた頃だった。その頃、すでに、馬天浜で『サミガー大主』が鮫皮を作っていたのだろうと思った。 「クタルーさんには好きな娘がいたのですよ」とサクラが言った。 「知っているわ。小禄按司様の娘の『クダチ』さんでしょ」とナーサが言った。 「小禄按司って、もしかして、『宇座の御隠居様』の事ですか」とトゥイは聞いた。 「そうですよ」とサクラが言った。 「クダチさんはわたしよりも三つ年上なので、クタルーさんが旅立つ時、十四歳だったわ。クタルーさんが帰って来るのを待っていると約束したみたい。クダチさんは九年も待ち続けたのよ」 「そんな事があったのですか」と奥間ヌルは驚いていた。 母が父の帰りを九年も待っていたと聞いて、奥間ヌルはサハチが来るのをじっと待っていた自分を思い出した。奥間ヌルがサハチに初めて会ったのは十四歳だった。そして、再会したのは十七年後で、三十歳を過ぎていた。忍耐強いのは母親譲りだとしても、我ながら、よく待っていられたものだと感心した。 「二人は一緒になって、小禄に行ったのよ」とサクラは言った。 「具足師の腕を買われて、小禄の城下で、鎧を作っていたの。弟子を育てて、七、八年後に戻って来たわ」 「もしかして、わたしは『小禄』で生まれたのですか」と奥間ヌルはサクラに聞いた。 「そうですよ。帰って来た時、三歳か四歳だったと思うわ」 奥間ヌルは馬天ヌルと一緒に『小禄』に行った時、何となく懐かしい景色だと感じていた。幼い頃に過ごしていた記憶が微かに残っていたのかもしれないと思った。 「ご両親は健在なの?」とトゥイが聞くと、奥間ヌルは首を振った。 「五年前に父は亡くなって、翌年、あとを追うように母も亡くなりました」 「そうだったの」と言って奥間ヌルを見ていたトゥイは急に驚いた顔をした。 「あなたのお母さんが叔父の娘だという事は、わたしとあなたのお母さんは従姉妹という事ね。あなたは従姉の娘さんだったのね」 初めて来た奥間に、姉と従姉がいたなんて思ってもいない事だった。そして、その子孫たちもいた。 子供たちの声がして、振り返ると二十代の母親と四人の子供がいた。 「サタルーの妻の『リイ』です」とサクラがトゥイに言って、「あなたの叔母さんですよ」とリイに言った。 サクラがリイにトゥイの事を説明している時、年長の娘が奥間ヌルの隣りに来て、トゥイの顔をじっと見つめた。 「わたしの娘の『ミワ』です」と奥間ヌルはトゥイに娘を紹介した。 ミワはトゥイに頭を下げると、子供たちの所に戻って、子供たちを連れてどこかに行った。変わった娘だとトゥイは思った。ミワに見つめられた時、心の中をすべて見られたような気がした。 「父親は誰なのか聞いてもいいかしら」とトゥイが聞くと、 「ヌルが結ばれるのは『マレビト神』だと言われています。出会った時、それはわかります。わたしは十四の時に、『マレビト神』と出会いましたが、その時は結ばれませんでした。それから十数年後、再会して、『ミワ』を授かりました。今はまだ内緒にしておいた方がいいと思っています」 トゥイは笑った。十数年後に再会したのなら、ヤマトゥのサムレーかもしれないと思った。そして、娘のマナビー(島尻大里ヌル)の事を思った。マナビーは三十を過ぎたのに、『マレビト神』に巡り会ってはいなかった。 奥間ヌルの案内で、トゥイはナーサと一緒にサタルーに会いに行った。ヤマトゥ旅から帰って来た『サタルー』は焼き物に熱中しているという。 細い山道を進んで行くと広場に出て、そこに穴窯があった。山の斜面に穴を掘って作った窯だった。丁度、焼き上がった所か、穴の中から陶器を持って、若い男が出て来た。マアサたちも手伝っていた。 若い男はナーサを見て笑うと、トゥイに頭を下げて、「いらっしゃいませ」と言った。 「サタルーです」とナーサがトゥイに言った。 「若様がどうして焼き物を焼いているのですか」とトゥイはサタルーに聞いた。 「明国の陶器やヤマトゥの陶器は高価過ぎて庶民の手に入りません。そこで、庶民のために焼き物を焼いて安く売ろうと考えたのです。思っていたよりも難しくて、失敗ばかりしていますが、いつの日か、みんなが使える焼き物を焼くつもりです」 「そう」とトゥイは笑って、「いつ、ヤマトゥに行ったの?」と聞いた。 「一昨年です。博多に行って、京都に行って、熊野にも行って来ました。楽しい旅でした」 「そう、よかったわね」とトゥイは笑って、 「ナーサもヤマトゥに行った事があるの?」と聞いた。 「ありませんよ」とナーサは首を振った。 「一緒に行ってみない?」とトゥイは言った。 「親父に頼めば、きっと、『交易船』に乗れますよ」とサタルーは言った。 「ヤマトゥ旅‥‥‥」とナーサは言って、「今まで考えた事もなかったけど、トゥイ様と一緒なら楽しそうね」と笑った。 「ササが一緒に行けば、『御台所様』とも会えますよ」とサタルーは言った。 「御台所様?」 「将軍様の奥方様です。俺たちは御台所様と一緒に『熊野参詣』をしたのです」 「ササって馬天ヌルの娘さんでしょ。どうして、将軍様の奥方様と知り合いなの?」 サタルーは首を傾げて、 「その辺の所はよく知りませんが、ササと御台所様はとても仲よしです。今年はササがヤマトゥに行かなかったので、御台所様も寂しがっていると思いますよ」と言った。 「あなたのお父さんも御台所様に会っているの?」 「会っていると思いますよ。『将軍様』に会ったと言いましたから。『将軍様』と会って、ヤマトゥとの交易が決まったのです」 シタルーが首里グスクを奪い取ろうと策を練っていた頃、サハチはヤマトゥに行って『将軍様』と会っていた。中山王が毎年、ヤマトゥに船を出していたのは知っていたが、博多に行っているのだろうとシタルーは言った。向こうから来てくれるのに、わざわざ、こっちから船を出す必要はないと言っていたが、サハチが『将軍様』と会って、『将軍様』と交易をしていたなんて知らなかった。 サハチはシタルーよりも一歩も二歩も先を進んでいたようだと気づいて、トゥイは溜め息を漏らした。 |
浜川泊
恩納岳
名護岳
奥間