重陽の宴
ササたちが生駒山で菊酒を飲みながら重陽の節句を祝っていた頃、琉球の首里グスクでは冊封使たちを呼んで、重陽の宴が行なわれていた。 重陽とは陽の数字(奇数)が重なる事で、縁起のいい陽数も重なってしまうと陰数になってしまうので、邪気を払うための儀式が行なわれた。唐の時代に日本に伝わって、『菊の節句』と呼ばれるようになって庶民にまで広まるが、琉球では重陽の節句を祝う習慣はなかった。 中秋の宴は夜に行なわれたが、重陽の宴は昼間に行なわれた。中秋の宴の時と同じように、浮島(那覇)の天使館にいる冊封使を迎えに行って、首里グスクの北の御殿に招待した。 御庭には菊の花で飾られた舞台が造られ、女子サムレーたちによる『浦島之子』のお芝居が演じられた。お芝居を説明するために明国の言葉が話せる『宇久真』の遊女たちが冊封使たちの接待をした。 お芝居のあとには遊女たちが舞を披露して、女子サムレーたちが剣舞を披露した。素早い動きで剣を操る女子サムレーたちを冊封使たちは興味深そうに目を見張って見ていた。 最後はファイチ(懐機)がヘグム(奚琴)を弾いて、娘のファイリン(懐玲)が三弦を弾きながら明国の歌を歌って、宴はお開きになった。冊封使たちは機嫌よく、お輿に揺られて天使館に帰って行った。 リーポー姫はシーハイイェンたちと一緒に平田にいた。十五夜の宴が終わったあと、平田のお祭りの準備のため、ユリたちと一緒に平田に移っていた。ウニタキの話によると平田大親の妻、ウミチルから笛を習って、熱中しているという。 十五夜の宴のあと、重陽の宴の準備のために首里にいたサハチが久し振りに島添大里グスクに帰ると、サハチの六男、ウリーの具合が悪いと言って、ナツが心配していた。 ウリーは兄のマグルーと一緒に武芸の稽古に励み、八代法師のお寺に通って勉学にも励んでいた。今まで病に罹った事もないのに、どうしたのだろうとサハチも心配した。 子供たちの部屋に行くと、ウリーが蒼白い顔をして横になっていた。 「お前、どうしたんだ?」とサハチが聞くと、 「大丈夫です。何でもありません」とウリーは言って、溜め息をついた。 サハチはウリーの額に手を当ててみたが、熱はないようだった。 「お父様、お帰りなさい」とウリーの妹のマシューが顔を出したので、サハチはウリーの事を聞いた。 「九月になってから溜め息ばかりつくようになって、この二、三日は食欲もないみたい。ろくに御飯も食べていないわ」 「どこかで悪い病でももらってきたのか。ほかに具合の悪い子はいないのだな?」 「いないわ。あたしが思うには恋の病じゃないかしら?」 「なに、恋の病?」と言って、サハチはウリーを見た。 ウリーは顔を赤くして、向こうを向いてしまった。 「相手は誰なんだ?」とサハチはマシューに聞いた。 「リーポー姫様だと思うわ」とマシューは言った。 サハチは驚いた。 「なに、リーポー姫様だと?」 「好きになった人が明国の皇帝の娘だったから、思い悩んで具合が悪くなったんだわ」 「ウリー、そいつは本当なのか」 ウリーは返事をしなかったが、また溜め息をついて、サハチを見るとかすかにうなづいた。 ウリーはリーポー姫と同じ十五歳だった。リーポー姫と一緒に十五夜の宴の準備をしていて好きになってしまったのだろう。 「お前、リーポー姫様をお嫁に迎えるか」とサハチはウリーに言った。 怒られると思っていたウリーは驚いた顔をしてサハチを見ると、 「そんなの無理に決まっているじゃないですか」と言った。 「何が無理だ。お前はまだ何もやっていないだろう。リーポー姫様がお前を好きになれば無理な事ではない。永楽帝はリーポー姫様の願いを聞いて琉球への旅に出した。リーポー姫様のわがままは永楽帝にも止められないんだ。リーポー姫様が琉球にお嫁に行きたいと言えば、必ず許してくれるだろう」 「でも、明国の皇帝の娘なんですよ」 「お前は琉球中山王の孫だ。何の問題もあるまい」 「問題はあります。琉球王を冊封するのは明国の皇帝なんです。琉球王と明国の皇帝では位が違います」 「そんな事は気にするな。明国を造った洪武帝はまったく無名な男だった。その男が戦に勝って明国を築いて皇帝になった。お前のお爺さんと同じではないか。永楽帝はまったく無名だった洪武帝の息子なんだ。それに、リーポー姫様は宮廷を嫌って街で暮らしている。身分とか位とかを気にする娘ではない。お前はもっと自分に誇りを持っていいんだ。ただし、その事に驕ってはならんがな。明日は平田のお祭りだ。子供たちを連れて行く。お前も行くか」 ウリーはサハチをじっと見つめてから、うなづいた。 「明日のために、ちゃんと飯を食っておけよ」 サハチは子供たちの部屋から自分の部屋に戻って、ナツに平田のお祭りに行く事を告げた。 「ウリーも恋の病を煩う年齢になったようだ」とサハチは笑った。 「まあ、やはり、そうでしたか」とナツは言った。 「それで、相手は誰なのです?」 「明国のアバサー(お転婆娘)だよ」 「えっ、リーポー姫様なの?」 サハチはうなづいた。 ナツは驚いた顔をして、 「だって、言葉も通じないのに好きになったのですか」と聞いた。 「恋に言葉は関係ないだろう」 「そうかもしれないけど、よりによって永楽帝の娘さんを好きになるなって‥‥‥」 ナツは呆れたような顔をして首を振った。 翌日はいい天気だった。サハチはナツと一緒に子供たちを連れて平田グスクに向かった。昨日、蒼白い顔して寝込んでいたウリーは朝御飯もちゃんと食べて、顔色はまだいいとは言えないが、ウキウキしているように見えた。 お祭りはまだ始まっていないが舞台の上でリーポー姫が横笛を吹いていて、子供連れのお客が数人、舞台の前に座って聴いていた。リーポー姫の姿に気がつくとウリーは舞台に飛んで行った。 ナツがウリーを見ながら笑って、 「若いっていいわね」と言った。 子供たちをナツに任せて、サハチは弟の平田大親(ヤグルー)に挨拶に行った。一の曲輪内の屋敷に行くと、縁側にヤグルーと妻のウミチルが仲良く座って楽しそうに笑っていた。 「兄貴、いらっしゃい」とヤグルーがサハチを見ると立ち上がった。 「重陽の宴は無事に終わりましたか」 「ああ、無事に終わったよ。中山王のお役目はこれで終わりだ。あとの事は山南王に任せる。リーポー姫様の面倒を見てくれてありがとう」 「物覚えのいい娘さんですよ」とウミチルが言った。 「笛が上手になるにつれて、琉球の言葉も上手になっています」 「ほう、もう琉球の言葉を話せるのか」 「難しい言葉は無理ですが、普通の会話なら大丈夫です」 「賢い娘だな」 「賢いだけでなく、義理堅い所もあります。笛を習ったお返しだと言って、村の娘たちに武当拳を教えてくれました。まるで、ササのように身が軽くて、とても強いのです」 サハチは笑って、「ササと入れ違いになったな」と言った。 「ササがいたら、リーポー姫様はササの弟子になっていたかもしれない」 ウミチルとヤグルーも笑って、 「確かに、ササと気が合いそうだな」とヤグルーは言った。 サハチはうなづいて、 「気が合いすぎて、ササたちを明国に連れて行ってしまうかもしれんな」と言って笑った。 「南の島から帰って来たウミを見て驚きました」とウミチルが言った。 「もともとシジ(霊力)の高い娘だったけど、久し振りに見たウミはすっかり神人になっていました。姉のサチも驚いていましたよ」 「ササはウミに運玉森ヌルを継がせるつもりのようだけど、それで構わないのか」 「ウミの事はササに任せます」 「運玉森ヌルで思い出したけど、須久名森にもヌルがいたようだ」とヤグルーが言った。 「俺も馬天ヌルから聞いて驚いたよ」 「馬天ヌルの叔母さんがタミーの事を聞きに来たんだ。そして、一緒にタミーを育てた大叔父の屋比久大主に会いに行ったんだよ。この辺りの根人で、古い家柄なんだ。マサンルーの兄貴もこのグスクを築く時に挨拶に行ったらしい。兄貴が行った時、すでにタミーの両親は亡くなっていて、ヌルだったタミーの伯母さんも亡くなっていたようだ。馬天ヌルからタミーの活躍を聞いて、屋比久大主は涙を浮かべて喜んでいたよ。ずっと続いてきた須久名森ヌルが途絶えてしまうと残念に思っていたけど、タミーが継いでくれると言って、神様に感謝していた」 「そうか。タミーが須久名森ヌルか。ところで、ウタキ(御嶽)はどこにあるんだ。以前、クマヌと一緒に須久名森に登ったけど、ウタキらしいものはなかったぞ」 「ウタキの事は屋比久大主も知らないんだ。でも、タミーなら必ず、見つけるだろうと言っていた」 「そうだな。亡くなった伯母さんが案内してくれるだろう」 ヤグルー夫婦と別れて二の曲輪に戻るとユリとハルとシビーが舞台の準備をしていたが、リーポー姫とウリーの姿はなかった。 「二人はどこに行った?」とナツに聞いたら、 「みんながいるおうちに行ったみたい」と言った。 城下にはお祭りの準備をするための屋敷があって、シーハイイェンたち、スヒターたち、アンアンたちもそこに滞在していた。 「仲良くお話ししていたけど、リーポー姫様は琉球の言葉が話せるの?」とナツが不思議そうに聞いた。 「お芝居の準備をしながら覚えたようだ。賢い娘だよ」 「そうなの。でも、本当に仲良くなったら大変な事になるわよ」とナツは心配した。 「成り行きに任せるさ。二人はまだ十五歳だ。先の事はわからんよ」 お芝居は与那原のお祭りと同じだった。女子サムレーたちによる『女海賊』、シーハイイェンたちの『瓜太郎』、旅芸人たちの『ウナヂャラ』で、前回不備だった点を直しての上演だった。サハチは与那原のお祭りに行けなかったので、『女海賊』が観られるのはよかったと喜んだ。 メイユーがターカウ(台湾の高雄)にいたトンド王の弟の太守を退治する話だった。唐人たちの町を仕切っている太守は好き勝手な事をして町人たちを苦しめていた。見て見ぬ振りをできないメイユーは慶真和尚と作戦を立てて、太守の妻のジャランも味方に引き入れて太守を倒す。メイユーの活躍は伝説となって、今ではターカウの守り神として祀られている。 憎らしい悪人を倒すメイユーの活躍に子供たちは大喜びをして観ていた。サハチもメイユーを演じたチリに拍手を送りながら、メイユーに会いたいと思っていた。そして、メイユーがこのお芝居を観たらどんな顔をするだろうと思った。サハチにさえ内緒にしていた活躍を琉球の人たちが知っていると知ったらどんな顔をするだろう。来年、会うのが楽しみだった。 シーハイイェンたちの『瓜太郎』はウニタキが言っていたように話が変わっていた。鬼に捕まった村娘は滅法強くて鬼たちを倒してしまい、逃げて行った鬼は大鬼を連れて来る。村娘も大鬼にはかなわず、瓜太郎たちに助けられる。リーポー姫は身が軽く、舞台の上で飛び跳ねていて、観ている子供たちは大喜びをした。瓜太郎を演じたシーハイイェンも身が軽かった。高下駄をはいて背の高い大鬼を軽く飛び越えて、観客たちを驚かせた。 平田のお祭りが終わった翌日、ユリたちと一緒にリーポー姫たちも島添大里グスクに帰って来た。後片付けを助けると言って残っていたウリーも、すっかり元気になって帰って来た。次は来月の馬天浜のお祭りの準備のために新里の屋敷に行くだろうとサハチは思っていたが、シーハイイェンたちが山北王に会いたいと言ってきた。リーポー姫も一緒にいて、言い出したのはリーポー姫に違いなかった。 やはり、来たかとサハチは観念した。今帰仁は遠いので、準備をするから少し待ってくれと言って、サハチはウニタキを呼んだ。 ウニタキはすぐに来た。陰ながらリーポー姫を守っていたという。 「リーポー姫たちだけなら何とかなるが、シーハイイェンたち、スヒターたち、アンアンたちも一緒に行くとなると守るのは難しい」とウニタキは厳しい顔をして言った。 「難しいのはわかっている。そこを何とかしてくれ」とサハチは頼んだ。 ウニタキは腕を組んで考えていたが、 「お忍びで行くのは無理だ。中山王の護衛を付けて堂々と行かせろ」と言った。 「なに、リーポー姫の事を公表して行かせるのか」 「民衆を味方に付けるんだ。各国の王女たちが行列を組んで行けば、人々が集まって来る。民衆に歓迎された王女たちを山北王としても歓迎しなければならなくなる」 「成程、各国の王女たちが正式に山北王に謁見するのだな」 「そうだ。まず、油屋に伝えて、山北王に王女たちを迎えさせるんだ」 サハチはうなづいて、「よし、それで行こう」と手を打った。 早速、サハチは浮島に行って水軍大将のヒューガと会った。 サハチの顔を見るとヒューガは笑って、 「ササのお陰で母親と兄妹たちに会う事ができた」と言った。 「えっ?」とサハチには何の事だかわからなかった。 「ササが阿波の国(徳島県)に行って、わしの母親のお墓参りをしたんじゃよ。母親がわしに会いたいと言ったら、ユンヌ姫様が連れて来てくれたんじゃ。直接、母親と兄妹たちと話はできなかったが、馬天ヌルを通して、話をしたんじゃよ。わしの母親と兄妹たちはわしが八歳の時に戦死した。突然の事じゃった。わしはその時、剣山の山伏と一緒に山に入って彫り物をしていたんじゃ。日暮れ近くに城に帰ったら、城は敵に奪われ、母も兄妹たちも皆、殺されていたんじゃよ。懐かしかったのう。みんな、あの時のままじゃった。みんなの言葉を聞いて、わしは涙を流したよ」 ヒューガは照れくさそうに笑った。 「そうでしたか。ササは瀬織津姫様に会えたのですね」 ヒューガはうなづいた。 「富士山の裾野の森の中で会ったと言っておった」 「そうか。ササがやったか」とサハチは嬉しそうに笑った。 ヒューガにリーポー姫の事を頼むと、ヒューガは少し考えてから、「名護までなら連れて行けるじゃろう」と言った。 「ミーニシ(北風)が吹き始めて来たからのう。本部半島と伊江島の間でうろうろしていたら山北王の水軍に攻められるかもしれん。名護までなら大丈夫じゃろう」 「名護までで結構です。お願いします」とサハチは頼んだ。 ヒューガと別れて、浜辺に出たサハチは空を見上げて、ユンヌ姫に声を掛けた。ヤマトゥに戻ってしまったかもしれないと思ったが、 「ササたちは今、京都にいるわ」とユンヌ姫の声が聞こえた。 「いたのか、よかった。ササたちは阿波の国から京都に行ったのですか」 「阿波の国から奈良に行って、それから京都に戻ったのよ。御台所様と高橋殿も一緒よ。ササたちが京都に戻った次の日、交易船に乗っていた人たちも京都に着いたわ」 「えっ、今頃、着いたのか」とサハチは驚いた。 「戦のお陰で、博多で足止めを食らっていたのよ。でも、無事に京都に着いて、行列をしたわ。ササたちも加わってね。ササたちが御所に入ったので、あたしは赤名姫とメイヤ姫を連れて琉球に戻って来たのよ。そろそろ、ミャーク(宮古島)のお船が帰る頃でしょう」 「ユンヌ姫様が一緒に行ってくれるのか」 「道案内よ」 「そうか。ミャークの船を見守ってくれ。ありがとう」 「任せてちょうだい」と赤名姫とメイヤ姫が言った。 ミャークの船はサシバを追って帰ると言っていたが、ユンヌ姫たちが一緒なら安心だった。 サハチは浮島から南風原の兼グスクに向かって馬を走らせた。 兼グスク按司のンマムイと会って、リーポー姫の事を話し、中山王の使者として今帰仁に行ってくれと頼んだ。ンマムイは喜んで引き受けてくれた。妻のマハニも一緒に行きたいような顔をしたが、去年に生まれた三女のウニョンがいるので無理だった。 兼グスクから首里グスクに向かったサハチは思紹と相談して、リーポー姫の護衛として、苗代之子(マガーチ)に二十人の兵を率いさせる事に決めた。そして、思紹が書いた書状を油屋に届けた。 翌日の晩、浮島の『那覇館』で南の島から来た人たちの送別の宴が行なわれた。冊封使が来たので、サハチはあまりお世話ができなかったが、皆、楽しい時を過ごしてくれたようだった。 ドゥナン島(与那国島)から来たナーシルは父親の苗代大親と会って、苗代大親の家族たちにも歓迎された。マウシの妻のマカマドゥとも会っていた。山グスクから来たマカマドゥはナーシルに武当拳の試合を申し込んで、苗代大親の立ち合いのもと二人は戦った。勝負はなかなかつかなかったが、ほんの一瞬の差でナーシルが勝った。マカマドゥは悔しがりながらも、ナーシルを姉として認めた。 苗代大親は同い年の与那覇勢頭と気が合って、与那覇勢頭は首里の武術道場で若い者たちを鍛えたり、慈恩寺に行って、慈恩禅師の指導も受けたりしていた。 クマラパは津堅島から帰って来てからは、ずっと慈恩寺にいて、ヤタルー師匠の代わりに師範を務めていた。山伏のガンジューも修行者たちを鍛えていた。クマラパの妹のチルカマはギリムイヌルを手伝って、修行者たちの面倒を見ていた。クマラパの娘のタマミガは慈恩寺の隣りの『南島庵』で、イシャナギ島(石垣島)のミッチェとサユイ、ミャークのツキミガとインミガ、多良間島のイチ、ドゥナン島のユナパとフーと一緒に、女子サムレーたちと武芸の稽古に励んでいた。ナーシルもそこに通って、女子サムレーたちに槍投げの指導をした。それを見ていた慈恩禅師は苗代大親と相談して、修行者たちに槍投げの修行をさせる事にした。弓矢よりも威力のある槍投げは今帰仁攻めに使えそうだった。 鍛冶屋のフーキチ夫婦は玻名グスクで暮らし、サタルーの案内で奥間にも行っていた。フーキチは三人の若者を弟子にして、イシャナギ島に連れて行く事にした。 サングルミーはペプチとサンクルを屋敷に迎えて、家族三人で暮らし、冊封使の接待で忙しいながらも幸せそうだった。ペプチは一旦、パティローマ島(波照間島)に帰るが、マシュク村のヌルの座を妹に譲ったら、娘と一緒に琉球に戻って来ると約束していた。 タキドゥン按司とフシマ按司とミャークのムカラーはサミガー大主の屋敷に滞在して、カマンタ(エイ)取りを手伝い、毎晩、ウミンチュたちと一緒に酒盛りを楽しんでいたらしい。 多良間島の女按司のボウ、野城の女按司、与那覇のウプンマ、根間のウプンマ、ドゥナン島のラッパとアックは首里グスクに滞在して馬天ヌルを手伝い、池間島のウプンマ、保良のウプンマ、高腰のウプンマ、大城のツカサ、新城のツカサ、ユーツンのツカサは島添大里グスクに滞在して、安須森ヌルやサスカサを手伝っていた。 皆、楽しかったと言って、また来年も来たいと言っていた。 リーポー姫たち、シーハイイェンたち、スヒターたち、アンアンたちもやって来て、別れを惜しんだ。来る時はミャークの船と一緒に来たが、アンアンたちはシーハイイェンたちとスヒターたちと一緒に帰る事にしたらしい。パティローマ島からトンド(マニラ)に行くのは難しく、明国の広州からトンドに帰った方が慣れた航路だった。 サハチはみんなに挨拶をして回った。最初に挨拶をした与那覇勢頭は、「来年も必ず来ますよ」と言った。 「琉球にヤマトゥの品々がこんなにも豊富にあるとは思ってもいませんでした。今まで、ヤマトゥの品々を手に入れるためにターカウまで行っていましたが、これからは琉球に来る事にします」 「歓迎いたします。琉球からも南の島に行ってみたいという人も出て来るでしょう。その時は連れて行って下さい」 「わしらも大歓迎です。目黒盛豊見親も喜ぶでしょう。ところで、安須森ヌル様から察度殿からいただいた刀の事を聞かれて、お見せしましたが、あの刀は中山王にとって大切な刀だったのではありませんか。安須森ヌル様は大切になさって下さいと言っただけでしたが、何となく気になっていたのです」 「昔、浦添の按司だった英祖殿という人がいまして、英祖殿がヤマトゥの鎌倉の将軍様から贈られた刀のようです。太刀と小太刀と短刀の三つが揃って『千代金丸』と呼ばれていたようです。今、太刀は山北王が持っていて、短刀は越来のヌルが持っています。小太刀はどこに行ったのかわからなかったのです。目黒盛豊見親殿が持っている事がわかって、安須森ヌルも安心したようです」 「そんな大切な刀でしたら、中山王にお返しした方がよろしいのではありませんか」 サハチは首を振った。 「与那覇勢頭殿はミャークから初めて琉球に来ました。その事に感激して、察度殿はその刀を贈ったのでしょう。大切にしていただければそれでいいのです。安須森ヌルは、その刀は居心地がよさそうだったので、ミャークに置いておくべきだと言っていました」 与那覇勢頭はサハチを見つめてからうなづいた。 クマラパに挨拶に行くと、「帰って来てよかった」と言って笑った。 「津堅島の人たちもわしらの事を覚えていてくれて歓迎してくれたし、慈恩禅師殿に出会えたのもよかった。武当拳について長年わからなかった事があったんじゃが、慈恩禅師殿に教えてもらったんじゃよ。慈恩禅師殿が編み出した念流という剣術も凄いものじゃった。また来年も来たいと思っているんじゃ。よろしく頼むぞ」 「今年は冊封使が来ているので、何かと忙しくて、クマラパ殿とゆっくり話をする事もできませんでした。来年を楽しみにしています。来年はメイユーも来ると思いますので、ターカウの話を聞かせて下さい」 「伝説の女海賊と会えるか。噂は色々と聞いているんじゃが、わしは会った事はないんじゃよ。メイユーがそなたの側室になったとは驚いた。会うのが楽しみじゃ」 思紹が帰って、マチルギが顔を出した。マチルギが何かとみんなの面倒を見ていたのをサハチは馬天ヌルから聞いていた。マチルギはニコニコしながらヌルたちに挨拶をして回っていた。 タキドゥン按司も来てよかったと言っていた。来年は倅を送るので、よろしく頼むとサハチに言った。 翌朝、ミャークの船はサシバを追って船出をした。誰もがササによろしくと言っていた。 ミャークの船を見送ったあと、リーポー姫たちはヒューガの船に乗って名護へと向かって行った。 |
首里グスク
島添大里グスク
平田グスク