今帰仁グスクに雪が降る
三の曲輪の本陣の仮小屋で、サハチ(中山王世子、尚巴志)とファイチ(懐機)と苗代大親が今後の作戦を練っていた時、突然、不気味な音が鳴り響いたかと思うと大雨が降って来て、稲光と共に雷が鳴り響いた。 今帰仁グスクの絵図を見ていたサハチたちは、驚いて外を見た。 「凄いな」と苗代大親が言った。 土砂降りに打たれて、一休みしていた兵たちはびしょ濡れになって立ち尽くしていた。大将たちは仮小屋にいても、兵たちが雨宿りをする場所はなかった。鉄炮(大砲)に破壊されてボロボロになった屋敷はあるが、二の曲輪に近いので、そこに逃げ込むのは危険だった。 本陣の仮小屋のそばにいたサハチの護衛兵が、 「雷が二の曲輪に落ちたようです」と言った。 「凄い稲妻でした」と別の護衛兵が言った。 「お前たちも入れ」とサハチは言って、二の曲輪を見上げた。 大雨でよく見えないが、石垣の上に敵兵たちの姿が見えないような気がした。 ンマムイ(兼グスク按司)が走って来た。 「師兄、石垣の上の敵兵が消えました。今、攻めるべきかと思います」 「敵は雨宿りしているのかもしれんな」と苗代大親が言った。 「やりましょう」とファイチがうなづいた。 サハチは総攻撃を命じた。敵に気づかれるので法螺貝は吹かず、旗を振って合図を送った。 大雨の中、梯子を持った兵たちが石垣に取り付いた。敵の攻撃はなかった。兵たちは次々に二の曲輪に侵入した。 サハチ、ファイチ、苗代大親も行こうとした時、大きな雷が鳴ったかと思うと地が揺れた。 「地震か」と苗代大親が言った。 地震は一回だけだった。 空を見上げると黒い雲が勢いよく流れて行って、雨がやんだ。 サハチたちは梯子を登って、二の曲輪に入った。そこは御内原だった。すでに御内原は制圧されていて、あちこちに敵兵の死体が転がっていた。 「テーラー(瀬底大主)だ!」と苗代大親が言った。 テーラーは首を斬られて死んでいた。大雨で血は流され、傷口がぽっかりと開いていた。 「テーラーを倒すとは、相当な腕の奴だな。ンマムイにやられたか」とサハチは言った。 テーラーのそばに大将らしい遺体も転がっていたが誰だかわからなかった。 サハチたちが二の曲輪に行こうとした時、ウタキ(御嶽)の前にいる白い鎧を身に着けたヌルたちに気づいた。安須森ヌル(先代佐敷ヌル)とサスカサ(島添大里ヌル)がいた。フカマヌルと久高ヌル(前小渡ヌル)、奥間ヌルもいた。 サハチは驚いて足を止めた。 「お前たち、こんな所で何をしているんだ?」 「お母さんが『アキシノ様』を助けたのよ」とサスカサが言った。 「お母さん?」とサハチはウタキの前にいるヌルを見た。 ヌルが振り返った。マチルギ(中山王世子妃)だった。 「お前がどうして‥‥‥」 サハチは驚きのあまり言葉を失った。 マチルギは立ち上がると、「ササ(運玉森ヌル)の代わりに来たのよ」と言った。 「お前が『アキシノ様』を助けたのか」と言って、サハチは霊石を見た。 霊石は割れてはいなかった。 ファイチと苗代大親が先に行った。 「お前たちは志慶真曲輪から来たのか」 「お母さんが先頭になって、お兄さんたちを引き連れて攻め込んだのよ」とサスカサが言った。 「何だって?」 「お母さん、凄かったわ」 「何という事を‥‥‥」と言って、サハチはマチルギを見て、ヌルたちを見た。 「みんな、怪我はしていないんだな」 「大丈夫よ。神様が守ってくれたわ」と安須森ヌルが言った。 「山北王(攀安知)が霊石を斬る前でよかった」とサハチが言うと、 「違うわ。霊石は真っ二つに斬られたのよ」とサスカサが言った。 「なに?」 サハチはもう一度、霊石をよく見た。中央に傷のようなものが見えたが、どうみても斬られてはいなかった。 「奇跡が起こったのよ」とマチルギが言った。 「きっと、『瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)』が『アキシノ様』を蘇らせてくれたのよ」 「なに、ササから『瀬織津姫様のガーラダマ』を借りてきたのか」 サハチがマチルギの胸を見ると大きなガーラダマがあった。 ウニタキ(三星大親)が側室のフミを連れて来た。フミはウニタキの配下で、中山王(思紹)と山北王が同盟を結んだ四年前に山北王の側室になっていた。 「フミがすべてを見ていた」とウニタキが言った。 「山北王が霊石を斬るのを見ていたのか」とサハチは聞いた。 フミはうなづいて話し始めた。 戦が中断された巳の刻(午前十時)頃、フミはウタキでお祈りを続けている勢理客ヌル(攀安知の叔母)が心配になって見に来た。その時、山北王がやって来て、何かをわめいて勢理客ヌルを斬った。そのあと山北王とテーラーが斬り合いを始めた。テーラーが倒れると山北王はウタキの前に来た。 山北王は刀を振り上げて、気合いと共に霊石を真っ二つに斬ってしまった。すると、大雨が降って来て、山北王が振り上げた刀に雷が落ちて、山北王は飛ばされた。テーラーが呆然として倒れた山北王を見ていると、兼次大主がやって来て、テーラーと斬り合いを始めて、テーラーは倒れた。その時、中山王の兵たちが志慶真川の崖を登って、石垣から侵入して来て乱戦となった。 乱戦の最中にヌルたちがやって来て、お祈りを始めた。霊石に雷が落ちて地が揺れると、真っ二つになっていた霊石がくっついて元に戻った。驚いて立ち尽くしていたら、ウニタキたちが来たという。 「マウシ(山田之子)たちが先に潜入したんだな?」とサハチは聞いた。 「そうだ」とウニタキが言った。 「大雨が降って来て雷が落ちた時、マウシは総攻撃を命じたんだ。俺たちもマウシたちに続いて潜入した」 「志慶真曲輪からの御門を開けてくれたのもマウシの兵だと思うわ」とマチルギが言った。 「山グスクの訓練が役に立ったな」とサハチは満足そうに言った。 ウタキの近くに転がっていた勢理客ヌルの死体をサハチは確認した。背中を一刀のもとに斬られていた。うつぶしていたので、顔は泥だらけだった。浦添ヌルのカナが勢理客ヌルの顔を拭いた。 「間違いないわ。勢理客ヌルです」と志慶真ヌル(ミナ)が言った。 「山北王はどうして、勢理客ヌルを斬ったのだろう?」とサハチは言って、フミを見た。 「ここに駈け込んで来た時、山北王の顔は正気とは思えませんでした。まるで、鬼のような恐ろしい顔をしていました。何かを言ってから、『邪魔だ、どけ!』と叫んで、勢理客ヌルが振り返る前に斬ってしまいました」とフミが言った。 「クーイの若ヌルが亡くなったので、気が狂ったのかしら」と志慶真ヌルが言った。 「クーイの若ヌルが死んだのか」 「まだ確認はしていませんが、亡くなったと思います」 テーラーのそばに倒れていた大将が山北王だった。赤い鉢巻きをして、泥にまみれた顔で、目が異様に飛び出していた。刀傷は見当たらず、雷に打たれて亡くなったようだ。振り上げたという刀は持っていなかった。英祖の宝刀『千代金丸』の太刀に違いないが、辺りを探してみても見つからなかった。 「テーラーは味方の大将に斬られたのか」とサハチはテーラーの無念そうな死に顔を見ながらフミに聞いた。 「一の曲輪を守っていた兼次大主です。テーラーが裏切って山北王を殺したと思って、斬り掛かって行ったようです」 今晩、マウシを潜入させて、テーラーを寝返らせ、二の曲輪の御門を開けさせる予定だったが、予想外な事が起きてしまった。テーラーを死なせてしまったのは残念だったとサハチは思った。 兼次大主の死体も近くにあった。左腕と首を斬られていた。研ぎ師のミヌキチの娘婿なので助けてやりたかったが、山北王の側近を務めていたので難しかった。 サハチは山北王、テーラー、兼次大主、勢理客ヌルの遺体を丁重に外曲輪に運ぶように命じて、二の曲輪に向かった。 御庭には兵たちの死体があちこちに転がっていた。御庭を挟んで両側に屋敷があり、正面の石垣の上に一の曲輪の御殿があった。どの屋敷も鉄炮に破壊されてボロボロになっていた。一の曲輪の御殿は屋根が半分なくなっていた。 フミによって、浦崎大主、具志堅大主、伊江按司の戦死が確認された。浦崎大主はサラの父親だった。降参すれば助けるつもりだったが、総大将を務めていたので降参はできなかったようだ。百名大親(玉グスク按司の弟)が倒れていたが死んではいなかった。サハチは兵たちに命じて、百名大親を奥間大親(キンタ)のもとに運ばせた。 サハチたちは石段を登って一の曲輪に上がった。一の曲輪の庭も死体だらけだった。ファイチと苗代大親がいて、 「戦は終わった」と苗代大親が厳しい顔付きで言った。 「琉球は統一されました」とファイチが言った。 「琉球の統一か‥‥‥」とサハチはつぶやいた。 夢がかなったのに、あまりにも多くの死体を目の前にして、喜びは湧き上がって来なかった。 フミによって備瀬大主の戦死が確認された。 「師兄、ちょっと来て下さい」とンマムイが来て言った。 「何だ?」とサハチはンマムイを見た。 ウニタキと一緒にンマムイのあとをついて御殿の裏に行くと立派な蔵があった。蔵の前にサグルー(山グスク大親)とジルムイ(島添大里之子)がいて、蔵の中には山北王が溜め込んだ財宝が詰まっていた。明国の高価な陶器や壺、ヤマトゥ(日本)の豪華な屏風や刀もあった。ウニタキが興味深そうに調べ始めた。 サハチは山北王の御殿に入った。御殿の中も死体だらけだった。一階の大広間には侍女や城女たちの遺体が並んでいたが、鉄炮にやられて、手足が飛び散っている悲惨な遺体もあった。半ば壊れた階段を上って二階に行くと、サタルーとマウシがいた。二階は大雨に濡れて水浸しだった。 「山北王の奴が見当たりません」とマウシが言った。 「山北王は雷に打たれて死んだ。御内原にいた」とサハチは教えた。 「えっ、雷に打たれたのですか」とマウシもサタルーも驚いていた。 「霊石を斬ったバチが当たったのだろう」 「雷で死ぬなんて‥‥‥俺が敵を討ちたかった」とマウシが悔しそうに言った。 二階には部屋がいくつもあった。どの部屋もひどい有様だったが死体はなかった。崩れた屋根から落ちた瓦が山のようになっている部屋の中に、志慶真ヌル、シンシン(杏杏)、ナナ、東松田の若ヌル(タマ)がいた。四人はクーイの若ヌルの遺体を囲んでお祈りをしていた。サハチは近づいてクーイの若ヌルを見た。着物は血まみれだが、安らかな死に顔のように見えた。 廊下の窓から外を見ると、グスク内が一望できた。二の曲輪の屋敷も上から見ると大きな穴がいくつも開いていた。御内原の屋敷だけがまともに建っていた。 四月七日に総攻撃が始まって、今日は十一日だった。わずか五日で攻め落としたのは上出来といえるが、被害は予想外に大きかった。 マチルギと安須森ヌルと奥間ヌルが来た。 「ここからグスクを見下ろす日が来るなんて、夢をみているようだわ」とマチルギが言った。 「城下は焼け落ちて、グスク内の屋敷はボロボロになって、すべてを再建しなくてはならないがな」とサハチは言った。 「大丈夫よ。十年経てば、新しい城下も、新しいグスクもできているわ」 サハチは笑った。 「今度の十年の計は今帰仁の再建か」 「もう敵はいなくなったんだし、十年も掛からないでしょう」 「そうだな」とサハチは言ってから、「マナビー(チューマチの妻)の母さんには会ったか」と聞いた。 マチルギは首を振った。 サハチたちはフミを連れて御内原に戻った。 御内原の屋敷は鉄炮の標的にはしていなかったが、それでも何発か当たっていた。一階の大広間に負傷した侍女たちがいた。二階には山北王妃(マアサ)と側室たちの部屋があった。 王妃は無事だった。娘のウトゥタルと一緒にいて、サハチたちが来たのを知るとサハチたちを睨んだ。 「わたしを殺しに来たのですか」と王妃は言った。 「あなたは殺さないわ。マナビーと約束したの」とマチルギが言った。 「マナビー‥‥‥」と言って、王妃は急に力が抜けたかのように泣き崩れた。 王妃の事はマチルギに任せて、サハチは隣りの部屋を覗いた。側室が横になっていて、若ヌルが一緒にいた。 「朝鮮人のパクです。パクの部屋に鉄炮の玉が落ちてきて、足に怪我をしました」とフミが言った。 パクの事は李芸から聞いていてサハチも知っていた。朝鮮に帰っても身内はいないから帰らないと李芸に言ったようだが、娘がヌルになってしまい、娘を置いては帰れないと思ったのかもしれないと、パクと若ヌルを見ながらサハチは思っていた。 「出血がひどくて危なかったのですが、勢理客ヌル様の手当で危険は乗り越えました」とフミは言った。 「勢理客ヌルは医術の心得もあったのか」 「リュウイン(劉瑛)様から教わったようです。負傷した兵たちの治療もしていました」 「そうだったのか。惜しい人を亡くしてしまったな」 「中山王の世子様ですか」と声を掛けられて、サハチは振り返った。 側室らしいが、誰だかわからなかった。フミが唐人のタンタン(丹丹)だと教えてくれた。 「世子様、お願いです。わたしの頼みを聞いて下さい」 タンタンの後ろに十歳くらいの女の子がいて、心配そうな顔をして母親を見ていた。 「わたしは永楽帝に頼まれて、ある物を探すために山北王の側室になりました」とタンタンは言った。 「永楽帝?」とサハチは驚いた。 「永楽帝が皇帝になる前の戦で、順天府(北京)から応天府(南京)を攻めた時、先帝は宮殿を焼き払いました。その時、家宝だった『洪武帝の宝剣』が何者かに盗まれました。その後、行方はわかりませんでしたが、琉球の山北王が持っている事がわかって、わたしが派遣されたのです。山北王は一度だけ、わたしに見せてくれました。明国の海賊から贈られたと言っていましたが、それが『洪武帝の宝剣』とは知りませんでした。わたしは敢えて教えませんでした。山北王が知ったら厳重に仕舞い込んでしまうと思ったからです。わたしは何とかして宝剣を手に入れようとしましたができませんでした。どうか、お願いです。『洪武帝の宝剣』をお返し下さい。永楽帝にとって父親の思い出の剣です。お返しいただければ、永楽帝はとても感謝すると思います」 そんな宝剣があるのなら、永楽帝に返すべきだとサハチは思い、タンタンを連れて一の曲輪の蔵に向かった。 蔵は兵によって守られていた。サハチはタンタンに宝剣を探させたが見つからなかった。 「ほかにも蔵があるはずです」とタンタンは言った。 「ここには金や銀、銭がありません」 「なに、山北王は金や銀も持っているのか」 「明国の海賊から手に入れているはずです」 サハチは辺りを見回した。ほかに蔵らしい建物はなかった。財宝を隠すとすれば、御殿の中に違いないと思って、サハチが御殿に入ろうとしたら、サタルーと出会った。 「親父、凄い物を見つけた」とサタルーが興奮した顔で言った。 サタルーのあとを付いて行くと御殿の一階のはずれに隠し部屋があって、そこから地下へと行く階段があった。 地下の部屋にウニタキとウニタキの配下のタキチがいた。蝋燭がいくつも灯された部屋の中に、砂金や銀、銭が入った木箱がいくつも積んであった。壁には珍しい形をした明国の武器がいくつも飾られてあり、その中の一つを指差してタンタンが、「あれです」と言った。 サハチは壁から宝剣を取って眺めた。柄に宝石が埋め込んであって高価な物のようだった。鞘を抜いてみると両刃の剣だった。サハチは剣を使った事はないが、持った感じはなかなかよかった。剣を鞘に収めて壁に戻すと、 「すべてを調べてからお前に返そう」と言った。 タンタンはサハチを見つめてうなづいた。サハチはタンタンを兵に命じて御内原に送らせた。 「その剣がどうかしたのか」とウニタキが聞いた。 サハチはタンタンから聞いた話をウニタキに説明した。 「信じられんな」とウニタキは言った。 「タンタンはリンジェンフォン(林剣峰)から贈られた側室なんだ。リンジェンフォンが永楽帝の命令を受けた女を連れて来るなんておかしい。タンタンはリンジェンフォンの配下に違いない。だが、リンジェンフォンは亡くなってしまったし、倅のリンジョンシェン(林正賢)も戦死した。タンタンは宝剣を持ち帰って、リンジェンフォンの一味を集めようとたくらんでいるのかもしれない」 「そうか。嘘をついたか」 「リンジェンフォンの配下だったソンウェイ(松尾)なら何かを知っているかもしれない」 「そうだな。タンタンの事はメイユー(美玉)たちに任せよう」 ファイチが来たので、サハチは宝剣を見せた。 「『洪武帝の宝剣』だというが本当なのか」 「えっ、洪武帝の宝剣? 噂は聞いた事がありますが、どうして、ここに?」 「海賊が持って来たらしい」 ファイチは宝剣を手に取って眺めた。 「本物かもしれませんね。永楽帝に返したら喜ばれるでしょう」 サハチはうなづいてから、木箱の中の舟のような形をした銀を手に取って眺めた。 「銀錠です」とファイチが言った。 「元の時代に造られた銀貨で、今も使われています。庶民たちには縁のない物ですが、交易には使われています」 「それにしても溜め込んだものだな。これを使えば城下の再建もできるだろう」 「海賊が持って来た物ですから進貢船に乗せて明国に持って行くわけにはいきません。ヤマトゥに持って行けば喜ばれるでしょう」 「将軍様に贈るか」とサハチは言った。 銀錠を見ていたウニタキは、銀錠を木箱に戻すとサハチの顔を見て、 「山北王の次男、フニムイが消えた」と言った。 「なに、フニムイが‥‥‥」 「御内原にいなかったんで、どこかに隠れているに違いないと探させたんだ。それで、ここを見つける事ができた。だが、フニムイはどこにもいない。そして、平敷大主も消えた。平敷大主は二の曲輪を守っていたんだが死体はない。フニムイの母親は平敷大主の娘のシジなんだ。平敷大主が孫のフニムイを連れて逃げたようだ」 「逃げるって言ったって、どうやって逃げたんだ?」 「それはわからんが、どこにもいない事は確かだ」 「フニムイは十歳だったな。そんな子供を連れて、乱戦の中を逃げるなんて信じられん。シジはいるんだな?」 「いる。フニムイはどこだって聞いたら、さっきまでいたのにどこに行ったのだろうってとぼけていた。まだ遠くには行っていないだろう。配下の者たちに追わせた」 「そうか。ほかに逃げた子供はいるのか」 「三男はミサが産んだんだが、四歳で亡くなった。四男と五男はフミが産んで、フミと一緒にいる。子供ではないが、愛宕之子も見当たらない」 「山北王の義弟だったな。フニムイと一緒に逃げたのかもしれんな」 「必ず見つけ出す」とウニタキは言った。 武器を見ていたファイチは、「山北王は武器を集めるのが好きだったようですね」と言った。 「詳しくはわかりませんが、皆、いわれのある見事な物ばかりです。中山王のお宝にするべきです」 「首里グスクにも地下蔵を造らなければならんな」とサハチは笑った。
一の曲輪と二の曲輪の遺体を片付けて、敵兵の遺体は山北王も含め、皆、『抜け穴』のガマ(洞窟)の中に埋葬して入り口を塞いだ。今帰仁ヌルと勢理客ヌルとクーイの若ヌルの遺体は、ヌルたちによってクボーヌムイ(クボー御嶽)に運ばれて埋葬された。山北王が持っていた『英祖の宝刀』の太刀は、雷に打たれた時、どこかに飛ばされてしまったのか見つからなかった。 二の曲輪と一の曲輪の乱戦で、敵兵百五十人が戦死して、味方の兵五十人が戦死した。 五日間の戦いで、勝連按司(サハチの義兄サム)、越来按司(サハチの叔父)を初めとして三百人近くが戦死して、負傷兵は四百人近くもいた。今回、犠牲になった兵たちのためにも、今後、戦のない琉球にしなければならなかった。 御内原のウタキの前では、ヌルたちがお清めの儀式をして、御内原を再び男子禁制の聖地とした。御内原には『アキシノ様』の霊石があるウタキと、それよりも古いシネリキヨのウタキがあった。シネリキヨの神様の声が聞こえるのはタマだけなので、タマのお祈りによって、シネリキヨの神様たちも、琉球が統一されて、戦のない平和な国になる事を喜んでくれた。 マチルギ、志慶真ヌル、屋嘉比ヌル(屋嘉比のお婆の孫)、タマの四人が『マジムン(悪霊)退治』をして、かつて、滅ぼされてマジムンとなって彷徨っている歴代の今帰仁按司の一族たちを封印した。 戦で流れた多くの血を洗い流すかのように大雨が降ってきた。稲妻が走って、雷鳴が鳴り響いた。風も強くなり、石垣の上に並んでいる『三つ巴の旗』が大きくはためいた。ようやく雨がやんだかと思うと、静かに雪が降ってきた。 惨めに破壊された屋敷を隠すかのように雪が降り積もった。焼け跡の城下も真っ白になった。 マジムン退治が終わったあとも雪は静かに降り続いていた。 サハチはマチルギと一緒に一の曲輪の御殿の二階に上がって雪景色を眺めた。 「伊波でお前と出会った時、俺は今帰仁グスクを攻め落とすと誓った。あれから何年が経ったのだろう」 「わたしが十五の時だったから、もう三十年近くも前よ」 「三十年か‥‥‥長かったようで、短かったような気もする」 「色々な事があったわね」 祖父の敵討ちの事しか考えていなかったマチルギの前に、突然、サハチが現れた。サハチと出会ってマチルギの運命が変わった。ヤマトゥ旅に出たサハチの留守に、勝連按司の息子のウニタキに求婚された。断るために試合をしたが、ウニタキは思っていたよりも強くて、ウニタキに勝つために佐敷に行った。苗代大親に師事して剣術の修行に励んだが、試合の当日、ウニタキは現れなかった。 マチルギの影響で佐敷の娘たちが剣術を学びたいと言い出して、マチルギは娘たちに剣術を教える事になった。サハチがヤマトゥから帰って来て、マチルギはサハチに嫁ぎ、マチルギの弟子たちから女子サムレーが生まれた。今では二百人以上の女子サムレーがいた。 「お前が今帰仁攻めに行かないと言った時、マナビーのためには仕方がないと思ったが、寂しくもあった。今帰仁グスクを攻め落とした、その時をお前と一緒に味わいたかったんだ。でも、お前はやって来た。お前が来てくれて、本当によかったと思っている」 「わたしも来たかったわ。子供の頃からの念願だったもの。でも、わたしまでが山北王を攻めたら、マナビーが傷ついてしまう。わたしは諦めたのよ。今帰仁で戦をしていると思うと首里にじっとしていられなくて、わたしはマナビーに会いに行ったの。マナビーは食事も取らずに部屋に籠もっていたわ。誰にも会わないって言っていたけど、わたしを部屋に入れてくれた。マナビーは父親との思い出を話してくれたわ。そして、一緒に弓矢のお稽古をしたのよ。マナビーは泣きながら弓矢を射っていたわ。食事も取ったので、もう大丈夫だろうって思って、島添大里グスクに行ったら、シンシンとナナがいたので驚いたわ。『アキシノ様』を助けるために、ササは今帰仁に行くって言ったのよ。わたしは駄目だって止めたわ。そしたら、ササがわたしに行ってくれって言って、『瀬織津姫様のガーラダマ』を託したのよ。今帰仁に来てクボーヌムイでお祈りをしたら、アキシノ様の悲鳴が聞こえたの。アキシノ様を助けなければならないって、もう必死だったわ。ヌルたちを連れて二の曲輪に攻め込んで、真っ二つに割れた霊石の前でお祈りをしたわ。神様の声が聞こえて、わたしは言われた通りに祝詞を唱えたの。奇跡が起こって、霊石は元に戻って、アキシノ様は蘇ったわ。シンシンとナナに聞いたら、『豊玉姫様』の声だったって言ったわ」 「なに、豊玉姫様が助けてくれたのか」とサハチは驚いた。 「豊玉姫様の力と瀬織津姫様のガーラダマの力で、奇跡が起こったんだと思うわ」 「そうだったのか」とサハチは言って、「南方はどっちだ?」と聞いた。 マチルギは首を傾げたが、「志慶真曲輪の方だ」とサハチは言って、反対側に行って遠くを眺め、両手を合わせた。 マチルギも両手を合わせて、豊玉姫様にお礼を言った。 「来てよかったわ」とマチルギが言った。 「アキシノ様を助けられたし、ここに来なければ、この悲惨な状況はわからなかったわ。チューマチとマナビーがここに来るんでしょ。わたしはこのまま、ここに残ろうと思っているの」 「えっ、ここに残る?」 サハチはマチルギの横顔を見た。 「今帰仁を再建させるわ」 サハチには駄目だとは言えなかった。アキシノ様の子孫であり、千代松(七代目今帰仁按司)の曽孫であるマチルギが、この惨めな有様を見て黙っていられるはずはなかった。 「わかった。見事な城下を造ってくれ」とサハチは言った。 「しかし、今帰仁は遠すぎる。お前がいないと寂しくなるな」 「何を言っているの。若い側室ができたんでしょ」 「えっ?」 「マシュー(安須森ヌル)から話は聞いたわよ」 「まだ側室にするなんて‥‥‥」 「タマは必要だわ。側室に迎えなさい」 サハチはマチルギを見たが何も言えなかった。 「マジムン退治が終わったのに雪はやまないな」とサハチは言った。 「きっと、サム兄さんが降らせているのよ。戦に出る前、勝連グスクに降った雪の事を言っていたわ。今帰仁グスクでもマジムン退治をしたら雪が降るのかな。今帰仁グスクに降る雪を見てみたいってね」 「サムがそんな事を言ったのか‥‥‥」 「亡くなるには早すぎるわ」とマチルギは涙声で言った。 サハチはマチルギの肩を抱き寄せた。 琉球の統一を成し遂げたサハチは、サムが降らせている雪をマチルギと一緒に見つめていた。
第二部、完 |
今帰仁グスク
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