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鞍馬山
『七重の塔』で将軍様(足利義持)に会った、その夜、ヂャンサンフォン(張三豊)が『高橋殿』の屋敷に呼ばれた。 また夜明けまで飲むつもりかと、サハチ(琉球中山王世子)はウニタキ(三星大親)とファイチ(懐機)と顔を見合わせた。二人とも参ったなあという顔をした。酒も料理もうまいが、こんな事が毎晩続いたら体が参ってしまう。早々と退散した方がよさそうだと思うものの、サハチは高橋殿の魅力には勝てず、もうどうにでもなれと半ば開き直っていた。 奈美は幼い頃より父親から武術を習い、一度は嫁に行ったものの相手は戦死してしまい、高橋殿のもとで働いていた。去年、博多にいて、マチルギたちを見たのは奈美で、高橋殿に知らせると 「博多に何か用があったのですか」とサハチが聞くと、 「博多の情報をいち早く将軍様に知らせるために、奈美を送ったのですよ」と高橋殿は言った。 「博多だけでなく、各地に高橋殿の配下の者がいるようですね」とウニタキが言うと高橋殿は笑った。 「わたしの推測なんですけど、あなたはサハチ殿のために情報を集めていらっしゃるのではありませんか」と高橋殿が言うとウニタキはニヤッと笑った。 「今夜はヂャンサンフォン殿から武芸のお話をお聞きしようと思いました。幸い、奈美も帰って来ているので、呼んだのです」 ヂャンサンフォンは高橋殿から質問攻めにされて、様々な事を話していた。 ヂャンサンフォンが『 「京都にも武芸の盛んな山がありますよ」と高橋殿が言った。 「『 『鞍馬山』というのは 「『鞍馬山』‥‥‥聞いた事あるのう」とヂャンサンフォンが言った。 「山伏たちが大勢いて、武芸の修行に励んでおります。義経の師匠と言われる『 「慈恩禅師殿の武芸は『念流』と呼ばれているのですか」とサハチは高橋殿に聞いた。 「慈恩禅師殿は『 「『源義経』というのは武芸者なのですか」とウニタキが聞いた。 「源氏の大将だった人で、鎌倉の『 祖父から聞いたのかソウゲン(宗玄)から聞いたのか忘れたが、サハチは義経の話は知っていた。 「昔の人なのか」 「平家を『壇ノ浦』で滅ぼしたのだから昔の人だ」 「思い出したぞ」とヂャンサンフォンが言った。 「わしの弟子が『鞍馬山』で、若い者に『 「それはいつ頃の事ですか」と高橋殿が聞いた。 「明国が建国される前じゃから四十年くらい前かのう」 「『慈恩禅師殿』は『鞍馬山』で、言葉の通じない異人から剣術の 奈美はそう言ったが、「まさか?」とサハチたちには信じられなかった。 「そのお弟子さんのお名前を覚えておりますか」と高橋殿がヂャンサンフォンに聞いた。 「名前は忘れたが、足が速い奴で、『 「『フェイマー』ですね。『鞍馬山』に伝説として残っているかもしれません。明日、行ってみましょう」 高橋殿がそう言うと、 「北山殿(足利義満)と一緒に行ったのはもう四、五年も前になるわ。北山殿は『 「『若紫』って何だ?」とウニタキが対御方に聞いた。 「鞍馬山は『源氏の物語』の舞台になっていて、『 対御方はそう説明したが、ウニタキにもサハチにも何の事やらさっぱりわからなかった。 高橋殿の一言で、明日、『鞍馬山』に行く事に決まり、その夜は深酒はせずに、お開きとなった。 サハチたちは客殿に帰って休んだ。 次の日、朝早くから馬に乗って『鞍馬山』へと向かった。高橋殿たちは皆、男装をして馬に跨がり、太刀まで 大きな山門をくぐって中に入ると僧坊がいくつも並んでいて、大勢の山伏がいた。クマヌ(中グスク按司)と同じ格好をした山伏がこんなにもいるなんて信じられない事だった。そう言えば、マウシ(山田之子)の師匠でもあり、山田按司の師匠でもある山伏は『クラマ』という名前だった。この山の山伏に違いない。 『光源氏』が都に帰る時に別れの宴を張ったという小さな滝があり、その先に火の神様を祀る『 『靫明神』を離れて、曲がりくねった山道を登った。所々に僧坊があって、山伏たちが出入りしていた。やがて、僧坊もなくなって細い山道が続いた。樹木が生い茂っているので日陰になり、涼しくて気持ちがよかった。そして、 また僧坊が建ち並ぶ一画に出て、その先に『鞍馬寺』の本堂があった。下の山門の辺りよりもこちらの方がずっと賑やかで、山伏の数も多く、参拝に来ている女たちの姿もあった。『鞍馬寺』の本尊は『 本堂を参拝して、高橋殿の知っている宿坊に入って昼食を御馳走になった。宿坊の老僧に四十年前の事を聞くと、『 「とにかく足の速いお人で、お山の中を走り回っておりました。いつしか、『 「まさしく、そいつは『フェイマー』に違いない」とヂャンサンフォンが楽しそうに笑った。 「『韋駄天』殿のお弟子になった若い僧がおりませんでしたか」と奈美が聞いた。 老僧は笑って、「『慈恩禅師殿』の事でございましょう」と言った。 「『慈恩禅師殿』を御存じなのでございますか」 「よく存じております。旅を続けておられる禅師殿で、京にいらした時は必ず寄って下さいます。最近はお見えになりません。五年ほど前にいらした時に、関東に行くと申しておりました。北の方を旅しているのかもしれません」 老僧の話では、慈恩禅師は若い頃は 幼い頃に父親が殺されて、七歳の時に時衆の僧になり、師の 念阿弥は韋駄天に武術を教えてくれと頼んだが断られる。断られても諦めずに、韋駄天のあとを追い続けた。やがて、韋駄天も根負けして、念阿弥に『武当剣』を教える。一年近く、念阿弥は韋駄天と一緒に『鞍馬山』で修行していた。ある日、韋駄天は突然いなくなってしまい、念阿弥も山を下りて行った。 その後、鎌倉に行った念阿弥は『 念願を果たした念阿弥は鎌倉に行き、再び出家して、禅僧となり『慈恩』と号した。禅僧として数年間、鎌倉で修行を積んだのち、旅に出て各地を歩き、見込みのある若者に出会えば、剣術の指導に当たっていた。 「不思議な縁ですね」とサハチはヂャンサンフォンに言った。 「慈恩禅師殿が、師匠のお弟子から『武当剣』を教わり、慈恩禅師殿の弟子のヒューガ(三好日向)殿が師匠から『武当拳』を教わっている」 「フェイマーを追いかけ回したという『慈恩禅師』に会ってみたいものじゃな」 サハチも会ってみたかった。 宿坊を出て、さらに奥の方に向かった。細い山道を行くと山頂と思える辺りに小さな 突然、目の前に奇妙な物が見えてきた。太い木の根が道の上を蛇のようにいくつも伸びて、絡み合っていた。 「何だ、これは?」と木の根を跨がりながらウニタキが聞いた。 「『木の根道』と呼ばれております」と対御方が答えた。 「土が硬くて、木の根が土の中に潜れないのでございます。昔、『源義経』がここで修行を積んだと伝えられております」 「確かにいい修行になるな」とウニタキは言って、木の根をよけるように飛び跳ねながら先に進んで行った。 ウニタキの滑稽な仕草を見ながら、皆が笑った。 『木の根道』はしばらく続いた。奇妙な場所があるものだとサハチはくねくねした根を見ながら歩いていた。 少し広い場所に出た。不動堂があって、ここが慈恩禅師が修行した『 「絶好の修行場じゃな」とヂャンサンフォンが空を見上げながら言った。 生い茂った木の葉の間から日の光が差していた。 「『気』が充満しておる」 ヂャンサンフォンの言葉を聞いて、サハチは深呼吸した。それを見てヂャンサンフォンは笑った。 「ヂャンサンフォン殿、あなたのお弟子さんが慈恩禅師殿に教えたという『武当剣』とはどのようなものなのでしょうか」と高橋殿が聞いた。 「多分、体を自由に動かす基本を習ったのじゃろう。それさえ身に付ければ、あとは努力次第で『極意』は見つかる。剣術だけでなく、すべての事に言える事じゃが、『極意』というものは教える事はできんのじゃよ。自分で見つけるしかないんじゃ」 高橋殿は黙ってヂャンサンフォンが言った事を噛みしめているようだった。 突然、賑やかな話し声が聞こえてきた。声の方を見ると娘たちの一団のようだが、格好が奇妙だった。 「 ササだった。一緒にいるのはシンシン(杏杏)、シズ、 「どうして、ここに来たんだ?」とサハチはササに聞いた。 「按司様こそ、どうして、ここにいるのよ。びっくりするじゃない」 「ここは『慈恩禅師殿』が修行をした場所なんだ」とサハチが言うと、 「あら、そうだったの。あたしたちは『スサノオの神様』に会いに来たのよ」と言った。 「『スサノオの神様』がここにいるのか」 「このお山も『スサノオの神様』を祀ったお山なのよ。お隣にある貴船神社も『スサノオの神様』だわ」 「誰なの?」と高橋殿がサハチに聞いた。 サハチは高橋殿に皆を紹介した。 「ササさん、シズさん、シンシンさん、三人は去年も博多にいらしたわね」と高橋殿は言って笑った。 ヂャンサンフォンはシンシンを相手に『武当拳』の模範試合をした。シンシンの身軽な動きを見た高橋殿は驚いた。手の指先から足の先まで、無駄な動きがまったくなかった。まるで華麗な舞を見ているようだった。この動きは自分の『舞』に取り入れられると思った高橋殿は迷わず、ヂャンサンフォンに指導をお願いした。 ヂャンサンフォンは真剣な高橋殿の顔付きをじっと見つめてから、笑ってうなづいた。 「あたしたちも一緒にいていいかしら?」とササが高橋殿に聞くと、 「勿論ですよ。一緒にお稽古に励みましょう」と高橋殿は嬉しそうな顔をしてうなづいた。 「何日間、やりますか」とヂャンサンフォンが高橋殿に聞いた。 高橋殿はちょっと考えてから、「今日と明日一日と明後日の 「わかりました。三日間で基本をたたき込みましょう。高橋殿でしたら大丈夫でしょう」 早速、修行が始まった。呼吸を整える『静座』からだった。勿論、サハチたちも付き合った。『静座』は毎日の日課なのだが、昨日は飲み過ぎてさぼり、今朝も早くに出掛けて来たのでやっていなかった。 ウニタキが真似をしてやってみたが、木の根につまづいて三歩で終わった。次にファイチがやった。ファイチはゆっくりとだが、つまづく事なく歩き通した。 「凄いわ」と女子サムレーたちが拍手を送った。 次はサハチだった。ゆっくり行けばできるだろうと思っていたが、七、八歩でつまづいた。 次はシンシンで、何とか歩き通した。 ササはあともう少しという所でつまづいて悔しがった。他の者たちは皆、五歩も行く事なくつまづいた。高橋殿もそうだった。 高橋殿は、「難しいわね」と言って笑ったが、内心はかなり悔しそうだった。 目隠しの木の根歩きの次は、『武当拳の套路』だった。ただ、今までサハチたちがやっていた『套路』とは違っていた。呼吸に合わせて、ゆっくりと『套路』を行なった。高橋殿のために、わずか三日間で基本が身につくようにヂャンサンフォンが工夫したようだった。息を吸ったり吐いたりしながら形の稽古をするのは思っていたよりも難しかった。呼吸に気を取られると手足の動きがおろそかになる。形に気を取られると呼吸がおろそかになった。 初めて『套路』をやる高橋殿たちは呼吸に合わせて形を覚えていった。 日が暮れるまて稽古に励んで、本堂の近くにある宿坊のお世話になった。高橋殿の配慮で、宿坊の老僧に『一文字屋』に使いを頼んで、ササたちが『鞍馬山』に滞在する事を伝えた。 高橋殿はササが気になるのか、夕食の時にしきりに質問をしていた。 「あなたは サハチは手を振った。 「俺が言ったんじゃない。高橋殿は配下の者を琉球(沖縄)に送って、琉球の事を色々と調べたんだよ」 ササは納得したようにうなづくと、「馬天の若ヌルです」と高橋殿に答えた。 「馬天ヌル様は 「神様にお仕えしている所は同じですが、『巫女』とは違います。琉球では女は皆、霊力を持っていて、その霊力で兄弟を守ると信じられております。『ウナイ神』です。女は生まれつき霊力を持っていますが、その霊力を最大限に呼び覚まして、兄弟だけではなく、地域一帯を守るのが『ヌル』です。昔、ヤマトゥ(日本)におられた『アマテラス』は『ヌル』です」 「『アマテラス』って、お伊勢さんに祀られている『 「そうです。『アマテラス』は 「えっ、『天照大神』は『 高橋殿は古代の歴史にそれほど詳しくはないが、『卑弥呼』が 「誰から聞いたのですか」と高橋殿はササに聞いた。 「『スサノオの神様』です」とササは答えた。 「『スサノオ』って、『 ササはうなづいた。 「そう言えば、さっき、このお山も『スサノオ』を祀っているって言っていたわね」 「対馬にも『スサノオの神様』を祀っている神社がいっぱいありましたけど、京都にもいっぱいあります。きっと、天皇の御先祖様だからなんでしょうね」 「そういう事を皆、『スサノオの神様』から聞いたの?」 「はい。わたしはヤマトゥの歴史は何も知りません。『スサノオの神様』が色々と教えてくれました。『スサノオ』は太陽の神様で、『アマテラス』はスサノオの娘です。でも、わからない事があります。『アマテラス』のお母さんの事です。『アマテラス』のお母さんは『 「あなたは『豊玉姫』が『琉球』から来たと思いたいのね?」 「はい」とササは素直にうなづいた。 「『スサノオの神様』は教えてくれないの?」 「色々なお話をして下さるのですけど、その事はまだ聞いておりません」 「あなたのお話だと『スサノオ』と『豊玉姫』の娘が『アマテラス』で、『アマテラス』は『卑弥呼』とも呼ばれていたのね?」 「そうです」 高橋殿はササを見つめながら何かを考えているようだった。しばらくして、ササに笑いかけると、「『スサノオ』は歌の神様でもあるのよ」と言って皆の顔を見回して、「明日も早いから、今日はもう休みましょう」と言った。 サハチたちはうなづいて、男と女に分かれて宿坊の一室に納まった。 「高橋殿というお方は大した |
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