玉グスク
那覇館での歓迎の宴の翌日、南の島の人たちとトンド王国(マニラ)のアンアンたちは安須森ヌルとササたちの先導で、隊列を組んで首里グスクへと行進した。沿道には小旗を振る人たちが大勢集まって、遠くから来た人たちを歓迎した。 二十年前に琉球に来た与那覇勢頭、多良間島のボウ、タキドゥン按司は琉球の変わり様に驚いていた。首里天閣があった所に高い石垣に囲まれた大きなグスクが建ち、鬱蒼とした樹木に覆われていた所に新しい都ができていた。初めて琉球に来た人たちは何を見ても驚いた。トンドの都に住んでいるアンアンたちも首里グスクの立派さには驚いていた。 首里グスクの百浦添御殿(正殿)で中山王の思紹と会って、安須森ヌルの案内で都見物を楽しんだあと、会同館で再び、中山王による歓迎の宴が催された。 首里に来たササたちは、あとの事は安須森ヌルに任せて、馬にまたがりセーファウタキ(斎場御嶽)に向かった。早く、瀬織津姫様の事が知りたかった。ササ、シンシン、ナナの三人に愛洲ジルー、シラー、サタルーが付いて来た。玻名グスクヌルは鍛冶屋のサキチとどこかへ行ってしまい、若ヌルたちは実家に帰した。 与那原を通り抜け、佐敷を通り抜け、手登根からクルー(手登根大親)が造った道を馬を走らせて、久手堅ヌルの屋敷に向かった。久手堅ヌルの屋敷で男たちには待っていてもらい、ササたちは久手堅ヌルと一緒にセーファウタキに入った。イリヌムイ(寄満)に行き、その奥にある豊玉姫のウタキがある大岩に向かった。 以前、豊玉姫のウタキに入れなかったシンシンとナナは躊躇したが、久手堅ヌルが大丈夫よと言ったので、二人は喜んでウタキの中に入って行った。 大岩をよじ登って、頂上でお祈りを捧げると豊玉姫の声が聞こえた。 「あなたたちには驚かされるわ。何度もヤマトゥに行っていて気づかないのに、南の島に行って瀬織津姫様の事を知るなんて‥‥‥知ってしまったからには話さないわけにはいかないわね」 「瀬織津姫様は琉球のお姫様だったのですね?」とササは豊玉姫に確認した。 「そうよ。瀬織津姫様はわたしが生まれた頃より五百年も前の人で、わたしは玉グスクで生まれたけど、瀬織津姫様の事を知らなかったのよ。わたしの母も知らなかったわ。わたしが瀬織津姫様の事を知ったのは、ヤマトゥに行って、スサノオと一緒に九州平定の旅に出た時なのよ。阿蘇山に登って、阿蘇山の神様から阿蘇津姫様の事を知ったの。阿蘇山にいた頃、瀬織津姫様は阿蘇津姫様と呼ばれていたのよ。南の島から来た神様らしい事はわかったけど詳しい事はわからなかったわ。でも、何となく、琉球の神様のような気がしたの。わたしは琉球に帰って来てから調べたのよ。御先祖様の神様をたどっていったの。でも、瀬織津姫様を知っている神様はいなかった。瀬織津姫様は琉球の人ではないんだと諦めかけた事もあったけど、わたしは挫けなかったわ。そして、やっと、瀬織津姫様を知っている神様に巡り会えたのよ。なかなか見つからなかったのは、瀬織津姫様の子孫が琉球にいなかったからなの。瀬織津姫様の子孫はヤマトゥにいるのよ。瀬織津姫様は垣花のヌルだったんだけど、琉球に帰って来なかったの。今の垣花グスクじゃなくて、玉グスクの北にあった垣花の都の事よ。当時はヌルが都を統治していて、瀬織津姫様は垣花のヌルの跡継ぎのお姫様だったのよ。瀬織津姫様がヤマトゥから帰って来ないので、妹様が母親の跡を継いだわ。だから、琉球にいるのは妹様の子孫たちなの。勿論、わたしたちもそうなのよ。瀬織津姫様の子孫じゃないから、わたしたちには瀬織津姫様の声は聞こえないのよ」 「やっぱり、瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)は琉球にはないのですね?」とササは少し落胆した声で聞いた。 「わたしもそう思ったわ。でも、わたしは諦めずに瀬織津姫様の妹様のお墓を探したの。玉グスクにはなかったし、垣花グスクにもなかったわ。そして、知念グスクで見つけたのよ。知念は瀬織津姫様の妹様が造った村だったの。妹様は知念姫様と呼ばれていて、若い頃から新しい村造りに励んでいたらしいわ。でも、お姉様がヤマトゥから帰って来ないので、垣花に戻って、お母様の跡を継いだのよ。長女に垣花のヌルを継がせて、晩年には知念に戻って来て、次女に知念のヌルを継がせたの。知念森と呼ばれていた山が知念姫様のお墓になって、そこがウタキになって、今の知念グスクができたのよ。当時はグスクではなくて、スクと言っていたらしいわ。スクというのはアマンの言葉で一族っていう意味らしいの。一族の首長のお墓をスクと呼ぶようになって、ヤマトゥから伝わった敬語の『御』が付いて、グスクになったらしいわ。わたしの頃もスクだったわ。グスクになったのは按司が生まれた頃じゃないかしら」 ミャーク(宮古島)でもイシャナギ島(石垣島)でも、グスクの事をスクと呼んでいた。古い言葉が未だに残っていたのだった。 「それで、知念姫様は瀬織津姫様のガーラダマの事を知っていたのですか」 「知っていたのよ。瀬織津姫様はヤマトゥで亡くなったけど、ガーラダマが遺品として届けられたのよ」 「えっ、琉球に瀬織津姫様のガーラダマが届けられたのですか」とササは驚いて、シンシンとナナを見た。 二人も驚いた顔をして、豊玉姫の声に耳を澄ましていた。 「わたしも驚いたわ。なんと、玉グスクにあったのよ」 「えっ、玉グスクにあるのですか」 思っていた通り、玉グスクにあったとササは喜んだ。 「玉グスクの一の曲輪の石の門を抜けた所に、アマツヅウタキがあるわ。古い神様で、雨乞いの神様だと伝えられているわ」 「わたしも母からそう聞きました」とササは言った。 若ヌルだった頃、母に連れられて玉グスクのウタキに行った事をササは思い出した。按司の屋敷がある二の曲輪の上にある一の曲輪は全体がウタキになっていた。古い神様のウタキがいくつもあって、母と一緒にお祈りをしたけど、当時のササには神様の声は聞こえなかった。 「瀬織津姫様は水の神様だから、それでいいのよ。そのアマツヅウタキに瀬織津姫様のガーラダマが祀られているのよ」 「えっ、瀬織津姫様のガーラダマはウタキに埋められているのですか」 「そうなのよ。垣花の都があった頃、都の南にあった岩山の頂上に、瀬織津姫様のガーラダマを祀って、玉スクって呼んでいたの。玉というのはガーラダマの事だったのよ。知念姫様の話だと、ガーラダマは石に囲まれた中に安置されて、重い岩盤で蓋をされたらしいわ。千五百年も前の事だから、今ではその岩盤も土に埋まっているわ。ガーラダマは玉グスクにあるけど、見る事も触れる事もできないわね。掘り起こしたりしたら大変な事になるわよ」 ササはがっかりした。ウタキに埋められたガーラダマを手に入れる事はできなかった。手に入れるには瀬織津姫様の許可が必要だった。 「アマツヅウタキで、豊玉姫様は瀬織津姫様の声を聞いた事はありますか」 「ないわ。あそこには垣花の都の首長だった歴代のヌルたちが眠っているの。瀬織津姫様のお母様のウタキもあるのよ。お母様の声は聞いた事あるけど、瀬織津姫様の声は聞いた事はないわ。時々、琉球に帰っていらっしゃるようだけど、わたしには聞こえないのよ」 「アマツヅウタキ以外に、瀬織津姫様のガーラダマは玉グスクヌルに伝わってはいないのですか」 「家宝として古いガーラダマはいくつもあるわ。その中には瀬織津姫様がヤマトゥとの交易で手に入れたガーラダマもあるはずよ。でも、瀬織津姫様が身に付けていたガーラダマはないと思うわ」 「瀬織津姫様が交易で手に入れたガーラダマでは瀬織津姫様の声は聞こえないのですね?」 「それらのガーラダマは各地のヌルたちに配られたのよ。当時の玉グスクヌルも手に入れたでしょう。でも、瀬織津姫様が身に付けていたガーラダマでなければ、瀬織津姫様は気づかないわ。瀬織津姫様が身に付けていたガーラダマをササが身に付けていれば、瀬織津姫様もササに声を掛けてくるでしょう」 「そうですか。でも一応、玉グスクヌルに会って聞いてみます。ありがとうございました」 「あなた、ヤマトゥに行くつもりなのね?」と豊玉姫は聞いた。 「琉球で見つからなければ、ヤマトゥでガーラダマを探してみます。阿蘇山か武庫山(六甲山)か、伊勢にあるかもしれません。もしかしたら、那智の滝にあるかもしれません」 「千五百年も前の事なのよ。難しいと思うわ」 「玉依姫様もご存じないのですね?」 「わたしが教えたから、瀬織津姫様が琉球のお姫様だったという事は知っているけど、それ以上は知らないと思うわ。でも、南の島で瀬織津姫様の事を知ったのだから、ササと瀬織津姫様は何か縁があるのかもしれないわね」 ササたちは豊玉姫にお礼を言って、ウタキから降りた。 「瀬織津姫様の事は初めて聞きました」と久手堅ヌルがササに言った。 アマミキヨ様が南の島から琉球に来て、ミントングスクで亡くなり、その後、一族の人たちが垣花に都を造って、垣花のお姫様がヤマトゥに行って、瀬織津姫様と呼ばれる神様になった事をササは教えた。 「瀬織津姫様の子孫がスサノオ様です。瀬織津姫様の妹の子孫が豊玉姫様で、二人が結ばれて、琉球の天孫氏とヤマトゥの天孫氏は一つになりました。わたしたちはその子孫なのです」 「ヤマトゥに行って瀬織津姫様に会うのですね?」 「そう思っているんですけど、瀬織津姫様のガーラダマがないと会う事はできません。何としてでも、ガーラダマを探さなければなりません」 セーファウタキから出て、久手堅ヌルの屋敷で昼食を御馳走になって、ジルーたちと一緒に玉グスクに向かった。 途中、知念グスクの近くを通った時、 「知念には寄らないの?」とナナがササに聞いた。 ササは少し考えたあと、「先に玉グスクのアマツヅウタキに行った方がいいわ」と言った。 志喜屋の村を通り抜け、垣花の城下を通って、玉グスクの城下に入った。城下にあるヌルの屋敷に行って、玉グスクヌルと会った。 玉グスクヌルがササたちの無事の帰国を喜んでくれたので、ササたちは簡単に旅の話をしてから、古いガーラダマの事を聞いた。 「これも古いガーラダマだと伝わっています」と言って、玉グスクヌルは自分が身に付けているガーラダマを見せた。 二寸(約六センチ)弱の黄色っぽい翡翠のガーラダマだった。 「先代から聞いた話では、豊玉姫様がヤマトゥに行く時に付けていたものだそうです。豊玉姫様がスサノオ様から授かったガーラダマもあったんだけど、中山王になる前の察度が浦添を攻めた時、極楽寺にいた玉グスクヌルと一緒に焼かれてしまったわ。石だから残っていると思うけど、極楽寺の跡地に埋まったままなのよ」 そう言って、玉グスクヌルはササを見ると、 「あなたが羨ましいわ」と言った。 「わたしは按司の娘に生まれたので、玉グスクヌルになったけど、決してシジ(霊力)が高いわけではないの。決められたお勤めはしているけど、豊玉姫様の声を聞いた事はないのよ。聞こえるのは数代前の御先祖様の声だけだわ。昔のヌルは一族の人たちを率いていかなければならなかったので、シジが高くなければヌルにはなれなかった。でも、按司が一族を率いる時代になって、ヌルは按司のための祭祀ができればいいようになってしまって、按司の娘がヌルになる事になったわ。でも、若ヌルのウミタルはシジが高いのよ。まだ修行中だけど、あの娘が豊玉姫様の声が聞こえるようになる事をわたしは祈っているわ」 若ヌルのウミタルはササの従姉のマナミーの娘だった。安須森ヌルの妹の娘なのでシジが高いのかもしれないとササは思った。 玉グスクヌルは大切にしまってある木箱を出して、その中にある古いガーラダマを見せてくれた。ガーラダマは十数個あったが、ササの目にかなう物はなかった。 ササたちは玉グスクヌルと一緒に玉グスクに行った。二の曲輪の屋敷に行って按司と奥さんのマナミーに挨拶をした。マナミーは南の島の話を聞きたがり、ササたちは簡単に話した。 「お土産はあとで届けさせるわ」と言って、詳しい話はジルーに任せて、ササたちは玉グスクヌルと一緒に一の曲輪に登った。 急な石段が続いていて、石の門をくぐって一の曲輪に入ると霊気がみなぎっていた。正面にアマツヅウタキがあった。石垣に囲まれていて、瀬織津姫様のガーラダマが安置してある石室の蓋は見えなかった。草が生えているので土の下に埋まっているようだ。掘り起こしたいと思ったが、それはできなかった。千五百年もの間、玉グスクヌルが守ってきたウタキを荒らすわけにはいかなかった。 ササたちはウタキにお祈りを捧げた。神様の声は聞こえなかった。 一の曲輪内には古いウタキがいくつもあって、玉グスクヌルと一緒にお祈りを捧げたが、神様の声は聞こえなかった。 「ササ様から教えていただいて、垣花森に行って、極楽寺で亡くなった玉グスクヌルと会って、お話を聞きました。ここにある古いウタキは、垣花森に都があった頃の首長だったヌルたちのお墓だそうです。極楽寺で亡くなった玉グスクヌルも、アマツヅウタキに瀬織津姫様のガーラダマが眠っている事は知りませんでした。雨乞いの神様だと言っていました」 一の曲輪には若ヌルの屋敷があって、若ヌルのウミタルが暮らしていた。以前は玉グスクヌルもここで暮らしていたのだが、何代か前のヌルが高齢になって上り下りに苦労するようになり、城下に屋敷を建てて暮らすようになった。以後、ヌルは城下に住んで、若ヌルが一の曲輪に住むようになったという。 若ヌルはいなかった。多分、宝森のウタキに行っているのだろうと玉グスクヌルは言った。 ササたちは玉グスクヌルにお礼を言って、石門をくぐって外に出た。そこからの眺めは最高だった。海の向こうに久高島が見えた。 二の曲輪に戻って、ジルーたちを連れて玉グスクを出た。馬にまたがりながら、これからどうしようかとササは考えた。 「都だった垣花森に瀬織津姫様のガーラダマが眠っているかもしれないわよ」とシンシンが言った。 確かにその可能性はあるが、密林になってしまっている都の跡を探すのは無理だった。 「垣花グスクも古いんでしょ。何かがわかるかもしれないわよ」とナナが言った。 ササはうなづいて、来た道を戻った。 「なんだ、また戻るのか」とジルーが聞いた。 「ものには順番があるのよ」とササは言った。 垣花グスクの城下にあるヌルの屋敷で垣花ヌルと会って、ササは瀬織津姫様の話をした。垣花ヌルは興味深そうに話を聞いていたが、瀬織津姫様の名前を聞くのも初めてだし、そんな昔にヤマトゥに行ったヌルがいたなんて信じられないと言って驚いていた。古いガーラダマも見せてもらったが、それらしい物はなかった。 垣花ヌルはササの母親、馬天ヌルと同じくらいの年齢で馬天ヌルを尊敬していた。ササは去年の安須森参詣で会ってはいるが、あまり話をした事もなかった。垣花グスク内にあるウタキは古い垣花ヌルたちのウタキで、垣花に関係のない人を入れるわけにはいかないと言った。 関係はあるのだが、いちいち説明しても理解してはくれないだろうとササは思い、お礼を言って別れた。 垣花から知念に行って、知念ヌルと会った。知念ヌルは知念按司の妹で、知念按司の妻のマカマドゥはササの従姉なので歓迎してくれた。瀬織津姫様の事を話すと驚いて、瀬織津姫様の妹が知念の村を造ったと言ったら、そんな事は全然知らなかったと言った。 「知念グスクを築いた知念姫様は玉グスクの一族だという事は聞いているけど、そんな凄い神様の妹さんだったなんて初めて聞きました」 そう言って、若ヌルのマカミーに波田真ヌルを呼んで来るように頼んだ。波田真ヌルは先代の知念ヌルだった。知念ヌルは引退すると波田真ヌルを継ぐ習わしがあった。二年前、波田真ヌルだった先々代の知念ヌルが亡くなったので、波田真ヌルを継いでいた。 ササたちが知念ヌルから古いガーラダマを見せてもらっている時、若ヌルが波田真ヌルを連れて来た。 「瀬織津姫様の名前は先々代の志喜屋の大主様から聞いた事があるわ」と波田真ヌルはササを見て言った。 「かなり古い神様で、凄い神様だったと聞いているけど、その瀬織津姫様と知念姫様が姉妹だったなんて知らなかったわ」 志喜屋の大主は馬天ヌルにガーラダマを授けた人だった。佐敷按司を隠居した思紹が志喜屋に行って、志喜屋の大主の娘の志喜屋ヌルからガーラダマを譲られて、思紹は馬天ヌルに渡した。そのガーラダマは浦添のヌルに代々伝わって来たもので、豊玉姫がスサノオから授かった十種の神器の中の一つだった。 「志喜屋の大主様は凄い神人だったと聞いていますが、未来に起こる事がわかったのですか」とササは波田真ヌルに聞いた。 「そうなのよ。凄い神人だったのよ。男の人だからウタキに入れないけど、神様とお話ができたのよ。そして、予言も当たったわ。浦添按司になった玉グスクの一族が察度に滅ぼされるのも、島添大里按司が八重瀬按司に滅ぼされるのも予言したのよ」 「凄い人だったのですね」と言って、ササは手に持っていた古いガーラダマを箱に戻した。 ここにも瀬織津姫様のガーラダマはなさそうだった。 「伯母さん、あのガーラダマも見せてもいいですか」と知念ヌルが波田真ヌルに聞いた。 「えっ?」と言ったあと、波田真ヌルはササを見て、「瀬織津姫様のガーラダマを探しているの?」と聞いた。 ササはうなづいた。 「見せてもいいわ」と波田真ヌルは知念ヌルに言った。 知念ヌルは部屋から出て行って、綺麗な箱を持って戻って来た。箱の中に古いガーラダマが入っていた。大きさはそれ程大きくはないが、何か強い力が感じられた。 「知念グスクを築いた知念姫様のガーラダマだって伝わっているわ」と波田真ヌルは言った。 「若ヌルが知念ヌルになる時、これを首に掛けるのが古くからのしきたりなの。でも、気分が悪くなって、すぐに外したくなるのよ」と知念ヌルが言った。 「わたしは二日も寝込んだわ」と波田真ヌルが笑って、「いつしか『試練のガーラダマ』って呼ばれるようになったのよ」と言った。 ササはガーラダマをじっと見つめてから、顔を上げて、「首から下げてもいいですか」と聞いた。 知念ヌルは波田真ヌルを見た。 「ひどい目に遭うわよ」と波田真ヌルは言った。 「人によって症状は違うけど、胸が締め付けられるように苦しくなって血を吐いた人もいたって伝えられているわ。あなたにその覚悟があるなら、試してみるがいいわ」 ササはガーラダマにお祈りを捧げた。シンシンとナナもササを見倣ってお祈りを捧げた。 目を開くとササはガーラダマをゆっくりと箱から出して、目の前に捧げてから、ガーラダマの紐を頭から通して首に掛けた。 突然、雷が鳴り響いた。若ヌルが悲鳴を上げた。シンシンとナナがビクッとして外を見た。勢いよく降る雨の音が聞こえてきた。外にいたジルーたちが慌てて飛び込んできた。 ササが首から下げたガーラダマが一瞬、光ったように思えた。 「あなた、大丈夫なの?」と波田真ヌルが聞いた。 「気分は悪くはありません」とササは言った。 「何となく、身が軽くなったような気がします。空でも飛んでいけるような気分です」 「信じられないわ」と言ったあと、ハッとした顔をして、波田真ヌルは何かを思い出したように指折り数えた。 「志喜屋の大主様が亡くなって、三十三年目だわ」と驚いた顔をして波田真ヌルが言った。 「志喜屋の大主様は亡くなる時に、三十三年後、そのガーラダマを身に付けるべき人が現れると言ったのよ。わたしたちはまさかって思ったけど、今年が丁度、三十三年後なのよ。でも、どうして、あなたなの?」 ササにもわからなかった。豊玉姫様の子孫には違いないけど、知念とのつながりはなかった。でも、ガーラダマを見つめていたら、「大丈夫」という声が聞こえたような気がした。ササは痛い思いをする覚悟をして、一か八か首から下げたのだった。 四半時(三十分)後、雷も大雨もやんで、嘘のように晴れ渡った。ササたちは波田真ヌル、知念ヌルと一緒にグスク内にあるウタキに行った。ここのウタキもグスクの一番上にあった。 「知念姫様が瀬織津姫様の妹さんだったなんて驚いたわね」と波田真ヌルがまた言った。 「今まで声を聞いた事はなかったけど、そのガーラダマを首から下げているあなたなら声が聞こえるかもしれないわ」 ササたちはお祈りを捧げた。 「そなたは誰じゃ?」という声がササだけに聞こえた。 「馬天ヌルの娘で、運玉森ヌルを継いだササと申します」とササは答えた。 ササの声を聞いて、皆が驚いてササを見た。 「運玉森ヌルのそなたが、どうして、われのガーラダマを首から下げているのじゃ?」 「わかりません」とササは答えてから、「神様は知念姫様ですか」と聞いた。 「そうじゃ。そのガーラダマは姉がヤマトゥに行く時に身に付けていたガーラダマで、われが垣花のヌルを継ぐ時に、姉から譲られたガーラダマじゃ。われの長女が垣花のヌルを継ぐ時に譲ったが、長女はそのガーラダマを身に付ける事はできなかった。われは知念森に隠居して、知念のヌルになった次女にガーラダマを譲った。次女も身に付ける事はできず、代々、知念ヌルに伝わっていったが、誰一人として、そのガーラダマを身に付ける事はできなかった。なぜ、そなたはそのガーラダマを身に付ける事ができるんじゃ?」 「神様のお姉様というのは瀬織津姫様の事ですね?」 「姉は垣花姫を名乗ってヤマトゥに行ったが、阿蘇津姫という名を名乗って琉球に帰って来た。そして、われに垣花のヌルを継げと言って、そのガーラダマをわれに譲った。次に帰って来た時は武庫津姫と名乗っていた。その後、姉は帰っては来なかった。ヤマトゥで亡くなって、神様になって帰って来た時、瀬織津姫と名乗っていたんじゃよ。もしや、そなたは姉の子孫なのか」 「まさか?」とササは首を振った。 「そなたの父親の母親は誰じゃ?」 「わたしの父は三好日向というヤマトゥンチュ(日本人)で、阿波(徳島県)の国で生まれました。母親は阿波の国の娘です」 「阿波の国に阿波津姫という姉の娘がいると姉から聞いた事がある。その娘は姉の子孫に違いない。われの子孫の馬天ヌルと、姉の子孫の阿波の国の娘が産んだ三好日向が結ばれて、そなたが生まれたのじゃろう」 「えっ、父のお母さんが瀬織津姫様の子孫だったのですか」 「そうとしか考えられん。われらが亡くなって、四百年後、われの子孫の豊玉姫と姉の子孫のスサノオが結ばれて、玉依姫が生まれた。玉依姫はヤマトゥの女王になった。それ以来の事じゃ。そなたが何をしでかすのかわからんが、姉もそなたの出現に喜ぶ事じゃろう。ヤマトゥに行って、姉に会って来るがいい」 ササは驚いて返事もできなかった。自分が玉依姫様と同じように、瀬織津姫様の子孫とその妹の知念姫の子孫が結ばれて生まれたなんて信じられなかった。 夕日に照らされて輝いているササの顔を見つめながら、シンシン、ナナ、波田真ヌル、知念ヌルは呆然としていた。 |
セーファウタキ
玉グスク
垣花グスク
知念グスク