マチルギの帰還
十二月になると冷たい 「北山殿が亡くなって、ヤマトゥでは 「大きな戦は起きてはいないようですが、各地で反乱は起きているようです」と安謝大親は答えた。 「北山殿が亡くなったのは五月だったようです。北山殿は息子(足利義持)に将軍職を譲ったのちに、王様になって 「家督争いか」とサハチは聞いた。 安謝大親はうなづいた。 「将軍様には弟がおりまして、その弟が北山殿に大層可愛がられていたそうです。そして、その弟を支持している重臣たちも多いようです」 「兄弟で戦を始めるのか」 サハチは明国の 「とりあえずは、その若い将軍様が新しい王様になるのだな?」とサハチが聞くと、安謝大親は首を傾げた。 「わたしにはヤマトゥの状況はよくわからないのですが、ヤマトゥには古くから天皇と呼ばれる王様がおります。今では天皇は飾り物になって、将軍様が一番偉いようです。北山殿は息子に将軍職を譲って、出家したあとに明国の永楽帝からヤマトゥの王様に封じられました。ヤマトゥの人々は自尊心が非常に高くて、明国の家臣になるとは情けないと批判する者も多いようです。若い将軍様を補佐している 「ヤマトゥは明国との交易をやめるというのか」 「松浦党の者たちから見れば、将軍様が明国との交易をやめてくれた方が自分たちの商品が高く売れるので、そう願っているのかもしれません」 「そうか」とサハチはうなづいた。 ヤマトゥが明国との交易をやめれば、琉球が割り込む余地ができる。明国や 「もう一つ、重大なお知らせがございます」と安謝大親は言った。 「 山北王が兵を引き連れて徳之島に向かったというのはウニタキ(三星大親)から聞いていた。 「あの島には按司がいたが、山北王に降伏したのか」 「毎年、正月には挨拶に来ていた気のいい男なんですが、どうも殺されたようです。新しい按司は 「山北王は着々と勢力を拡大しているようだな」 十年の計では 「 何も知らずに徳之島に上陸したら、新しい按司に捕まる可能性があった。もし、そんな事になったら救出に行かなければならない。しかし、今の時期は北上できないので、夏まで待たなければならない。どうか、徳之島に上陸しないでくれと祈るしかなかった。 「マチルギたちは大丈夫だよ」とサハチは心配顔の安謝大親に言った。 「 サハチは自分に言い聞かせるようにそう言って、安謝大親にうなづいた。 ヤマトゥの商人たちとの交易と、来年の 首里での新年の儀式は 佐敷ではササの代わりにユミーが務め、平田では フカマヌルの母親はキラマ(慶良間)の島から戻ると、平田の城下に住んで平田のヌルを務めていた。平田大親(ヤグルー)の妻のウミチルはフカマヌルの母親の姪なので、思紹が平田に屋敷を用意したのだった。平田のヌルなのだが、城下の人たちからは以前のごとくフカマヌルと呼ばれて敬われていた。 按司たちの挨拶も祝宴も無事に終わって、運玉森ヌルによって進貢船の出帆の儀式も済んだ。そろそろマチルギたちが帰って来る頃だった。サハチは中グスク按司のクマヌと平田大親に頼んで、船が見えたらすぐに知らせるように頼んだ。 サハチが落ち着かずに、「知らせはまだか」と何度も聞くので、返って、子供たちの方が落ち着いて、「大丈夫だよ。もうすぐ帰って来るよ」と父親をなだめていた。 一番の知らせを持って来たのはウニタキだった。 サハチが子供たちを連れて、馬天浜に向かおうと島添大里グスクを出た時、平田からの知らせが入った。子供たちは歓声を挙げて馬天浜めがけて走り出した。 すでに馬天浜はお祭り騒ぎになっていた。太鼓や 船を見つめながら、無事でよかったとサハチは、ツキシルの石、 帆を下ろして船が止まるとウミンチュ(漁師)たちが 一番最初にマチルギが来ると思っていたのに、最初に来たのはヂャンサンフォンとジクー(慈空)禅師、見知らぬ若いサムレーだった。 サハチはヂャンサンフォンとジクー禅師を迎えた。 「いい旅じゃった」とヂャンサンフォンは笑って、若いサムレーを紹介した。 シタルーとクグルー、イーカチが小舟から降りて来た。サハチはシタルーとクグルーに一声掛けて、迎えに来ている家族のもとへ送った。イーカチにはお礼を言った。 ヒューガと馬天ヌルとササの親子が小舟から降りて来た。サハチは三人にお礼を言った。 「お礼を言うのはこっちじゃ」とヒューガは笑った。 「いい旅じゃったよ。ありがとう」 「 半年振りに見る叔母は若返って、シジ(霊力)も増しているようだった。もしかしたら、ヂャンサンフォンのように百歳以上も生きるんじゃないかと思った。 「ただいま」と言ったササに、「マレビト神は見つかったか」と聞くと、「たった今、見つかったみたい」と相変わらずわけのわからない事を言っていた。 「お前、 チルーとシンシン(杏杏)とシズが上陸した。ウニタキと子供たちが迎えに行った。シンシンとシズはササの所に行った。 ようやく、マチルギが佐敷ヌル、フカマヌルと一緒にやって来た。子供たちが小舟まで迎えに行った。子供たちを追ってナツとマカトゥダルも行った。フカマヌルの母親と娘が人垣から出て来てフカマヌルのもとへと行った。久高島から迎えに来ていたようだった。 子供たちと一通り話をしたあと、マチルギはサハチを見た。子供たちに引っ張られるようにしてマチルギはサハチのもとへ来た。 「ただいま」とマチルギは笑った。 「お帰り」とサハチも笑った。 半年振りに見るマチルギは若返っていた。旅に出る前はいつも疲れているようだったが、その疲れもすっかり取れたようだった。 「無事でよかった」とサハチは言った。 「色々とあったけど無事に帰れたわ。こっちも何事もなかったのね?」 「そうとも言えんが、戦はなかったから大丈夫だ」 シンゴ(早田新五郎)とマグサ(孫三郎)が挨拶に来た。サハチは二人にお礼を言った。 「お礼を言うのはこっちだよ」とシンゴは言った。 「ササには二度も助けられたんだ。あの娘は凄いな。みんなから 「八幡ヌル?」とサハチが首を傾げると、 「ササは航海の神様になったんだよ」とシンゴは笑った。 サハチがマチルギを見ると、マチルギは笑って、「あとでゆっくりと話すわ。話す事がいっぱいあるの。楽しみにしていて」と言った。 マチルギと子供たちを先に帰して、サハチはシンゴたちを新築の『対馬館』に案内した。凄いなと言って、皆、喜んでくれた。 その晩、対馬館の一階の大広間で歓迎の サハチは簡単な挨拶をすると、シンゴの所に行って座り込んだ。 「マチルギたちは京都に行ったのか」とサハチが聞くと、シンゴは首を振った。 「北山殿が急に亡くなってしまって、その葬儀に参加するために各地の有力者は皆、京都に行ったんだ。その隙を狙って、瀬戸内の海賊たちが暴れ出した。『一文字屋』も船を出すのをためらったため、クグルーとシタルーの二人も京都には行かずに、博多から対馬に行ったんだよ。ジクー禅師は別行動を取って、何とか京都まで行って来たらしい」 「そうか、行かなかったか」とサハチはうなづいて、 「以前、中山王が朝鮮に使者を送ったんだが知っているか」 「噂には聞いている」とシンゴは言った。 「ヤマトゥにはいくつもの国があって、将軍様から任命された 「守護の宗氏というのは対馬で一番勢力を持っているのか」 シンゴは笑って首を振った。 「守護というのは将軍様から与えられた地位で、対馬の者たちは将軍など恐れてはいない。守護だと威張ってみたところで誰も言う事など聞かんよ。守護に従ったからと言って、飯が食えるわけでもないからな。皆、飯を食わしてくれる者に従うんだ」 「すると、宗氏よりは 「琉球との交易でかなり稼がせてもらった。勢力も大分拡大している。宗氏よりはあるだろう」 「そうか」 サミガー 「アキはナツの妹なんだ」とサハチはシンゴに言った。 「そうだったのか」とシンゴはアキを見て軽く頭を下げて、「今年もよろしく」と言った。 アキは笑ってうなづくと去って行った。 サハチはシンゴと乾杯をして、「来年、朝鮮に使者を送ろうと思っているんだ」と言った。 「なに、本当か」 サハチはうなづいた。 シンゴは少し考えたあと、「朝鮮は未だに 「進貢船の方が荷物を多く積めるからか」 「それもあるが、進貢船は明国の船だ。進貢船に乗って行けば、朝鮮の役人も琉球から来た事を信じてくれるだろう」 「成程、ヤマトゥの船で行ったら、なかなか信じてもらえないという事か」 シンゴはうなづいた。 「港で何日も足止めを食らうだろう。使者は明国の 「成程、そういうものか‥‥‥」 「シタルーとクグルーの二人が朝鮮の都、 「あの二人が朝鮮の都まで行ったのか」 「今、漢城府にも『津島屋』があるんだ。商品を運ぶのに一緒に付いて行ったんだよ」 「そうか‥‥‥」 「ヤマトゥの北山殿が亡くなった事は知っていると思うが、朝鮮でも 「なに、朝鮮も王様が亡くなったのか」 「王様と言っても李成桂は十年前に隠居させられて、次男の 「今は三代目なのだな」 「そうだ。王様が代わるたびに政変が起こって、大勢の者たちが殺されている」 「兄弟で跡目争いか‥‥‥」 朝鮮も明国もヤマトゥも、王様が亡くなると子供たちが争いを始める。兄弟を殺してまでも王の座が欲しいのだろうか。サハチには理解できなかった。 酒を一口飲むと、シンゴを見て、「一つ、頼みがあるんだが」と言った。 「今、琉球には朝鮮の言葉がわかる 「通事か‥‥‥何とかなるだろう」 「頼む」とサハチはシンゴに頭を下げた。 「通事は何とかなるが、進貢船で行くとなると泊まる宿の手配が大変だな」 「進貢船には二百人が乗っている」 「二百か‥‥‥博多は九州探題が何とかしてくれるだろう」 「九州探題とお前はつながりはあるのか」 「つながりはないが、久し振りに琉球の船が博多に入れば、九州探題は大歓迎で迎えるだろう」 「九州探題が宗氏を頼れと言ったらどうするんだ?」 「そしたら宗氏を頼ればいい。宗氏が宿屋の手配をしてくれるだろう。宗氏の 「五郎左衛門殿が富山浦を仕切っているのか。懐かしいな。早く会いたいよ」 「お前が行った頃とは大分変わったぞ。家々が建ち並んで、対馬の者たちが大勢住んでいる。浮島の 「お前の一番上の兄貴、次郎左衛門殿が戦死したのは聞いたが、家族たちは富山浦にいるのか」 シンゴは暗い顔付きで首を振った。 「みんな、殺されてしまったんだ」 「えっ?」とサハチは驚いた。 「兄貴が亡くなったあと、奥さんは子供を連れて 次郎左衛門の奥さんは美人だった。あの人が殺されたなんて信じられなかった。明国では政変でファイチ(懐機)の両親が殺され、朝鮮では次郎左衛門の家族が殺された。恐ろしい事だった。琉球ではそんな事が起きないようにしなければならないとサハチは思っていた。 シンゴと別れて、島添大里グスクに帰ると、帰国祝いの宴はすでに始まっていて、男たちはいい機嫌になっていた。 サハチはウニタキの隣りに座ると、「もう、あれは終わったのか」と聞いた。 「遅すぎるぞ。お前が来るのを待っていたんだが、待ちきれんと始めたよ。チルーもマチルギも佐敷ヌルも感動していたよ」 「そうか。子供たちも稽古に励んでいたからな。よかった」 「子供たちと一緒に出て来たユリを見て、ヒューガ殿が驚いていたぞ。どうして、お前がここにいるんだと言ってな」 「怒っているのか」 「いや、ササが何とかなだめたようだ。ササも子供たちと一緒に笛を吹いていたよ」 ササは子供たちと一緒にいた。ユリとマカトゥダルとシンシンとシズも一緒だった。子供たちの隣りでは、マチルギ、ナツ、チルーが何やら話し込んでいる。馬天ヌルはフカマヌルの母親と話し込み、佐敷ヌルとフカマヌルは女子サムレーたちに囲まれていた。 「ササの活躍も聞いたぞ」とウニタキは言った。 「船乗りたちから八幡ヌルと呼ばれているそうだな」 「行く時は嵐を予言したらしい。帰りは徳之島の異変に気づいて上陸しなかったそうだ」 「徳之島に上陸しなかったのか。そうか、よかった。しかし、どうやって異変に気づいたんだ?」 「徳之島に近づいたら、徳之島按司が殺される場面が見えたそうだ」 「ササに見えたのか」 「山北王に殺される所がはっきり見えたとササは言った。それで、その事を確認するため、マグサの船は沖に止まったまま動かず、シンゴの船だけで港に入ったそうだ。そしたら、ササの言う通りだったという」 「そうか。ササは益々シジ(霊力)を高めたな」 「対馬で一か月、修行を積んだそうだ。俺たちと同じように呼吸法やら暗闇のガマ(洞窟)を歩いたらしい。ササの中で眠っていた凄い能力が目覚めたのだろう」 「そうか。凄いな」 「朝鮮にササも連れて行った方がいいんじゃないのか」 「ササをか」 ウニタキは真面目な顔をしてうなづいた。 「考えてみよう」とサハチは答えた。 シタルーとクグルーの二人がサハチに挨拶に来た。 「ヤマトゥ旅は楽しかったか」とサハチは二人に聞いた。 「京都には行けませんでしたが、朝鮮の都に行ってきました。朝鮮の都には シタルーがニヤニヤしながら、「漢城府には美しい 「キニョ?」 「 「朝鮮ではキニョというのか。明国ではジーニュと言っていた。四日後に進貢船が出るんだが、二人とも明国に送るつもりでいた。しかし、今年の夏、朝鮮に使者を送る事に決まって、どっちか一人、朝鮮に行って欲しいんだ」 「えっ?」とシタルーとクグルーは驚いた顔して顔を見合わせた。 「俺が朝鮮に行きます」とクグルーが言った。 「いえ、俺が行きます」とシタルーも言った。 「お前は明国に行け」とクグルーがシタルーに言った。 「明国から帰って来たら、 「お前、マジニちゃんをお嫁にもらうのか」とサハチが聞くと、顔を赤くして、シタルーはうなづいた。 「そうか‥‥‥あの 二人はうなづいた。 イーカチが来た。サハチは改めてお礼を言った。 シタルーとクグルーは頭を下げると女子サムレーたちの方に行った。 「マチルギはイトとユキに会ったのか」とサハチはイーカチに聞いた。 「対馬に着いて、一休みしていたら、お二人が突然、現れました」 「なに、イトたちがやって来たのか」 「はい。船越から食糧を取りに来たのです。その船に乗って、全員、船越に移りました。その船の 「なに、イトが船頭? 全員が乗ったという事は大きな船なのか」 「シンゴ殿の船と同じ位の帆船です」 「イトが船頭か‥‥‥」 サハチは驚いた顔をしてイーカチを見て、ウニタキを見た。 「女の船頭とは驚きだ」とウニタキは言って、「すると、女子サムレーのような格好をしていたのか」と聞いた。 イーカチはうなづいた。 「袴を着けて、刀を背中に背負った勇ましい姿でした。母親も娘も美人なので、それがよく似合っておりました」 ウニタキが楽しそうに笑った。 「お前の好みの女はみんなマチルギのようだな。きっと、マチルギと気が合っただろう」 「 「何だって!」とサハチは開いた口がふさがらなかった。 「チルーも船の操縦を習ったのか」とウニタキは聞いた。 「朝から晩まで、船に乗っておりました」 「何てこった。マチルギは本気で女の水軍を作る気でいる」 「チルーがどうして船乗りになるんだ?」 わけがわからんと言った顔をして、女同士で話し込んでいるチルーを見ながらウニタキは首を振っていた。 「イトはどうして船頭になったんだ?」とサハチはイーカチに聞いた。 「十年前にお屋形様のサイムンタルー(早田左衛門太郎)殿が朝鮮に投降しました。その時、八十人の家臣を引き連れて行ったのです。 「そうだったのか」 あの当時、娘たちのまとめ役だったイトならやりかねなかった。娘たちに剣術を教え、船に乗って朝鮮や博多に行っていたのだろう。 「ユキの夫の六郎次郎というのはどんな男だ?」 「まだ若いですが、しっかりした男です。わたしはお屋形様を知りませんが、若い頃のお屋形様によく似ていると誰もが申しておりました」 サハチは初めて会った頃のサイムンタルーを思い出していた。あの時、サハチは十五歳で、サイムンタルーは二十五、六歳だった。朝鮮から戻って来られるのだろうか。シンゴの話では、朝鮮で 「ユキに子供はいるのか」とサハチは聞いた。 「六歳になる娘が一人おります。ミナミちゃんという可愛い娘で、サワという人が幼い子供たちの面倒を見ておりました」 「サワさんも船越にいるのか」 「はい。イトさんと一緒に船に乗っていたそうですが、引退して子供たちの面倒を見ているようです」 「そうか‥‥‥色々と御苦労だった」 チルーとフカマヌルの様子をウニタキがイーカチから聞き始めたので、サハチは笑ってその場を離れ、ヂャンサンフォンの話を聞いているヒューガ、修理亮、ジクー禅師の所に行って加わった。 |
馬天浜
島添大里グスク