勝連グスクに雪が降る
奪い取った 途中、 朝はいい天気だったのに、途中から雨が降ってきた。 確かに、望月党に殺された者たちの恨みは凄いに違いない。身に覚えのない罪で何人の者が殺されたのかはわからないが、望月党が存在した七十年間に、相当な数の者が殺されたに違いなかった。ウニタキ(三星大親)の妻や娘のように、わけもわからずに殺された者も多いはずだ。それらの行き場所のない恨みやつらみが、マジムンとなってさまよっているのだろう。この雨はマジムンとは関係ないと思うが、勝連では不思議な事が起こりそうな予感がした。 越来グスクから勝連グスクへは 勝連グスクは深い霧に被われていた。一番高い一の サハチは兵を展開して勝連グスクの三つの サハチが以前、勝連グスクに来たのは十八年前の事だった。ウニタキに連れられてグスク内を見学した。あの時、ウニタキの新居を建てるために四の曲輪を拡張していて、まだ大御門もできていなかった。今は立派な グスク内にいる このグスクはグスク内に入る事ができたとしても、簡単に落とせるグスクではなかった。東曲輪と四の曲輪を占拠できたとしても、三の曲輪の前には急な石段があり、三の曲輪の入口には御門がある。その石段を登る所を上から攻撃されれば、それ以上は進めなかった。敵の弓矢が尽きるのを待つか、兵糧が尽きるのを待つしかない。サタルーの報告によると、勝連グスクの守備兵は百人余りいるという。 三の曲輪には奥間の側室と侍女がいるが、女だけでは御門を開ける事はできないだろう。サタルーの配下の者か、ウニタキの配下の者が三の曲輪に潜入できればいいのだが、それは難しそうだった。もし、今日のうちに落とせなかった場合は一旦、越来まで引き上げて、出直した方がいいかもしれないとサハチは思った。 霧の中に浮かんで見える二の曲輪の屋敷は十八年前とは違うようだった。よくわからないが二階建てで、雨に濡れて光っている屋根は 「かなり手ごわいマジムンがいるわ」と馬天ヌルは言った。 「前回に来た時はこんなにもひどくなかったのに、本当に凄いわ。噂通りに勝連は呪われているわよ」 「望月党のせいなのですね?」とサハチは聞いた。 「望月党に殺された者たちの恨みは以前もあったけど、殺された望月党の者たちの恨みも加わったみたいね。もしかしたら、ヤマトゥ(日本)の神様も怒っているのかもしれない。『望月ヌル』も連れて来ればよかったわ」 「今から呼びますか」 「そうね。お願いするわ」 サハチが馬天ヌルにうなづいた時、サタルーとヤキチ(奥間大親)がやって来た。 二人は奥間の者たちを使って、朝早くから噂を流し、避難する城下の人たちと一緒に仲間をグスク内に入れていた。 「うまく行ったか」とサハチが聞くと二人はうなづいたが、お互いに顔を見合わせていた。 「実は‥‥‥」とヤキチが言った。 何かあったのかとサハチは思い、ヤキチの言葉を待った。 「 「ウニタキが潜入したのか」 勝連グスクを落とすのは難しいので、奥間の者たちだけでなく、ウニタキの配下もグスク内に潜入する手筈になっていた。ウニタキが中に入ったとしても別に不思議な事ではなかった。 「潜入ではないのです。山伏のイブキ(伊吹)と望月ヌルを連れて、大御門から堂々と入って行ったのです」 「望月ヌルも一緒なの?」と話を聞いていた馬天ヌルが驚いた顔をして聞いた。 「はい、一緒でした」 「ついているわね。うまく行きそうだわ」と馬天ヌルは嬉しそうに笑った。 「それで、ウニタキは無事なのか」とサハチは聞いた。 わからないというように、ヤキチは首を振った。 「ただ、知人が復帰したので会って来ると言って入って行きました」 「知人がいるのか‥‥‥」 ウニタキが 「とにかく、ウニタキが何かを言ってくるだろう。それまでは待機だな」 サハチは北御門と南御門を守っている苗代大親とヒューガにウニタキの事を知らせて、しばらく待機するようにと命じた。 霧雨の降る中、 サハチは馬から下りて三人を迎えに行った。 「無事だったか」とサハチが聞くと、ウニタキは笑って、「うまくいったぞ」と言った。 「何が、うまくいったんだ?」 ウニタキは近くにある大きなガジュマルの木を指さして、「あそこに行こう」と言った。 サハチはうなづき、三人と一緒にガジュマルの木の下に入って雨宿りをした。ガジュマルの根に腰を下ろすとウニタキは話し始めた。 「勝連の重臣に『 サハチはウニタキの顔を見ながら、「平安名大親は変わっていなかったんだな?」と聞いた。 ウニタキは軽く笑って、うなづいた。 「俺が生きていたと知って驚いていたよ。他の重臣たちも俺の事を覚えていた。俺はお前の事を話した。そして、 ウニタキは言葉を止めると、サハチを見た。 「どうだ。この条件を受けるか」 グスクを奪い取る事が目的ではなかった。以前の浦添と勝連のように、首里と勝連が強く結ばれれば、それでよかった。勝連の若按司はウニタキの弟の息子だった。若按司にサハチの娘を嫁がせるのも悪くはない。若按司と同い年の次女のマチルーがいるし、四つ年下になってしまうが、三女のマシューもいる。若按司が成人した時に按司になるというのも、娘婿が按司になるのだから文句はなかった。 「いいだろう。条件を受けよう」とサハチは答えた。 ウニタキはうなづくと、「話をつけてくる」と言って立ち上がった。 「望月ヌルも必要か」とサハチは聞いた。 「いや、望月ヌルが一緒の方が入りやすいかもしれないと思って連れて来たんだが、何か用なのか」 「馬天ヌルが用があるようだ」 「また、『マジムン退治』をやるのか」 「そのようだ」 「望月ヌルも言っていたよ。マジムンを退治しないと大変なことになるってな」 サハチは望月ヌルを見た。 望月ヌルはうなづいた。 ウニタキはイブキを連れて、グスク内に戻って行った。 サハチは望月ヌルを馬天ヌルの所に連れて行った。 それから半時ほどして大御門が開いた。 雨はやんでいた。 開いた大御門は、そのまま開け放たれた。 ウニタキとイブキと一緒に、平安名大親らしい重臣と武将が一人出て来た。平安名大親は丸腰で、武将は武装していた。 サハチは馬から下りると、ゆっくりと平安名大親に近づいて行った。 平安名大親は無表情のまま、じっとサハチを見ていた。六十に近い年齢で、難しい書物をいくつも読んでいる学者のような顔付きだった。ウニタキが言うように、この男なら信じられるとサハチは直感した。隣りにいる武将は厳しい顔付きで、サハチを睨んでいた。今さら抵抗するとは思わないが、油断は禁物だった。 一 「ウニタキより島添大里殿の話は伺いました」と平安名大親は言った。 「この琉球を一つにまとめようとなさっているようですな。わたしもそのお考えには賛成です。是非、協力させていただきたい。勝連ではずっと内輪もめが続いておりました。もう懲り懲りです。ウニタキの話によると、望月党も消えたようですな。あんな者がいたから、皆、疑心暗鬼になって、争い事が絶えなかったのです。これからは島添大里殿のお力を借りて、平和な勝連を作って行きたいと思っております」 「協力していただき、ありがとうございます。これからは首里が新しい都になります。首里と共に勝連が栄えて行く事を願っております」 お互いに挨拶が終わると、グスク内にいた城下の人たちが解放された。そして、東曲輪の中にサハチが率いて来た兵が全員入って整列した。 サハチはウニタキと一緒に五人の重臣たちを連れて、四の曲輪内にある屋敷の中で勝連の重臣たちと会い、今後の対策を話し合った。 サハチたちが会議をしている時、馬天ヌルは佐敷ヌル、フカマヌル、マチルギを連れて、勝連ヌルの案内で、グスク内にあるウタキ(御嶽)を巡って、『マジムン退治』を行なっていた。 勝連ヌルはウニタキの姉だった。姉といっても母親は違う。勝連ヌルの母親も側室で、ウニタキが子供の頃、三の曲輪の隣りの屋敷に住んでいた。勝連ヌルが十二歳になって、ヌルの修行をするために屋敷を出て行くまで、ウニタキは勝連ヌルとよく一緒に遊んでいた。何人もいる兄弟の中で、ウニタキが共に遊んだ記憶があるのは勝連ヌルだけだった。勝連ヌルが出て行くのと一緒に、勝連ヌルの母親も屋敷から出て行き、その屋敷には別の側室が入って来た。それから二年後、ウニタキの母親が亡くなり、ウニタキは独りぼっちになってしまったのだった。 馬天ヌルが旅をした時、勝連ヌルはこの辺りのウタキを案内した。勝連ヌルが知らなかった事を色々と知っている事に驚き、すっかり、馬天ヌルを尊敬していた。 望月ヌルは馬天ヌルに頼まれて、城下にある『 会議の最中、突然、暗くなって、雨が勢いよく降ってきた。 「マジムン退治が始まったようだ」とサハチが言って、会議を中断した。 サハチが立ち上がって縁側に出ると、皆、ぞろぞろと縁側に出て来た。 「首里では 「雷も凄かったぞ」とサハチは言った。 空が光ったかと思うと、物凄い雷の音が 縁側で控えていた侍女が悲鳴を上げて、うずくまった。 男でも悲鳴を上げたくなるような大きな雷が何度も続いた。風はないが、雨は勢いよく降り続いていた。東曲輪にいる兵たちが、雨宿りできる場所があっただろうかと心配になってきた。 首里の時よりもマジムンは強敵のようだった。 ようやく雨も小降りになり、空も明るくなってきた。やっと終わったかと思ったら、今度は風が強くなってきた。台風並みの強風が吹き、庭にある樹木が大きく揺れていた。その風は非常に冷たく、寒さに震えるようだった。 風が治まってきたかと思ったら、空からちらほら綿のような物が落ちてきた。雪だった。雪はしばらく降り続いて、辺り一面が真っ白になった。皆、初めて見る雪を、口をポカンと開けたまま見つめていた。 雪がやむと急に明るくなった。青い空が現れ、雪化粧に輝く勝連グスクの一の曲輪に、馬天ヌルたちの姿が小さく見えた。 「終わったようだな」とサハチは言った。 その言葉で、皆、我に返ったように庭に飛び降りて、雪にさわっていた。侍女や 勝連グスクを真っ白に染めた雪は、すぐに解けて消え去った。 その晩、勝連グスクの二の曲輪の屋敷で、戦勝祝いの 宴席に出席したのは、サハチ、ウニタキ、イブキ、サタルー、ヤキチ、ヒューガ、サム、ヤグルー、苗代大親、當山之子の十人で、勝連側は先程の会議に出席した、平安名大親、 北原大親は、平安名大親と一緒に門外に出て来た武将だった。勝連按司から留守を任されていた留守将だという。すでに甲冑は脱ぎ、穏やかな顔付きになっていた。 浜川大親はウニタキがいなくなったあとに交易担当になった男だが、わざわざ、サハチに挨拶に来た。交易担当なので、ご機嫌伺いに来たのだろうと思ったら、浜川大親は笑いながら、「お久し振りです」と言った。 サハチには誰だかわからなかった。勝連に知り合いがいるはずはなかった。 「わたしは佐敷生まれのウミンチュ(漁師)です。サハチ殿がヤマトゥに行ったという事を聞いて、わたしもヤマトゥに行きたくなったのです。そして、勝連に来て、荷揚げ サハチは話を聞いているうちに段々と思い出していた。佐敷のウミンチュで、サハチの名前を知っているといえば、幼なじみのサンラー(三郎)に違いなかった。 「サンラーか」とサハチは聞いた。 浜川大親は笑ってうなづいた。 「こんな所で、こんな形で再会するとは思ってもおりませんでした」と浜川大親は言った。 「俺も驚いたよ。あのサンラーが勝連の重臣になっていたとはなあ」 「サハチ殿の方が凄いですね。あの頃、何となく、大きな事をやりそうだとは思っていたけど、中山王になるなんて‥‥‥佐敷の誇りですね」 「まだ、途中だよ。お前が浜川大親なら話が早い。これからも交易の事、よろしく頼むぞ」 「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」 宴もたけなわになって、お互いの重臣たちが 二の曲輪の屋敷はやはり、建て直していた。二階建てで、屋根には黒い瓦が葺いてあり、以前よりもずっと豪華な屋敷だった。どうしようもないウニタキの兄が建てたものだろう。按司としては半人前でも、見栄だけは人一倍あって、中山王に負けるものかと建てたに違いない。 月明かりに照らされた屋根を見上げていると、ヒューガが庭に下りてきて、サハチの隣りに来た。 「うまく行ったのう」とヒューガは嬉しそうな顔をして言った。 「ヒューガ殿のお陰ですよ」とサハチは言った。 「ヒューガ殿が船に乗って活躍してくれなかったら、こんなにもうまくは行かなかったでしょう」 「いやあ、海賊も実に楽しかった。 「サタルーを鍛えてくれたそうですね。ありがとうございます」 「なに、時々、教えていただけじゃよ。サタルーはもともと凄い素質を持っていた」 上の方から女たちの声が聞こえてきた。ヌルたちのようだった。 サハチはヒューガと顔を見合わせて、一の曲輪に登ってみた。 「いい女が揃って、何をやっているのです?」とサハチは誰にともなく聞いた。 「お月見よ」とマチルギが楽しそうに言った。 「下のお屋敷で見ていたんだけど、ここの方がいいって、勝連ヌルが連れて来てくれたのよ」 「そうか」とサハチも月を見上げた。 少し欠けた丸い月が綺麗に輝いていた。 ヒューガは馬天ヌルと楽しそうに話をしていた。 サハチがもう一度、月を見上げていると、ウニタキがやって来た。 「ここに来たのも久し振りだなあ」とウニタキは言った。 「お前と一緒にここに来て以来だな」 「あのあと、一度も来なかったのか」 「俺の新しい屋敷は四の曲輪だったからな。さっき、重臣たちが集まった屋敷が俺の屋敷だったんだ」 「そうだったのか‥‥‥お前、勝連按司を断って、本当によかったのか」 ウニタキは笑った。 「このグスクの 「十年先になるかもしれんぞ」 「十年経っても、まだ、四十五だ。まだまだ、働けるよ」 「それじゃあ、一緒に夢を追うか」 「ウニタキ、生きていたのね?」と勝連ヌルが近くに来て、ウニタキを見ていた。 「姉さん‥‥‥お久し振りです」とウニタキは姉を見つめながら言った。 「お前、もう少し、気の利いた事を言えよ」とサハチは言って、ウニタキの肩をたたいた。 「ごめんなさいね。あなたに黙っていて」と馬天ヌルが勝連ヌルに言った。 「あの時、ウニタキさんが生きている事がわかると危険だったので黙っていたの」 「ええ、わかっています。でも、ほんとに嬉しいわ。こうして会えるなんて」 「俺もだよ」とウニタキは言った。 「兄貴たちの争いに巻き込まれなくてよかった」 「おい、あれは何だ!」とヒューガが突然、叫んだ。 ヒューガは海の向こうを指さしていた。見ると、島添大里グスクの山の辺りから、光が天に向かって一直線に伸びていた。 「ツキシル(月代)の石だわ」と佐敷ヌルが言った。 サハチは初めて、『ツキシルの石』が光っているのを見た。 「あれが『ツキシルの石』か。光るとは聞いていたが、凄いもんじゃな」とヒューガが言うと、 「あれが噂に聞く『ツキシルの石』か」とウニタキも光をじっと見つめた。 「『ツキシルの石』があんなにも光るなんて凄いわ」とマチルギがサハチの隣りで言った。 「あたしたちに見えるように、一生懸命、光っているのよ。きっと、お礼を込めて光っているんだわ」と馬天ヌルは言った。 あの石は 勝連ヌルと望月ヌルも、「凄いわ」と言って、馬天ヌルから『ツキシルの石』の事を聞いていた。 佐敷ヌルとフカマヌルは光に向かって両手を合わせていた。 勿論、ツキシルの石の光は誰にでも見えるものではなかった。選ばれた者だけが見る事ができた。この時、ここにいた者たちの他に、中グスクの屋敷の二階からクマヌ(熊野大親)が見て、感激していた。首里グスクの物見櫓からはサハチの父(前佐敷按司)とファイチ(懐機)が見ていて、サハチがうまくやった事を確信していた。 『ツキシルの石』はサハチの前途を祝福するように、天に向かって光り続けていた。
中山王になったのはサハチの父だった。 わしは『 中山王としての父の名前は『 父を中山王にして、首里グスクの宮殿の玉座に座らせ、琉球の事を父に任せたサハチは、ようやく、まだ見ぬ世界へと羽ばたき始めるのだった。
第一部 完
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勝連グスク
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