無残、島尻大里
三月十日の早朝、 グスク内に避難民たちがいないので、炊き出しの様子は見られないが、石垣の上を守っている兵たちは疲れ切っているようだった。すでに テーラーは新兵器を用意していた。頑丈な荷車に太い丸太を乗せて固定して、敵の弓矢を防ぐために鉄板を張った屋根を付け、その荷車の中に八人の兵が入って荷車を動かすのだった。新兵器は二台あって、大御門と西曲輪の御門の前に置かれた。 それを見た他魯毎の兵たちは驚いた。あれで御門に突っ込めば御門は壊れるに違いないと誰もが思った。他魯毎は山北王があんな新兵器を隠し持っていた事に驚いたが、山北王に負けてなるものかと身を引き締めて、兵たちに活を入れた。 二度目の突撃でも御門は壊れなかったが、三度目の突撃で西曲輪の御門が壊れて、丸太車はそのままグスク内に入って行った。諸喜田大主率いる兵が 大御門も四度目の突撃で壊れた。テーラー率いる兵がグスク内になだれ込んで行った。 他魯毎の兵たちはグスク内に攻め込む山北王の兵たちを横目で見て、敵の弓矢を楯で防ぎながら攻撃を続けていた。突然、敵の攻撃がやんだ。御門の上の櫓の上の敵も石垣の上の敵も姿を消した。 「突撃!」と他魯毎は叫んだ。 他魯毎は出て来た敵兵を捕虜として確保するようにサムレー大将の 東曲輪内にいた兵たちはサムレー大将の 他魯毎は投降した者たちを一か所に集めた。百人近くの兵がいた。 東曲輪には 「ここをどこと心得る。不届き者め、出て行け!」と摩文仁の妻はわめいた。 「ここはわたしの母の住まいだった。勝手に上がり込んで好き勝手な事をしておるのはどっちだ」 摩文仁の妻たちは母が大事にしていた着物や髪飾りを身に付けていた。他魯毎は怒りが込み上げてくるのを必死に抑えて、「この者たちを捕まえろ」と兵たちに命じた。 島尻大里ヌルと慶留ヌルは二の曲輪内にあるヌルの屋敷にいた。朝早くから法螺貝が鳴り響いて、御門に何かが当たる物凄い音がして、危険が迫ってきたのを察して御内原に逃げて来ていた。他魯毎は二人も捕まえた。 東曲輪では戦う事なく制圧できたが、石垣を隔てた隣りの一の曲輪では地獄絵さながらの悲惨な状況に陥っていた。 一の曲輪を守っていたのはサムレー大将の 大御門から二の曲輪に突入したテーラー率いる山北王の兵は二の曲輪内の敵兵を倒して、一の曲輪の御門を破壊して一の曲輪に突入した。山北王の兵たちは刃向かって来る敵は勿論の事、逃げ回る敵も容赦なく殺し回った。グスクを守っていた高良之子率いる兵たちを倒した山北王の兵たちは、摩文仁がいる島尻御殿に突撃した。そこに立ちはだかったのは真壁大主だった。 真壁大主の素早い太刀さばきによって、山北王の兵は次々に倒された。テーラーもかなわぬとみて、三人の兵に弓矢で狙わせた。同時に三か所から飛んで来る矢を真壁大主は見事に刀で払った。そして、 テーラーは十人の兵に弓矢で狙わせた。真壁大主は素早く石つぶてを投げて四人の兵を倒し、三本の矢を払ったが三本の矢は防げなかった。次々に撃たれる弓矢が真壁大主の体に刺さった。頭にも顔にも刺さり、弓矢だらけとなった真壁大主は立ったまま息絶えた。 真壁大主がやられると、敵兵は戦意をなくして武器を捨てたが、山北王の兵は投降を許さず、斬り捨てた。 島尻御殿の二階に武装した摩文仁と山グスク大主と中座大主がいた。三人の老将はよく戦ったが、次から次へと掛かってくる敵兵には勝てず、皆、討ち死にした。摩文仁を討ったのはテーラーの弟の 摩文仁は腰に テーラーたちが島尻御殿の中で、摩文仁たちを倒していた時、諸喜田大主が率いる兵は西曲輪にいた敵を倒して、客殿の中に侵入していた。客殿の中には『 北の御殿には新年の行事に参加していた役人たちがいた。グスクに閉じ込められてしまったため、ここで寝泊まりしながら仕事をしていた。役人たちは武装もしてなく、抵抗もしなかったが、すべての者が無残に斬られた。 一の曲輪の 東曲輪から他魯毎が兵を率いて一の曲輪に入った時、すでに戦は終わっていた。他魯毎は島尻御殿の裏側にある書斎の横から一の曲輪に入って行った。あちこちに敵兵の死体が悲惨な姿で転がっていた。島尻御殿の北側を通って御庭に出ると、島尻御殿の前に弓矢だらけの真壁大主が倒れていた。 「お師匠!」と叫んで数人の兵が真壁大主に近寄って、壮絶な死に様に涙した。 島尻御殿の中は死体だらけだった。他魯毎は呆然として死体を眺めた。敵には違いないが、皆、父に使えていた兵たちだった。 テーラーが二階から降りて来た。 「偽者は倒したぞ」とテーラーは言った。 他魯毎はうなづいて、二階に上がった。 二階には 他魯毎はふと摩文仁が腰に差している刀に気づいた。父が大事にしていた祖父の刀だった。どうして、摩文仁が差しているのかわからなかったが、他魯毎は摩文仁の腰から刀をはずして、 他魯毎は山南王の執務室に行き、刀掛けにある刀をはずして、祖父の刀を元に位置に戻した。執務室には死体はなく、荒らされてもいなかった。 他魯毎が御庭に戻ると、山南王の兵たちが整列していて、他魯毎を迎えて勝ち テーラーが近づいて来て、書庫の床下に三人の死体があったと伝えた。 「米蔵に火を掛けた三人ではないのか」とテーラーは言った。 他魯毎はテーラーと一緒に見に行った。書庫の脇に三人の死体はあった。一人の顔に見覚えがあった。 テーラーが御庭に戻ったあと、サムレー大将の 「そう言えば、 「北の御殿にいるかもしれません。ただ、役人たちは皆、殺されています」 「何だと!」 「武器を持っていない役人たちを山北王の奴らは殺したのです」 「何という事だ‥‥‥」 他魯毎は島尻御殿の裏を通って、北の御殿に行った。見るに堪えないひどい有り様だった。戦とは関係なく働いていた者たちなのに、皆殺しにされていた。重臣たちの執務室を覗くと、ここまで逃げて来て殺されたのか、五人の死体が転がっていた。 「波平大親を探せ!」と他魯毎は東江之子に命じた。 東江之子が転がっている死体を調べて執務室から出て行こうとしていた時、波平大親が現れた。 「おお、無事だったか」と他魯毎は波平大親に駆け寄った。 波平大親は力なく笑って、「テハが使っていた隠し部屋に隠れていて助かりました」と言った。 「そうか。無事で本当によかった」 「しかし、ここで働いていた者たちを助けられなかった。山北王はひどい事をする。他魯毎殿が山南王になっても、勢力が弱まるように役人たちを皆殺しにしろと命じたようです」 「何だって?」 「ここに攻め込んだのは 「ひどい奴だ」と他魯毎は死体を見ながら首を振った。 他魯毎は顔を上げて、波平大親を見ると、 「長い間、御苦労様でした」とねぎらった。 「蔵を守るのがわたしの仕事ですから」と波平大親は苦笑した。 波平大親はシタルーが
島尻大里グスクが落城した翌日、山グスクにいたサハチは サハチたちは 「テーラーが内緒で作っていた新兵器が活躍したようじゃ」と 「その兵器は話に聞いた事があります。かなり昔に使われた兵器です」とファイチが言った。 「山北王の軍師にリュウインという 「その新兵器、今帰仁グスク攻めに使えるかもしれん。よく調べておいてくれ」と思紹がウニタキに言った。 「わかりました」とウニタキはうなづいた。 奥間大親がグスク内にいた遊女から聞いた話だと、北の御殿にいた男たちは皆殺しにされ、隠れていた波平大親だけが助かったという。重臣のくせに役人たちを見殺しにして隠れていたなんて情けない。生き延びても、他魯毎に殺されるだろうと言っていたという。 「先に投降した 「他魯毎が山南王になっても、人材不足になりそうじゃのう」と思紹が心配した。 「山北王が重臣を送り込むかもしれません」とファイチが言った。 「なに、山北王が重臣を島尻大里グスクに入れるというのか」とサハチが驚いた。 「島尻大里グスクが落とせたのは山北王の新兵器のお陰ですから、そのくらいの事はやるでしょう。改めて同盟を結ぶと言って、他魯毎の長男に嫁を送って来るかもしれません」 「他魯毎の長男のシタルーと俺の娘のマカトゥダルの婚約はすでに決まっているぞ」とサハチが言った。 「強引な事を言ってくるかもしれません」 「シタルーの娘で、山北王の長男と婚約した娘がいなかったか」と思紹が聞いた。 「奥間の側室が産んだ娘で、今帰仁グスク内に新しい屋敷を建てて、母親と一緒に暮らしています。まだ十三歳ですから婚礼は三、四年後になるでしょう」とウニタキが答えた。 「山北王の 「そうだった」とサハチが笑った。 「強引な事を言ってきたとしても、山北王がいなくなれば、すべてが解決する」 絵地図を眺めていた苗代大親が、「あとは波平グスク、真壁グスク、 「島尻大里グスクが落ちて、摩文仁は戦死した。他のグスクも降伏するじゃろう。抵抗する理由はないからのう」 「石屋のテサンは戦死したのですか」とウニタキが奥間大親に聞いた。 「テサンは北の御殿にいたようですから戦死したはずです」 ウニタキはうなづいて、「 「頼むぞ。みんなを ウニタキが出て行くのと入れ替わるように、 サハチたちは驚いた。捕まっているはずの波平大親が、どうしてここに来られたのかわけがわからなかった。 波平大親の顔を見て、サハチは思い出した。十年近く前に、島尻大里グスクの婚礼に行った時、何かと世話を焼いてくれた男だった。あの時、かなり、シタルーに信頼されている重臣だと思ったが、波平大親だったとは知らなかった。 波平大親は頭を下げて名乗ったあと、 「わたしが島尻大里グスクに残ったのは、八重瀬殿(タブチ)のためでも、摩文仁殿のためでもありません。 「もしかして、王妃様を逃がしたのは、そなただったのか」と思紹が聞いた。 波平大親はうなづいた。 「重臣たちが八重瀬殿を山南王にしようとしている事を知って、王妃様に知らせて、サムレー大将を務めている弟にも知らせて逃がしました。わたしが王妃様に会ったあと、 「最初から残るつもりだったのですか」とサハチは聞いた。 「弟に頼んで王妃様を逃がしたあと、隙を見て、わたしも逃げるつもりでした。でも、王妃様から蔵を守れと言われて、残る覚悟を決めました」 「王妃様に恩でもあるのですか」とファイチが波平大親に聞いた。 波平大親はファイチを見るとうなづいた。 「わたしの父はサムレー大将でした。 「王妃様は人の才能を見抜く目も持っていたようじゃな」と思紹は笑って、「他魯毎のために、これからもよろしくお願いする」と波平大親に言った。 「かしこまりました」と波平大親は頭を下げた。 思紹は浦添若按司に波平グスクから撤収して、山グスクに行って、苗代大親と合流するように命じた。 波平大親と浦添若按司が苗代大親と一緒に帰ったあと、 「波平大親が王妃のために残っていたとは驚いたのう」と思紹が言った。 「もし、波平大親がいなかったら、グスク内の財宝は皆、摩文仁に奪われていたかもしれませんね」とサハチが言った。 「照屋大親にしろ、波平大親にしろ、お芝居のうまい役者が揃っていますね」とファイチが言って、皆を笑わせた。 「確かにのう」と思紹がうなづいた。 「しかし、一番の主役は山南王妃じゃろうな。今まで、表に出て来なかったのが不思議なくらい立派な 「次のお芝居は『山南王妃』ですね。 「そいつは面白い。シビーとハルに台本を書かせよう」とサハチは笑いながら言った。 「山南王妃もお芝居は好きなようじゃから喜ぶじゃろう」と思紹は楽しそうに笑った。 |
島尻大里グスク
八重瀬グスク