お輿入れ
サハチ(佐敷若按司)とマチルギ(伊波按司の次女)の新居は十一月の半ばに完成した。 東曲輪の入口には 新しい屋敷が完成しても、けじめは付けなければならないと言って、サハチとマチルギが一緒に住む事は許されなかった。マチルギとサム(マチルギの兄)は相変わらず、クマヌ(熊野)の屋敷にお世話になっていた。 十二月の末、マチルギが 一年前、木剣の持ち方も知らなかった娘たちとは思えない程、娘たちは上達していた。特に最年長の 全員の試合が終わると最後に、マチルギとサハチが模範試合を行なった。 二人が木剣を持って中央に現れると、見ている者たちから指笛が響き渡り、冷やかしの掛け声を掛ける者もいた。 サハチが声のした方を見ると、祖父(サミガー大主)と祖母がウミンチュ(漁師)たちと一緒に見ていた。サハチは手を振って祖父母に応えた。 サハチとマチルギが木剣を構えて立つと、ざわめいていた観衆はシーンと静まり返った。 模範試合なので、二人で前もって相談した通りに技を披露した。マチルギが攻めて、サハチがそれを受けて反撃し、マチルギが受けて、また反撃するという繰り返しだったが、二人の流れるような華麗な動きは見ている者たちを感動させた。 二人が離れて構えを解くと、しばらくしてから拍手が沸き起こって、あちこちから指笛が響き渡った。 次の日、マチルギはサムと一緒に伊波に帰って行った。次に来るのは、来年二月のお マチルギがいなくなって、急に寂しくなった。そう感じていたのはサハチだけではなかった。村人たちも顔を合わせれば、マチルギの噂をしているという。馬天ヌルもマシューもサハチと顔を合わせれば、マチルギの事を話していた。 今頃、何の用だろうと ウニタキはサハチたちが 馬天ヌルの話では教え方もうまいし、真面目な顔をして冗談を言う面白い人だという。 「勝連の人らしいけど勝連の武将の倅なの?」と馬天ヌルに聞かれ、サハチは本当の事を教えた。 馬天ヌルは驚いて、「按司の息子が従者も連れずに一人で来るなんて信じられないわ。でも、いい人とお友達になったのね」と笑った。 友達と言われて、サハチはそうかもしれないと思った。子供の頃は一緒に遊ぶ友達がいたが、若按司になってから対等に付き合える友と呼べる者はいなかった。ウニタキとは対等に付き合っていると言えた。 東曲輪ができたので、大御門も新しく建てていた。大御門を抜けて少し行くと、左側に以前の大御門だった サハチは東曲輪にウニタキを入れて、先程、座っていた縁側に腰を下ろした。 「何かいい事でもあったのか」とサハチは聞いた。 「お前の屋敷も完成したらしいな」と言って、ウニタキも縁側に腰を下ろした。 「 「こんな年の瀬に、浦添に用でもあったのか」 「 「知っている。お前の 「何だって!」とウニタキは目を丸くして驚いた。 「ヤマトゥ(日本)に 「本当かよ」 ウニタキは信じられないといった顔をしてサハチを見ていた。 「祖父さんに聞いてみるといい。祖父さんが無理なら、宇座按司なら話してくれるだろう」 ウニタキはサハチを見つめて、「お前はやっぱり、ただ者ではないな」と言った。 「まあ、その事は後で確かめる。俺の母親も、嫁の 「俺も高麗に行った時、ヤマトゥンチュ(日本人)の嫁さんになっている人を見たけど、綺麗な人だった」 サハチは『津島屋』の奥さんと 「その事について、俺は今まで何の疑問も持たなかった。母親が涙ぐみながら高麗の事を話す時、可哀想だと思ったくらいだった。前回、ここに来た時、お前は留守だったが、俺は鮫皮作りの作業場で働いている高麗人の家にお世話になった。そいつも倭寇によってさらわれて来た男だった。奥さんもいて、奥さんもそうだった。夫婦でさらわれたのかと聞くと、さらわれたのは別々だった。サミガー 「お爺が高麗人を買ったのか」と今度はサハチが驚いてウニタキを見つめた。 「そいつが選んだ女を 「嫁さんが気に入ったとみえるな」とサハチはウニタキの顔を見てニヤニヤと笑った。 「なかなかいいもんだよ」とウニタキは照れ笑いをした。 「嫁と一緒に侍女も付いて来たからな。俺の新しい屋敷も賑やかになった。俺の嫁の母親は 「島添大里按司は俺の 「俺の祖父の 「そうだったのか。敵がすぐ近くにいるというのも大変だな」 「それより、高麗人の話はどうなったんだ?」 「おう、そうだ。その嫁が何日か前に、高麗人の祖母の話をして、それで浮島にいるという高麗人の事を思い出したんだ。俺は次の日、浮島に行ってみた。ヤマトゥの商人に高麗人を買いたいと言って、銭を見せたら連れて行ってくれた。 「さらわれた高麗人を高麗に返すのか」とサハチが聞くと、 「そうだ。故郷に帰してやるのさ」とウニタキはいい考えだろうというような顔をして言った。 「若い娘が売れるのはわかるが、男たちも売れるのか」とサハチは聞いた。 「体格のいい男は 「成程な。売れるから琉球まで、わざわざ連れて来るというわけだな」 ウニタキはうなづいた。 「話は変わるけど、お前、ミャーク(宮古島)って知ってるか」 「何だ、ミャークって?」 「 「へえ、南の方にそんな島があったのか」 「何年か前に中山王の 「そのミャークって島は遠いのか」 「よくは知らんが、言葉が通じないんだから遠いんじゃないのか」 「 サハチはヤマトゥに行く時に見た、数多くの島を思い出していた。琉球の北にあれだけの島があるのだから、南の方にも知らない島が数多くあるのかもしれなかった。いつの日か、自分の船を持って、知らない島々を訪ねてみたいと思っていた。 その夜、サハチはウニタキを連れて、クマヌの家に行って共に酒を飲んだ。クマヌと一緒に酒を飲むのも久し振りだった。 サハチとウニタキの顔を見ると、「恋敵が仲良くやって来たのか」と面白そうに笑った。 マチルギとサムがいなくなって、急に寂しくなってしまったとクマヌの奥さんはサハチたちを歓迎してくれた。 娘のマチルー(真鶴)はマチルギから剣術を習っているのでよく知っているが、稽古着姿と違って、普段の着物姿は随分と娘らしくなっていた。もしかしたら、サムはマチルーが好きになったのかなとサハチは思った。
年が明けて 静かな正月だった。四年前に大グスクが落城してから大きな戦は起こっていなかった。 いや、今の中山王に対抗できる勢力はいない。 いや、今帰仁の 新年の儀式の時、妹のマシューが佐敷ヌルとなって、叔母の馬天ヌルと一緒に儀式を行なった。 マシューも知らないうちに立派なヌルになっていた。神々しさが漂う清らかな娘になっていた。子供の頃、いつもサハチのあとをついて回っていたマシューが、一人前のヌルになっていた事に驚きながら、その美しい仕草を見守った。 サハチは父と一緒に家臣たちの挨拶を受けて、馬天浜の祖父母のもとに挨拶に行き、三日にはヒューガ(三好日向)と一緒に伊波に挨拶に行った。 マチルギは花嫁修業をしているだろうと思っていたら、兄たちと一緒に弓矢の稽古に励んでいた。一番上の兄のチューマチ(若按司)が弓矢の名手で、マチルギは負けるものかと去年の暮れから熱中しているらしい。サハチは伊波按司に新年の挨拶をして、マチルギと少し話をして、一緒にいたいのをじっと我慢して、泊まる事なく帰って来た。 それから一ヶ月後、マチルギは伊波から佐敷へとお輿入れして来た。一日掛かりのお輿入れだった。 着飾ってお輿に乗ったマチルギの後ろに、伊波按司の代理として重臣の マチルギの花嫁行列は中間地点にある中グスクの近くで、出迎えの佐敷からの護衛三十人と入れ替わり、平敷按司、サム、侍女の二人とサムレー二人を残して引き上げて行った。 佐敷の護衛を率いて行ったのはサハチの叔父の 馬天浜が近づくと、道の両側に村人たちが現れてマチルギのお嫁入りを祝福した。その村人たちはずっと佐敷グスクまで途切れる事なく続いて、マチルギを歓迎した。 マチルギは自分を祝福してくれる人たちに応えながらも、涙を止めることはできなかった。こんなにも大勢の人が自分を歓迎してくれるなんて思ってもいなかった。生まれ 村人たちはマチルギの行列が過ぎると、その後に従って、佐敷グスクまで着いて来た。グスクの庭は、村人たちで埋め尽くされた。 華やかに着飾ったマチルギがお輿から下りると、村人たちは一斉に歓声を上げた。いつも稽古着を着て、木剣を振っていたマチルギの姿を見慣れていた村人たちは、マチルギの花嫁姿の美しさに、しばし呆然となり、急に静かになった。そして、グスクの上から、 二人は歓声の中を石段を登って一の曲輪に向かい、一の曲輪の入り口にある 婚礼の儀式は大広間のある屋敷内で、重臣たちが居並ぶ中、馬天ヌルと佐敷ヌルによって行なわれた。村人たちは上まで登って来て、屋敷を囲んで、二人の婚礼の儀式を静かに見守った。 儀式が無事に終わると、庭で 夜も更けて、村人たちもようやく引き上げ、サハチとマチルギは東曲輪の新居に入った。新居では侍女たちが待っていた。伊波から来たカミーとウサに加え、チルーとナビーが東曲輪の専属の侍女になっていた。 チルーは美里之子の妹で、サハチの叔母だった。叔母と言ってもまだ二十二歳で、大グスクの合戦の時に、お嫁に行くはずだった相手が戦死してしまい、佐敷グスクの侍女になっていた。父親と婚約者が共に戦死してしまって、悲しみから立ち直れないチルーを侍女として迎えたのは、姉であるサハチの母だった。働く事によって悲しみも和らいで、何とか立ち直る事ができた。その美貌から婚期を過ぎても、お嫁に欲しいという話はいくつもあったが、チルーは首を振り続けて侍女として働き、今回、東曲輪の侍女の ナビーは祖父のもとで働いているウミンチュの娘で十七歳だった。チルーもナビーもマチルギから剣術を習っていた。 サハチとマチルギは四人の侍女に、よろしく頼むと言って二人の部屋に入った。 「疲れただろう」とサハチはマチルギに言った。 マチルギはうなづいた。 「とても長い一日だったわ。そして、決して忘れられない一日になったわ」 「凄い人出だったな。マチルギの人気だよ」 「あたしだけじゃないわよ。あなたもみんなから期待されているのよ」 「期待か‥‥‥みんなの期待を裏切らないようにしないとな」 マチルギはサハチを見つめてうなづくと、「会いたかった」と言った。 「俺もさ。マチルギがいなくなった一月余りは長かった。ポッカリと胸に穴が空いてしまったかのようだった」 「もう、ずっと一緒にいられるのね」と言ってマチルギは嬉しそうに笑った。 サハチはうなづいて、マチルギを抱きしめた。 |
佐敷グスク