アキシノ
無事に 六月の七日、博多に着くと、『一文字屋』で奈美が待っていた。ササたちを見て、奈美はホッとした顔をした。今年は来ないかもしれないと心配していたという。 次の日、ササたちは佐敷ヌルを連れて、 「 その言い方が父親のサハチに似ていて、何となくおかしくて、ササは笑った。 「いいわ。あたしたちを守ってね」 もし豊玉姫様のお墓が草 こちらはまだ梅雨が明けていなくて、途中で大雨に降られたが、 豊玉姫様のお墓は綺麗になっていた。誰かが守ってくれているようだった。 「これがヤマトゥのお墓なのか」とサタルーはこんもりとした山を不思議そうに眺めた。 「昔のお墓よ。豊玉姫様はスサノオ様の奥さんだったから、こんな立派なお墓が残っているの」とササは説明した。 「スサノオ様というのは誰なんだ?」 「あたしたちの御先祖様よ」 「なに、俺たちの御先祖様はヤマトゥンチュだったのか」とサタルーは驚いた顔をした。 「豊玉姫様は 「玉グスクのお姫様のお墓が、どうしてこんな所にあるんだ?」 「話せば長いわ。あとで教えてあげるわよ」 ササたちはお墓の前に座り込んで、お祈りを始めた。サタルーたちもササたちに従って、お墓に両手を合わせた。 「そろそろ来ると思ってね、待っていたのよ」と玉依姫は言った。 ササが挨拶をしようとしたら、 「また来ちゃった」と誰かが言った。 その声はユンヌ姫だった。 「あら、いらっしゃい」と玉依姫は嬉しそうに笑った。 「どうして、あなたがここにいるの? 「与論島からお船が見えたの。あなたがいるのがわかって一緒に来たのよ。だって、与論島は退屈なんですもの。お 「きっと、お祖父様も喜ぶわよ」と玉依姫はユンヌ姫に言って、「また、新しい人を連れて来たのね」とササに言った。 「 「安須森ヌルの事は母から聞いたわ。 「そうなんです。平家に滅ぼされたらしいのですけど、琉球に渡った平家の人たちを御存じですか」 「平家は壇ノ浦で滅びたって聞いているけど、詳しい事は知らないわね」 「昔、平家のお船が与論島に来て、琉球に行ったわ」とユンヌ姫が言った。 「小松の 「平家と言えば、 「厳島神社ってどこにあるのですか」とササは玉依姫に聞いた。 「 「厳島神社と弥山という山ですね」 「今、思い出したわ。 「久留米ってどこなんですか」 「博多から一日で行ける距離よ。明日、いらっしゃい。わたしがその人を探しておくわ」 ササはお礼を言って、佐敷ヌルを見た。 「玉依姫様、あなたは安須森に行った事はありますか」と佐敷ヌルは聞いた。 「初めて琉球に行った時、母と一緒に安須森に登ったわ。あの時、母の故郷に来たって実感したのよ」 「ヌルたちの村にも行ったのですね」 「行ったわ。安須森ヌルとも会って、みんなが歓迎してくれたわ」 「どんな村だったのですか」 「みんな親切で、明るい顔をしていて、平和な村だったわ。各地からヌルたちも大勢、集まって来ていたわ。あの村が平家の落ち武者たちによって滅ぼされてしまったなんて悲しい事ね。あなたが安須森ヌルを継いで、昔のように栄えさせてね」 佐敷ヌルは力強く返事を返して、「明日、また会いましょう」と言って玉依姫と別れた。 ササがユンヌ姫に声を掛けると返事はなかった。 「勝手に 「誰が勝手に付いて来たんだ?」とサタルーがササに聞いた。 「気まぐれな神様よ」 ササたちは一旦、博多に帰って、次の日、久留米の水天宮に向かった。一文字屋の三男、新四郎が久留米に用があるからと言って案内してくれた。 ササたちは社殿の前でお祈りをした。 「松の木の隣りにある小さな ササと佐敷ヌルは振り返って 祠の前でお祈りを始めると、 「この祠は、水天宮を造った 「わたしが千代尼です。南の方の島から来られたと聞きました。もしかしたら、 「シュショー?」とササは聞いた。 「 「安徳天皇様は壇ノ浦で亡くなったのではなかったのですか」 「源氏を欺いて、南の島に逃げたのでございます。 「娘が身代わりとはどういう意味ですか」 「主上はまだ八歳で、小松の少将様の娘さんとよく似ていたのです」 「そんな幼い天皇だったのですか」とササは驚いていた。 「福原殿(平清盛)は建礼門院様が男の子をお産みになると、大層お喜びになられました。主上は三歳の時に天皇になられたのでございます」 「三歳で天皇ですか‥‥‥残念ながら、安徳天皇様が琉球に来られたという話は聞いた事がありません。どこか、別の島だと思います」とササは言った。 「小松の中将様を御存じですか」と佐敷ヌルが聞いた。 「勿論、存じておりますとも。わたしどもの憧れの御方でございました。この世の者とは思えないほど美しく、 「小松の中将様も安徳天皇様をお守りして、南の島に行かれたのですか」 「いいえ、違います。小松の中将様は総大将として北陸に出陣なさいましたが、負け戦になってしまいました。その負け戦のお陰で、わたしどもは京都を追われる事になってしまいました。あの負け戦のあと、小松の中将様は孤立してしまって、いたたまれなくなってしまったのでございましょう。一ノ谷の合戦の前に、お姿をお隠しになられてしまいました。一ノ谷の合戦の前、わたしどもは 「小松の中将様は熊野から琉球に行ったかもしれません」と佐敷ヌルは言った。 「えっ!」と千代尼は驚いたようだった。 「わたしたちはそれを調べるために、ヤマトゥにやって来たのです」 「琉球というのは南の島なのですか」 「そうです。当時、熊野水軍は交易のために琉球に来ていたのです」 「小松の中将様が生きておられた‥‥‥」 そう言って、千代尼は泣いていた。 「できれば、主上の事も調べてください」と千代尼は泣きながら言った。 「わかりました」と佐敷ヌルは答えた。 神様から頼まれて、やらなければならないと思っていた。 「わたしは安徳天皇様の事を知りません。調べるにはその人の事を知らなければなりません。話していただけますか」 千代尼は話してくれた。 安徳天皇の父親は高倉天皇で、母親は平清盛の娘の徳子(建礼門院)。高倉天皇の母親は、清盛の妻、時子(二位尼)の妹の滋子(建春門院)なので、高倉天皇と徳子は 安徳天皇は三歳で天皇になり、六歳になった七月、 屋島に 一年後、悪夢のように源氏が攻めて来た。安徳天皇は船に乗って屋島をあとにした。瀬戸内海の島々を転々として、最後には壇ノ浦で全滅してしまった。 「安徳天皇様はどこで身代わりと入れ替わったのですか」と佐敷ヌルは千代尼に聞いた。 「壇ノ浦の近くにある彦島でございます。その島は 「南の島で、平家とつながりのある島はありますか」 「島の名前はわかりませんが、 琉球は奄美の鳥島から硫黄を採っているが、他にも硫黄が採れる島があるのだろうかと佐敷ヌルは思った。佐敷ヌルは知らなかったが、何度もヤマトゥに来ているササは、 「ヤマトゥから帰る時に調べてみます」と佐敷ヌルは言った。 「お願いいたします」と千代尼は頼んだあと、 「主上が壇ノ浦で入水する前に、法皇様(後白河法皇)は、主上の 佐敷ヌルとササは玉依姫に感謝して、千代尼と別れ、水天宮をあとにして、一文字屋の知り合いの宿屋に泊まって博多に戻った。 六月十一日、交易船より先に博多を発ったササたちは、船の上から、平家の拠点となった彦島を見て、平家と源氏が決戦をした壇ノ浦を見ながら瀬戸内海に入った。 厳島神社は海の上に建つ美しい神社だった。『 あやに従って、海の上に続いている回廊を渡って、拝殿に参拝したあと、ササたちは弥山に登った。 山の中にはあちこちに大きな石がゴロゴロしていた。そして、山頂にも大きな石がいくつもあって、古いウタキのようだった。ここはスサノオとは関係なさそうだし、語り掛けてくる神様もいないだろうと思いながらも、ササと佐敷ヌルはお祈りを捧げた。 思っていた通り、神様の声は聞こえなかった。ササと佐敷ヌルが顔を見合わせて首を振り、立ち上がろうとした時、 「ちょっと、待って」とシンシンが言った。 「神様が降りて来るわ」 「えっ!」とササと佐敷ヌルは驚いて、シンシンを見た。 ナナとシズとあやも驚いていた。 シンシンは無心にお祈りを続けていた。 サタルーたちはお祈りには加わらず、あちこちにある大きな石を散策していた。 シンシンのガーラダマ(勾玉)が一瞬、光ったような気がした。ササは佐敷ヌルにうなづくと、もう一度、お祈りを始めた。 「あなたは誰ですか」と神様の声が聞こえた。 「シンシンと申します」とシンシンが神様に答えた。 「琉球から参りました。神様はどなたなのですか」 「琉球‥‥‥やはり、間違いではなかったのですね。あなたが身に付けているガーラダマは、わたしが以前に身に付けていたガーラダマです。また、こうして会えるとは思ってもいませんでした。わたしは厳島神社の内侍、アキシノと申します」 「あなたはどうして、琉球に行かれたのですか」とシンシンは聞いた。 「どうしてなのか、わかりません。神様のお導きとしか申せません」 「あなたは小松の中将様と一緒に琉球に行ったのですね」と佐敷ヌルがアキシノに聞いた。 「どうして、それを知っているのですか」 アキシノは驚いていた。 「わたしは琉球の安須森ヌル様に頼まれて、安須森を滅ぼした者を探しにヤマトゥに参りました。安須森を滅ぼしたのは、小松の中将様ではありませんか」 「それは‥‥‥」とアキシノは口ごもったが、力ない声で、「その通りです」と言った。 「言い訳に過ぎませんが、あれは言葉が通じなかったために起こってしまった悲劇なのです。ヤマトゥには 言葉が通じなかったために、安須森が全滅されたなんてひどすぎる事だった。唖然として、佐敷ヌルは言葉も出なかった。 「安須森ヌルの娘さんはその後、どうなったのですか」とササが聞いた。 「小松の中将様が築いたお城で、わたしたちの娘を立派なヌルに育てたあと、古いウタキに籠もられ、その地でお亡くなりになりました」 「わたしたちの娘という事は、アキシノ様は小松の中将様と一緒になられたのですか」 「そうです。息子も生まれて、中将様の跡を継いで、 「小松の中将様が築いたお城は、 「そうです。お城の周りに島の人たちが住み着くようになって村ができて、いつしか、イマキシル(今来治ル、外来者が納める所)と呼ばれるようになりました。それがなまってナキジンとなったのです」 「あなたはどうして帰って来たのですか」とシンシンが聞いた。 「中将様を迎えに参ったのです。ヤマトゥに行ったまま、なかなか帰って来ないので、連れ戻しに参ったのです。京都に行く途中、ここに寄ってみたら、その懐かしいガーラダマを見つけたのです」 「中将様もこちらにいらっしゃるのですか」と佐敷ヌルは驚いて聞いた。 「昔のお仲間が懐かしいのでしょう。時々、帰って来るのですよ」 「中将様に会わせていただけないでしょうか」 「あなたたちは笛がお上手のようですね。中将様も笛がお上手で、舞の名人でした。きっと、喜んでお会いすると思います」 「今、どちらにいらっしゃるのですか」 「京都です。京都を追われるまで、贅沢な暮らしをしていたので忘れられないのです。 「わたしたちも京都に行きます。是非、会わせてください」 「わかりました。京都に行ったら平野神社にいらしてください。御案内いたします」 「ありがとうございます」 佐敷ヌルがお礼を言うと、 「このガーラダマは 「今帰仁に落ち着いて、しばらくしてから、わたしは島の様子を調べるために南部に行きました。わたしどもを琉球に連れて行ってくれた熊野水軍の者から、南部に栄えている都があると聞いていました。 「どうして、隠したのですか」 「わたしにはわかりません。神様のお告げがあったのではないでしょうか。わたしのガーラダマも一緒に埋められてしまったのです」 「理有法師は平家の 「知っておりました。福原殿(平清盛)がお連れしているのを何度かお見かけしました。恐ろしい御方です。福原殿は理有法師を利用するつもりで、側近くに仕えさせたのですが、邪悪な心を見抜いて、遠ざけようとなさいました。しかし、逆に理有法師の妖術に掛かって亡くなってしまわれたのです。福原殿が亡くなってからは姿を見ませんでしたが、琉球に来ていると知った時は背筋が凍り付く程、恐ろしくなりました。きっと、中将様を追って来たのに違いないと思いました。早く、中将様に知らせなければならないと、南風が吹くのを待っていたのですが、その前に、真玉添が襲撃されてしまったのです。わたしたちはヌルたちと一緒に与論島まで逃げました。もし、理有法師が追って来たら大変なので、今帰仁には寄らずに、与論島まで行ったのです。それでも、今帰仁が心配で、冬になったら今帰仁に帰りました。理有法師が来ていないので、ほっとしました。与三兵衛様が浦添まで様子を見に行って、浦添按司と 「朝盛法師は知らなかったのですか」 「知りません。与三兵衛様から、理有法師を追って来た源氏の陰陽師だと聞きましたが、わたしは知りませんでした。それよりも、浦添按司の父親が新宮の十郎だと聞いた時は驚きました。新宮の十郎が、 「このガーラダマなのですが、あたしが身に付けていてよろしいのでしょうか」とシンシンが聞いた。 「わたしはあのあと、読谷山まで行って、そのガーラダマを探しましたが、見つかりませんでした。あなたが見つけたのなら、あなたが身に付けるべきです。それが神様の思し召しです」 「アキシノを継ぐという事ですか」 「アキシノは今帰仁ヌルの 「ありがとうございます」とシンシンはお礼を言った。 「新三位の中将様(平資盛)を御存じですか」と佐敷ヌルが聞いた。 「はい、存じております。小松の中将様の弟です。新三位の中将様が今帰仁に現れた時には驚きました。戦死してしまったと思っていましたので、小松の中将様も驚いたあと、再会を喜んでおりました」 「新三位の中将様が今帰仁に来られたのですか」と佐敷ヌルもササも驚いていた。 「新三位の中将様は奄美の 「小松の少将様と左馬頭様も兄弟なのですか」 「小松の少将様は弟です。左馬頭様は 「偽者だったのですか」と佐敷ヌルは驚くと同時に、がっかりした。ヤマトゥの帰りに、島々を巡って探そうと張り切っていたのに、偽者だったなんて、急に力が抜ける思いだった。 「本物の安徳天皇様はどこに行ったのですか」とササが聞いた。 「わかりません」 「神様にもわからないのですか」 「当時、平家の ササは佐敷ヌルとシンシンを見て、まだ何か聞きたい事ある? という顔をした。佐敷ヌルもシンシンも首を振った。 「色々と教えていただいて、ありがとうございました」とササはお礼を言って、京都の平野神社での再会を約束した。 神様が去って行ったあと、ササはシンシンに笑って、「凄いじゃない」と言った。 「あたし、神様とお話ししたわ」とシンシンは胸に下げたガーラダマをじっと見つめた。 「凄いわ」とナナとシズとあやも、シンシンを尊敬の眼差しで見ていた。 「シンシンがそのガーラダマを選んだのも、ちゃんと シンシンはササからお礼を言われて、照れていた。 「この山はすげえな」とサタルーとウニタル、シングルーがやって来た。 「これは自然にできたもんじゃねえぞ。誰かがこんな大きな石を積み上げたんだ。一体、誰がそんな事をしたんだ?」 「神様のために、昔の人たちが必死になってやったのよ」とササが言って、一行は山を下りた。 |
水天宮
厳島神社