沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







南蛮船の帰国




 十月二日、『リーポー姫(永楽帝の娘)と王女たち』は『油屋』の船に乗って無事に浮島(那覇)に帰って来た。今帰仁(なきじん)に帰ったテーラー(瀬底大主)が『リュウイン(劉瑛)の家族』を連れて一緒に乗っていた。

 テーラーは明国(みんこく)(中国)に連れて行った二十人の兵を率いていた。テーラーの兵とマガーチ(苗代之子)の兵に守られて、王女たちの一行は浮島から首里(すい)まで行進して首里グスクに入った。『冊封使(さっぷーし)』の船と一緒に送る『進貢船(しんくんしん)』の準備のために首里グスクにいたサハチ(中山王世子、島添大里按司)は、一行を北曲輪(にしくるわ)で迎えて無事の帰還を喜んだ。

 ンマムイ(兼グスク按司)に御苦労だったとお礼を言うと、ンマムイは名護(なぐ)の長老、『松堂(まちどー)』夫婦を紹介した。

山北王(さんほくおう)(帕尼芝)の『正使』として何度も明国に行った人です。今はもう隠居していて、首里の都が見たいと言うので連れて来ました。島尻大里(しまじりうふざとぅ)にいる『仲尾大主(なこーうふぬし)殿』の叔父さんで、久し振りに会いたいと言っています」

「なに、『仲尾大主殿』の叔父さんですか」

 松堂は笑って、「叔父と言っても、『仲尾大主』とは七つ違いの兄弟みたいなものじゃ」と言った。

「初めて明国に使者を送った時、何もわからずに、二人で一緒に苦労したんじゃよ」

「『仲尾大主殿』も『進貢』に関わっていたのですか」

「わしは『正使』として明国に行って、『仲尾大主』は様々な準備をしていたんじゃよ」

「『仲尾大主殿』も明国に行ったのですか」

「いや。奴は船が苦手なんじゃよ。そんなの慣れるから一度は行って来いと言ったんじゃが、ついに行かなかった。代わりに倅が行ったがのう」

 サハチはテーラーが連れて来たリュウインの妻の『チルー』にも挨拶をした。

「突然の事で大変だったでしょう」とサハチが言うと、

「驚きました」とチルーは笑って、「父と妹がお世話になりました」とサハチにお礼を言った。

「悩んだのですが、子供たちに父親の故郷を見せた方がいいと思いまして決心しました」

 十二、三歳の男の子と十歳くらいの女の子がサハチを見ていた。男の子は目つきがリュウインに似ていて、女の子は目が大きな可愛い娘だった。

「毎年、『進貢船』が明国に行っています。帰りたくなったら、いつでも帰って来られますよ」とサハチはチルーに言いながら、明国に行く前に、弟の『真喜屋之子(まぎゃーぬしぃ)』に会わせてやりたいと思った。

「『冊封使』の船が出るまで、お前のグスクに滞在するのか」とサハチはテーラーに聞いた。

「そう思ったんだけど、『テーラーグスク』に行っても知人はいないし、寂しいだろうと思うのです。チルー様は『リュウイン殿』の侍女になる前、『御内原(うーちばる)』の侍女だったのです。『マナビー様』が生まれた頃です。リュウイン殿の妻になってからも、マナビー様は武芸を習うためにリュウイン殿の屋敷に出入りしていたので、よく知っています。できれば、『マナビー様』のグスクに預かってもらえれば、チルー様も安心すると思います」

「わかった。『マナビー』も喜んで迎えるだろう。預からせてくれ」

 サハチは長老からもっと話を聞きたいと思い、『会同館』に『(うたげ)』の準備をするように命じて、ヤンバル(琉球北部)に行って来た者たちを皆、『会同館』に移動させた。テーラーは兵を率いて『テーラーグスク(平良グスク)』に帰って行った。

 テーラーを見送ったンマムイは、

「『リュウイン殿』を明国に置いて来た事を山北王(攀安知)に怒られていましたよ」とサハチに言った。

「山北王は怒ったか」とサハチは笑った。

「『進貢船』は返すから『リュウイン殿』を取り戻して来いと言ったそうです。テーラーはすぐに明国に行く用意をして、『リュウイン殿』を取り戻して来ると言ったようです」

「ほう。テーラーはまた明国に行くのか」

「『リュウイン殿』を取り戻しても、『進貢船』を返してしまったら、どうやって帰って来るのですかと言ったら、山北王は真っ赤な顔をして、手元にあった茶碗を投げつけたそうです」

 サハチは笑い続けて、「テーラーはしばらく『今帰仁』には近づかないだろう」と言った。

 『会同館』に移って、サハチはンマムイから旅の様子を聞いた。王女様たちはどこでも歓迎されたと聞いて、サハチは安心した。

 ウリー(サハチの六男)と『リーポー姫』が仲がいいので、二人を放っておいてもいいのですかとンマムイは心配した。

「成り行きに任せるさ」とサハチは笑った。

「『奥間(うくま)』に行って、サタルーに会って来ましたよ」とンマムイはサハチを見て笑った。

「なに、王女様たちは『奥間』まで行ったのか」

国頭(くんじゃん)に奥間の杣人(やまんちゅ)の『トゥクジ』というのがいて、『比地の大滝(ふぃぢぬうふたき)』に案内してくれたのです。トゥクジが『奥間』の話をしたら、近くなら行こうという事になって、『奥間』に行って長老たちに歓迎されましたよ。王女様たちはサタルーの『焼き物(やちむん)』に興味を持って、一緒になって器を焼いていました。以前、『奥間』に行った時、ナーサ(宇久真の女将)はとぼけていましたけど、あのあとナーサから、すべてを聞きましたよ。サタルーが師兄(シージォン)の息子だってね」

「そうか。知ってしまったか」

「『国頭の長老』から聞いた話ですけど、先々代の山北王(帕尼芝)は『奥間』を攻めようとしていたようです」

「何だと?」

「『奥間』が俺の祖父(じい)さん(察度)と親しくしていたのが気に入らなかったようです。それを知った祖父さんは『今帰仁攻め』をしたのです」

察度(さとぅ)殿(先々代中山王)は『奥間』を守るために、『今帰仁』を攻めたのか」

 『今帰仁合戦』の裏にそんな事が隠されていたなんて、驚くべき事だった。

「『奥間』に行った時、長老に聞いたら、『今帰仁合戦』の前に山北王が『奥間』を攻めようとしていたのは本当だと言いましたよ。長老たちは山道に(わな)を仕掛けて、『今帰仁』の兵を追い返そうとしたそうです。しかし、先代の長老がやめさせたようです。わしらは職人だ。(いくさ)をしてはならん。攻めて来たら逃げればいいと言ったそうです。長老たちは納得しませんでしたが、先代の長老には逆らえず、毎日、愚痴をこぼしていたようです。そしたら、『中山王(ちゅうざんおう)の大軍』がやって来て、『今帰仁グスク』を攻めて、山北王は戦死して、『奥間攻め』もなくなったというわけです」

「先代の長老はどうして、戦うなと言ったんだろう?」

「『先代の奥間ヌル』が、中山王が助けてくれると予言したようですよ」

「先代の奥間ヌルか‥‥‥」

「そういえば、今の奥間ヌルの娘もササと一緒にヤマトゥ(日本)に行ったそうですね」

「そうなんだよ。八人も若ヌルを連れて行ったんだ。ササも大した師匠だよ」

「その娘も師兄の娘だそうじゃないですか。師兄もやりますね」

「その事がばれた時、俺はマチルギに殺されそうになったんだよ」

(かに)グスクまで、その噂は流れて来ましたよ」

「嘘をつくな」

「本当です。師兄は自分の事を知らなすぎますよ。『島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)とその奥方(うなじゃら)』は誰でも知っている有名人なんですよ。何かがあればすぐに噂になって、琉球中に広まるんです」

「大げさな事を言うな」

「大げさではありませんよ」

「山北王に知られたら『奥間』が危険になる」

「山北王の耳にも入っているかもしれませんよ。今、南部には山北王の兵が大勢いますからね」

「まいったな。サタルーに知らせておかなくてはならんな」

 サハチは『松堂』の所に行って、山北王が初めて明国に進貢した時の苦労話を聞いた。

運天泊(うんてぃんどぅまい)で海賊たちの通事(つうじ)(通訳)をしていたら、今帰仁に呼ばれて、按司様(あじぬめー)(帕尼芝)から中山王(察度)の『進貢船』に乗って明国に行って来いと言われたんじゃ。突然の事で驚いたが、明国に行ってみたいと思っていたんで引き受けたんじゃよ。当時、記録係をしていた『仲尾大主』も『進貢奉行(しんくんぶぎょう)』に選ばれて、二人して山道を通って浮島まで行ったんじゃよ。『久米村(くみむら)』に行って、唐人(とーんちゅ)から色々な事を聞いたんじゃが、よく理解できなかったんじゃ。ずっと『正使』を務めていた『宇座按司(うーじゃあじ)殿(泰期)』が読谷山(ゆんたんじゃ)にいると聞いて、わしらは『宇座』に行ったんじゃ。そこは広い牧場で、『宇座按司殿』は馬を育てていたんじゃよ。わしらは驚いた。中山王の義弟で、何度も『正使』を務めてきた偉い人が汗にまみれて働いていたんじゃ。わしらが話をすると快く引き受けてくれた。わしらは牧場の仕事を手伝いながら、半月余り滞在して、色々な事を教わったんじゃ。『仲尾大主』は一言も漏らさずに記録していた。その時の記録は、その後も大いに役に立ったんじゃよ」

「『宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)様』が助けてくれたのでしたか」

「いい人じゃった。わしは後継者を育てろと命じられて、自分の経験を若い者たちに教えていたんじゃが、人に教えるとなるとわからない事が色々と出て来て、何回か教えを請うために『宇座』まで行ったんじゃよ。『御隠居様』は歓迎してくれて、一緒に酒を飲むのが楽しかったのう」

「『御隠居様』にはわたしもお世話になりました。『御隠居様』の末っ子のクグルーを預かる事になりまして、クグルーは使者になると言って、毎年、明国に行っています」

「クグルーか。覚えておるよ。元気のいい子じゃった。そうか。クグルーはそなたが預かったのか」

「『瀬底大主(しーくうふぬし)(テーラー)』が明国から帰って来た時、ここで帰国祝いの宴をやったのですが、その時、『仲尾大主殿』の倅の『真喜屋之子(まぎゃーぬしぃ)』が事件を起こして、家族の者たちは左遷(させん)されたと瀬底大主から聞きましたが、父親の『仲尾大主殿』は大丈夫だったのですか」

「瀬底大主が話したのかね。その事は今帰仁では『禁句』になっているんじゃよ。今更、悔やんでも仕方がないが、あれはわしの失敗じゃった。『サンルータ』が『進貢奉行』に入って来たのは、『サンルータ』が明国から帰って来て、一月くらいしてからじゃった。山北王(攀安知)からわがままな弟だがよろしく頼むと言われて預かったんじゃよ。『進貢』のための雑用が色々とあるんだが、『サンルータ』は何をやらせてもまったくやる気がなかった。『山北王の弟』が何でこんな事をしなければならないんだという不満顔だったんじゃよ。翌年の正月、無事に使者たちを浮島に送ったあとじゃった。一仕事が終わったと、わしらはささやかな宴を開いたんじゃよ。その時、明国に行ったサムレーの奥さんが駈け込んで来て、助けてくれって言ったんじゃ。昔の事なので、何を助けろと言ったのかは忘れてしまったが、『サンルータ』が一緒に行って解決したんじゃ。留守を守っている家族が困った事を相談に来る事はよくあったので、『サンルータ』を相談係にしたんじゃよ。何をやらせても中途半端だったから、留守宅の面倒だけ見ていればいいと言ったんじゃ。まさか、あんな事件を起こすなんて思ってもいなかった。事件のあと、『仲尾大主』は親泊(うやどぅまい)(今泊)の『蔵番(くらばん)』に格下げされたんじゃよ」

「『蔵番』ですか」

「しかし、『仲尾大主』はめげなかった。蔵の中に何があるのか、すべて調べて書き留めたんだ。いくつもある蔵の中をすべて調べたんじゃよ。それを山北王に見せたら褒められて、『蔵奉行(くらぶぎょう)』という新しい役職ができて、『仲尾大主』はすべての蔵を管理する事になったんじゃ」

「『蔵奉行』ですか」

 浮島に多くある蔵にも『蔵番』はいた。『交易担当奉行』の管轄だった。首里グスク内にも米蔵や武器庫があるし、与那原(ゆなばる)馬天浜(ばてぃんはま)の港にも蔵があった。あちこちにある蔵を一括に管理する『蔵奉行』という役職を作るのもいいかもしれないとサハチは思った。

「そんな重要な職務に就いていた『仲尾大主』が山北王の娘が嫁いだ時、その『護衛役』として南部に行ったのには驚いた。あいつもとうとう『左遷』させられたかと思ったよ。しかし、その後、あいつは『山南王(さんなんおう)(他魯毎)の重臣』となって、『山北王の若按司(ミン)』が『山南王の世子(せいし)(跡継ぎ)』として南部に行くなんて、考えも及ばない事が起こった。今、思えば、あいつは『重要な任務』を帯びて南部に行ったんじゃなと思っておるよ」

「『真喜屋之子』はどんな奴だったのですか」とサハチは聞いた。

「奴は『瀬底大主』の配下のサムレーだったんじゃよ。明国の言葉を覚えて、色々な事を知っていた。暇さえあれば、あちこちを散策していて、『応天府(おうてんふ)(南京)』の隅から隅まで知っていた。『仲尾大主』に応天府の絵図を書かせたんだが、『真喜屋之子』の助けを借りたんじゃよ。わしは『真喜屋之子』に使者にならないかと誘ったんだが断られた。奴には夢があって、志慶真川(しじまがー)に『石の橋』を架けると言っていた。それに立派な『高楼』を建てるとも言っていたのう。『サンルータ』に別の仕事をさせていたら、あんな事にはならなかったじゃろう。『真喜屋之子』を失ったのは残念な事じゃった」

「『サンルータ』の女遊びは有名だったと瀬底大主は言っていました。それに、『真喜屋之子』の妻は美人(ちゅらー)だったと聞いています。別の仕事をしていたとしても、『サンルータ』は問題を起こしていたと思いますよ」

 松堂は苦笑した。

「そうかもしれんが、あの事件のあと、山北王は『進貢船』を送るのをやめてしまった。『進貢奉行』も解散になって、わしが育てた者たちは使者にはなれなかったんじゃよ。それでも今回、『リュウイン殿』と一緒に明国に行けてよかったと思っている。新しい『進貢船』も来たし、あいつらも活躍できるだろう」

 次の日、サハチは王女たち、クチャとスミ、リュウインの家族たちを連れて島添大里(しましいうふざとぅ)に向かった。『松堂夫婦』はマガーチに頼んで、『仲尾大主』がいる島尻大里に向かわせた。『島尻大里ヌル(前豊見グスクヌル)』のお腹が大きくなっていて、旅の間もずっと心配していたマガーチは喜んで引き受けた。王女たちは島添大里には行かず、ユリたちがいる佐敷の新里(しんざとぅ)に向かった。ウリーも当然のように一緒に行った。

 島添大里グスクの安須森(あしむい)ヌルの屋敷に行くと、娘のチルギガニを連れた『マナビー』がいて、クチャとリュウインの妻と子供たちを見て驚いた。

「マナビー、会いたかったわ」とクチャが言って、マナビーのそばに行った。

 マナビーの侍女たちがクチャに話しかけた。スミは憧れていたマナビーとその侍女たちに会えて感激していた。そして、ここには大勢の女子(いなぐ)サムレーがいる事に驚いていた。

 サハチは安須森ヌル(先代佐敷ヌル)にわけを話した。

「王女様たちは無事に帰って来たのね?」

「馬天浜のお祭り(うまちー)の準備に行ったよ」

「今年の馬天浜のお祭りは『ヂャン師匠(張三豊)を偲ぶ(つど)い』よ」

「そうか。あれからもう一年が経つのか」

「お芝居は去年と同じ『武当山の仙人(ウーダンシャンぬしんにん)』よ。ハルとシビーも行き詰まったみたい。新作が書けないって悩んでいるわ。『ヤマトゥ旅』に行ってらっしゃいって言ったのよ。来年、あの二人を『交易船』に乗せてあげて」

「それは構わんが、あの二人がいないとお祭りが大変だろう」

「大丈夫よ。あの二人の代わりはわたしが何とかするわ」

 サハチは笑った。

「お前の新作か」と安須森ヌルが書いていた紙を見た。

「南の島を旅して、色々な事がわかったから、『アマミキヨ様』の事を書いてみようと思っているのよ」

「そうか。楽しみだな」

 サハチはあとの事を安須森ヌルに頼んで、一の曲輪(くるわ)の屋敷に帰った。

 その夜、ウニタキ(三星大親)が顔を出した。

「何事もなくてよかった」とサハチが言うと、

「『リーポー姫様』を襲う一味はまだいたんだよ」とウニタキは言った。

 サハチは驚いて、「襲撃があったのか」と聞いた。

「三人だけだったがな。『チャイシャン(柴山)』の配下の者たちが片付けた。俺たちの出る幕はなかったよ」

「今帰仁でか」

「いや。『比地の大滝』に行く途中で待ち伏せしていたんだ。王女様たちの一行は気づいていない」

「そうか。『リーポー姫様』を護衛するだけあって、チャイシャンも一流の配下を持っているようだな」

「そのようだ。それより、『リーポー姫様』のお陰で、名護(なぐ)羽地(はにじ)国頭(くんじゃん)の事がよくわかったぞ。名護に山北王の正使を務めた『松堂』がいた事も、国頭に水軍の大将だった『喜如嘉(きざは)の長老』がいる事もわかった。ンマムイが色々と話を聞いたんだが、ウニタル(ウニタキの長男)もそばで話を聞いていた。察度の『今帰仁攻め』が『奥間』を守るためだったなんて驚いた」

「ンマムイから聞いて俺も驚いたよ。ンマムイが言っていたが、『奥間ヌル』の娘の父親が俺だという事を山北王は知っているのか」

「何だって? ンマムイが知っていると言ったのか」

「噂を聞いて知っているかもしれないと言っていた」

「そうか。それはあり得るな。山北王がその事を知ったら『奥間』を攻めるかもしれんな」

「サタルーに気を付けるようにと伝えてくれ」

「わかった。話は変わるが、『真喜屋之子』と『サンルータの妻』を会わせたよ」

「なに?」と言ってサハチはウニタキを見た。

「『真喜屋之子』が生きている事がわかるとまずいんじゃないのか」

「サンルータの妻は『クミ』というんだが、真喜屋之子の従妹(いとこ)だったんだ。『クミ』がどう出るかだな。湧川大主(わくがーうふぬし)(攀安知の弟)が『鬼界島(ききゃじま)(喜界島)攻め』から帰って来て、『真喜屋之子』の事を知って、『刺客(しかく)』を送り込んで来るかもしれない。あるいは中山王に引き渡せと言ってくるかもしれない。どうなるかはわからんが、戦のきっかけになるかもしれない」

「戦のきっかけ?」

「そうだ。来年は『今帰仁攻め』の予定だろう。しかし、今の状況では(いくさ)はできない。何かが起きなければ、戦を始めるのは難しい」

「来年か‥‥‥『離間策(りかんさく)』はうまくいっているのか」

「それは湧川大主の『鬼界島攻め』の結果待ちだよ。もし、今回も失敗して大勢の兵を失ったら、『国頭』は勿論の事、『名護』も『羽地』も離反するだろう。六月に援軍を送った時、これが最後だと言って、みんな渋々と兵と兵糧(ひょうろう)を出したんだ」

「もし、成功したら『今帰仁攻め』は中止か」

「『真喜屋之子』を使って、離間させるしかない」

「『リュウイン』の事は聞いたか」

「ああ、聞いた。『明国』に送るために、テーラーが家族を連れて来たんだろう」

「リュウインの奥さんに『真喜屋之子』を会わせてやりたいと思っているんだが、どう思う?」

「リュウインの奥さんは今、どこにいるんだ?」

「ミーグスクにいる」

「なに、ここにいるのか」

「テーラーに頼まれたんだ」

「そうか。ここにいるのなら会わせても大丈夫じゃないのか」

「奴はどこにいるんだ?」

「『慈恩寺(じおんじ)』に戻ったよ」

 サハチはウニタキに『真喜屋之子』を姉に会わせる事を頼んだ。

「『クーイヌル』について新しい事がわかったぞ」とウニタキは話題を変えた。

「『クーイヌル』というのは、『クーイの若ヌル』の母親か」

「そうだ。『シズ』をヌルに化けさせて『沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)』に送ったんだ。ずっと、ササと一緒に旅をしていたからヌルの事には詳しい」

「何がわかったんだ?」

「驚くべき事だ」

「もったいぶらずに早く言え」

「『クーイヌル』は母親の事を何も知らなかったんだ。『クーイヌル』を継ぐために『今帰仁』から来たらしいという事しか知らないんだよ。『クーイヌルの母親』が島に来たのは五十年も前の事だから近所の人に聞いても、母親の素性を知っている者はいなかった。シズは諦めて帰ろうとしたが、せっかく来たのだから『古いウタキ(御嶽)』でも探そうと山に入ったようだ。ササのお陰で、シズも『シジ(霊力)』が高くなったのかもしれん。山の中に『古いウタキ』を見つけて、祈りを捧げたそうだ。勿論、ササと違って『神様の声』は聞こえない。しかし、先代の『天底(あみすく)ヌル』だったというお婆に会ったんだ。今の『クーイヌル』は偽物だとお婆は言ったようだ。『クーイヌルの母親』が島に来る十年ほど前に、『クーイヌル』は跡継ぎに恵まれずに絶えてしまったらしい。『クーイヌル』は古くから、あの島にいるヌルで、『安須森』とつながりがあるようだ。お婆の娘の『天底ヌル』も安須森ヌルと一緒に『安須森参詣』に行ったらしい。いつか必ず、『クーイヌル』を継ぐ者が現れると神様は言ったらしくて、お前がそうかとシズに聞いたようだ。お婆はシズをじっと見つめて、お前ではないなとがっかりしたようだが、『クーイヌルの母親』の事を教えてくれたんだよ。『クーイヌルの母親』があの島に行ったのは、『羽地按司(帕尼芝)』が今帰仁グスクを攻め取って、『今帰仁按司』になった時だったんだ。滅ぼされた今帰仁按司の娘で、『今帰仁若ヌル』だったんだよ」

「ちょっと待て、滅ぼされた今帰仁按司の娘?」

「そうだよ。マチルギの父親、『伊波按司(いーふぁあじ)』の姉だよ。『クーイヌル』はマチルギの従姉(いとこ)なんだよ」

「若ヌルは従妹の娘か‥‥‥」

 サハチは驚いた顔で、ウニタキを見ていた。

 従弟の娘と言えば、マガーチの娘のタマと同じ関係だった。

「助けなければならんな」とサハチは言った。

「その事を『クーイヌル』に知らせたのか」

 ウニタキは首を振った。

「時期を見て知らせようと思う」

「時期?」

「そうだ。『クーイヌル』にとって山北王は、祖父の(かたき)の孫だからな。真実を知ったら、『クーイヌル』も『若ヌル』も苦しむ事になるだろう」

「『若ヌル』は敵と知らずに『山北王』と結ばれたのか‥‥‥それを知ったら、どうなるだろう?」

「わからんな。『若ヌル』が生まれる前に祖母は亡くなっているからな。実感は湧かないだろう」

 二日後、島尻大里グスクで、『冊封使』たちを招待して『餞別(せんべつ)の宴』が行なわれた。女子サムレーたちによるお芝居『察度』が演じられて、他魯毎(たるむい)(山南王)の祖父の『察度』が天女の子供だった事に『冊封使』たちは驚いていた。『中山王察度』の名は明国の記録に書かれているので、『冊封使』たちも知っていた。琉球で最初に『進貢』した王であり、三十回以上も『進貢』していて、琉球で一番勢力のあった王だと心得ていた。

 サハチと安須森ヌルも『冊封使』たちの要望があって、『笛の合奏』を披露した。

 『冊封の宴』の時、その演奏を聴いて、琉球にも優れた芸人がいると感心したが、その後、縦笛を吹いていたのが『島添大里按司』だと聞いて『冊封使』たちは驚いた。『島添大里按司』は永楽帝(えいらくてい)が『リーポー姫』を預けた男だった。永楽帝がどうして琉球の按司を知っているのか不思議だったが、『ファイチ(懐機)』から話を聞いて、八年前に『富楽院(フーレユェン)妓楼(ぎろう)』で一緒に酒を飲んだ仲だと知った。さらに、『島添大里按司』は『中山王の世子』で、武芸の腕も一流で、『日本の将軍様』とも親しいと聞き、お近づきになった方がいいと『冊封使』たちは思ったのだった。

 演奏のあと、サハチは『冊封使』たちに呼ばれて酒盃(さかずき)を交わし、色々な事を聞かれた。困っているサハチを見て、『李仲按司(りーぢょんあじ)』が来て話題を変えてくれたので助かった。

 九日後、他魯毎が『天使館』に行って、『餞別の宴』が行なわれた。これで、すべての行事は終わって、『冊封使』たちは帰国の準備を始める事になる。

 その日、馬天浜では『ヂャンサンフォン(張三豊)』を偲ぶお祭りが行なわれていた。そのお祭りは旧港(ジゥガン)(パレンバン)、ジャワ(インドネシア)、トンド(マニラ)から来た人たちの『送別の宴』も兼ねていて、大勢の人たちが浜辺に集まって酒盛りを楽しんでいた。

 各地のサムレーや女子サムレーも来られる者は来ていた。久高島(くだかじま)からも大里(うふざとぅ)ヌルが赤ん坊を連れて、久高ヌル(前小渡ヌル)が娘を連れてやって来た。山グスクからサグルー(山グスク大親)夫婦、ジルムイ(島添大里之子)夫婦、マウシ(山田之子)夫婦も子供を連れてやって来た。八重瀬按司(えーじあじ)(マタルー)夫婦、具志頭按司(ぐしちゃんあじ)(イハチ)夫婦、兼グスク按司(ンマムイ)夫婦もやって来た。ミーグスク大親(チューマチ)夫婦はリュウインの家族とクチャとスミを連れて来た。マグルー夫婦が留守番だと聞いて、ンマムイはがっかりしていた。

 お芝居は去年と同じで、旅芸人たちの『武当山の仙人』と女子サムレーと南蛮(なんばん)(東南アジア)の王女たちの『武当山の仙人その二』だった。リェンリー(怜麗)がいないので、主役のヂャンサンフォンは島添大里の女子サムレーのカリーが演じて、『リーポー姫』も自分の役で出ていた。明国に行ったヂャンサンフォンと思紹(ししょう)はリーポー姫と出会って一緒に武当山に行くという話に変わっていた。ウリーがリーポー姫の家来(けらい)役で出ていたのにはサハチも驚いた。このまま、リーポー姫と一緒に明国に行ってしまうのではないかと心配した。

 その日は首里グスクでも南蛮の使者たちを招待して、思紹(中山王)とマチルギ、馬天ヌルたちによって『送別の宴』が行なわれていた。

 翌日、旧港、ジャワ、トンドの船は出帆した。トンドのアンアン(安安)は来年も必ず来ると言った。シーハイイェン(施海燕)たちもスヒターたちもアンアンたちも、ササによろしくと言って帰って行った。

 『那覇館(なーふぁかん)』には誰もいなくなって、浮島は急に静かになった。





島添大里グスク



馬天浜




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