舜天
サハチは驚いて、焦った。 サハチは首里グスクの 知らせを持って来た侍女は、マチルギが迎えに出たと言っていた。サハチも迎えに行きたいが、余計な事を勘ぐられるような気がして、やめた。しかし、出迎えに行かなければ、逆に怪しまれるような気がして、サハチは立ち上がった。 どやどやと階段を登って来る音がして、マチルギが奥間ヌルを連れて来た。 「お久し振り」と奥間ヌルはサハチに手を上げた。 やけに陽気だった。 「ようこそ」とサハチは笑って、 「サタルーが留守なのに、出て来て大丈夫なのですか」と奥間ヌルに聞いた。 「長老がいるから大丈夫ですよ」 「いい旅だったわ」と馬天ヌルが言った。 「あたしが南部のウタキ(御嶽)を巡ると言ったら、一緒に行くと言って、奥間ヌルも付いて来たのよ」 「その娘は誰です?」とサハチは知らない若ヌルを見た。 「 東松田の若ヌルは恥ずかしそうな顔をして、サハチに挨拶をした。マチやサチよりも若くて、綺麗な目をした娘だとサハチは思った。 侍女にお茶を出すように命じて、サハチはみんなから旅の話を聞いた。 安須森の 「テーラーが山伏?」とサハチは不思議そうに聞いた。 「最初、わからなかったのよ。向こうから近づいて来て名乗ったわ。どうして、そんな格好をしているのって聞いたら、若い頃、 「中部のグスクを調べているんですかね?」 「多分、そうでしょうね。 暗くならないうちに帰ると言って、ヂャンサンフォンと運玉森ヌルはマチとサチを連れて、 「ちょっとわからない事があるのよ」と馬天ヌルは言った。 「安須森の神様たちは殺された恨みからマジムン(怨霊)になってしまったので、 「朝盛法師は 「久高島の 「二百年も前の話ですからね。朝盛法師の子孫たちも、舜天の一族と一緒に滅ぼされてしまったんじゃないですか」 「そうかもしれないけど、ウタキはあるはずだわ」 「朝盛法師のウタキを探すつもりなのですね」とサハチが聞くと、馬天ヌルは神妙な顔をしてうなづいて、「お礼を言わなければならないわ」と言った。 「あたし、若い頃に、先代の奥間ヌル様と 「その時、浦添にヤマトゥンチュのウタキがあったのを覚えています。どうしてこんな所にヤマトゥンチュのウタキがあるんだろうと不思議に思って覚えているんです」 「そのウタキが朝盛法師のウタキなの?」と馬天ヌルは目の色を変えて聞いた。 奥間ヌルは首を傾げた。 「あたしには神様の声は聞こえませんでした。先代に聞いたら、昔の浦添按司の御先祖様だろうと言っていました。奥間の御先祖様もヤマトゥンチュなので、ヤマトゥンチュのウタキにお祈りを捧げたようです」 「その場所、覚えている?」 「浦添グスクの 馬天ヌルは満足そうにうなづいて、「明日、行ってみましょう」と言った。 前回のウタキ巡りの旅の時、浦添のウタキも巡ったけど、馬天ヌルにはヤマトゥンチュのウタキの記憶はなかった。 「叔母さん、また、南部のウタキを巡るのですか」とサハチは馬天ヌルに聞いた。 「巡るわ。ヌルたちの世代が代わっているのよ。新しいヌルたちに挨拶に行ってくるわ」 「亡くなったクマヌに頼まれている事があるんです。孫娘のマナミーの嫁ぎ先を考えてくれって言われたんです。候補に挙がったのが二人いて、叔母さんにどっちがいいか見極めてきてほしいのですが」 「いいわよ。誰と誰なの?」 「一人は 「垣花と米須ね。わかったわ。会って来るわ」 「お願いします」 水を浴びて、さっぱりしましょうと言って、ヌルたちは帰って行った。 「マナミーの相手が見つかったのね」とマチルギがサハチに言った。 「ああ、疲れたよ。クマヌの頼みだからな。将来、按司になる者に嫁がせたかったんだ。何とか、二人、見つかった」 「垣花と米須か‥‥‥」とマチルギは少し考えてから、「どちらかと言えば、米須の方がいいかもね」と言った。 「俺もそう思うが、相手の都合もあるからな。すでに相手が決まっているかもしれない」 「そうね。でも、中グスク按司の娘なら誰も文句は言わないわよ」 「神様の思し召しに任せよう」 マチルギはニヤニヤしながら、 「奥間ヌルに初めて会ったけど、妖艶な人ね。あなた、惑わされなかったの?」と聞いた。 「何となく、雰囲気が変わったような気がしたよ。奥間で見た時は、近寄りがたい雰囲気があったけど、馬天ヌルと旅をしたせいか、以前よりも明るくなったような気がする」 「佐敷ヌルの影響かもね。二人は同い年で、仲良しになったって言っていたわ」 「ほう、二人は同い年だったのか」 「今晩、お屋敷にみんなを呼んで飲みましょう」とマチルギは笑って去って行った。 ササの影響か、マチルギも最近は酒を飲んでいるようだった。 その夜、奥間ヌルも一緒に飲んだが、奥間ヌルもわきまえていて、娘の父親はマレビト神だと言っただけで誰とは言わず、うまくごまかしていた。そして、マチルギ、麦屋ヌル、奥間ヌルの三人は同年配で意気投合して、馬天ヌルだけがはじき出された感じで、カミーと東松田の若ヌルが待っていると言って早々と引き上げて行った。 サハチも三人の話にはついて行けず、その場から去って早めに休んだ。
翌日、馬天ヌル、麦屋ヌル、奥間ヌル、東松田の若ヌルとカミーは浦添に行き、浦添ヌルのカナと会って、ヤマトゥンチュのウタキに向かった。奥間大親は付いては行かず、配下の者たちに陰ながらの護衛を頼んだ。 カナはチフィウフジン(聞得大君)の神様からヤマトゥンチュのウタキの話は聞いていて、場所を知っていた。古いウタキなんだけど、詳しい事はチフィウフジンの神様にもわからないらしい。。カナも時々、お祈りをしているが、そこで神様の声は聞いた事がないという。 「そのウタキは何て呼ばれてるの?」と馬天ヌルが聞くと、 「トゥムイダキです」とカナは答えた。 「えっ!」と馬天ヌルは驚いて、麦屋ヌルと奥間ヌルを見た。 「トゥムムイ(朝盛)がトゥムイになまったに違いないわ」 カナの案内でトゥムイダキに行った一行は、小高い山に登って、山頂にある岩にお祈りを捧げた。馬天ヌルも初めて来たウタキだった。 「そなたはチフィウフジンか」と言う神様の声を馬天ヌルは聞いた。 「違います。わたしの 「どうして、チフィウフジンのガーラダマ(勾玉)を持っているんだ?」 「神様のお導きです」 「そうか。そなたは 「そうです。神様は朝盛法師殿ですか」 「ほう。わしの名を知っておるのか。すでに忘れ去られたものと思っていた」 「神様のお陰で、安須森の封印が解けました。ありがとうございます」 「なに、封印が解けた? 安須森ヌルを継ぐ者が現れたのか」 「はい。わたしの姪の佐敷ヌルです」 「そうか。封印が解けたか。それはよかった。すでに、マジムンはおらんじゃろう」 「はい。マジムンは消えて。神様たちが復活しました」 「よかったのう」 「このガーラダマは、 「そうじゃ。 「舜天様とその妹の初代浦添ヌル様にも挨拶をしたいのですが、ウタキはどこにあるのでしょうか」 「舜天の墓は浦添グスクの裏にあったんじゃが、英祖に滅ぼされた時、当時の浦添按司、 「どうして、女子が入れないのですか」 「仲順大主はヤマトゥに行った事があって、ヤマトゥにある 「今でも女人禁制なのですか」 「仲順大主の子孫が守っているから、女子は入れんよ」 馬天ヌルは思い出していた。前回のウタキ巡りの時、中グスクヌルに案内されて、中グスクの北にある集落に行った時、女子が入れないウタキがあった。中グスクヌルの話だと、仲順の御先祖様を祀っている神聖な山だと言った。入れないなら仕方がないと行かなかったが、まさか、あれが舜天の墓だったなんて思いもしなかった。 「浦添ヌルのウタキは、男が入れん普通のウタキじゃよ」と神様は言った。 「浦添ヌル様のウタキはどこにあるのですか」 「舜天の墓と山続きじゃ。一番高い所が 「ありがとうございます。さっそく、挨拶に行って参ります。ところで、このウタキを守る子孫の方はいらっしゃらないのですか」 「残念ながら、滅ぼされてしまったんじゃよ」 「そうでしたか。新しい浦添ヌルに守らせます」 「そうか。すまんのう。それにしても、二百年も続いた浦添の都がこんなにも静かになるなんて思わなかったぞ」 「わたしが以前のように栄えさせます」とカナが言った。 馬天ヌルは驚いて、カナを見た。 「あなた、聞こえるの?」と馬天ヌルはカナに聞いた。 カナはうなづいた。 馬天ヌルは麦屋ヌルと奥間ヌルを見た。麦屋ヌルも奥間ヌルも首を振った。 ササが言った通り、カナは凄いシジを持っているようだった。 朝盛法師の神様と別れて、一行は喜舎場森に向かった。カナも一緒に付いて来た。 歩きながらカナは、 「やっぱり、馬天ヌル様は凄いですね」と言った。 「実はあのウタキにササたちを連れて行ったんです。でも、神様は何もおっしゃいませんでした。今回もそうだろうと思ったのに、神様は現れました」 「あら、ササもあそこに行ったの? そうだったの。神様は留守だったのかしら?」 カナは楽しそうに笑った。 「馬天ヌル様、英祖様なんですけど、父親が誰だか知っています?」とカナは真顔に戻って聞いた。 「浦添グスクの近くにあった 「わたしも佐敷ヌル様からそう聞きました。でも、違うようなのです」 「何が違うの?」 「英祖様の母親は伊祖按司の娘の伊祖ヌルなんです。英祖様の母親も『ユードゥリ(浦添ようどれ)』に眠っていて、その母親の話によると、英祖様の父親は玉グスク按司の息子で、サクライノミヤというヤマトゥから来た山伏と一緒にヤマトゥに行ったきり帰って来なかったと言うのです」 「えっ!」と馬天ヌルは驚いて立ち止まった。 「すると、英祖様の父親はマレビト神だったの?」 「そういう事になります。マレビト神がティーダの神様に変わって、英祖様はティーダの子だと言われるようになったようです」 「成程ね‥‥‥父親が玉グスク按司の息子なら 「それは、そうとも限らないようです。肝心なのは母親が天孫氏かどうかなんです。玉グスク按司が天孫氏ではない娘を妻に迎えると、生まれてくる子供は天孫氏ではありません」 「母親の血筋を重んじるという事ね」 「そうなんです。神様は母親の血筋を重んじるので、父親がヤマトゥンチュでも、母親が天孫氏なら、その子は天孫氏なんだそうです」 「すると、舜天様も母親が大里ヌルだから天孫氏って事なのね」 「そうです。察度様の母親は 「その逆も言えるわね。男の人が天孫氏でなくても、天孫氏の女を妻に迎えれば、子供は天孫氏になるわ」 「そうなんです。ただ、自分が天孫氏かどうかを調べるのは難しい事です。母親の出自を調べなければなりません。わたしの母は大グスクの武将の娘です。一族は皆、戦死してしまったので、出自はわかりません」 「そうね。母親の出自をたどるのは難しいわね」 カナはうなづいた。 馬天ヌルの母親は大グスク按司の娘だが、その母親が天孫氏だったかどうかはわからない。父(サミガー大主)の母親は 「そうか。父親の血筋でいったら、 「そうなんです。それで、英祖様の父親の話なんですけど、母親の伊祖ヌル様から、ヤマトゥに行ったあと、どうなったのか調べてほしいと言うのです」 馬天ヌルはカナを見て笑った。 「神様から願い事を頼まれるなんて、凄いじゃない。ササと一緒に調べるといいわ。ササに、その事を言ったの?」 「その事を神様から頼まれたのは、ササがヤマトゥに行ったあとでした」 「来年、ササと一緒にヤマトゥに行ってらっしゃい」 「でも、どうやって調べるのですか」 「何か手掛かりはないの?」 「名前はグルーで、玉グスク按司の息子さんなんだけど、若按司じゃなかったようです。旅をするのが好きで、大雨が降っている晩に雨宿りに来て、一夜を共にして、その後、三度会っただけで、ヤマトゥに行ってしまったそうです。別れる時に、ヤマトゥ歌を一首、残したそうで、伊祖ヌル様はそのヤマトゥ歌をずっと守り神のように大切にしていたようです」 「ヤマトゥ歌?」 「今でも、そのヤマトゥ歌を覚えておりました」 カナは懐から紙切れを出して、馬天ヌルに見せた。ひらがなでヤマトゥ歌(和歌)が書いてあった。 「うむかぎぬ わすらるまじき わかりかな なぐりをひとぅぬ つきにとぅどぅみてぃ」と馬天ヌルは読んだ。 「面影が忘れられない別れかな。名残を人の月にとどめて‥‥‥恋の歌みたいね」 「 「えっ、西行法師?」 「馬天ヌル様は知っているのですか」 馬天ヌルは笑った。 「兄が好きな歌人よ。旅をしながら歌を詠んだお坊さんで、兄は西行法師のように旅がしたいと言って隠居したのよ。兄は『 「そうだったのですか。でも、西行法師の歌だけでは探しようがないですね」 「一緒に行ったというヤマトゥの山伏を調べればわかるんじゃないの。どこの山伏だかわからないの?」 「 「そうだったの。熊野権現を建てたという事は、偉い山伏だったのかもしれないわね。波之上の 「まだなんです」 「行けば何かわかるに違いないわ。喜舎場森に行ったら、次に浮島に行きましょう」 「いいんですか」 「あたしたちは今、旅の途中なの。その時の成り行きで動くのが、旅の楽しいところなのよ」 馬天ヌルは楽しそうに笑って、「そうか。母親の血筋だったのか」ともう一度、言った。 「ちょっと待って、あなた、察度様の母親が英慈様の孫娘って言っていたわね。天女じゃなかったの?」 「察度様の母親のウタキが 「そうだったの。という事は、察度様にも英祖様の血が流れているのね」 「そうなんです。舜天様から今の中山王まで、ずっとつながっているのです」 「舜天様と英祖様もつながっているの?」 「英祖様の祖父の伊祖按司様は舜天様の息子さんです。伊祖にグスクを築いて、伊祖按司を名乗りました」 「あら、そうだったの。それで、今の中山王にも英祖様の血が流れているの?」 「サミガー大主様の父親は、 「成程ね。舜天様からずっと続いていたのか‥‥‥あなたも色々と調べているのね」 「浦添ヌルとして当然の事です」とカナは言った。 カナは浦添ヌルである事に誇りを持っているようだと馬天ヌルは頼もしく思った。もしかしたら、馬天ヌルが今持っている豊玉姫のガーラダマは、カナが持つべきものなのではないかと思い、カナのガーラダマを見た。カナも立派なガーラダマを持っていた。 「ねえ、あなたのガーラダマは、運玉森ヌル様からいただいたものなの?」と馬天ヌルはカナに聞いた。 「そうなのです。実はこのガーラダマは英祖様のお母様が持っていたガーラダマだったのです」 「えっ、本当なの?」 「わたしも驚きました。わたしがこのガーラダマを持っていたので、神様もわたしにお願い事をしたのだと思います」 「でも、どうして、運玉森ヌル様が伊祖ヌル様のガーラダマを持っていたの?」 「伊祖ヌル様は、英祖様の娘が島添大里按司に嫁いだ時に、ガーラダマを渡したそうです。英祖様が浦添按司になったあと、伊祖グスクは浦添グスクの出城となって、伊祖按司は廃止されてしまいます。伊祖ヌルも必要なくなったので、孫娘にお守りとして渡したそうです。そのガーラダマが代々のサスカサに伝わって、わたしのもとに来たようです」 「運玉森ヌル様は、あなたと出会って、そのガーラダマをあなたに渡すべきだとわかったのね」 「運玉森ヌル様は何も言いませんでしたが、きっと、そうだと思います」 話を聞いていた奥間ヌルも麦屋ヌルも、不思議な事があるものなのねと感心していた。 中グスクに寄って中グスクヌルを連れて、 喜舎場の集落の後ろにある山が喜舎場森だった。前回、来た時、久場ヌルはあの山には何もないと言った。久場ヌルにその事を聞くと、「すみませんでした」と謝った。 「あの時、馬天ヌル様は舜天様が真玉添のヌルたちを滅ぼしたと言っていたので、仲順と喜舎場の 「そうだったの。そんな事があったなんて知らなかったわ。あたしも 「『舜天』のお芝居のお陰で、誤解は解けたようです」 「この辺りの人が、あのお芝居を観たの?」 「お芝居好きはどこにもいますよ。『舜天』のお芝居をすると聞いて、浦添まで観に行った人が何人もいるのです。舜天が悪者を倒したので、大喜びしておりました」 「そうだったの。お芝居の力って、思っていたよりも凄いのね。ここで『舜天』のお芝居をやれば、みんな、大喜びするわね」 「旅芸人の一座がここにも来て、『 「そうだったの。旅芸人の人たちも大変だわね」 細い山道を登って行くと見晴らしのいい頂上に出た。大きな木の下にウタキがあった。 お祈りをすると神様の声が聞こえてきた。 「よくいらしてくれました。母からあなたの娘さんの事は聞きました。わたしたちの父の事を調べてくれたそうですね。父が平家を倒したと言って、母はとても喜んでいました。ありがとうございます」 「いいえ。わたしこそ、いい加減な事を言いふらしてしまって申しわけございませんでした」 「いいえ、あなたが言いふらしたのではありません。真実が隠されてしまっていたので、誰にもわからなかったのです。この 馬天ヌルはカナを見た。 カナはうなづいて、初代浦添ヌルの神様に挨拶をした。 「わたしたちが造った浦添の都も時の流れで寂れてしまいましたが、あなたのお陰で、賑わいを取り戻せそうです。頑張ってくださいね」 頑張りますとカナは約束した。 舜天の妹の浦添ヌルと別れて、山を下りると村の人たちが待っていて、歓迎してくれた。前回の旅の時、会ってくれなかった仲順ヌルと喜舎場ヌルもいた。根人たちの案内で、舜天のウタキもお参りした。柵に囲まれていて、女子は中に入れないが、柵の手前で拝むと、神様の声が聞こえてきた。 「わしは知っておったんじゃよ」と舜天は言った。 「鎌倉殿(源頼朝)が亡くなったとの噂を聞いて、朝盛法師殿がヤマトゥに行ったんじゃ。もう六十を過ぎていたので、無理をするなと言ったんじゃが、やり残した事があるから行かなければならないと言って、法師殿はヤマトゥに行って来た。そして、親父の事を調べてきたんじゃよ。鎌倉殿が平家を倒すために兵を挙げた事を知ると、親父は熊野の兵を引き連れて出陣した。しかし、負け戦が続いて、甥の木曽次郎(義仲)と一緒に京都に攻め込むが、木曽次郎と対立して、結局は鎌倉殿に追われる身となって、討ち死にしたと聞いたんじゃ。平家が滅亡した壇ノ浦の合戦にも親父は参戦していない。あまりに惨めで、わしは母には言えなかった。妹にも言っていない。朝盛法師殿は無理なヤマトゥ旅が祟ったのか翌年、亡くなってしまった。親父の事はわしの胸にずっとしまっておいたんじゃ。しかし、母から真相を聞いて、わしは驚いた。鎌倉殿が蜂起したのも、各地の源氏が蜂起したのも、親父が 馬天ヌルは何も言えなかった。 舜天の声を聞いていた根人たちが泣いていた。 馬天ヌルたちは村の人たちにお礼を言って帰ろうとしたが、村人たちは帰してくれなかった。根人の屋敷に招待されて、歓迎の 「成り行きに任せましょう」と馬天ヌルは楽しそうに笑った。 楽しい宴がお開きになったあと、 「ありがとうございました」と久場ヌルが馬天ヌルにお礼を言った。 「仲順と喜舎場は昔から閉鎖的な所で、中グスク按司に心を開いてくれなかったのです。何とかしようと、わたしは仲順ヌルと喜舎場ヌルを何度も訪ねていたのですが、心を通わす事はできませんでした。馬天ヌル様のお陰で、何とかなりそうです。本当にありがとうございます」 「神様のお陰ですよ」と馬天ヌルは言った。 翌日、久場ヌルと中グスクヌルと別れ、馬天ヌルたちは浮島に向かった。 ヤマトゥの船も帰って、浮島は閑散としていた。波之上の熊野権現をお参りして、護国寺を訪ねた。熊野権現を創建した人の事を訪ねると、少し待たされて、住職の 「護国寺を創建したのは、 「熊野権現を建てたお人は、サクライノミヤという名前の山伏だったらしいのですが、心当たりはありませんか」と馬天ヌルは聞いた。 「サクライノミヤ?」と言って、和尚は首を傾げた。 「 「法親王様とは何ですか」 「天皇の息子さんが出家なさると法親王様と呼ばれるんじゃよ」 「そんな偉いお人が琉球には来ませんね。ヤマトゥにサクライノミヤという神社はありませんか。そこの山伏かもしれません」 「さあのう。あるかもしれんが、わからんのう」 「熊野にそんな神社はありませんか」とカナが聞いたが、和尚は首を傾げた。 「やっぱり、ヤマトゥに行かなければわからないわよ」と馬天ヌルはカナに言った。 「あとの手掛かりは玉グスクね。行ってみる?」 カナはうなづいた。 浮島の『よろずや』に寄って、父の浦添按司に手紙を渡すようにカナは頼んで、馬天ヌルたちと一緒に南部のウタキ巡りの旅を続けた。 |
浦添ユードゥリ
喜舎場森
波之上権現