ササの誕生
三男の 水軍の総大将を勤めて見事に 何もかも失って蒼ざめた顔をしたヤフスは、父の前に呼ばれて恐る恐る事情を説明した。 二月の半ば、ヤフスは敵情を視察するために狩りに出掛けた。山中で二人の若い女と出会い、何をしているのだと聞くと、主人が病に伏せているので薬草を探しているという。女たちに誘われて、ヤフスは女たちの主人の屋敷に行った。 主人というのは中山王に滅ぼされた ヤフスは一目見て、その娘に惚れてしまった。 その後、ヤフスはマナビダルを見舞うために、その屋敷に何度も通った。マナビダルの病も治って起き上がれるようになると、一緒に散歩をしたりして楽しい日々を過ごした。マナビダルを側室としてグスクに迎え入れたいが、父親に怒られる事を恐れてできなかった。しかし、四月になって父親が出陣して行くと、もう我慢しきれずに、ヤフスはマナビダルをグスク内に迎え入れた。 四月五日、ヤフスは遠征軍が浦添を発ったとの知らせを受けると、挨拶にも来ない佐敷按司を痛い目に遭わせてやろうと翌日の早朝、兵を佐敷グスクに向かわせた。その朝、マナビダルの荷物がグスクに届いたが、それが ヤフスは側近の者に連れられて逃げるのが精一杯で、マナビダルかどうなったのか、二人の側室と子供たちがどうなったのかもわからず、島添大里グスクに逃げ込んだ。生き残った者たちが次々に島添大里グスクにやって来たが、マナビダルも側室も子供たちも逃げて来る事はなかった。 「この馬鹿者めが!」と島添大里按司は雷鳴の如く怒鳴った。 かつて、 島添大里按司は帰還した兵たちの武装を解かず、翌日には、糸数グスクを攻め立てた。中山王と山南王にも応援を要請して、 見るに見かねて、大グスクにいた糸数の兵も、最小限の守りの兵を残しただけで出撃した。それを待っていたかのように、隠れて待機していた 大グスクの奪還に成功すると、島添大里按司は糸数グスクから撤退を命じた。四月二十一日の事だった。 様子を見守っていた佐敷グスクでは一晩様子を見て、翌朝、もう大丈夫だろうと避難していた村人たちを解放した。 五月になって、佐敷ではようやく通常の生活に戻っていたが、 城下を焼かれた島添大里では順調に再建が進んでいた。大グスクは後回しとなり、大グスク按司に復帰したヤフスは、生き残った数少ない家臣と共に、グスク内に掘っ立て小屋を建てて、質素に暮らしているという。 中山王の 六月になるとマチルギが 伊波グスクの城下の外れに武術道場ができていて、若い者たちが修行に励んでいた。師範として指導に当たっていたサムは、サハチたちに気づくと手を振って、しばらくしてやって来た。 「やあ、久し振りだな」とサムは笑った。 「うまく行っているようだな」とサハチは言った。 「まあな」とサムは言ったが、何だか、浮かない顔をしていた。 「ねえ、サム兄さんは今帰仁に行ったの?」とマチルギが聞いた。 サムは首を振った。 「俺は留守番さ。行ったのはチューマチ(千代松)兄さんとマイチ(真一)兄さんだよ」 「そうだったの。山田の叔父さん、戦死しちゃったんでしょ?」 サムはうなづくと溜息をついた。 「叔父さんは凄い活躍をしたんだよ。だけど、総大将の浦添の若按司(フニムイ)のお陰で無駄死にになっちまった」 「どういう事なんだ?」とサハチは聞いた。 「親父に会うんだろ。親父が詳しく話してくれるよ」 サハチとマチルギはサムと別れて伊波グスクに向かった。ヒューガはサムに頼まれて道場に残った。 「何となく、元気なかったな」とサハチはマチルギに言った。 「今帰仁に行けなかったんで悔しいんじゃないの?」 「そうかなあ」とサハチは首を傾げた。 伊波按司はよく来たと二人を歓迎してくれた。サグルーの話をしたあと、今帰仁合戦の話を聞いた。 「今帰仁に着いたのは四月七日じゃった」と伊波按司は当時を思い出しながら話し始めた。 「実に三十年振りの今帰仁じゃ。懐かしかったのう。勿論、敵は待ち構えていたが、野戦では数が勝る方が有利じゃ。敵の兵力は五百で、味方は倍の一千じゃったからな。地の利は向こうにあるが、中山軍が押しまくって、敵をグスク内に追いやった。中山王の次男の 「どうしてなの?」とマチルギが腑に落ちないといった顔をして聞いた。 「その日の夕方、中山王から退却命令が来たようじゃ。退却命令が出たのに、総大将は山田按司に作戦の中止を告げなかった。何も知らずにグスクに潜入した山田按司は、味方に裏切られて犬死にしてしまったんじゃよ」 「どうして、中山王は退却命令なんて出したの? まだ、グスクが落ちてもいないのに」 「今回の今帰仁攻めは陽動作戦なんじゃよ。本来の目的は敵に奪われた鳥島を奪い返す事だったんじゃ。水軍だけで鳥島を奪い返す事もできたんじゃが、二度と同じ事をさせないために、それと、中山王の実力を見せつけるために、大軍で今帰仁まで遠征したんじゃよ」 「それじゃあ、初めから今帰仁グスクを攻め落とすのが目的ではなかったの?」 「そうじゃ。中山王が今帰仁グスクを落とすつもりなら、それなりの準備が必要じゃ。中山王が今帰仁を攻めると言ったのは、山北王が鳥島を奪い取ったとの知らせを受けた去年の八月じゃ。わずか半年余りで、今帰仁グスクを落とせる準備が出来るはずがない。山北王が鳥島を奪い取る前まで、中山王は山北王の使者を自分の船に乗せて毎年、明国まで連れて行ってやっている。今帰仁を攻める気などまったくなかったはずじゃ。中山王が浦添グスクを攻め落とした時は長い間、準備に準備を重ねていたはずなんじゃ」 「遠征に従った按司たちは皆、その事を知っていたのでしょうか」とサハチは聞いた。 「知っていたじゃろう。知っていたからと言って手を抜いていたというわけではない。皆、中山王の歓心を買いたいんじゃよ。戦で活躍すれば、明国からの交易品を分けてもらえるかもしれないと必死になっていたんじゃ」 「山田の叔父さん、どこで亡くなったのかもわからないのね?」とマチルギが聞いた。 「ああ、わからなかった。火を掛けた事はわかったが、グスク内でどんな討ち死にをしたのか、まったくわからなかったんじゃ。しかし、先月の末、山田按司と一緒にグスクに潜入した者が生き延びて戻って来た」 「叔父さんと一緒にグスクに入った人が生きていたんですか」 伊波按司はうなづいた。 「大怪我をしていてな、死にそうな所を 「叔父さんが‥‥‥叔父さんが マチルギは目を見開いて、父親の顔をじっと見つめていた。 サハチも伊波按司の言った言葉に驚いて、知らずに身を乗り出していた。 「そうじゃ。奴は念願をかなえたんじゃ。見事に敵を討ったんじゃよ」と伊波按司は言って、何度もうなづいていた。 「山北王を殺したあとは、もう次々に現れる敵との戦いで、そいつは山田按司とはぐれてしまい。どこに行ったのか、まったくわからないという。敵と斬り合いながらも、そいつは何とか生き延びて、燃える屋敷を見ながら、味方が攻めて来るのを待っていたそうじゃ。しかし、いつになっても味方が攻めて来る事はなかった。夜が明ければ見つかってしまうと思い、夜が明ける前に脱出したが、足を滑らせて崖下に転落したらしい。大怪我を負っても、山北王を殺した事を知らせなければならないと、必死になって味方のいる場所に戻った。ところが、すでに撤退したあとで誰もいなかったという。その後、隠れながら味方を追って行ったんじゃが、山の中で倒れてしまい、猟師に助けられたというんじゃ」 「叔父さんが敵討ちを‥‥‥」とマチルギは言いながら涙を流していた。 サハチは山田グスクで会った山田按司を思い出していた。神気を漂わせていたあの人なら、今帰仁グスクに忍び込んで山北王を殺すのも可能だと思えた。 「そいつが戻って来てから二日後、今帰仁にいるミヌキチから書状が届いた。山北王が亡くなり、 「叔父さんがみんな殺したのね」 「多分な」 「叔父さん‥‥‥」と言いながらマチルギは両手を合わせた。 伊波按司と別れて、武術道場にいたヒューガを連れて山田グスクに向かった。 義父を失ったトゥク(徳)兄さんは思っていたよりも元気だった。 「 トゥク兄さんはマウシ(真牛)と名付けた次男(後の トゥク兄さんが言う通り、顔つきが山田按司によく似ているような気がした。祖父に負けない立派な武将になるんだぞとサハチは心の中で言っていた。 ここまで来たのだから 宇座按司はいた。三年前に来た時は留守だったので、四年振りの再会だった。相変わらず元気に働いていたが、宇座按司という名は次男に譲っていた。今は隠居の身で、ただの爺さんじゃよと笑った。若い奥さんとの間にできた息子のクグルー(小五郎)も六歳になっていて、子馬と一緒に草原を走り回っていた。 「山田按司の事を聞きましたか」とサハチが聞くと、ただの爺さんはうなづいて、「惜しい男を亡くしてしまった」と一言だけ言った。 「祖父のサミガー 「そうか。サミガー大主も隠居したのか」と目を細めて言った。 「そのうち、遊びに行こう」とタチ爺さんは笑った。 伊波から帰った頃からマチルギのお腹が大きくなってきた。 「今度は絶対に女の子よ。勿論、剣術を教えるわ」とマチルギは嬉しそうだった。 マチルギのお腹が大きくなるのと同じように、 久高島から帰って来た馬天ヌルは人目も気にせず、ヒューガの屋敷に出入りしていた。台風で馬天浜の屋敷が潰れてしまって、佐敷ヌルの屋敷に移っていたが、ヒューガの屋敷に泊まる事も多かった。新しい屋敷が完成したあとも、ヒューガの屋敷に通っていた。 その事は佐敷按司の耳にも入ったが、お互いに大人だからなと放っておいた。お腹が大きくなっても怒るわけでもなく、あいつもやはり その頃、島添大里按司の使者が佐敷グスクにやって来た。来月に進貢船を明国に送るので、是非ともヤマトゥの刀を五十 佐敷按司は仕方ないと言って引き受けた。島添大里按司は借りは倍にして返すと言ったが、当てにはならないと佐敷按司は覚悟していた。 九月二十日、マチルギは元気な次男を産んだ。マチルギが願っていた女の子ではなかったが、「将来、あなたを助ける武将になるように神様が男の子にしてくれたのよ」と喜んでいた。 サハチの次男はマチルギの父、伊波按司の それから二日後、馬天ヌルが娘を産んだ。 「あたしの跡継ぎができたわ」と馬天ヌルは喜んだ。 馬天ヌルの娘はヒューガの母親の名前をもらって、ササ(笹)と名付けられた。 |
糸数グスク
伊波グスク