悲しみの連鎖
サハチたちが 新郎新婦は宴の途中で会同館をあとにして、マチルギと佐敷ヌルの案内で、島添大里按司の屋敷に入って初夜を迎え、翌日、島添大里グスクの近くにできたミーグスク(新グスク)に入った。 小さなグスクだとマナビーは思った。でも、グスクからの眺めはよかった。そして、グスク内に 島添大里グスクに行って、 いつの間に来たのか、義母となったマチルギが声を掛けて来た。 「わたしも負けた時は悔しかったわ」とマチルギは言った。 「でもね、競争相手がいるというのは素晴らしい事なのよ。お互いに腕を磨き合えるわ。あなたは才能があるのだから、その才能を伸ばしなさい。ここには武芸の名人たちが揃っているわ。島添大里グスクには佐敷ヌル、佐敷グスクにはササ、島添大里の城下には 「ヂャンサンフォン‥‥‥」 マナビーはヂャンサンフォンの事はテーラーから聞いていた。 「ヂャンサンフォン殿が編み出した『 夕方、もう一度、島添大里グスクに行ったマナビーは驚いた。 「一緒にやりましょう」とチミーは言った。 「弓矢は得意なんだけど、剣術はあたしよりも強い人がいっぱいいるの。去年の四月に、あたしはここに嫁いで来たんだけど、ここは凄い所よ」 マナビーはチミーに誘われるまま、剣術の稽古に参加して、稽古のあとは娘たちから質問攻めにあった。うっとうしいと思いながらも、楽しい一時でもあった。 帰り道、侍女たちから、「あんな娘たちと一緒に剣術のお稽古をなさってよろしいのですか」と言われた。 「山北王の 「今帰仁にはあんな娘たちはいないわ」とマナビーは言った。 「あたし、知っているのよ。今帰仁の人たちはあたしの事を 「わかりました」と返事をしながら、内心では、侍女たちも面白い所に来たと少し喜んでいた。 その晩、ササたちがミーグスクにやって来た。明国の娘や 翌朝、ササに起こされ、みんなで『武当拳』の稽古をした。ササと一緒に来た女たちは皆、武当拳の名人だった。一緒に稽古をしながら、凄い所に来たとマナビーは改めて思っていた。稽古のあと、マナビーはササたちと一緒に、島添大里グスクに行って、佐敷ヌルたちと一緒に、 その翌日、浮島から 島添大里のお祭りの前日、クマヌが奥さんを連れて首里にやって来た。クマヌは十日前に、中グスク按司を養子のムタに譲って隠居していた。奥さんに首里の賑わいを見せるためと、孫娘のユミに会わせるためにやって来たのだった。マチルギはクマヌの奥さんとの再会を喜んだ。マチルギが初めて佐敷に来た時、お世話になったのがクマヌの奥さんだった。マチルギは、お腹の大きくなったユミがいる御内原に案内した。クマヌは 翌日、マチルギがクマヌ夫婦を島添大里グスクに連れて来て、クマヌ夫婦はお祭りを楽しんだ。ンマムイ夫婦もサキとミヨの お芝居は『かぐや姫』だった。かぐや姫を演じたのは、何とハルだった。首里のお祭りのあと、チューマチの婚礼があったため、島添大里の女子サムレーも何かと忙しく、充分にお芝居の稽古をする事ができなかった。それで、ハルが主役をやる事に決まったのだった。主役のかぐや姫さえしっかりしていれば、あとは何とかなりそうだった。首里で婚礼が行なわれていた時も、ハルは島添大里で留守番をしながら、お芝居の稽古に励んでいた。 小柄で可愛い顔をしたハルのかぐや姫は、まさに、はまり役だった。言い寄る男たちを手玉に取って、観客を笑わせ、その時々の表情を微妙に変えて、目の動きや手の動きで感情を表現していた。そして、月に帰る場面では、 お芝居を観ていたサスカサも、素直にハルに拍手を送って、久高島の大里ヌルにも観せてあげたいと思っていた。マナビーも侍女たちも、初めてお芝居を観て感動していた。サハチもクマヌ、サイムンタルーと酒を飲みながら、ミナミたちと一緒に観て、ハルの演技には感心していた。 お祭りの翌日、山北王の兵五十人がやって来て、マナビーを守るためにミーグスクに入った。大将として兵を率いて来たのは 仲尾大主は 「お爺がどうして、こんな所に来るの?」とマナビーは不思議に思って聞いた。 「世代交代というやつじゃよ。わしは倅に跡を譲ったんじゃ。かといって隠居するほど老いぼれてはおらんので、王女様を守るために南部までやって来たんじゃよ。どうじゃな、新しい土地の居心地は?」 「ここはあたしにぴったりの所よ。毎日が楽しいわ」 「ほう」と仲尾大主は驚いた顔を見せた。 「寂しがっておいでじゃと思っておったが、それはよかったのう」 マナビーはうなづいて、「ここにはお転婆娘がいっぱいいるのよ」と楽しそうに笑った。 三月三日、恒例の クムンたちは島添大里のミーグスクの石垣を見事に積み上げて、サハチが思っていた以上の出来映えだった。サハチは思紹と相談して、北曲輪の石垣をクムンたちに任せる事に決めたのだった。土塁を崩さなければならないので大仕事だが、将来の事を思えば、今のうちに石垣にした方がよかった。領内から人足を集め、特別手当を与えて、半年間で完成させる予定でいた。クムンたちだけでは石屋が足りないので、玉グスクの石屋にも手伝ってもらう事になっていた。 久高島から帰って来たササたちは、今回は特に騒ぐ事もなかった。久高島の神様から頼まれた事もなかったようで、今年はヤマトゥへは行かないとササが言い出しはしないかとサハチは心配した。ササたちはこの時期だけ別れて行動し、丸太引きのお祭りのための稽古を始めた。 今年のサスカサは張り切っていた。ヤマトゥ旅に行って自信を付けたのか、綱を引くサムレーたちに 三月の半ば、去年の十一月に行った進貢船が無事に帰って来た。タブチは正使を立派に務め、副使を務めた 山南王は去年の暮れ、ようやく進貢船を出していた。正使は いつものように、会同館で帰国祝いの宴をやって帰国者たちをねぎらった。ヂャンサンフォンも サハチは建物の残骸だらけだった武当山を思い出して、「本当なのですか」とタブチに聞いた。 「ヂャンサンフォン殿が武当山に帰って来たと、何年か前に大騒ぎになったそうじゃ。ヂャンサンフォン殿は何とかという偉い道士を一緒に連れていて、ヂャンサンフォン殿の弟子たちとその偉い道士の弟子たちが大勢集まって来て、武当山を再建しようとしたらしい。その噂を聞いた永楽帝は、武当山の再建を考えたようじゃ。何でも、永楽帝は 「真武神か‥‥‥」 サハチはファイチの家で見つけた小さな真武神の木像を思い出し、そして、武当山の山頂に鎮座していた神々しい真武神も思い出した。 「お山の者たちも喜んでおるじゃろう」とヂャンサンフォンは笑った。 「そなたからヂャンサンフォン殿が琉球にいる事は黙っていてくれと言われたので、黙っておったが、一緒に行った者たち全員の口をふさぐ事はできんからな。いつの日か、わかってしまうんじゃないかのう」 「なに、見つかったら、また、どこかに逃げるさ」とヂャンサンフォンは笑っているが、サハチはヂャンサンフォンを琉球から離したくはなかった。 右馬助は琉球に来て一年余りが過ぎたのに、ずっと 「修行は順調ですか」とサハチが聞くと、右馬助は首を振って、「うまくいきません」と答えた。 「気分転換のつもりで、首里に出て来たのです」 「サハチ殿、こいつを綺麗どころがいる所に連れて行ってくれんか。奴は今、修行というものに囚われておるんじゃ。何事も囚われの身となったら上達はせん。何もかも忘れ去る事も必要なんじゃよ。綺麗な サハチはうなづいて、「このあと、『 「まあ、嬉しい」とマユミは喜んだ。 次の日の午後、島添大里に帰ると、玉グスク按司が倒れたと騒いでいた。今朝、玉グスクの若按司から知らせがあって、 「玉グスク按司はいくつなんだ?」とサハチはナツに聞いた。 「六十三だそうです」 「六十三か‥‥‥寿命かもしれんな」 そう言いながら、サハチは初めて玉グスク按司と出会った時の事を思い出していた。 玉グスクのお姫様だったウミチルがヤグルーに嫁いだあと、サハチは玉グスクに挨拶に行った。今思えば、あの時、完全に孤立していた佐敷按司のもとに娘を嫁がせるなんて、無謀とも思える事をよく決心したものだった。あの時、玉グスクと結ばなければ、今のサハチはいなかったかもしれない。玉グスクヌルのお告げがあったと言っていた。サハチはふと、 次の日、玉グスク按司は亡くなった。サハチは 島添大里グスクに帰ると、クマヌが倒れたと騒いでいた。サハチには信じられなかった。島添大里のお祭りの時、あんなにも元気だった。山伏姿になって、昔の仲間に会いに行くと言っていた。あれからまだ一月と経っていなかった。 サハチはすぐに中グスクに向かった。 「旅から帰って来て、旅の疲れが出たみたい」とマチルギは言った。 サハチはうなづいて、クマヌが休んでいる部屋に行った。クマヌは横になったまま、娘のマチルーと話をしていたが、サハチの顔を見ると上体を起こして、軽く笑った。 「懐かしい顔に会って来たぞ」とクマヌは楽しそうに言った。 「 「親父の娘が山北王の側室になっているのか」とサハチは驚いた顔でクマヌを見つめた。 「わしも驚いたわ。三年前、山北王が 「親父の娘が今帰仁グスクにいたとは驚いた。親父には話したのですか」 クマヌはうなづいた。 「王様も口をポカンと開けて驚いていた。そして、今帰仁攻めに使えると言っておった。それと、マサンルーの倅も生まれていて、サタルーに仕えているそうじゃ」 「マサンルーの倅もいたのか」 「王様の娘はミサ、マサンルーの倅はクジルーという名じゃ。奥間からさらに北に行くつもりだったんじゃが、 「浮島はすぐですよ。疲れを取ったら行ってくればいい」 クマヌは笑って横になった。 大丈夫そうだとサハチは安心した。眠ったようなので、マチルーに任せて、サハチは部屋から出た。 みんなのいる部屋に戻ると、クマヌの思い出話をして笑っていた。サハチも話に加わった。 「クマヌはわしの師匠じゃった」と思紹は言った。 サハチにとってもクマヌは師匠だった。物心ついた頃からクマヌはずっとそばにいた。色々な事を教わった。クマヌに連れられて、サイムンタルーとヒューガと一緒に旅をした時の事が、まるで、昨日の事のように思い出された。マチルギと出会ったのも、クマヌが伊波按司と親しくしていたからだった。そして、サハチがヤマトゥに行っている留守に、マチルギが佐敷に来たのも、クマヌがいたからだった。クマヌが琉球に来なかったら、今のサハチはいなかったに違いない。祖父の跡を継いで、馬天浜で 次の日の朝、クマヌは目覚めなかった。眠ったまま亡くなってしまった。サハチはあまりの衝撃に呆然となったまま、言葉も出なかった。 「主人は死を悟っていたのだと思います」とクマヌの奥さんが言って、サハチにクマヌが残した手紙を渡した。 「わしは幸せだった」と言っておりました。 そう言って、涙を拭うと奥さんは去って行った。 サハチは屋敷から出て、海を眺めた。 「中グスクはいい所じゃ。毎朝、綺麗な海が眺められるだけで幸せじゃよ」とクマヌが口癖のように言っていたのをサハチは思い出していた。 サハチは手紙を広げた。しっかりした字で書いてあった。 「そなたは人を引き付ける不思議な力を持っている。そなたには自覚はないだろうが、そなたのその力によって大勢の者たちが、そなたの周りに集まって来ている。ヒューガ、ウニタキ、ファイチ、ヂャンサンフォン殿、ジクー禅師、慈恩禅師、 サハチはクマヌの最期の教えを読みながら泣いていた。 サハチは海に向かって、「クマヌ」と叫んだ。 翌日は丸太引きのお祭りだった。思紹、馬天ヌル、マチルギは首里に帰って行った。 サスカサの気合いがサムレーたちに通じたのか、今年は島添大里が優勝した。丸太引きのお祭りを初めて見たイハチの妻のチミー、チューマチの妻のマナビー、そして、サハチの側室のハルは、丸太の上で跳んだり跳ねているサスカサたちを見て驚いていた。 サハチは島添大里グスクに帰っても呆然としていて、クマヌの死からなかなか立ち直れなかった。 丸太引きのお祭りの二日後、ンマムイの兼グスクに今帰仁から使者が来て、 立て続けに三人が亡くなったが、それだけでは終わらなかった。四月の七日、ンマムイの母親が サハチは行かず、マタルー(与那原大親)夫婦に任せた。マタルーの妻のマカミーが生まれた時、すでに伯母は 「 |
島添大里のミーグスク
玉グスク
中グスク
八重瀬グスク