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玉グスク
『那覇館』での『歓迎の宴』の翌日、南の島の人たちとトンド王国(マニラ)のアンアン(安安)たちは安須森ヌル(先代佐敷ヌル)とササ(運玉森ヌル)たちの先導で、隊列を組んで首里グスクへと行進した。沿道には小旗を振る人たちが大勢集まって、遠くから来た人たちを歓迎した。 二十年前に琉球に来た『与那覇勢頭』、『多良間島のボウ』、『タキドゥン按司』は琉球の変わり様に驚いていた。『首里天閣』があった所に高い石垣に囲まれた『大きなグスク』が建ち、鬱蒼とした樹木に覆われていた所に『新しい都』ができていた。初めて琉球に来た人たちは何を見ても驚いた。『トンドの都』に住んでいるアンアンたちも『首里グスク』の立派さには驚いていた。 首里グスクの『百浦添御殿(正殿)』で中山王の『思紹』と会って、安須森ヌルの案内で都見物を楽しんだあと、『会同館』で再び、中山王による『歓迎の宴』が催された。 首里に来たササたちは、あとの事は安須森ヌルに任せて、馬にまたがり『セーファウタキ(斎場御嶽)』に向かった。早く『瀬織津姫』の事が知りたかった。ササ、シンシン(杏杏)、ナナの三人に愛洲ジルー、シラー(久良波之子)、奥間のサタルーが付いて来た。玻名グスクヌルは鍛冶屋のサキチとどこかへ行ってしまい、若ヌルたちは実家に帰した。 与那原を通り抜け、佐敷を通り抜け、手登根からクルー(手登根大親)が造った道を馬を走らせて、『久手堅ヌル』の屋敷に向かった。久手堅ヌルの屋敷で男たちには待っていてもらい、ササたちは久手堅ヌルと一緒に『セーファウタキ』に入った。『イリヌムイ(寄満)』に行き、その奥にある『豊玉姫のウタキ(御嶽)』がある大岩に向かった。 以前、『豊玉姫のウタキ』に入れなかったシンシンとナナは躊躇したが、久手堅ヌルが大丈夫よと言ったので、二人は喜んでウタキの中に入って行った。 『大岩』をよじ登って、頂上でお祈りを捧げると『豊玉姫の声』が聞こえた。 「あなたたちには驚かされるわ。何度もヤマトゥ(日本)に行っていて気づかないのに、南の島に行って『瀬織津姫様』の事を知るなんて‥‥‥知ってしまったからには話さないわけにはいかないわね」 「『瀬織津姫様』は琉球のお姫様だったのですね?」とササは豊玉姫に確認した。 「そうよ。『瀬織津姫様』はわたしが生まれた頃より五百年も前の人で、わたしは『玉グスク』で生まれたけど、『瀬織津姫様』の事を知らなかったのよ。わたしの母も知らなかったわ。わたしが『瀬織津姫様』の事を知ったのは、ヤマトゥに行って、『スサノオ』と一緒に九州平定の旅に出た時なのよ。『阿蘇山』に登って、阿蘇山の神様から『阿蘇津姫様』の事を知ったの。阿蘇山にいた頃、瀬織津姫様は『阿蘇津姫様』と呼ばれていたのよ。南の島から来た神様らしい事はわかったけど詳しい事はわからなかったわ。でも、何となく、琉球の神様のような気がしたの。わたしは琉球に帰って来てから調べたのよ。御先祖様の神様をたどっていったの。でも、『瀬織津姫様』を知っている神様はいなかった。『瀬織津姫様』は琉球の人ではないんだと諦めかけた事もあったけど、わたしは挫けなかったわ。そして、やっと、『瀬織津姫様』を知っている神様に巡り会えたのよ。なかなか見つからなかったのは、『瀬織津姫様』の子孫が琉球にいなかったからなの。『瀬織津姫様』の子孫はヤマトゥにいるのよ。『瀬織津姫様』は垣花のヌルだったんだけど、琉球に帰って来なかったの。今の垣花グスクじゃなくて、玉グスクの北にあった『垣花の都』の事よ。当時はヌルが都を統治していて、『瀬織津姫様』は垣花のヌルの跡継ぎのお姫様だったのよ。『瀬織津姫様』がヤマトゥから帰って来ないので、『妹様』が母親の跡を継いだわ。だから、琉球にいるのは『妹様』の子孫たちなの。勿論、わたしたちもそうなのよ。『瀬織津姫様』の子孫じゃないから、わたしたちには『瀬織津姫様の声』は聞こえないのよ」 「やっぱり、『瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)』は琉球にはないのですね?」とササは少し落胆した声で聞いた。 「わたしもそう思ったわ。でも、わたしは諦めずに『瀬織津姫様の妹様』のお墓を探したの。『玉グスク』にはなかったし、『垣花グスク』にもなかったわ。そして、『知念グスク』で見つけたのよ。知念は『瀬織津姫様の妹様』が造った村だったの。妹様は『知念姫様』と呼ばれていて、若い頃から新しい村造りに励んでいたらしいわ。でも、お姉様がヤマトゥから帰って来ないので、垣花に戻って、『お母様の跡』を継いだのよ。長女に『垣花のヌル』を継がせて、晩年には『知念』に戻って、次女に『知念のヌル』を継がせたの。『知念森』と呼ばれていたお山が『知念姫様』のお墓になって、そこが『ウタキ』になって、今の『知念グスク』ができたのよ。当時は『グスク』ではなくて、『スク』と言っていたらしいわ。『スク』というのはアマンの言葉で『一族』っていう意味らしいの。一族の首長のお墓を『スク』と呼ぶようになって、ヤマトゥから伝わった敬語の『御』が付いて、『グスク』になったらしいわ。わたしの頃も『スク』だったわ。『グスク』になったのは按司が生まれた頃じゃないかしら」 ミャーク(宮古島)でもイシャナギ島(石垣島)でも、グスクの事を『スク』と呼んでいた。古い言葉が未だに残っていたのだった。 「それで、『知念姫様』は『瀬織津姫様のガーラダマ』の事を知っていたのですか」 「知っていたのよ。『瀬織津姫様』はヤマトゥで亡くなったけど、『ガーラダマ』が遺品として届けられたのよ」 「えっ、琉球に『瀬織津姫様のガーラダマ』が届けられたのですか」とササは驚いて、シンシンとナナを見た。 二人も驚いた顔をして、豊玉姫の声に耳を澄ましていた。 「わたしも驚いたわ。なんと、『玉グスク』にあったのよ」 「えっ、『玉グスク』にあるのですか」 思っていた通り、『玉グスク』にあったとササは喜んだ。 「『玉グスク』の一の曲輪の石の門を抜けた所に、『アマツヅウタキ』があるわ。古い神様で、『雨乞いの神様』だと伝えられているわ」 「わたしも母からそう聞きました」とササは言った。 若ヌルだった頃、母に連れられて『玉グスクのウタキ』に行った事をササは思い出した。按司の屋敷がある二の曲輪の上にある『一の曲輪は全体がウタキ』になっていた。『古い神様のウタキ』がいくつもあって、母と一緒にお祈りをしたけど、当時のササには『神様の声』は聞こえなかった。 「『瀬織津姫様』は『水の神様』だから、それでいいのよ。その『アマツヅウタキ』に『瀬織津姫様のガーラダマ』が祀られているのよ」 「えっ、『瀬織津姫様のガーラダマ』は『ウタキ』に埋められているのですか」 「そうなのよ。『垣花の都』があった頃、都の南にあった『岩山』の頂上に、『瀬織津姫様のガーラダマ』を祀って、『玉スク』って呼んでいたの。『玉』というのは『ガーラダマ』の事だったのよ。『知念姫様』の話だと、『ガーラダマ』は石に囲まれた中に安置されて、重い岩盤で蓋をされたらしいわ。千五百年も前の事だから、今ではその岩盤も土に埋まっているわ。『ガーラダマ』は『玉グスク』にあるけど、見る事も触れる事もできないわね。掘り起こしたりしたら大変な事になるわよ」 ササはがっかりした。『ウタキ』に埋められた『ガーラダマ』を手に入れる事はできなかった。手に入れるには『瀬織津姫様』の許可が必要だった。 「『アマツヅウタキ』で、豊玉姫様は『瀬織津姫様の声』を聞いた事はありますか」 「ないわ。あそこには『垣花の都』の首長だった歴代のヌルたちが眠っているの。『瀬織津姫様のお母様のウタキ』もあるのよ。お母様の声は聞いた事あるけど、『瀬織津姫様の声』は聞いた事はないわ。時々、琉球に帰っていらっしゃるようだけど、わたしには聞こえないのよ」 「『アマツヅウタキ』以外に、『瀬織津姫様のガーラダマ』は玉グスクヌルに伝わってはいないのですか」 「家宝として『古いガーラダマ』はいくつもあるわ。その中には『瀬織津姫様』がヤマトゥとの交易で手に入れた『ガーラダマ』もあるはずよ。でも、『瀬織津姫様が身に付けていたガーラダマ』はないと思うわ」 「『瀬織津姫様』が交易で手に入れた『ガーラダマ』では『瀬織津姫様の声』は聞こえないのですね?」 「それらの『ガーラダマ』は各地のヌルたちに配られたのよ。当時の『玉グスクヌル』も手に入れたでしょう。でも、『瀬織津姫様が身に付けていたガーラダマ』でなければ、『瀬織津姫様』は気づかないわ。『瀬織津姫様が身に付けていたガーラダマ』をササが身に付けていれば、『瀬織津姫様』もササに声を掛けてくるでしょう」 「そうですか。でも一応、『玉グスクヌル』に会って聞いてみます。ありがとうございました」 「あなた、ヤマトゥに行くつもりなのね?」と豊玉姫は聞いた。 「琉球で見つからなければ、ヤマトゥで『ガーラダマ』を探してみます。『阿蘇山』か『武庫山(六甲山)』か、『伊勢』にあるかもしれません。もしかしたら、『那智の滝』にあるかもしれません」 「千五百年も前の事なのよ。難しいと思うわ」 「『玉依姫様』もご存じないのですね?」 「わたしが教えたから、『瀬織津姫様』が琉球のお姫様だったという事は知っているけど、それ以上は知らないと思うわ。でも、南の島で『瀬織津姫様』の事を知ったのだから、ササと『瀬織津姫様』は何か縁があるのかもしれないわね」 ササたちは『豊玉姫』にお礼を言って、ウタキから降りた。 「『瀬織津姫様』の事は初めて聞きました」と久手堅ヌルがササに言った。 『アマミキヨ様』が南の島から琉球に来て、『ミントングスク』で亡くなり、その後、子孫の人たちが『垣花』に都を造って、『垣花のお姫様』がヤマトゥに行って、『瀬織津姫』と呼ばれる神様になった事をササは教えた。 「『瀬織津姫様』の子孫が『スサノオ様』です。『瀬織津姫様の妹の知念姫様』の子孫が『豊玉姫様』で、二人が結ばれて、『琉球の天孫氏』と『ヤマトゥの天孫氏』は一つになりました。わたしたちはその子孫なのです」 「ヤマトゥに行って『瀬織津姫様』に会うのですね?」 「そう思っているんですけど、『瀬織津姫様のガーラダマ』がないと会う事はできません。何としてでも、『ガーラダマ』を探さなければなりません」 『セーファウタキ』から出て、久手堅ヌルの屋敷で昼食を御馳走になって、ササたちはジルーたちと一緒に『玉グスク』に向かった。 途中、『知念グスク』の近くを通った時、 「知念には寄らないの?」とナナがササに聞いた。 ササは少し考えたあと、「先に玉グスクの『アマツヅウタキ』に行った方がいいわ」と言った。 志喜屋の村を通り抜け、垣花の城下を通って、玉グスクの城下に入った。城下にあるヌルの屋敷に行って、『玉グスクヌル』と会った。 玉グスクヌルがササたちの無事の帰国を喜んでくれたので、ササたちは簡単に旅の話をしてから、『古いガーラダマ』の事を聞いた。 「これも『古いガーラダマ』だと伝わっています」と言って、玉グスクヌルは自分が身に付けている『ガーラダマ』を見せた。 二寸(約六センチ)弱の黄色っぽい『翡翠のガーラダマ』だった。 「先代から聞いた話では、『豊玉姫様』がヤマトゥに行く時に付けていたものだそうです。『豊玉姫様』が『スサノオ様』から授かった『ガーラダマ』もあったんだけど、中山王になる前の察度が浦添を攻めた時、『極楽寺』にいた『玉グスクヌル』と一緒に焼かれてしまったわ。石だから残っていると思うけど、『極楽寺』の跡地に埋まったままなのよ」 そう言って玉グスクヌルはササを見ると、「あなたが羨ましいわ」と言った。 「わたしは按司の娘に生まれたので、『玉グスクヌル』になったけど、決して『シジ(霊力)』が高いわけではないの。決められたお勤めはしているけど、『豊玉姫様の声』を聞いた事はないのよ。聞こえるのは数代前の御先祖様の声だけだわ。昔のヌルは一族の人たちを率いていかなければならなかったので、『シジ』が高くなければヌルにはなれなかった。でも、按司が一族を率いる時代になって、ヌルは按司のための『祭祀』ができればいいようになってしまって、按司の娘が『ヌル』になる事になったわ。でも、若ヌルの『ウミタル』は『シジ』が高いのよ。まだ修行中だけど、あの娘が『豊玉姫様の声』が聞こえるようになる事をわたしは祈っているわ」 若ヌルの『ウミタル』はササの従姉の『マナミー』の娘だった。安須森ヌルの妹の娘なので『シジ』が高いのかもしれないとササは思った。 玉グスクヌルは大切にしまってある木箱を出して、その中にある『古いガーラダマ』を見せてくれた。『ガーラダマ』は十数個あったが、ササの目にかなう物はなかった。 ササたちは玉グスクヌルと一緒に『玉グスク』に行った。二の曲輪の屋敷に行って按司と奥さんの『マナミー』に挨拶をした。『マナミー』は南の島の話を聞きたがり、ササたちは簡単に話した。 「お土産はあとで届けさせるわ」と言って、詳しい話はジルーに任せて、ササたちは玉グスクヌルと一緒に『一の曲輪』に登った。 急な石段が続いていて、『石の門』をくぐって『一の曲輪』に入ると『霊気』がみなぎっていた。正面に『アマツヅウタキ』があった。石垣に囲まれていて、『瀬織津姫のガーラダマ』が安置してある『石室の蓋』は見えなかった。草が生えているので土の下に埋まっているようだ。掘り起こしたいと思ったが、それはできなかった。千五百年もの間、『玉グスクヌル』が守ってきた『ウタキ』を荒らすわけにはいかなかった。 ササたちは『ウタキ』にお祈りを捧げた。『神様の声』は聞こえなかった。 一の曲輪内には『古いウタキ』がいくつもあって、玉グスクヌルと一緒にお祈りを捧げたが、『神様の声』は聞こえなかった。 「ササ様から教えていただいて、『垣花森』に行って、『極楽寺で亡くなった玉グスクヌル』と会って、お話を聞きました。ここにある『古いウタキ』は、『垣花森』に都があった頃の『首長だったヌル』たちのお墓だそうです。極楽寺で亡くなった玉グスクヌルも、『アマツヅウタキ』に『瀬織津姫様のガーラダマ』が眠っている事は知りませんでした。『雨乞いの神様』だと言っていました」 一の曲輪には『若ヌルの屋敷』があって、若ヌルの『ウミタル』が暮らしていた。以前は『玉グスクヌル』もここで暮らしていたのだが、何代か前のヌルが高齢になって上り下りに苦労するようになり、城下に屋敷を建てて暮らすようになった。以後、ヌルは城下に住んで、若ヌルが一の曲輪に住むようになったという。 若ヌルはいなかった。多分、『宝森のウタキ』に行っているのだろうと玉グスクヌルは言った。 ササたちは玉グスクヌルにお礼を言って、『石門』をくぐって外に出た。そこからの眺めは最高だった。海の向こうに『久高島』が見えた。 二の曲輪に戻って、ジルーたちを連れて『玉グスク』を出た。馬にまたがりながら、これからどうしようかとササは考えた。 「都だった『垣花森』に『瀬織津姫様のガーラダマ』が眠っているかもしれないわよ」とシンシンが言った。 確かにその可能性はあるが、密林になってしまっている『都の跡地』を探すのは無理だった。 「『垣花グスク』も古いんでしょ。何かがわかるかもしれないわよ」とナナが言った。 ササはうなづいて、来た道を戻った。 「なんだ、また戻るのか」とサタルーが聞いた。 「ものには順番があるのよ」とササは言った。 垣花グスクの城下にあるヌルの屋敷で『垣花ヌル』と会って、ササは『瀬織津姫』の話をした。垣花ヌルは興味深そうに話を聞いていたが、『瀬織津姫』の名前を聞くのも初めてだし、そんな昔にヤマトゥに行ったヌルがいたなんて信じられないと言って驚いていた。『古いガーラダマ』も見せてもらったが、それらしい物はなかった。 『垣花ヌル』はササの母親、馬天ヌルと同じくらいの年齢で馬天ヌルを尊敬していた。ササは去年の『安須森参詣』で会ってはいるが、あまり話をした事もなかった。垣花グスク内にあるウタキは『古い垣花ヌル』たちのウタキで、『垣花』に関係のない人を入れるわけにはいかないと言った。 関係はあるのだが、いちいち説明しても理解してはくれないだろうとササは思い、お礼を言って別れた。 『垣花』から『知念』に行って、『知念ヌル』と会った。知念ヌルは知念按司の妹で、知念按司の妻の『マカマドゥ』はササの従姉なので歓迎してくれた。『瀬織津姫』の事を話すと驚いて、『瀬織津姫の妹』が『知念』の村を造ったと言ったら、そんな事は全然知らなかったと言った。 「知念グスクを築いた『知念姫様』は玉グスクの一族だという事は聞いているけど、そんな凄い神様の妹さんだったなんて初めて聞きました」 そう言って、若ヌルのマカミーに『波田真ヌル』を呼んで来るように頼んだ。波田真ヌルは先代の知念ヌルだった。『知念ヌル』は引退すると『波田真ヌル』を継ぐ習わしがあった。二年前、波田真ヌルだった先々代の知念ヌルが亡くなったので、先代の知念ヌルが『波田真ヌル』を継いでいた。 ササたちが知念ヌルから『古いガーラダマ』を見せてもらっている時、若ヌルが『波田真ヌル』を連れて来た。 「『瀬織津姫様』の名前は先々代の『志喜屋の大主様』から聞いた事があるわ」と波田真ヌルはササを見て言った。 「かなり古い神様で、凄い神様だったと聞いているけど、その『瀬織津姫様』と『知念姫様』が姉妹だったなんて知らなかったわ」 『志喜屋の大主』は馬天ヌルに『ガーラダマ』を授けた人だった。佐敷按司を隠居した思紹が志喜屋に行って、志喜屋の大主の娘の志喜屋ヌルから『ガーラダマ』を譲られて、思紹は馬天ヌルに渡した。その『ガーラダマ』は浦添のヌルに代々伝わって来たもので、『豊玉姫』が『スサノオ』から授かった『十種の神器』の中の一つだった。 「『志喜屋の大主様』は凄い神人だったと聞いていますが、未来に起こる事がわかったのですか」とササは波田真ヌルに聞いた。 「そうなのよ。凄い神人だったのよ。男の人だから『ウタキ』に入れないけど、『神様』とお話ができたのよ。そして、『予言』も当たったわ。浦添按司になった玉グスクの一族が『察度』に滅ぼされるのも、島添大里按司が『八重瀬按司(汪英紫)』に滅ぼされるのも『予言』したのよ」 「凄い人だったのですね」と言って、ササは手に持っていた『古いガーラダマ』を箱に戻した。 ここにも『瀬織津姫のガーラダマ』はなさそうだった。 「伯母さん、あの『ガーラダマ』も見せてもいいですか」と知念ヌルが波田真ヌルに聞いた。 「えっ?」と言ったあと、波田真ヌルはササを見て、「『瀬織津姫様のガーラダマ』を探しているの?」と聞いた。 ササはうなづいた。 「見せてもいいわ」と波田真ヌルは知念ヌルに言った。 知念ヌルは部屋から出て行って、綺麗な箱を持って戻って来た。箱の中に『古いガーラダマ』が入っていた。大きさはそれ程大きくはないが、『何か強い力』が感じられた。 「知念グスクを築いた『知念姫様のガーラダマ』だって伝わっているわ」と波田真ヌルは言った。 「若ヌルが『知念ヌル』になる時、これを首に掛けるのが『古くからのしきたり』なの。でも、気分が悪くなって、すぐに外したくなるのよ」と知念ヌルが言った。 「わたしは二日も寝込んだわ」と波田真ヌルが笑って、「いつしか『試練のガーラダマ』って呼ばれるようになったのよ」と言った。 ササは『ガーラダマ』をじっと見つめてから、顔を上げて、「首から下げてもいいですか」と聞いた。 知念ヌルは波田真ヌルを見た。 「ひどい目に遭うわよ」と波田真ヌルは言った。 「人によって症状は違うけど、胸が締め付けられるように苦しくなって血を吐いた人もいたって伝えられているわ。あなたにその覚悟があるなら、試してみるがいいわ」 ササは『ガーラダマ』にお祈りを捧げた。シンシンとナナもササを見倣ってお祈りを捧げた。 目を開くとササは『ガーラダマ』をゆっくりと箱から出して、目の前に捧げてから、『ガーラダマ』の紐を頭から通して首に掛けた。 突然、雷が鳴り響いた。若ヌルが悲鳴を上げた。シンシンとナナがビクッとして外を見た。勢いよく降る雨の音が聞こえてきた。外にいたジルーたちが慌てて飛び込んできた。 ササが首から下げた『ガーラダマ』が一瞬、光ったように思えた。 「あなた、大丈夫なの?」と波田真ヌルが聞いた。 「気分は悪くはありません」とササは言った。 「何となく、身が軽くなったような気がします。空でも飛んでいけるような気分です」 「信じられないわ」と言ったあと、ハッとした顔をして、波田真ヌルは何かを思い出したように指折り数えた。 「『志喜屋の大主様』が亡くなって、三十三年目だわ」と驚いた顔をして波田真ヌルが言った。 「『志喜屋の大主様』は亡くなる時に、『三十三年後、そのガーラダマを身に付けるべき人が現れる』と言ったのよ。わたしたちはまさかって思ったけど、今年が丁度、三十三年後なのよ。でも、どうして、あなたなの?」 ササにもわからなかった。『豊玉姫様』の子孫には違いないけど、『知念』とのつながりはなかった。でも、『ガーラダマ』を見つめていたら、『大丈夫』という声が聞こえたような気がした。ササは痛い思いをする覚悟をして、一か八か首から下げたのだった。 四半時(三十分)後、雷も大雨もやんで、嘘のように晴れ渡った。ササたちは波田真ヌル、知念ヌルと一緒に『知念グスク内にあるウタキ』に行った。ここの『ウタキ』もグスクの一番上にあった。 「『知念姫様』が『瀬織津姫様』の妹さんだったなんて驚いたわね」と波田真ヌルがまた言った。 「今まで『知念姫様の声』を聞いた事はなかったけど、その『ガーラダマ』を首から下げているあなたなら声が聞こえるかもしれないわ」 『知念姫のウタキ』の前で、ササたちはお祈りを捧げた。 「そなたは誰じゃ?」という声がササだけに聞こえた。 「馬天ヌルの娘で、『運玉森ヌル』を継いだササと申します」とササは答えた。 ササの声を聞いて、皆が驚いてササを見た。 「運玉森ヌルのそなたが、どうして、われの『ガーラダマ』を首から下げているのじゃ?」 「わかりません」とササは答えてから、「神様は『知念姫様』ですか」と聞いた。 「そうじゃ。その『ガーラダマ』は姉がヤマトゥに行く時に身に付けていた『ガーラダマ』で、われが『垣花のヌル』を継ぐ時に、姉から譲られた『ガーラダマ』じゃ。われの長女が『垣花のヌル』を継ぐ時に譲ったが、長女はその『ガーラダマ』を身に付ける事はできなかった。われは『知念森』に隠居して、『知念のヌル』になった次女に『ガーラダマ』を譲った。次女も身に付ける事はできず、代々、『知念ヌル』に伝わっていったが、誰一人として、その『ガーラダマ』を身に付ける事はできなかった。なぜ、そなたはその『ガーラダマ』を身に付ける事ができるんじゃ?」 「『知念姫様』のお姉様というのは『瀬織津姫様』の事ですね?」 「姉は『垣花姫』を名乗ってヤマトゥに行ったが、『阿蘇津姫』という名を名乗って琉球に帰って来た。そして、われに『垣花のヌル』を継げと言って、その『ガーラダマ』をわれに譲った。次に帰って来た時は『武庫津姫』と名乗っていた。その後、姉は帰っては来なかった。ヤマトゥで亡くなって、神様になって帰って来た時、『瀬織津姫』と名乗っていたんじゃよ。もしや、そなたは姉の子孫なのか」 「まさか?」とササは首を振った。 「そなたの父親の母親は誰じゃ?」 「わたしの父は『三好日向』というヤマトゥンチュ(日本人)で、『阿波の国(徳島県)』で生まれました。母親は阿波の国の娘です」 「阿波の国に『阿波津姫』という姉の娘がいると姉から聞いた事がある。その娘は姉の子孫に違いない。われの子孫の『馬天ヌル』と、姉の子孫の阿波の国の娘が産んだ『三好日向』が結ばれて、そなたが生まれたのじゃろう」 「えっ、父のお母さんが『瀬織津姫様』の子孫だったのですか」 「そうとしか考えられん。われらが亡くなって、四百年後、われの子孫の『豊玉姫』と姉の子孫の『スサノオ』が結ばれて、『玉依姫』が生まれた。玉依姫は『ヤマトゥの女王』になった。それ以来の事じゃ。そなたが何をしでかすのかわからんが、姉もそなたの出現に喜ぶ事じゃろう。ヤマトゥに行って、姉に会って来るがいい」 ササは驚いて返事もできなかった。自分が『玉依姫様』と同じように、『瀬織津姫様の子孫』とその妹の『知念姫様の子孫』が結ばれて生まれたなんて信じられなかった。 夕日に照らされて輝いているササの顔を見つめながら、シンシン、ナナ、波田真ヌル、知念ヌルは呆然としていた。 |
セーファウタキ
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垣花グスク
知念グスク