宇座の古酒
重臣たちの中から三人を 政務をつかさどる文官だけでなく、軍務をつかさどる武官の組織も変更した。サムレー大将は九人いて、各百人の兵を率いている。総大将は ヒューガ(日向大親)が率いる水軍は六隻のヤマトゥ船を持ち、 数百人の兵が戦死した 城下作りの 首里グスクを本拠地にした中山王の直接の支配地は、佐敷、 中部に目をやると中グスク、 勝連の北にある 北谷按司はまだ十七歳で、妻は戦死した越来按司の妹だった。妻は新しい中山王を恨みに思っているかもしれないが、北谷按司の姉は山田の若按司に嫁ぎ、叔父の 宇座按司は 一緒に行こうとマチルギに声を掛けようと思ったが、忙しそうだったのでやめて、叔父の苗代大親が馬が欲しいと言っていたのを思い出し、苗代大親を誘って行く事にした。苗代大親の武術道場も完成して、今は家族を連れて、首里グスクの側に建つ立派な屋敷で暮らしていた。勿論、娘のマカマドゥも首里に移っている。マカマドゥだけでなく、首里に引っ越して来た娘たちも多く、首里グスクの 朝早く出て来たので、苗代大親は屋敷にいた。 「わしも宇座の牧場には行きたいと思っていたんじゃ」と苗代大親は言った。 「兄貴も明国に贈る馬の事で、宇座按司とは会わなければならんと言っていた。兄貴が会う前に、わしらで挨拶に行ってくるか」 「これから大丈夫ですか」とサハチが聞くと、 「今日なら大丈夫じゃ」と言って、さっそく出掛ける事にした。 「以前、親父(サミガー大主)から聞いたんじゃが、宇座の御隠居は家臣を親父の所で修行させて、キラマ(慶良間)の島で 「 「そいつらをちゃんと押さえたのか」 「ヒューガ殿がちゃんと話を付けました。以前のごとく、すべて買い上げる事になっています」 「そうか」と苗代大親は満足そうにうなづいた。 「ヒューガ殿が調べたところによるとヤンバル(琉球北部)の 「シークジマ? ヤンバルの事はよくわからんが、その島の者も親父の所で修行したのか」 「多分、そうでしょう。 「山北王と言えば、ヒューガ殿は鳥島に攻めて来た山北王の兵たちを見事に追い返したそうじゃな」 「はい。やはり、鳥島を奪い取ろうとやって来ました。守りを強化していたので、何とか守れましたが、山北王もそう簡単には諦めないでしょう。硫黄がなければ明国との交易ができなくなりますからね」 「もう一度、攻めても駄目だったら、向こうから頭を下げて来るだろう」 「そうなってくれればいいのですが、山南王と手を結ぶかもしれません」 「山南王を通して、硫黄を手に入れようとするのか」 「その手も考えられます。山南王が買い取った硫黄を山北王に売ったとしても文句は言えませんからね」 「とにかく、あの島は絶対に守らなくてはならんな」 「ヒューガ殿が火薬が欲しいと言っていました。火薬があれば、敵の船をもっと痛い目に遭わせられると」 「明国から手に入れられんのか」 「火薬は明国から持ち出し禁止なのです。密貿易船と取り引きするしか手に入りません」 「もう密貿易船が来る事はあるまい」 「浮島には来られませんが、キラマの島なら取り引きができるかもしれません」 「密貿易をしようと考えているのか」 「ファイチが考えているようです」 「中山王が密貿易をしている事が明国にばれたらまずんじゃないのか」 「キラマのあの島は 「そうか。ファイチも凄い事を考えるもんじゃのう」 「強い味方ですよ」とサハチは笑い、「マカマドゥの様子はどうです?」と苗代大親に聞いた。 「お前からマウシの事を聞いたあと、娘の様子を見ているとやはり、マウシの事が好きなようだ。ササとは前から仲よしだったんだが、最近は年中、一緒にいて、二人してマウシとシラーの無事を祈っているようだ」 「ササも首里にいるんですか」とサハチは首を傾げた。 ササは佐敷グスク内の佐敷ヌルの屋敷に住んで、島添大里のソウゲン 「ササが首里に来る事もあるし、マカマドゥが佐敷に行く事もある。まったく、お互いに馬に乗ってどこにでも行く」 剣術の稽古をしている娘たちの中でも馬に乗れる娘は少ない。ササに馬術を教えたのは祖父のサミガー 「マウシならお嫁にやってもいいと思いますが」とサハチが言うと、 「しかし、次男だからな、按司は継げまい」と苗代大親は言った。 「マウシならどこかの按司になれますよ」 「そうか‥‥‥何も山田にこだわる事はないな。それでも、奴がヤマトゥから帰って来てからの話じゃ」 苗代大親はそれ以上、マカマドゥの話はしなかった。マカマドゥは三女で、苗代大親が一番、可愛がっていた娘だった。娘が希望したとはいえ、男の子のように育てたのは手放したくなかったのかもしれなかった。 野良着を着て、柵を直していた宇座按司はサハチたちを見ると、「よく来てくれたのう」と歓迎してくれた。 「そなたが来るのを待っていたんじゃよ。前回のように兵を引き連れてではなく来てくれるのをな」と言って笑った。 「親父はそなたが来るのを楽しみにしていた。亡くなる前も、そなたの事を懐かしそうに話していた。親父がそれほどまで会いたがっていたそなたと一度、会いたいと思っていた。しかし、何かと忙しくてな、その機会もなかった。そして、そなたの事もすっかり忘れていたんじゃ。前回、やって来て、中山王(武寧)を倒したと言うまではな。親父はそなたが サハチは苗代大親を宇座按司に紹介した。 「そなたの事も噂は聞いておる。剣術の達人だそうじゃのう」 宇座按司の案内で屋敷に入った。屋敷の中は、サハチたちが出入りしていた頃とあまり変わっていなかった。今にでも、御隠居が姿を現しそうな錯覚を覚えた。 「忘れておった。末の弟が世話になっているんじゃったのう。今さら遅いが、お礼を言わなければな。ありがとう」 「立派に育っております。苗代大親の娘を嫁にもらいましたから、嫁には負けられないと、クグルー(小五郎)も武術の腕を上げました」 「そうか。そなたの娘を嫁にのう。ありがとう」と宇座按司は苗代大親にもお礼を言って頭を下げた。 「さて、親父の遺言を守らなくてはならんのう」と宇座按司は笑った。 「遺言ですか」とサハチは聞いた。 「親父はそなたと飲もうと思って極上の酒を用意していたんじゃが、それを飲む前に亡くなってしまった。そなたが来たら一緒に飲んでくれと遺言したんじゃ」 「そうだったのですか‥‥‥」 御隠居が亡くなった年の正月、伊波まで来たのに、ここに寄らなかった事をサハチはずっと悔やんでいた。 宇座按司は高価そうな白磁の 「明国の酒は古くなれば古くなるほどうまくなるそうじゃ。親父が亡くなってから八年が経っている。さぞや、うまくなっている事じゃろう」 「親父のために」と宇座按司が言って、乾杯をした。 トロッとした強い酒だったが、香りがよくて、うまい酒だった。酒の味見をした三人は思わず、顔を見合わせて笑っていた。 「確かに、こいつはうまいのう」と苗代大親が嬉しそうに言った。 「親父も喜んでくれるじゃろう」と宇座按司は嬉しそうに笑った。微かに目が潤んでいるような気がした。 宇座按司は二杯めを三つの酒盃に注ぐと、昔を思い出したように話し始めた。 「わしは親父に二度、裏切られたんじゃよ」と言って、宇座按司は酒を飲んだ。 サハチは酒を注いでやった。宇座按司はありがとうと言うようにうなづいて話を続けた。 「わしは 「その時の山南王は、 「そうじゃ。八重瀬按司から サハチは宇座按司の話を聞いて驚いていた。まさか、宇座按司が山南王の使者を務めていたなんて、まったく知らなかった。シタルーも 「今思えば、親父のお陰でこうして生きていられるのかもしれんと思える。あのまま、武寧に仕えていたら死んでいたかもしれんのう‥‥‥わしの長女は浦添の重臣の倅に嫁いだが、その重臣が寝返ったので無事じゃった。次女は浦添の武将に嫁ぎ、夫は戦死して、子供を連れて戻って来ている。三女はお嫁に行くはずだったが、相手は戦死してしまった。長男は山南の正使になり、次男も三男も山南王に仕えている。みんなが無事に生きているのも、親父のお陰かもしれんと、最近、しみじみと思えるんじゃよ」 うまい酒を飲みながら話が弾み、いつの間にか夕方になっていた。子供を連れて次女が帰って来て、宇座按司の奥方も帰って来た。按司の奥方には見えない気さくなおかみさんだった。この辺りの娘を嫁に迎えたのかと思ったら、安謝大親の妹だと聞いて驚いた。三女のマジニ(真銭)も帰って来た。 「お父さんに勧められて婚約したけど、本当は好きじゃなかったの」と父親を見て舌を出した。 「お嫁に行かなくてもいいわ。あたし、ここでお馬を育てるのがとても楽しいの」 馬に囲まれて暮らし、おおらかで明るい娘に育ったようだ。余計なお世話かもしれないが、誰かいい相手を探してやりたいとサハチは思った。 その晩、宇座按司の家族たちに囲まれて、楽しい一時を過ごし、翌日の朝、首里へと帰った。帰る時、「また来てくれよ」と宇座按司は言った。 「今度来る時は妻も連れてきます」とサハチは答えた。 「 宇座按司と会ってみて、味方になってくれる事はわかったが、息子たちが山南王に仕えているというのが気になった。サハチとしては今のところ、山南王のシタルーと争うつもりはないし、シタルーの跡継ぎのタルムイ(太郎思)は妹の婿だった。タルムイが山南王になれば南部も一つにまとまると思うが、先の事はわからない。八重瀬按司のタブチ、あるいは武寧の弟の米須按司、それに、宇座按司の兄の小禄按司が騒ぎを起こすかもしれなかった。その時、宇座按司の息子たちを助けられるだろうか。それは難しい事だった。 宇座から帰って一月が過ぎて、 古くから中山王と取り引きをしているのは 久し振りにハリマ(播磨)の宿屋に顔を出すと、お客が一杯でハリマは忙しそうだった。前回に来た時、クマヌが中グスク按司になった事を告げると腰を抜かすほどに驚いて、隠居したらクマヌの世話になるかと笑っていた。ハリマに声を掛けずに去ろうとしたら、 「もしかしたら、サハチではないのか」と声を掛けられた。 振り返ると見知らぬ老人がいた。老人とはいえ貫禄があった。一体、誰なのかわからないが、相手はサハチの名前を知っていた。 「何年振りじゃろうのう。博多での 博多の初陣と言われ、サハチは老人の顔をじっと見つめて、ようやく思い出した。 「壱岐守殿ですね」とサハチは聞いた。 老人は嬉しそうにうなづいて、「思い出したか」と笑った。 サハチと志佐壱岐守は庭にあった縁台に腰掛けて、昔話に花を咲かせた。 「毎年、琉球に来ていたのですか」とサハチが聞くと、「いや」と首を振った。 「倅は何回か来ているが、わしが琉球に来たのは今回で二度めじゃ。そなたと出会う前に一度、来ただけじゃよ。そなたが中山王になったと噂で聞いてのう。死ぬ前にもう一度、琉球に行きたくなって来てみたんじゃ。王様になったそなたと会える事はないと思っていたが、こうして会えるなんて不思議なもんじゃ。そなたと再会できただけでも来てよかったと思っておる」 「王様のなったのは親父です」とサハチは言った。 「ああ、ハリマから聞いた。しかし、大したもんじゃ」 サハチは壱岐守を首里に連れて行く事にした。自由にグスクから出る事ができず、王様になんかなるんじゃなかったとブツブツ文句を言っている親父の話し相手に丁度いいと思ったからだった。 壱岐守は二人の従者と一緒に首里グスクに滞在した。従者の一人は中途半端に髪が伸びた坊主頭で、僧侶のようだった。 |
宇座の牧場