五月雨
1
新緑の季節となり、陽気もよくなった。 その陽気に誘われて、つい、フラフラとどこかに行きたくて、イライラしている男が吉崎にいた。上人様と呼ばれている蓮如であった。 ただ、布教の旅に出るのなら 蓮如が北陸の地に来て四年が経ち、加賀の国を中心に本願寺の教えは予想以上に広まって行った。しかし、加賀の国に浄土が出現したかというと、出現したのは戦という地獄だった。そして、一度、始まってしまった戦の火は陰でくすぶったまま消える気配はない。そろそろ、この地を離れなければならなくなるかもしれないと蓮如は感じていた。離れる前に、庭園だけは完成させたかった。布教も失敗、庭園も未完成では、この地を離れるにしても後味が悪かった。 蓮如が毎日、イライラしていたのは、本泉寺まで共に行ってくれるはずの風眼坊が、戦の前線に負傷者の手当に行ったまま、なかなか戻って来ないからだった。 そんな風眼坊が疲れた顔をして戻って来たのは四月の十二日だった。 蓮如のもとに挨拶に来た風眼坊とお雪の顔を見ると、蓮如は急にニコニコして二人を迎えた。そして、風眼坊の耳元で、本泉寺行きを囁いた。風眼坊は、一日、ゆっくり休ませてくれと頼み、蓮如は、勿論じゃ、ゆっくり休んでからでいいと言ったが、心はすでに本泉寺にあった。 次の日、 そして、次の日、留守を頼むため、妻の如勝と蓮崇と慶聞坊の三人だけに行き先を告げた。慶聞坊は一緒に行くと言い張った。蓮如も負けて、慶聞坊も一緒に行く事となった。 蓮如は庭師の格好になり、慶聞坊も職人姿になり、風眼坊とお雪を連れて、ひそかに吉崎を抜け出した。忙しい旅になりそうだった。二十五日の 一行は船に乗って出掛けた。そして、本泉寺に着くと休む間もなく、庭石を捜すため山に入った。蓮如が入ると言った山、 蓮如は慶聞坊を連れ、風眼坊を道案内に医王山に入った。蓮如は風眼坊に、とにかく東に向かってくれと言った。すでに、いい庭石をこの山の中で見つけてあるのだろうと風眼坊は思い、蓮如の言う通り東へと向かった。 東に向かって歩いているうちに山の尾根に出た。すでに、加賀と越中の国境であった。蓮如はさらに東に行けと言った。さらに進み、山の中から砺波平野が見える頃になって、ようやく、風眼坊は蓮如の行き先が分かった。蓮如は初めから庭石を捜すためではなく、越中に追い出された門徒の事を心配して瑞泉寺を訪れようとしていたのだった。 三人は砺波平野をさらに東へと向かった。 瑞泉寺に着いたのは日の暮れる少し前だった。 瑞泉寺には木目谷の高橋新左衛門と湯涌谷の石黒孫左衛門の二人が、瑞泉寺の南の地に仮小屋を建てて暮らしていた。彼らが越中に来て、すでに一月が過ぎていた。 五千人余りもいた加賀からの敗戦兵と避難民は、二千人近くの者が加賀に戻っていた。加賀に戻った兵たちは善福寺、浄徳寺、聖安寺、河北潟、犀川上流、 瑞泉寺には高橋新左衛門と石黒孫左衛門の他、六百の兵と六百の避難民が生活していた。避難生活も一月になり、毎日、ブラブラしているわけにも行かず、働ける者は日雇いとして田畑や山や川に出掛けていた。それらの働き先は皆、越中の門徒たちのもとであった。 蓮如は今回、内密に来たため、瑞泉寺の蓮乗のもとには寄らず、直接、避難小屋の方に向かった。風眼坊は吉崎から来た医者という触れ込みで、高橋と石黒に面会を求めた。入り口を守っていた門徒はうさん臭そうな顔をして、風眼坊と蓮如と慶聞坊の三人を見ていたが、しぶしぶ案内してくれた。 避難所には柱に屋根を載せただけの粗末な小屋がいくつも建ち、門徒たちが苦しい避難生活を送っていた。幸いに最低限の食べ物だけは越中の門徒たちの好意によって、毎日、届けられていた。しかし、人数が多すぎた。いつまで続くか分からなかった。 三人は小屋の建ち並ぶ中を抜けて、少し広くなった所に出た。三人を珍しがって子供たちが騒ぎながら集まって来た。 風眼坊は回りの小屋を見回していた。負傷者や病人が何人もいるように思えた。山伏をやめて医者になってから、世の中を見る目が自然と変わって来ていた。今まで山伏だった時も負傷者や病人の治療はした。しかし、それは生きて行くための手段に過ぎなかった。旅を続ける途中、銭が無くなった時に銭を稼ぐつもりで治療をしていた。ところが、今はそうではなかった。食うためではなく、お雪ではないが、自分がしなければならないという使命感というものを感じていた。自分でも不思議に思う程だが、負傷者や病人を目の前にして治療せずにはいられなかった。風眼坊はもう山伏ではなく、完全に医者に成り切っていた。その医者の目で、風眼坊は小屋の中の負傷者や病人たちを見ていた。 三人は広場の右側にある他の小屋より一回り大きく、筵で囲われた小屋の中に入れられた。そこには何も無く、誰もいなかったが、正面に『南無阿弥陀仏』と書かれた掛軸が掛けられてあり、道場のようだった。 蓮如はその掛軸を見ながら小さな声で念仏を唱えた。 やがて、高橋新左衛門が一人で現れた。 「吉崎から来た医者じゃとな、丁度、いい所に来たわ。さすが、上人様じゃ。わしらの気持ちを遠く吉崎の地におられながら、ちゃんと御存じでいらっしゃる」 そう言いながら、新左衛門は入って来ると、三人を見た。 「三人共、医者な‥‥‥」と新左衛門の会話は途中で止まり、蓮如の顔をまじまじと見つめた。「上人様‥‥‥上人様ではありませんか‥‥‥それに、慶聞坊殿も‥‥‥一体、これはどうした事です‥‥‥」 「内緒じゃ」と蓮如は言った。「今回、わしがここに来たのは内密じゃ。誰にも言わんでくれ」 「しかし‥‥‥石黒には知らせても構わんでしょう」 「ああ、二人だけの秘密にしてくれ。今のわしはただの庭師じゃ」 「庭師?」 「ああ、庭師じゃ。だが、このお人は本物の医者じゃ」 高橋は風眼坊の方を見た。 「風眼坊です」 「風眼坊殿ですか、助かります。ここには怪我人や病人が、かなりおります。ろくに薬も無いため、皆、弱っております。すみませんが診てやって下さい」 「分かりました。早速、診る事にしましょう」 「そいつは有り難い。今、わしの娘を連れて来ます。今、その娘が中心になって怪我人の手当をしておりますので、何なりと手伝わせてやって下さい」 新左衛門は土間の上に筵を敷き、座って待っていてくれと言うと道場から出て行った。 「あの人は?」と風眼坊は慶聞坊に聞いた。 「高橋新左衛門殿と言って、浅野川の中流にある木目谷の国人門徒です。もう、古くから、本泉寺の熱心な門徒です」 「ほう、国人門徒ですか‥‥‥」 「国人と言っても、ただの武士ではありません。浅野川の川の民の頭のような存在です」 「ほう、川の民の頭か‥‥‥頭がこんな所におったのでは浅野川も大変じゃのう」 「多分、川による運送はかなり減っておるでしょう。浅野川流域に住んでおる者たちは、さぞ困っておる事でしょう」 新左衛門は石黒孫左衛門と娘を連れて戻って来た。 風眼坊は娘に案内されて道場から外に出た。娘に案内されて行った所は道場とは反対側の小屋だった。広場を挟んで道場と反対側に大きな台所があり、その裏に小屋がずらりと並んでいる。その中に重症の負傷者ばかり集めた小屋と重病患者を集めた小屋があった。 風眼坊は娘に、どんな薬があるか聞いた。娘はあるだけの薬を見せてくれたが、大した薬はなかった。 「瑞泉寺の門前には薬屋は無いのか」と風眼坊は聞いた。 「あります。ありますが薬を買うお代がありません」 「瑞泉寺は出してくれんのか」 「言えば出してくれるとは思いますが、食べ物のお世話になっているのに、それ以上の事は言えません」 「そうか‥‥‥」 娘の名はおさこと言い、新左衛門の長女で、先月の戦で夫を亡くしていた。八歳になる女の子と五歳になる男の子がいたが、男の子は敵兵から逃げる途中、足を滑らして転び、打ち所が悪かったとみえて、次の日、湯涌谷において急に頭が痛いと泣き出し、そのまま亡くなってしまった。 おさこは夫と息子を亡くした衝撃で、しばらく寝込んでいたが、また、敵が攻めて来たため、慌てて娘の手を引きながら越中へと逃げて来た。越中に逃げて来てからも、衝撃から立ち直れず、毎日、ふさぎ込んでいた。父親の新左衛門から怪我人たちの面倒を見てくれと頼まれても、自分の気持ちも押えられないのに怪我人の面倒なんか見られないと断った。お前しか頼める者がいないと言われ、仕方なく怪我人の面倒を見始めた。 怪我人の面倒をみているうちに、いつまでも、めそめそしてはいられない、強く生きなければ、と思うようになり、ようやく、立ち直る事ができた。立ち直る事はできたが、自分で歯痒く思う程、怪我人の治療は充分にできなかった。 風眼坊は怪我人を一人一人見て回り、隣の小屋に行って、病人も一人一人見て回った。 「どうでしょうか」とおさこは聞いた。 「うむ。薬によって治る者もおるが、すでに手遅れの者もおる」 「手遅れの者も‥‥‥」 「とにかく、全力を尽くす事じゃ」 風眼坊は道場に戻り、蓮如に一筆を書いて貰うと、おさこを連れて瑞泉寺に向かった。 瑞泉寺の蓮乗に蓮如の書状を見せ、銭を借りると薬屋に向かった。
2
蓮如が本泉寺に向かうと、吉崎にいた蓮崇は待っていましたと行動を開始した。 湯涌谷を占領している山之内衆を何とかしなければならなかった。この先、守護側に山之内衆が付いているとすれば、本願寺側は大分、不利だった。 山之内衆は手取川上流を本拠にする山之内八人衆と呼ばれる八人の国人たちの連合だった。その八人の国人たちが率いているのは、当然、山伏も含む山の民である。彼らの兵力は、はっきりと把握できない。五千はいると見られているが、もしかしたら、一万近くいるのかもしれなかった。山之内衆は古くより白山と関係あり、八人衆と呼ばれる国人たちは、元をただせば白山本宮と中宮の 本宮と中宮は同じ白山衆徒でありながら、年中、争っていた。本宮は叡山の寺門派(園城寺)と手を結び、中宮は山門派(延暦寺)と手を結んでいた。その争いの中心になって戦っていたのが山之内衆で、その争いのお陰で、勢力を強めて行ったのが八人衆と呼ばれる国人たちだった。 彼らは初めの頃は、本宮、中宮に従って争いを繰り返していたが、やがて、本宮、中宮に利用され、常に痛い目に合っているという愚に気づき、お互いに手を結んだ。国人たちが力を持って行くのと反比例するように旧勢力である白山の力は弱まって行った。山之内衆が一つにまとまり、本宮、中宮に反抗するようになった時、すでに、本宮、中宮には彼らに対抗するだけの力はなかった。 かつて、加賀、飛騨、越前の三国にまたがり、絶大な勢力を誇っていた白山も、時の流れには逆らえず、新しい勢力の顔色を窺って、事に対処しない事には存続して行く事も危ない時期にまで来ていた。 山之内衆は本宮と中宮に反抗したと言っても、それは、本宮と中宮が争う時、その戦に参加しないという事であって、依然、白山の衆徒には違いなかった。彼らの本拠地である山之内庄は白山 本願寺がこの地に教えを広めなかったのは、白山を刺激しないためだったが、山之内衆が守護側に付くとなると話は別だった。何とかして守護と切り放さなければならない。本願寺の門徒にならないにしろ、守護と本願寺の争いに首を突っ込まないようにしてもらわなければならなかった。 蓮崇はいつもの二人の供を連れ、馬に乗って軽海から三坂峠を越えて別宮に出た。手取川の支流、大日川に沿って下り、大日川が手取川と分かれる地、河合へと向かった。 山之内八人衆の頭領である河合藤左衛門の屋敷は、西側の山に張り付くように建っていた。深い空濠と土塁に囲まれ、門の側に高い見張り櫓が建ち、弓を構えた兵が蓮崇たちを見下ろしていた。 蓮崇は馬から下りると門番に、河合藤左衛門の面会を求めた。 蓮崇と藤左衛門は蓮台寺城攻めの時の松岡寺での軍議の時、面識があった。特に話をしたわけではなかったが、面会を断る事はないだろうと思った。ただ、山之内衆は守護に味方して本願寺門徒の湯涌谷衆を越中に追いやっている。もし、このまま山之内衆が本願寺に敵対するつもりでいた場合、蓮崇の身に危険が迫る可能性もあったが、蓮崇が見た所、山之内衆が本願寺に敵対するとは思えなかった。 山之内衆というのは手取川上流を本拠地に持つ国人たちの連合である。国人たちというのは自分たちの土地を保証して貰うために守護の被官となる。しかし、山之内衆はわざわざ守護に保証して貰わなくても、しっかりと土地に根を張り、一種の独立国のように、その土地を支配していた。山之内衆が守護の被官になるという事は考えられなかった。今回、守護側に付いたのは湯涌谷を与えるとの約束があったからだろうと蓮崇は思っていた。 蓮崇たちは、しばらく 蓮崇の顔を見ると藤左衛門は懐かしい友と再会でもしたような笑顔で迎えた。 「お久し振りですな。ようこそ、こんな山の中まで」 「はい。お久し振りです」 「きっと、そなたが来るだろうと思っておりました」 「さようですか‥‥‥わたしが来る事が分かっておりましたか‥‥‥」 「まあ、お上がり下さい。見た通り、この庭には誰もおらん。もし、よろしければ、供の方はあちらの 「分かりました」 蓮崇は供の者を東屋の方にやって、離れに上がった。 「この辺りもなかなか、いい所でしょう」と藤左衛門は聞いた。 蓮崇は回りを見回しながら頷いた。「結構な所です。こんな所で、のんびりと暮らせたら最高でしょう」 「のんびりできれば最高でしょうな‥‥‥蓮崇殿、そろそろ本題に移りますか。蓮崇殿がわざわざ来られたのは湯涌谷の事でしょう。分かっております。わしらは本願寺に敵対するつもりはなかったが、ああいう結果になってしまった。今更、何を言っても始まらんが、わしら山之内衆は何を決めるにも、八人の寄り合いによって決めるんじゃ。今回の事もそうじゃった。わしら八人共、本願寺に敵対するつもりはないと言う事は、はっきりしておる。ただ、わしらには土地がなかった。わしらは昔から狭い土地にすがって生きて来た。それでも、生きて来られたのは白山のお陰と言えた。白山の信者たちによって、わしらは生きて来られた。しかし、最近、加賀の国が戦続きのお陰で、お山に登る信者の数は激減して行った。時の流れというものじゃろう。わしらも平野に進出する事を考えた。しかし、山で育って来たわしらには平野に出て行く事には抵抗があるんじゃ。怖いのかも知れん。そんな時、守護から湯涌谷の話が来た。勝てる自信はあった。湯涌谷衆が本願寺門徒だという事は知っていた。しかし、背に腹は返られなかった。わしらは湯涌谷を攻めた‥‥‥」 「河合殿、はっきり申します。湯涌谷を返して貰うわけにはいきませんか」 「すまんが、それは無理じゃのう。わしの一存では決められんし、一度、新天地に移った者共を、また、部屋住みの 「分かりました。湯涌谷の事はひとまず諦めましょう。ただ、この先、本願寺と守護との争いは続く事と思います。山之内衆としては、その争い事に干渉しないで貰いたいのですが、いかがでしょうか」 「それはできるじゃろう。山之内衆としては、どちらにも義理はないし、どちらに味方しても得る物は何もない。どちらかが、わしらを攻めて来ない限り、その事は守れるじゃろう」 「助かります。ただ、湯涌谷にいる山之内衆の事までは、わしにも責任はもてません。湯涌谷衆は今、越中に避難しておりますが、彼らはやはり、湯涌谷を取り戻そうとするでしょう。湯涌谷は彼らが代々暮らして来た場所です。簡単には諦める事はできないでしょう」 「うむ。そうじゃろうのう」 「もし、湯涌谷衆が湯涌谷を攻めたらどうします。助けに行きますか」 「多分、行くじゃろうのう。身内がやられるのを黙って見ておる事もできまい」 「そうなると、まずい事になります」 「仕方あるまい」 蓮崇は藤左衛門から視線をはずして庭園を眺めた。しばし、無言の後、「河合殿、本願寺の門徒になる気はありませんか」と聞いた。 「門徒になって、何の得がある」 「わしが言うべき事ではありませんが、国人が門徒になる事によって得る利益は、相当なものと言えます。河合殿も御存じの通り、本願寺は布教のための組織を持っております。その組織を利用して、昨年の合戦の時、あれだけの兵を集めました。本願寺の組織は、そのまま兵力として使えるのです。すでに国人門徒たちは、その組織を利用して自らの勢力を広げて来ております。この手取川の下流にいる安吉殿や笠間殿が、そのいい例です。彼らは本願寺の組織を利用して、手取川流域の河原者たちを完全に一つにまとめてしまいました」 「その事はわしも知っておる。しかし、それが本願寺の組織を利用したとは知らんかったわ。もう少し詳しく教えてくれんか」 「彼らはまず、本願寺の門徒となり、教えをきっちりと身に付け、坊主になります。坊主になれば道場を建て、門徒たちに教えを説く事ができ、また、弟子を作る事もできます。彼らは自分の弟子を目当ての荘園に送り込んで、そこの百姓たちに教えを説き、門徒とします。一度、門徒になってしまえば、その門徒も本願寺の組織の一員という事になります。門徒となった百姓たちは、後ろに本願寺が付いておるという事で強きになり、平気で荘官と対立します。百姓と荘官が対立を始めたら、門徒を助けろ、とその荘園に兵を入れ、武力を持って荘官を倒してしまうのです。倒された荘官は荘園を横領されたと言って、本所(領主)に伝えるでしょう。本所は幕府に訴え、幕府は守護に訴えるでしょう。しかし、その前に本所のもとに使いを送り、正式に荘官になってしまえばいいのです。本所としては荘官が誰であろうと、年貢さえ送ってやれば文句はありません。御存じの通り、今の荘園は本所に送るべき年貢を取る土地というのは、ほんの一部に過ぎません。後の土地は皆、在地の荘官が支配している土地です。その土地が、そっくり手に入るというわけです」 「そう、うまい具合に行くものかのう。信じられんのう」 「応仁の乱以降、はっきり言って幕府の力は地に落ちておると言ってもいいでしょう。国人たちによる荘園の横領はいたる所で起きております。横領を取り締まるべき立場にいる守護でさえ、堂々と荘園を横領しておるのです」 「そいつは、本当の事か」 「はい。本当です。富樫次郎殿は今回、木目谷を攻めるにあたって『荘園を横領する者を退治する』という名目を掲げましたが、富樫氏自身が、今まで荘園の横領をやって来て、大きくなったようなものです。今時、そんなお題目を掲げて、戦をする事自体が時代遅れもいいとこです」 「まあ、それは言えるのう。わしらの土地も元はと言えば、白山寺の荘園だったんじゃからのう」 「わたしは吉崎に来る前、三年近く、近江におりましたが、六角氏が荘園を横領するのを何度も耳にしました。有力寺院の荘園は元より、将軍様の奉公衆の荘園まで平気で横領しておりました。将軍様が何と言おうと言う事なんか全然、聞きません。京の近くの近江でさえ、そんな有り様です。まして、京から離れた地においては、幕府の言う事を聞く者など、ほとんど、いなくなっておると言ってもいいでしょう」 「うむ、成程のう。確かに世の中は変わっておるんじゃのう。わしらも、いつまでも、こんな山の中に籠もっておったのでは世の中から取り残されてしまうわ。本願寺の門徒か‥‥‥考えてみる価値はありそうじゃのう。ただ、本音を聞かせてくれんか。本願寺はこの先、守護とどうやって行くつもりなんじゃ」 「本音をずばり言いいますと、守護の富樫殿は倒します」 「なに、守護を倒す?」 「はい。守護を倒し、この加賀の国を本願寺の持つ国にいたします」 「できるのか」 「今、すぐには無理です。本願寺の組織を作り直さなくてはなりません。しかし、やがて、守護は本願寺に倒される事となるでしょう」 「うむ。そこまで、考えておったのか‥‥‥守護を倒すか‥‥‥」 「そんな事はできないとお思いですか」 「いや、この前の蓮台寺城の時のように、できない事はないじゃろう。前回のように門徒が一つになればじゃ」 「はい。多分、一つになるでしょう」 「多分のう‥‥‥そなたは恐ろしい男じゃのう。守護を倒す事をたくらむとはのう」 「わたしがたくらむのではありません。時の流れというものです。時が来れば自然と古い物は新しい物と変わらなければなりません」 「時の流れか‥‥‥蓮崇殿、そなたの話はよく分かった。本願寺の門徒となるという事は考えてみよう」 「お願いいたします。山之内衆が門徒となってくれれば、湯涌谷の事もうまくまとまるかもしれません」 「うむ」 「それでは、今日の所はこれで失礼いたします」 蓮崇は藤左衛門に頭を下げると離れから出た。 「蓮崇殿、守護側がそなたの事を狙っておる。気を付けなさるがいい」 「守護が、わたしを?」 「ああ。守護側では、そなたが本願寺の軍師だと思っておる。そなたがいなくなれば本願寺の力は半減すると思っておる。すでに、刺客が動いておるかもしれん。気を付けなさるがいい」 「分かりました。気を付けます」 蓮崇は河合藤左衛門屋敷を出て、山之内庄のはずれに建つ 鮎滝坊は蓮綱がその土地の国人、 蓮崇は鮎滝坊にて二曲 守護側が自分の命を狙っているというのは驚きだった。 わしなんかを殺すために刺客まで放っているという。この前、軽海の守護所に山川三河守を訪ねた時、三河守はそんな素振りのかけらも見せなかった。しかし、三河守という男は油断のならない男だった。裏では刺客を放ち、表では本願寺と仲良くやろう、と平気で言いそうな男だった。命を狙われているとなると、これからは少しの油断もできなかった。恐ろしいと思う反面、自分も命を狙われる程の男になったのだ、という満足感もあった。 蓮崇は馬に揺られながら常に回りを気にしていた。特に、軽海の町中を通る時には、ちょっとした事にも脅えながら馬に揺られていた。 軽海の町中で、超勝寺の
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河合藤左衛門屋敷跡