島添大里按司
念願だった マチルギと一緒に豪勢な屋敷の二階から、高い石垣に囲まれたグスク内を見下ろして、その事を充分に実感していた。 島添大里グスクを攻め落としてから半月余りが経ち、大変だった引っ越しも無事に済んで、ようやく、腰を落ち着かせる事ができた。 「ここにいるのが夢みたい」とマチルギは広いグスクの庭を見下ろしながら嬉しそうに笑った。 「島添大里グスクに、二階建てのお屋敷があったなんて知らなかったわ。眺めがよくて気持ちいいわね」 馬天浜からいつも見上げていたグスクに、今、自分がいる事が、何だか不思議に思えた。これも皆、父と祖父の苦労のお陰だった。いや、ウニタキやヒューガ、馬天ヌル、サイムンタルー(早田左衛門太郎)、そして、ファイチ(懐機)、みんなのお陰だった。 サハチは父を按司に復帰させようとしたが、まだやる事があると言って、父ははっきりと断った。父にとって島添大里グスクは、まだ夢の途中に過ぎなかった。 「次は、五年の計じゃ」と父は言った。 「 父はうなづいて、「五年もあれば落とせるじゃろう」とサハチを見た。 「充分です」とサハチは答えた。 島添大里を本拠地にして、一千の兵がいれば、 「五年あれば、あと五百の兵が増やせる」と父は意気込んで言った。 「まだ増やすつもりなのですか」 「当然じゃ。浦添はここより強敵じゃぞ。充分な計画を立てて立ち向かわなければ、一千五百の兵でも落とせんかもしれん」 父は二百人の兵を連れて、ヒューガと共にキラマ(慶良間)の島に帰って行った。六百人の兵をここに置いても、食糧と住む場所の確保が難しかった。三百人の兵を島添大里グスクに残し、佐敷グスクと平田グスクに五十人づつ配置して、残りの兵は島に戻したのだった。代わりに、島から娘たち五十人がやって来て、侍女や サスカサも島添大里ヌルとして迎えるつもりだったが来なかった。本人は来るつもりだったようだが、島の者たちに引き留められて、それを振り切る事はできなかった。共に苦労して村造りをした者たちを見捨てて、島を出る事はできず、あと五年間、頑張ると言ったという。 サスカサが来ないので、佐敷ヌルを呼ぶ事になった。ただし、サスカサが戻って来るまでの代理なので、島添大里ヌルには就任しないで、佐敷ヌルのまま、 「こんな広いお屋敷を一人で使うの?」と佐敷ヌルは驚いていたが、「すぐに、娘たちのたまり場になるだろう」とサハチが言ったら笑っていた。 サハチの守り神である『ツキシルの石』もお 佐敷グスクには、弟のマサンルー(真三郎)が平田グスクから移って来て入り、 馬天浜に来ているシンゴ(早田新五郎)には、できれば毎年来てほしいと頼んだ。今まで以上に交易を盛んにしなくては、大所帯となった家臣たちを食べさせては行けない。 島添大里グスクが落城して四日後、すでに噂になっているのか、 屋敷の中に入ると回りを見回して、「凄いのう」と知念按司は感心していた。大広間の前に、龍と虎を書いた大きな絵が飾ってあって、訪れた者はそれを見て、まず驚いた。 屋敷の中を守るのは 「ほう、これが噂に聞く、女子サムレーか」 知念按司は女子サムレーを珍しそうに眺めていた。 「佐敷では娘たちに剣術を教えていると聞いてはいたが、屋敷の警固まで、娘たちにやらせるとは、まったく変わっておるのう」 サハチは知念按司を一階にある 向かい合って座ると、「そなた、わしらを 「噂では佐敷按司は三百の兵で島添大里グスクを囲んで、一晩の内に落としたと言うではないか。その三百の兵とは一体、どういう事なのじゃ?」 サハチは三百の兵と聞いて、ホッとしていた。六百の兵と噂されていたら言い訳に困る所だった。 「三百というのは大げさですよ」とサハチは言った。 「二百といった所でしょうか。平田のグスクで密かに兵を育てていたのです」 「なに、平田グスクで兵を育てたじゃと?」 サハチはうなづいた。 「百五十の兵を平田に隠していたと申すのか」 「このグスクを奪うために、隠しておいたのです」 知念按司は急に笑い出した。 「大したものよのう。わしらを騙して、島添大里グスクと 「大グスクを落とした時は、平田の兵は使ってはいません。今だから話しますが、実は大グスクには抜け穴があったのです」 「抜け穴じゃと?」 「山南王になった 「そなたがどうして、そんな事を知っているんじゃ?」 「 「大グスクの若按司?」 「ずっと隠れて、生き延びていたのです」 「若按司が生きていたのか」 「母親と一緒に生きています。それと、若按司の姉の大グスクヌルも生きています」 「それは本当なのか」と知念按司は目を丸くして、サハチを見ていた。 サハチがうなづくと、知念按司は、「生きておったのか」と急に泣き顔になった。 「若按司と大グスクヌルはわしの甥と姪じゃ。その母親は 知念按司は涙を拭って、サハチを見ると、「大グスクは若按司に返すと言ったが、それも本当なのか」と聞いた。 「はい。お返しします」 「そうか‥‥‥」と知念按司はうなづくと、「よくやってくれた」と怖い顔のまま、目を潤ませながら言った。 知念按司はその後、屋敷の中を一回り見て、機嫌を直して帰って行った。 亡くなった山南王( 高い石垣に囲まれたグスクの中は、石垣によって四つに区画されていた。按司の屋敷が建っている所が一の曲輪で、他の曲輪よりも一段高くなっている。サハチたちの住む屋敷の東側に、広い台所を備えた屋敷があり、井戸もあり、侍女たちの屋敷もあった。屋敷の西側には岩山があって、その中に古いウタキ(御嶽)があり、『ツキシルの石』を安置した祠もそこにあった。 一の曲輪の正面が二の曲輪で、広い庭になっている。この前、六百人の兵が並んだが、まだ余裕があって、楽に一千人は入れるだろう。 二の曲輪の東側に東曲輪があり、ここもかなり広い。ここにも一千人は入れそうだった。その北側に、佐敷ヌルが入る屋敷があった。引っ越しは終わったようだが、まだ、佐敷ヌルはその屋敷に入ってはいなかった。佐敷ヌルの屋敷の東側の石垣の近くには 二の曲輪の西側にある 知念按司が来た翌日、大グスクの若按司と大グスクヌルのマナビーが母親と一緒にやって来た。若按司の顔を見て、昔の記憶がよみがえってきた。幼い頃、一緒に遊んだ時の事が鮮明に思い出された。三人は泣きながらお礼を言って、大グスクに帰って行った。若按司を見送りながら、嫁さんを探さなくてはならないなとサハチは思った。 引っ越しが終わった翌日、馬天ヌルと佐敷ヌルが揃ってやって来た。嫌な予感がした。 「最初が肝心よ」と馬天ヌルが言って、家臣たち全員が集められ、二の曲輪の庭において就任の儀式が執り行なわれた。三百人の家臣たちの見守る中、正装したサハチは正式に島添大里按司に就任し、全員が同時に酒を飲んで団結を誓った。 その日の夕方、東曲輪の庭で娘たちの剣術の稽古も始まった。キラマの島から来た娘たちも加わり、総勢五十人余りが稽古に励んだ。佐敷に残っている娘たちは以前の如く、佐敷グスクの東曲輪で馬天ヌルが指導し、平田グスクでもウミチルの指導で始める事になった。 サハチが屋敷の二階から娘たちの稽古を見ていたら、ウニタキがやって来た。相変わらず、坊主頭に鉢巻きを巻いて、 「 そう言うとウニタキは苦笑した。 「五年後には戻れるさ」とサハチは言った。 「五年後は浦添だろう」 「浦添と勝連は一緒だ。浦添を落としても、勝連が敵対していたら、明国との交易がうまく行かないからな。同時に倒すつもりだよ。同時が無理でも、間を置かずに攻め落とす」 「中グスクと 「そういう事になるな」 「随分と大それた作戦だな。浦添、中グスク、越来に勝連か。いや、 「そのくらいの事をしないと、親父がキラマの島から出て来ないからな」 「あそこが気に入ったのだろう。いい所だからな」 「五年経ったら、俺は三十六になる。いつまでもじっとしてはいられない。浦添を落としたら、親父に中山王になってもらって、今度は俺が外に出る」 「島に行くのか」と言って、ウニタキは笑った。 「島にも行くが、ヤマトゥ、 「お前の血筋は旅が好きだな」 「年に一度のささやかな旅で我慢しているんだ。早く、気ままな旅がしたいよ」 サハチはウニタキを部屋の中に誘うと、「周りの状況はどんな具合だ?」と聞いた。 「誰もが驚いている。佐敷按司が島添大里グスクを落としたなんて信じられないとな」 「山南王になったシタルーは攻めて来そうか」 「向こうも引っ越しで大忙しだからな。今の所はそんな気配はない。 敵と聞いてサハチは改めて、シタルーの弟のヤフスを殺した事を実感していた。実際に手を下したわけではないが、世間ではサハチがヤフスを殺して、島添大里グスクを奪い取った事になっている。ウニタキが言うように、シタルーが攻めて来る事はないと思うが油断は禁物だった。 「シタルーを裏切った重臣たちはどうなったんだ?」とサハチは聞いた。 「 「どうしてだ?」 「シタルーとは気が合わんようだな。それに、シタルーは奥間の者よりも、石屋を信頼しているようだ」 「石屋というと、石を切ったりして石垣を作ったりする者たちか」 「そうだ。豊見グスクを築いた時に、腕のいい石屋と知り合ったようだ。石屋というのも各地のグスクにいて、情報を共有しているらしい。シタルーは石屋を使って情報を集めているようだ」 「そうか。石屋というのは奥間とはつながってはいないんだな?」 「奥間はヤマトゥ系で、石屋は 「成程。そんな集団があったのか」 「このグスクの石垣も、多分、そいつらが作ったものだろう」 「奥間大親が八重瀬に行ったとなると、浦添にいる侍女はタブチの指示で動くという事になるな」 「侍女というのは、八重瀬グスクを落とした時の絶世の美女の事か」 「そうだ。今回、タブチが負けたのは中山王が介入したためだ。その事を恨んで、何かをたくらむかもしれんぞ」 「その美女を使って、中山王を暗殺するのか」 「それも考えられる」 「美女といっても、もういい年だろう」 「しかし、浦添グスクに入って、随分と年が経っている。かなり信頼されているのかもしれん。信頼されていれば、中山王に近づく事もでき、殺す事もできるだろう」 「そこまではするまい。中山王を殺しても、山南王にはなれんからな」 「タブチは今、どうしているんだ?」 「やけ酒でも食らっているかと思ったんだが、違った。城下の人たちと一緒になって、焼けた城下の再建を頑張っていたよ。確かに、山南王になる事は諦めてはいない。次の策を練っているようだった」 「次の策か‥‥‥俺の事はどう思っているんだ?」 「娘を嫁にやってよかったと思っているようだな」 「という事は、俺の事を味方だと思っているのだな」 「シタルーを倒すには必要だと思っているのだろう」 「そうか‥‥‥こっちとしても、タブチは必要だな。浦添を攻める時に、シタルーの足止めをしてもらわなければならない」 「また、二人を争わせて、その隙を狙うのか」 「中山王と山南王を共に敵に回したら挟み撃ちにされるからな」 「中山王はお前の事を知らなかったらしいぞ。佐敷按司とは何者じゃと家臣たちに調べさせているようだ」 「そうか‥‥‥怪しまれんように馬鹿になっていなくてはならんな」 「このグスクを奪い取ったので、浮かれて、毎晩、 「宴か‥‥‥そういえば、まだ戦勝祝いをしていなかったな」 「佐敷の人たちも呼んで、派手にやった方がいい」 「そうだな、派手にやって馬鹿さ加減をさらけ出すか。大勢、呼ぶとなると、それなりの準備がいる。炊き出しもしなくてはならんしな。その事はあとで重臣たちと相談しよう。さっきの続きだが、中山王は奥間の者を使っているのか」 「亡くなった先代の長老の弟が、 「長老の弟が奥間大親だったのか。それで、察度とのつながりが強かったんだな」 「その奥間大親は二十年前に亡くなり、跡を継いだ倅もその三年後に亡くなってしまい、孫が跡を継いだんだ。跡を継いだ時、まだ十六歳で、父親が急死したため、奥間とのつながりはないようだ。初代が奥間から連れて来た者たちが、浦添の近くの奥間という村に住んでいて、そいつらを使っている。そいつらも代が代わって、今ではもう職人ではない」 「そいつらを使って情報を集めているのか」 「『 「成程な。浦添を倒すには、そいつらも倒さなくてはならんな」 「そいつらは俺たちで片付ける」 「頼むぞ‥‥‥ 「 「糸数だけでは攻めて来ないだろう」 「多分な。話は変わるが、俺も引っ越す事に決めたよ」 「ここに来るか」 「いや、 「あそこは浦添攻めの拠点になる。今のうちに確保しておいた方がいい」 「ああ、そういう事だ。いよいよ、望月党が出て来そうだな」 「浦添にいるのか」 「勝連の者が出入りしているからな。浦添にも奴らの拠点はあるはずだ」 「そうか。充分に気を付けろよ」 「わかっている」とウニタキは神妙な顔でうなづいた。 ウニタキの妻と娘が望月党に殺されて、もうすぐ十年になる。ウニタキは早く 「ところで、ファイチはこっちに移ったのか」とウニタキは聞いた。 「佐敷でもいいと言ったんだが、広い屋敷に移ってもらった。亡くなった山南王には、かなり重臣がいたとみえて、重臣たちの屋敷がまだいくつも空いているんだ。お前も、表の顔を持って重臣にならないか。望月党と戦うとなると、家族も危険な目に遭うぞ。山の中の屋敷にいるより、城下に住まわせた方がいいんじゃないのか」 「そうだな。考えておくよ」 「屋敷は取っておく。 「三星大親か」と言ってウニタキは笑った。 「それもいいかもしれん。年中、留守にしている重臣の仕事は何だ?」 「そうだな。領内の地図を作る仕事だ」 「成程。それなら、みんなも納得しそうだな。二度と家族を失いたくはない。かみさんを説得して移ってもらう事にするよ」 サハチは喜んで、うなづいた。 「城下の者たちで残っている者はいるのか」とウニタキは聞いた。 「ほとんどが出て行ったよ。残っているのは奥間の者たちだけだ。 「そうか。奥間の者たちか」 「そう言えば、『よろずや』の者たちはどこに行ったんだ? 戻って来ていないようだが」 ウニタキは笑って、「逃げたのさ」と言った。 「どこに?」 「浦添だ」 「浦添に逃げた?」 「奴らはヤフスと親しく取り引きをしていた。殺されるのが当然だ。だから浦添に逃げて、向こうで『よろずや』を再開したんだよ」 「もう浦添に店を出したのか」 「ここから逃げて来たと言えば怪しまれんだろう」 「成程。二か月間もここに閉じ込められていて、休む間もなく、新しい任務に就いているとは、何か 「お前から褒美をもらえば励みになる。そうしてやってくれ」 「褒美で思い出したが、トゥミとカマはどうしているんだ?」 「佐敷のカマの家で一緒に暮らしているよ。赤ん坊がいるから、当分の間はトゥミには休んでもらう」 「そうか‥‥‥トゥミはヤフスを恨んでいたのかな」 「優しくしてくれたと言っていた」 「それなのに、殺したのか」 「どうせ殺されるのなら、自分の手で殺してやりたかったと‥‥‥かなり、辛そうだよ。何も知らない赤ん坊がまた可愛いから、余計に辛いだろう」 「二人で何の話だ?」と誰かが言った。 振り向くとファイチがいた。相変わらず、道士の格好だった。 「褒美の話だ。ファイチにも褒美をあげなければならんな」とサハチは言って、手招きした。 ファイチは部屋に入ってきて座ると、「褒美をくれるなら、ヤマトゥの刀が欲しい」と言った。 「ファイチは刀が欲しいのか」 ファイチは嬉しそうな顔をしてうなづいた。 「よし、わかった。ファイチにふさわしい名刀を見つけ出してやる」 「トゥミもヤマトゥの刀が欲しいって前に言っていたぞ」とウニタキが言った。 「そうか。それじゃあ、『よろずや』の者たちにも刀を褒美にするか」 「俺も忘れるなよ」とウニタキが横目で見た。 「お前もいたか」とサハチは笑った。 マチルギが佐敷ヌルと一緒に帰って来た。 「三人で何を楽しそうに話しているの?」とマチルギは笑いながら部屋を覗いた。 「面白い組み合わせね」と佐敷ヌルは三人を見て、「でも、何だか、古くからのお友達みたいね」と笑った。 「前世からの付き合いさ」と言って、サハチは楽しそうに笑った。 |
島添大里グスク