奥間のミワ
六月十二日、ササたちは愛洲ジルーの船に乗ってヤマトゥに行った。 島添大里グスクで安須森ヌルの帰国祝いとタキドゥン按司たちの歓迎の宴を開いた次の日の夕方、ササたちがアンアンたちを連れて島添大里グスクにやって来た。ササは瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)を手に入れたと言って大喜びしていた。その夜、ササたちの帰国祝いとアンアンたちの歓迎の宴を開いて、サハチはササから瀬織津姫様の事を聞いた。 千五百年も前の神様の事を調べるためにヤマトゥに行くなんて、サハチには信じられなかった。 「豊玉姫様でさえ聞いた事もない瀬織津姫様の声がお前に聞こえるのか」とサハチが聞くと、ササはガーラダマを見せて、「これがあれば聞こえるわ」と自信たっぷりに言った。 サハチが見た所、古いガーラダマだという事はわかるが、馬天ヌルのガーラダマより小さいし、特別な物とは思えなかった。 「そのガーラダマもしゃべるのか」と聞いたら、ササは首を振って、「まだしゃべらないけど大丈夫よ。まだ長い眠りから覚めていないの。瀬織津姫様の声を聞いたら目が覚めるわ」と言った。 「ユンヌ姫様も連れて行けよ」 「勿論よ。ユンヌ姫様も瀬織津姫様に会いたいはずよ。アキシノ様も行くわ。アキシノ様は、もしかしたら瀬織津姫様の子孫かもしれないって思っているの。それを確認しに行くのよ。南の島から来た赤名姫とメイヤ姫も一緒に行くわ」 思紹が弁才天様を彫っている事を教えると、ササは持っていた袋の中から弁才天様の絵を出してサハチに見せた。 「トンドの弁才天様よ。南の島ではサラスワティ様って呼ばれているわ」 綺麗に色まで塗られた見事な絵だった。やはり、手が四本あって、三弦のような楽器を持っていた。 「お前が描いたのか」 「マグジが描いたのよ」 「ほう、あいつは絵も描くのか」 「南の島で絵心に目覚めたのよ。ターカウやトンドの絵も描いているからあとで見せてもらうといいわ」 「奴はどこにいるんだ?」 「アヤーと一緒に与那原グスクにいると思うわ」 「親父に見せたら喜ぶだろう」 「もう見せたわ」 「親父に会ったのか」 「ここに来る前、首里に寄って来たの。王様はイーカチを呼んで、その絵を写せさせたわ。マグジの事を言ったら、イーカチは絵を見せてもらうって言って、途中まで一緒に来たのよ」 「そうだったのか」 「安謝大親様にも会って、浮島に来ている倭寇たちの事を聞いたのよ」 「なに? そんな事を聞いてどうするんだ?」 「まず最初の目的地は阿蘇山なの。阿蘇山に行くには現地の人の協力が必要だわ。浮島に来ている倭寇なら助けてくれるかもしれないでしょ」 「成程、ところで、阿蘇山はどこにあるんだ?」 ササは袋から九州の絵図を出した。 「これもマグジが描いたのか」 「これはシンシンがお父さんが持っていた絵図を写したのよ」 「ほう、シンシンも絵心があるじゃないか」 サハチがシンシンを見ると、嬉しそうな顔をして笑った。 阿蘇山は九州のほぼ中程にあった。 「こんな所にあるのか。博多から行くわけにはいかんな」 「そうなのよ。阿蘇山はヤタルー師匠の故郷らしいの。慈恩寺に寄って、ヤタルー師匠からお話を聞いてきたわ」 「ヤタルー師匠も連れて行けばいいんじゃないのか」 「あたしも頼んだんだけど、今、抜けるわけにはいかないって言われたわ」 「そうか。ヤタルー師匠が抜けたら慈恩禅師殿が大変だな」 「安謝大親様が息子の天久之子を一緒に行かせるって言ったから大丈夫よ。浮島に来ている倭寇たちを知っているわ」 「なに、安謝大親の息子が一緒に行くのか」 「今までサムレーをしていて、二、三年前から安謝大親様の下で働くようになったみたい。サムレーだった時に明国に行っているけど、ヤマトゥには行っていないので行かせるって言っていたわ。それで、阿蘇山なんだけど、山の頂上近くに阿蘇神社の奥宮があって、そこに阿蘇津姫様が祀ってあるらしいわ」 「阿蘇津姫様というのは瀬織津姫様の事なんだな」 「そうなのよ。阿蘇山に登って、瀬織津姫様のお話を聞かなければならないわ。それでね、浮島に来ていた倭寇の中に名和弾正という人がいたのよ。ここよ」と言ってササは九州の絵図を示した。 絵図には『やつしろ』と書いてあり、阿蘇山の南西にある海辺だった。サハチは名和弾正を知らなかった。 「琉球に来ているとはいえ、名和弾正がどんな奴だかわからないぞ。お前たちだけでは危険だ」 「大丈夫よ。トンドでもユンヌ姫様が危険を知らせてくれたわ」 「トンドにはアンアンたちがいたからいいけど、知らない土地では味方もいない。ヂャンサンフォン殿(張三豊)がいたら一緒に行ってくれって頼むのだが、もういないからな」 「ジルーたちがいるから大丈夫よ」 「でもな」と言ってから、「クマラパ殿に頼めないか」とサハチは言った。 「クマラパ様?」とササは首を傾げた。 「クマラパ様はヤマトゥに行った事はないわよ」 「そうか。それならクマラパ殿に慈恩寺の師範を頼んだらどうだ。そうすれば、ヤタルー師匠が一緒に行けるんじゃないのか」 「そうだわ。それがいいわ。ヤタルー師匠が一緒なら阿蘇山まで行けるわ」 「ヤタルー師匠が一緒なら俺も安心だ。俺からも頼んでみるよ」 次の日、ササたちと安須森ヌルはアンアンたちと南の島のヌルたちを連れて久高島に行った。ユリはハルとシビーを連れて、手登根のお祭りの準備に出掛けた。 その日、叔父のサミガー大主がクマラパたちを連れて島添大里グスクに来た。サハチはクマラパたちを歓迎して、ナツはクマラパから祖父のカルーの事を聞いて驚いていた。 翌日、サハチはクマラパたちを首里の慈恩寺に連れて行って慈恩禅師と会わせた。クマラパは慈恩寺が気に入って、喜んで師範を務めると言ってくれた。そして、ヤタルー師匠にササたちの事を頼んだ。ヤタルー師匠は二十三年振りの里帰りを喜んだが、ヤタルー師匠以上に喜屋武ヌルが喜んでいた。 「ヤタルー師匠から阿蘇山の話を聞いて、行ってみたかったのです。それに、お義姉様(トゥイ)もヤマトゥに行っているし、京都で会いたいわ」と嬉しそうに喜屋武ヌルは言った。 クマラパと妹のチルカマ、娘のタマミガはそのまま慈恩寺に滞在する事になった。タマミガは修行に励んでいる若者たちを見て、わたしのマレビト神はいるかしらと目を輝かせていた。 二日後、思紹は名護按司に贈る側室を船に乗せて名護に向かわせた。四月に名護按司が亡くなって若按司が按司を継いだ。そのお祝いとして美人の側室を贈ったのだった。按司の代が変わると側室を贈るのは恒例となっていた。側室も一緒に行く侍女も『三星党』の女だった。すでに、奥間からも側室が贈られていた。 その船には、真喜屋之子の事を調べるために、ウニタキが旅芸人たちと一緒に乗っていた。ピトゥ(イルカ)の塩漬けを浮島まで運ぶ人足たちも乗っていた。冊封使のために大量のピトゥを買い付けなければならなかった。 その日、行方知れずだった玻名グスクヌルが島添大里グスクに帰って来た。驚いた事に、奥間の若ヌルのミワとクジルーが一緒にいた。 「あなた、奥間まで行ってきたの?」と安須森ヌルは驚いた。 玻名グスクヌルはうなづいた。 「どうやって行ったのか覚えていないんですけど、気がついたら奥間にいました。奥間ヌル様に、ササ様の弟子たちやマユ様も南の島に行って来たと言ったら、奥間ヌル様が驚いて、ミワ様もヤマトゥに連れて行ってくれと頼んだのです」 「カミーとフカマヌルの若ヌルもヤマトゥに行く事になったのよ。ミワも入れたら、八人の若ヌルを連れて行く事になるわ。ササたちだけじゃ、とても無理だわ。あなたも一緒に行ってくれないかしら」 「はい。そのつもりで預かってきました」 「お願いね。南の島でもあなたに預けっぱなしだった。本当に感謝しているわ」 女子サムレーから知らせを受けてサハチがやって来ると、「お父様!」と叫びながらミワがサハチに駆け寄った。 皆が唖然とした顔で、サハチとミワを見ていた。サハチも驚いて、まいったなといった顔でミワを迎えた。 安須森ヌルがサハチたちの所に来て、サハチとミワを見比べて、「やっぱり、そうだったのね?」とサハチを睨んだ。 「この事は内緒だったんだ」とサハチはミワに言った。 「あっ!」とミワは言って、「お母様からも内緒って言われていたんだけど、お父様の顔を見たら、つい‥‥‥」 「もういいんだ。いつかはわかってしまう事だ」 そう言ってサハチは笑った。マチルギの怒った顔が目の前に浮かんだ。 「遠い所をよく来てくれた。お前の兄弟たちを紹介するよ」 サハチはみんなの視線から逃げるように、ミワを連れて一の曲輪に向かった。 奥間の若ヌルの父親がサハチだった事は、すぐにグスク内に知れ渡った。 「妹が増えたのね」と言いながらサスカサは頬を膨らませていた。 「ミワちゃんが俺の妹だったのか」とマグルーは目を丸くして、妻のマウミと顔を見合わせた。 女子サムレーの隊長、カナビーはミワの事をマチルギに知らせた方がいいか安須森ヌルに相談した。 「噂はすぐに首里にも行くわ。その前に知らせた方がいいわよ」と安須森ヌルは言った。 カナビーはうなづいて、近くにいたユーナを呼んで首里に送った。 次の日、マチルギはやって来た。凄い剣幕で屋敷の二階にやって来ると刀を振り回した。侍女たちも女子サムレーたちも呆然として見守った。子供たちはナツがどこかに連れて行って、いなかった。 サハチは土下座をして謝った。マチルギの怒りは治まらず、うなだれているサハチを連れて東曲輪に行くと物見櫓に登った。 景色を眺めながらマチルギは深呼吸をして、「お芝居よ」と言った。 「えっ?」とサハチはマチルギを見た。 「グスク内に知れ渡って、城下にも知れ渡ってしまった。みんながわたしがどう出るのか見守っているわ。みんなの期待通りのお芝居をしたのよ。ミワはもう十二歳よ。そんな昔の事を今になって怒ったってどうしようもないでしょう。三年前に奥間ヌルと出会った時にわかったわ。ミワの年を聞いて、あなたがサタルーの婚礼で奥間に行った時と符合したものね。あの時、あなたを責めようと思ったけどやめたわ。サタルーを守るために、妹が必要だったんだってわかったのよ」 「サタルーを守る妹?」 「そうよ。あなたにとっての安須森ヌル、王様にとっての馬天ヌル、サタルーにもそんな妹が必要だったのよ」 「ウナイ神か」 「そうよ。奥間を守るためにはサタルーだけでなく、ミワも必要だったのよ」 サハチはそんな事には気づかなかった。奥間ヌルがサハチが来るのをずっと待っていたのは、そんな理由があったのかと今になってわかった。 「でも、あなたの事を許したわけじゃないのよ。あとで借りはちゃんと返してもらうわ」 わかっているというように、サハチはうなづいた。マチルギは冊封使を迎える準備で忙しいからと首里に帰って行った。 その日の朝、ササたちが噂を聞いてやって来て、ミワを連れて玻名グスクに行った。帰りに首里に寄ると言ったので、マチルギはミワと会うだろう。マチルギがミワを気に入ってくれる事をサハチは祈った。 ミワもヤマトゥに行く事になって、サハチは心配した。ヤタルー師匠だけでは八人もいる若ヌルたちを守るのは難しい。サハチは浦添に行って飯篠修理亮に頼んだ。ササの話をすると浦添ヌルのカナが乗り気になって、一緒に行くと言ってくれた。修理亮は阿蘇山にも登った事があるというので、ササに言うとササも喜んで一緒に行く事になった。 琉球を直撃しなかったが、台風が近くを通ったらしく海が荒れた。うねりが治まるのを待って、ササたちはヤマトゥ旅に出掛けた。 その頃、ヤマトゥでは戦が始まっていた。息子を人質として送り、頭を下げた北畠左中将(満雅)だったが、約束を反故にした将軍と北朝の天皇を許す事ができず、二月なると挙兵した。三月には一族でありながら裏切った木造中納言(俊康)の木造城を攻め落として、木造城(津市)、大河内城(松阪市)、坂内城(松阪市)、玉丸城(玉城町)、多気の霧山城(美杉町)に一族を配置して、北畠左中将は阿坂城(松阪市)で総指揮を執った。 将軍義持は四月に美濃守護の土岐美濃守(持益)を大将に命じて五万の兵を伊勢に送った。さらに、丹後と若狭の守護を兼ねる一色兵部少輔(義貫)を援軍として伊勢に送り込んだ。各地で激戦が行なわれて、木造城が落城し、五月半ばには阿坂城も落城するが、琉球の交易船が博多に着いた六月十日、戦はまだ終わってはいなかった。北畠に従っている愛洲家も戦に参加していて、将軍の兵たちと戦っていた。
ササたちが船出した六日後、山南王の他魯毎が送った進貢船が糸満の港に帰って来た。他魯毎の使者が首里に来て、冊封使が七月の半ば頃に来るだろうと伝えた。冊封使一行は二隻の船に乗り、総勢五百人位になるとの事だった。 サハチはその数を聞いて驚いた。『天使館』は三百人が収容できるようになっていた。船に残る者もいるだろうから残りの百人余りは宿屋に分宿する事になる。今の時期はヤマトゥンチュがいないので何とかなりそうだ。しかし、五百人の唐人が三、四か月も滞在するとなると消費する食料は莫大だった。米は勿論の事、豚の肉に山羊の肉、魚や貝類、野菜に塩や味噌、酒も用意しなければならない。 米は羽地から仕入れてある。豚は去年から飼育を始め、今年も旧港(パレンバン)とジャワから来る事になっている。山羊はファイチに言われて集めてある。名護按司からピトゥの肉も大量に買い入れた。南の島の人たちがザン(ジュゴン)の肉と海亀の肉を持って来てくれた。酒はウニタキの酒蔵にたっぷりとある。それで何とか足りると思うが、心配になってきた。 かつて、久米村を仕切っていたアランポーは察度の死を知らせず、冊封使を呼ばなかった。その気持ちがよくわかったような気がした。 それから五日後、今帰仁に行っていたウニタキが帰って来た。サハチの顔を見るとニヤニヤして、「噂を聞いたぞ」と言った。 「お前の噂は今帰仁まで届いた」 「嘘を言うな」 「嘘ではない。勿論、城下には流れんが、『まるずや』では噂をしていたよ。とうとうばれたようだな。マチルギが鬼のような顔をしてやって来て、お前に斬りつけたそうだな」 「まいったよ」とサハチは苦笑した。 「玻名グスクヌルがミワを連れて来るなんて、思ってもいなかったよ。俺の顔を見た途端、ミワはお父様って呼んで駆け寄って来たんだ。会えたのは嬉しかったが、みんなが呆然とした顔をして俺たちを見ていたよ」 「ウニチルの時と一緒だな。突然、お父さんと呼ばれて、皆、唖然としていた」 「いつかはばれると思っていたが、突然だったからな。マチルギがいつ現れるのか、その夜はろくに眠れなかったよ」 「寝首を掻かれると思ったのか」とウニタキは笑った。 「怒ると本当に恐ろしいからな」 ウニタキはサハチの顔を見ながら笑い続けていた。 「お前だって気を付けろよ。リリーの事が突然ばれるかもしれんぞ」 「リリーは今、今帰仁にいる」 「なに、娘を連れて今帰仁に行ったのか。『まるずや』にいるのか」 「いや、『まるずや』に置いたら、俺の顔を見て、お父さんて呼ぶから危険だろう。城下で暮らしているよ。ヤンバル生まれだから怪しまれる事はない。芭蕉の糸を紡いで、地道に暮らしているよ」 サハチは笑って、「お前の別宅というわけか」と言った。 「俺だって、時にはくつろぎたいのさ」 「ところで、真喜屋之子の事で何か新しい事はわかったか」 「苦労して調べる事もなかった。イブキが詳しく知っていたんだ」 「イブキがどうして、真喜屋之子の事を調べたんだ?」 「あの事件が起こったのが、イブキたちが今帰仁に行った年だったんだよ。進貢船が帰って来て、今帰仁の城下はお祭り気分だった。その翌日、山北王の弟のサンルータの病死が知らされたようだ。前日にサンルータは『よろずや』に来て、扇子やら髪飾りやらを買って行ったそうだ。急に病死するなんておかしいと思って探ったようだ」 「そうだったのか」 「奴が首里にいると聞いて、イブキも驚いていたよ。そして、奴の家族の事を教えてくれた。兄貴は奴が事件を起こした時、今帰仁のサムレーで副大将を務めていたんだけど、奴のお陰で材木屋に回されたんだ」 「材木屋?」 「その頃、首里の城下造りのために大量の材木を浮島に運んでいたんだよ。奴は人足たちを指図していたのだろう。それでも、商才があったのか、今では材木屋の主人になっている」 「なに、奴の兄貴が材木屋の主人だったのか」 「俺も驚いたよ。材木屋と油屋は寝返らせなくてはならないと思っていたからな。親父が南部にいれば寝返らせやすくなった」 「材木屋の主人だったか。すると、宜野座に材木屋の拠点を置いたのもそいつだったのか」 「そうだ。サムレーだった頃は仲尾之子といっていたが、材木屋の主人になってからはナコータルーと名乗っている。真喜屋之子には弟もいて、弟が仲尾之子を名乗ってサムレーをやっている。諸喜田大主の配下で、湧川大主と一緒に鬼界島(喜界島)に行っている」 「なに、奴の弟が鬼界島攻めに加わっているのか」 「弟を殺した奴の弟だが、湧川大主は許したようだ。諸喜田大主が庇ったのだろう」 「そうか。奴の弟が鬼界島に行ったのか‥‥‥」 「奴の姉はリュウインの妻になっていて、妹は重臣の息子に嫁いでいたんだが、子供ができないと言って離縁されている。その後、嫁ぐ事もなく、父親の世話をするために島尻大里の城下に住んでいる」 「その妹は知っている。ミーグスクにいた。夫は戦死したと言っていたが、離縁されたのか」 「真喜屋之子のせいで離縁されたのだろう」 「母親は今帰仁にいるのか」 「弟の家族と一緒にいる。母親は国頭按司の妹だ。鬼界島で戦死した鬼界按司の姉さんだよ」 「今回、鬼界按司になった根謝銘大主も弟なのか」 「いや、兄貴だよ。鬼界島で思い出したが、湧川大主は助っ人を依頼したようだ。奴の使者が小舟でやって来て、山北王は新たに二百人の兵を鬼界島に送った」 「苦戦しているのか」 「そのようだ。詳しい事はわからんがな。しかし、山北王は按司たちの反感を買っている。各按司から兵と兵糧を強引に徴収したからな」 サハチは笑った。 「殺されたサンルータの事はわかったのか」 「湧川大主の下にンマムイの妻のマハニがいて、その下に徳之島按司に嫁いだ娘がいる。その下がサンルータだ。本部で生まれて、六歳の時、今帰仁に移ってグスク内の御内原で育ったんだ。山北王の側室たちに囲まれて育ったのが悪かったのかもしれんな。兄は何人も側室を持っている。自分も側室を持って当然だと思ったのだろう」 「サンルータは側室を持っていたのか」 「死んだのが二十一歳だったからな、公然とは持っていなかったが、隠れて囲っていた女がいたかもしれんな。人の妻に手を出したのも、それ程、罪の意識はなかったのかもしれん。奴が手を出した真喜屋之子の妻なんだが、永良部按司の娘で美人だったようだ。母親はトゥイ様の姉さんだよ」 「なに、トゥイ様の姪が殺されたのか」 「トゥイ様も殺された事は知らないだろう。病死したと聞かされているはずだ。トゥイ様の姉さんは今、今帰仁グスクで暮らしていて、トゥイ様とも会ったようだ」 「グスク内にいるのか。今帰仁攻めの時、助け出さなければならんな」 ウニタキはうなづいて、「山北王の妻はンマムイの妹だし、奥間から贈られた側室たちも助け出さなくてはならん」と言った。 「そうだ。親父の娘もいるんだったな」 「そんな先の事よりも、真喜屋之子は四度、明国に行っているんだが、名護按司が若按司だった頃、一緒に明国に行っているんだ。羽地按司の弟とも一緒に行っている」 「羽地按司の弟というのは奄美按司になって、奄美大島攻めに失敗した奴か」 「そうだよ。その後、伊平屋島に来て、惨めな姿で帰って行った奴だよ」 「奴は今、何をしているんだ?」 「奄美按司になる前は今帰仁のサムレーだったんだが、伊平屋島で失敗してからは今帰仁にいられず、羽地に帰ってサムレー大将をやっている」 「そうか」 「真喜屋之子は名護にも羽地にもつながりがあるから、二つを寝返らせるのに使えそうだ。それと、サンルータの妻だが、国頭按司の娘で、サンルータの娘を連れて国頭に帰っている。サンルータの妻が真喜屋之子の事をどう思っているのかはわからんが、会わせてみるのも面白いような気もする」 「使えそうだが、奴がうなづいてくれるかな」 「もう少し様子を見てから考えるよ」 翌日は手登根のお祭りだった。三度目のお祭りだが、いつも、主人のクルーはいなかった。来年はヤマトゥ旅を休ませた方がいいかなと、クルーの子供たちを見ながらサハチは思った。 お芝居はハルとシビーの新作『サスカサ』だった。取材のためにユリとハルとシビーはヒューガの船に乗ってキラマ(慶良間)の島に行っていた。ユリの娘のマキクは祖父の船に乗れて大喜びだったという。 島添大里グスクが落城して、サスカサが久高島のフボーヌムイ(フボー御嶽)に籠もっている場面から始まった。サスカサを演じたカリーは神々しいヌルをうまく演じていた。若い頃はあんなだったのかもしれないとサハチは思った。 久高島に東行法師が来て、若者たちを鍛え始めて、島は賑やかになる。神様のお告げを聞いてウタキから出て来たサスカサは東行法師たちと一緒にキラマの無人島に行く。 木を伐って小屋を造り、畑を作って野菜を育て、海に潜って魚や貝を捕り、武術に励む若者たちの喜怒哀楽を描いていた。サスカサも若者たちと一緒に働いて、みんなのために山の上のウタキでお祈りを捧げる。台風が来て、すべての小屋が飛ばされてしまった時も、サスカサは皆を励まして小屋を建て直す。若者たちの悩みを聞いてやり、サスカサは若者たちの母親のように慕われる。 血気盛んな若者が多く、喧嘩もすぐに始まった。強い娘がいて、その娘が出てくると必ず喧嘩が治まるのが面白かった。あの娘は誰なんだろうとサハチは考えた。もしかしたら、首里の女子サムレーのクムかなと思った。 戦に行くぞと言って島を出て行く所でお芝居は終わった。よく考えたら、前回の『佐敷按司』の続編だった。サスカサを主役にした続編だった。 旅芸人たちは『馬天ヌル』を演じた。登場するサスカサはカリーが演じていて、観客たちは喜んだ。 お芝居のあと、安須森ヌルが横笛を吹いた。南の島を想像させる快い曲だった。皆、うっとりとして聴いていた。スサノオの神様が安須森ヌルの笛を聴いてミャーク(宮古島)に来たという。安須森ヌルの笛はまさに、神様が吹いているような神秘的な調べだった。 ウニタキとミヨンが三弦を弾いて歌を歌い、最後はみんなで踊ってお祭りは終わった。 今回、念仏踊りはなかった。辰阿弥はササと一緒にヤマトゥに行き、福寿坊は交易船に乗ってヤマトゥに行っていた。福寿坊がいない事を知ったササは、辰阿弥が四国の生まれだという事を思い出して、山グスクにいた辰阿弥に会いに行った。話を聞くと大粟神社に行った事があるという。ササは一緒に行く事を頼んで、辰阿弥は承諾した。 七月になって、今帰仁に来ていた明国の海賊が帰って行ったと知らせが来た。そして、海賊が帰るのを待っていたかのように、山北王は沖の郡島(古宇利島)に行ったという。 七月七日、今年で三度目になるヌルたちの安須森参詣が行なわれた。久し振りにヌルの格好をしている安須森ヌルを見て、サハチは驚いた。神々しくて、不思議な力に包まれているようで、まるで生き神様のようだと思った。 南部のヌルたちが浮島の『那覇館』に集まって、ヒューガの船に乗って北へと向かった。那覇館に滞在していた南の島のヌルたちも、アンアンたちも一緒に行った。いつもなら護衛役にヂャンサンフォンと右馬助が行ったのだが、今年はいないので、クマラパとガンジュー、アンアンたちと一緒に来たシンシンの兄弟子のシュヨンカに頼んだ。 今年は久高島からは誰も参加しなかった。大里ヌルが今にも赤ちゃんを産みそうだという。右馬助と結ばれて、跡継ぎを授かったのだった。 |
島添大里グスク
手登根グスク