スタタンのボウ
十日間、滞在したミャーク(宮古島)をあとにして、ササたちを乗せた クマラパと娘のタマミガが一緒に来てくれた。さらに、何度もターカウ(台湾の高雄)に行っているムカラーという船乗りが ササたちは多良間島に寄ってスタタンのボウと会って、イシャナギ島に行ってマッサビとウムトゥ姫様に会って、タキドゥン島に行って琉球から来たというのタキドゥン按司と会い、クン島に寄って、ドゥナン島に行き、そこから黒潮を越えてターカウに行くという計画を立てた。できれば、トンドにも行ってみたいが、それはターカウまで行ってから決めるつもりだった。 八重山では九月から二月まで北東の風が吹いているので焦る必要はなかった。帰りは南西の風が吹く四月まで、ターカウで待たなくてはならない。あまり早く行っても仕方がないので、気に入った場所で長期滞在するつもりだった。ミャークの人たちと仲よくなったので、もう少し滞在してもよかったのだが、早く知らない島を見てみたいと気がはやって、ミャークを船出したのだった。 細長く飛び出した その日は赤崎ウタキと対岸にある 来間島を眺めながら、「来間島のウプンマの娘、インミガに会いたいわ」とタマミガが言ったら、 「インミガはわたしの子孫なのよ」と赤名姫の声が聞こえた。 「もしかして、赤名姫様の娘さんがあの島に行ったのですか」とササは赤名姫に聞いた。 「そうなのよ。ミャークが見える高台の上に、娘の来間姫のウタキがあるわ」 挨拶に行かなければならないとササ、シンシン、ナナ、 来間島のミャーク側は崖が続いていて岩場が多く、小さな砂浜から上陸した。細い道を登って崖の上に出ると集落が見えた。この辺りだけが高くなっていて、あとは平らな島だった。きっと、この島も大津波で全滅したに違いないとササたちは思った。 坂道を下りて集落に入ってウプンマの家に行った。ウプンマは野崎に行っていて、娘のインミガが留守番をしていた。インミガはタマミガと同い年で、八年前に一緒に 琉球から王様の娘がミャークに来ているという噂はインミガも聞いていたが、まさか、来間島に来るなんて思ってもいなかった。インミガは インミガの案内で坂道を登って森の中にあるウタキに行き、ササたちは来間姫と会った。 母親の赤名姫が一緒なので、来間姫は喜んで昔の事を話してくれた。 一千年前の大津波の時、来間島は全滅して、兄と妹の二人だけがこの高台に逃げて助かったという。来間姫がこの島に来たのは、大津波から百五十年ほど経った頃で、兄妹の子孫たちが暮らしていた。来間姫は島の男と結ばれて子孫を増やしていった。 三百年前の大津波の時も来間島は全滅したが、その時は高台に登って助かった者たちが十数人いた。来間姫の子孫のウプンマも助かった。来間島から野崎に養子に行っていた三兄弟が戻って来て、ウプンマを助けて島の再建をした。野崎も津波で全滅したが、三兄弟は 来間姫は母親と一緒にいた神様がスサノオだと知ると大声を上げて驚いた。噂に聞いていた御先祖様が来間島に来るなんて信じられないと言っていた。来間姫がスサノオに色々と聞き始めたので、ササたちはお祈りを終えてウタキを出た。 ササたちは船から持って来たヤマトゥの酒を島人たちに振る舞って、島人たちは捕り立てのザン(ジュゴン)の肉の入った汁で持て成してくれた。干し肉とは全然違って、捕り立てのザンの肉はとてもおいしかった。焼いたサシバの肉も出てきたのでササたちは驚いた。恐る恐る食べてみるとわりとおいしかった。でも、サシバを捕まえて食べようとまでは思わなかった。 翌日、来間島の島人たちと別れて、多良間島へと向かった。風に恵まれて船は気持ちよく走ったが、思っていたよりも波が高くて、船は大揺れした。キャーキャー騒いでいた若ヌルたちは船室に籠もって、青白い顔でお祈りをしていた。 島が近づくと波も穏やかになって、若ヌルたちも甲板に出て来て騒ぎ始めた。多良間島もミャークと同じように平らな島だった。 「あの島の 「多良間島はミャークと八重山の中間にあるので、ミャークから八重山に行く船、八重山からミャークに行く船が必ず立ち寄る島なんじゃ。わしが初めてあの島に行ったのは、ウプラタス按司と一緒に 「スタタンて何ですか」と安須森ヌルが聞いた。 「古い言葉で『治める』という意味らしい。按司という言葉が琉球から伝わる前は、島の首長はスタタン( 「スタタンですか‥‥‥、今度、兄の事をスタタンて呼ぼうかしら」と安須森ヌルが言うと、 「スタタンのサハチね」とササが笑った。 「サハチ殿とはどんな男かね?」とクマラパが聞いた。 「選ばれた人かしら」とササが言った。 「サハチ 「ほう。神様に守られた男か。会ってみたいものじゃな」 「あたしたちが琉球に帰る時、一緒に来てください」と安須森ヌルが誘った。 「それがいいわ」とササも手を打った。 「 「津堅島か‥‥‥妹も連れて里帰りするか」とクマラパも乗り気になっていた。 島の北側に船を泊めて、小舟に乗って多良間島に向かった。砂浜に弓矢を構えた兵が数人、待ち構えていた。ササたちは驚いて身構えたが、 「大丈夫じゃ」とクマラパが言って、立ち上がって手を振ると、中央にいた女が合図をして、皆、構えていた弓矢を下ろした。 「お師匠!」と叫んで、合図をした女が小舟に近づいて来た。 「スタタンのボウじゃよ」とクマラパがササたちに言った。 「お師匠、突然、どうしたのです?」と言いながらボウはササたちを見た。 クマラパの説明を聞いたボウは驚き、ササたちを歓迎してくれた。見慣れぬヤマトゥ船が来たので、 森の中から武装した男と女が出て来て、クマラパに挨拶をした。 「ボウの夫のハリマと娘のトンドじゃ」とクマラパが言った。 トンドとタマミガは再会を喜んでいた。二人は五年前に一緒にトンドに行き、翌年にはターカウに行っていた。トンドという名は父と母がトンドで結ばれて、生まれたからだった。自分の名前にちなむトンドの国に行ったトンドは、何を見ても驚いて、感激していた。今はウプンマとして母親を助け、トンドで出会った若者を連れて来て一緒になり、二人の子供にも恵まれていた。 ハリマはターカウのキクチ殿の配下だったサムレーで、ターカウに来たボウに一目惚れして多良間島に来たのだった。ナナがヤマトゥンチュだと知ると目を丸くしてナナを見た。 「ヤマトゥの 「刀を差している所を見ると、かなりの腕のようじゃな。どこの生まれだね?」 「生まれたのは 「対馬の早田水軍の娘か。わしらと共に戦った仲間じゃな。わしの親父は 播磨の赤松というのはササも知っていた。ヤマトゥに行った交易船が瀬戸内海に入って、播磨の国を通った時、護衛してくれたのが赤松氏で、将軍様の側近にも赤松 ハリマは懐かしそうにナナとヤマトゥの事を話していた。 小高い丘の上に按司の屋敷があって、その南側に集落があった。タマミガはトンドと一緒にウプンマの屋敷に行った。ササたちは按司の屋敷に行って、お茶を御馳走になった。久し振りに飲んだお茶はおいしかった。 ボウが子供の頃、まだミャークに移住していなかったウプラタス按司が福州からミャークへの行き帰りに多良間島に寄っていた。ウプラタス按司はいつも珍しいお土産を持って来た。お茶もその中の一つで、お茶を飲む習慣ができたという。 ボウの父親はウプラタス按司の船に乗って何度も クマラパの弟子になって武芸を身に付けたボウは十八歳の時に野崎按司の船に乗ってターカウに行き、翌年にはアコーダティ勢頭の船に乗ってトンドに行った。その後も、ターカウとトンドに何度も行って、ターカウでハリマに見初められた。 「ボウは手ごわい相手じゃった」とハリマは笑った。 「三度口説いて、三度振られたんじゃ。わしは覚悟を決めて、この島に来た。そして、一緒にトンドに行って、ついにボウを落としたんじゃよ」 「どうやって落としたのですか」とナナが興味深そうに聞いた。 「トンドで見つけた笛を吹いたんじゃよ」 「笛ですか」とナナは驚いた顔をして、ササと安須森ヌルを見た。 「わしはヤマトゥにいた頃、母から教わった笛を吹いていたんじゃが、ターカウに行く途中、なくしてしまったんじゃ。多分、海がしけた時に落としてしまったんじゃろう。ターカウでは笛は手に入らなかったので、すっかり忘れていたんだが、トンドで竹の笛を見つけて、久し振りに吹いてみたんじゃ。そしたら、ボウがわしの笛を聞いて感激したんじゃ。武芸では勝てなかったが、笛で落とせたというわけじゃよ」 「あの時の笛の調べは本当に素晴らしかったわ。涙が出るほど感動したのよ」とボウは言った。 「でも、この島に帰ってきたら、あの時の調べが吹けないのよ」 「あの時はきっと、笛の神様が降りて来たんじゃろう」とハリマは楽しそうに笑った。 「あたしの兄も笛の名手です」と安須森ヌルが言った。 「あたしもサハチ 「兄も笛で女の人を口説いているのかしら?」 「まさか?」とササは笑ったが、急に真顔になって、「高橋殿を口説いたかもしれないわね」と言った。 安須森ヌルは納得したようにうなづいた。 ボウの案内で、ササたちは森の中にある古いウタキに行って、神様に挨拶をした。 神様はササたちにお礼を言った。ユンヌ姫がスサノオの神様を連れて来てくれたという。 「スサノオ様はユンヌ姫様と一緒に 多良間姫は二代目のウパルズ様の娘で、一千年前の大津波から百年余り経った頃、多良間島に来ていた。大津波で多良間島に住んでいた人は全員が亡くなってしまい、以前、どんな人たちが住んでいたのかはまったくわからない。多良間姫が来た時、あちこちから来た五十人くらいの人たちがバラバラに暮らしていた。多良間姫はみんなを集めて、 「三百年前の大津波の時は大丈夫だったのですか」と安須森ヌルが聞いた。 「ほとんどの人たちが亡くなってしまったのよ。でも、ウプンマはアカギにしがみついていて助かったわ。ウプンマと同じように助かった人たちが三十人くらいいたの。その人たちによって、何とか再建する事ができたのよ」 ウタキから帰ると愛洲ジルーたちと若ヌルたちも来ていて、村の広場に島人たちが集まって来て、ササたちを囲んで歓迎の 「この島に 「この島は佐田大人の船に囲まれてしまったのよ。恐ろしかったわ」と言って、顔をしかめて首を振った。 「あの時は危機一髪じゃったのう」とハリマが言った。 「奴らがターカウに来たのは、わしがこの島に来る前の年の暮れじゃった。一千人も引き連れて来たので、キクチ殿も驚いていた。佐田大人は 「きっと、神様が助けてくれたのよ」とボウが言った。 「あとで聞いたんじゃが、この島に来る前にパティローマ島(波照間島)に寄って、島人たちを殺して、若い娘をさらっていたようじゃ。本当に神様のお陰で助かったんじゃよ」 ササがハリマにジルーを紹介すると、驚いた顔をしてジルーを見て、「もしかして、 ジルーがうなづくと、 「何という事じゃ。愛洲隼人殿の倅がこの島に来たとは驚いた。神様のお導きかもしれんのう」と言って、両手を合わせた。 「父を知っているのですか」とジルーは聞いた。 「わしの親父は水軍の大将で、愛洲隼人殿と一緒に明国まで出陣して行ったんじゃよ」 「ちょっと待って下さい。その隼人は父ではなくて、祖父だと思います。祖父は九州に行って南朝の水軍として働いていました」 「そうか。そなたの祖父か」とハリマはうなづいてジルーを見た。 「そうじゃろうのう。わしより十五も年上じゃった。そなたの祖父が九州に来て、将軍宮様にお仕えした時、親父は隼人殿を屋敷に呼んで歓迎の宴を開いたんじゃよ。わしは当時、まだ十歳じゃった。年が明けて正月に親父は明国を攻めるために出陣した。その時、隼人殿とキクチ殿も一緒に行ったんじゃよ。隼人殿とキクチ殿は同い年で、手柄を競い合って活躍した。そして、仲もよかった。そなたがターカウに行ったら大喜びして迎えたじゃろうが、残念ながら五年前に亡くなってしまった。そなたの祖父は健在なのか」 ジルーは首を振った。 「九年前に亡くなりました。祖父は九州での活躍はあまり話してくれませんでした」 「そうじゃったか」とハリマはうなづいて、祖父の活躍をジルーに話してくれた。 祖父は愛洲水軍を率いて、三度、明国に出陣していた。冬に北風に乗って南下して、夏に成果を上げて帰って来た。沿岸の村々を襲うだけでなく、時には馬に乗って内陸まで攻め込んだという。祖父たち水軍の者たちは活躍したが、将軍宮様は九州探題の ジルーは目を輝かせて、南朝のために働いていた勇敢な祖父の話を聞いていた。 「祖父と一緒に佐田大人も一緒にいたのですか」とジルーは聞いた。 「いや、奴は 次の日はのんびりと過ごした。ササたちが知らないうちに、ゲンザ(寺田源三郎)とミーカナ、マグジ(河合孫次郎)とアヤーが仲よくなっていて、楽しそうに浜辺を散歩していた。 「ササも行った方がいいわ」とシンシンが言った。 「どこに?」と海を眺めていたササが聞いた。 「あそこよ」とシンシンが指差す先に、浜辺に一人で座り込んでいるジルーがいた。 「どうして、あたしがあそこに行くのよ」とササはジルーを見ながら言った。 「寂しそうだわ」とナナが言って、ササの背中を押した。 「わかったわよ」とササは二人を見て苦笑するとジルーの方に向かった。 ササがジルーに声を掛けて、隣りに座るのを見るとシンシンとナナは顔を見合わせて笑った。 「何を考えていたの?」とササはジルーに聞いた。 「祖父の事だよ。祖父を知っている人がこんな所にいたなんて、まるで、夢を見ているみたいだった」 ササは笑った。 「あたしだって、ミャークで最初に会ったクマラパ様が、祖父を知っていたなんて腰を抜かしてしまうくらいに驚いたわ」 「ハリマ殿が言っていたけど、神様のお導きなのかな」 「きっと、そうよ」 「京都で、ササの噂を聞いて琉球に行ったのも、この島に来るためだったのかもしれない。ハリマ殿から祖父の活躍を聞いて、 ササは海を見つめているジルーの横顔を眺めながら、なぜか、胸の中が熱くなっているのを感じていた。
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