博多の呑碧楼
サハチ(島添大里按司)たちを乗せた交易船(進貢船)は浮島(那覇)から順風を受けて一気に 宝島ではササは大歓迎された。去年と同じように、 ササ、シンシン(杏杏)、シズの三人と、 サハチが ヂャンサンフォン(張三豊)を紹介するとチェンヨンジャは驚いた。 今回、サハチは ンマムイは宝島で、ササ、シンシン、シズの三人がヂャンサンフォンの弟子だと知って驚いた。ンマムイはシンシンと試合をして見事に負け、三人を 宝島から北上し、途中で風待ちはあったが、海が荒れる事もなく、無事に薩摩の シンゴとマグサの船は坊津で、一文字屋との取り引きがあるので、交易船は先に博多に向かった。 シンゴが言うには、琉球の船が 自由に行動ができないのなら京都まで行けなくなってしまう。サハチたちは交易船とは別行動を取る事にした。 サハチ、ウニタキ、ファイチ、ジクー(慈空)禅師、ヂャンサンフォン、 「いい心掛けだ。親父に負けない使者になれよ」とサハチはクグルーの肩をたたいた。 交易船にはクグルーとクルシ(黒瀬大親)と武寧の三人の側室が残った。三人の側室の世話はチョルの奥さんに頼み、 サハチたちは坊津に六日間滞在した。毎日、雨が降っていた。雨がやむと丘の上の広場で、武当拳の稽古をした。孫三郎の娘のみおも加わった。みおは去年、マチルギたちと出会って女子サムレーに憧れ、剣術の稽古に夢中になっているという。そろそろお嫁に行く時期なのに困ったものだと孫三郎はこぼしていた。去年は剣術をやっていたが、今年は奇妙な踊りをしていると言って、見物人たちが大勢集まって来た。 シンゴの船に乗っていたイハチとクサンルーも一緒に京都まで行く事になっていた。イハチはサハチがヤマトゥ旅に出た時と同じ十六歳で、何を見ても目を丸くして驚いていた。 シンシンとンマムイの笛も大分上達していた。シンシンの笛は明るくて、聞いていてウキウキしてくる曲だった。初めて会った時は両親の 十五年前、五島にいた早田 「ここは大丈夫なのですか」とサハチが心配すると、「大丈夫じゃ」と左衛門三郎は笑った。 「宇久氏は 「宇久氏も朝鮮と交易していますか」 「 「宇久氏に貸しを作ったという事ですね」 左衛門三郎はうなづいた。 五島の福江島から北上して、 「通事をお願いできますか」と聞くと、喜んで引き受けてくれた。倅の籐七郎も一人前になったので、そろそろ隠居して、一度、朝鮮に帰ろうかと思っていたという。 サハチはお礼を言って、ウニタキとファイチを紹介した。 今後の予定を藤五郎に話して、八月に富山浦で合流する事に決めた。 「早めに行って叔父御の『津島屋』で待っている。楽しい旅になりそうじゃな」と藤五郎は嬉しそうに笑った。 壱岐島に二泊して、博多に着いたのは、琉球を出てから二十六日目の五月二十二日になっていた。 博多の港には大小様々な船が泊まっていて、賑やかに栄えていた。琉球から来た交易船も泊まっていた。船上に人影が見えた。まだ上陸できないのだろうかと心配した。 明国との交易を始めて、博多は昔のように活気のある都に戻ってきたとシンゴは言っていた。確かに二十年前とは雰囲気がまったく違って、華やかさが感じられた。その華やかさを象徴しているのが、『 船が港に入って行くと、二十年前と同じように武装したサムレーを乗せた船が近づいて来た。 船が帆を下ろして止まると、ヤマトゥのサムレーが数人、船に乗り込んできた。マグサと顔なじみのようだった。簡単な手続きが終わるとサムレーの船は引き上げて行った。 サハチたちは博多に上陸した。近くで見る呑碧楼は思っていたよりも高かった。十 「懐かしいなあ」と呑碧楼を見上げながらンマムイが言った。 「あそこからの眺めは最高ですよ」 「お前、あそこに登ったのか」とサハチが聞くと、 「九州探題殿(渋川道鎮)に連れられて登ったんです」とンマムイは言って、急にニヤニヤした。 「その時、一緒だった 「博多にも遊女がいるのか」 「港町に遊女は付き物ですよ。あとで行ってみましょう」 「お前、場所はわかるのか」とウニタキがンマムイに聞いた。 「勿論ですよ」とンマムイは得意そうな顔をしてうなづいた。 「この楼閣は 武昌は サハチたちは『一文字屋』のお世話になった。何と、坊津の『一文字屋』の孫三郎が先に来ていて、サハチたちを出迎えた。 「若い孫次郎だけでは心配になりまして、先回りして、お待ちしておりました」と孫三郎は笑った。 どうやって先回りしたのだろうとサハチは不思議に思ったが、サハチたちが五島や壱岐島に滞在している隙に博多に来たのに違いなかった。 「わざわざ来ていただいて、ありがとうございます」とサハチはお礼を言った。 「いえ、わたしも京にいる兄貴にちょっと用がありまして、一緒に行こうと思ったのですよ」 「そうでしたか。孫三郎殿が一緒に行っていただければ心強い事です」 博多の『一文字屋』の主人は、サハチが二十年前にお世話になった孫次郎の長男だった。当時はまだ十二、三歳で、サハチは剣術を教えてやった事があった。父親の名を継いで孫次郎を名乗った主人は、懐かしそうにサハチを迎えた。 九州探題の渋川 サハチは北山殿の一周忌というのを忘れていた。王様の一周忌なのだから盛大にやるに違いない。九州探題も当然、列席する。ンマムイの紹介で九州探題と会って、できれば九州探題と一緒に京都まで行こうと思っていたが、いないのなら仕方がない。一文字屋の船に乗って京都に行こうと決めた。京都に知人がいるというジクー禅師のつながりで、将軍様の重臣に会える事を願い、あとは運を天に任せるしかなかった。 その晩、一文字屋は歓迎の サハチたち一行十五人とシンゴとマグサも加わり、孫三郎と孫次郎、それに孫三郎の娘のみおと孫次郎の娘のふさも加わった。みおは父親と一緒に坊津から来ていた。 孫三郎と孫次郎が挨拶をして、サハチが挨拶を返して宴は始まった。庭の松明に火が灯され、舞台が明るく浮かび上がった。笛の調べが流れ、 美女たちの舞が終わると 漁師は松の木の枝にかかった美しい着物を見つけて手に取った。水浴びをしている天女を見つけた漁師は、その美しさに目を奪われ、天女の着物を隠してしまう。天女が現れて、 羽衣を失った天女は天に帰れなくなって、漁師の妻になって暮らし、やがて、子供も生まれる。何年かして、子供が歌う歌から、羽衣の隠し場所を知った天女は、羽衣を取り返して、天へと帰って行く。華麗な天女の舞で、物語は終わった。 天女が舞台から消えると、女たちが歓声を挙げて拍手を送った。サハチたちも喝采を送った。 舞台が終わると皆、もとの席に戻って宴は続いた。孫三郎が、サハチのそばにやって来て、酒を注いでくれた。 「楽しんでいただけましたでしょうか」 「充分に楽しませていただきました。舞台でああいう風に物語を演じるのを初めて見ました。もしかしたら、去年に来た者たちもこの舞台を見たのでしょうか」 孫三郎は首を振った。 「去年は 「成程、そうだったのですか。去年、来た佐敷ヌルはお祭りの時、舞台を担当しているのですが、是非、見せたいと思いましたよ。琉球であの物語を演じれば、みんなが喜ぶ事でしょう」 「あの一座は『博多座』と申しまして、先代の九州探題の今川 「芸能一座か」とウニタキがニヤニヤしながら言った。 「どうした?」とサハチが聞くと、 「琉球にも作ろうと思い付いたんだよ」とウニタキは一人で納得したようにうなづいた。 『博多座』の者たちも宴に加わった。舞台で踊った三人の美女たちは身近で見ても美しかった。漁師を演じていたのが 芸能談義に花を咲かせて、サハチたちは酒を飲んでいたが、ふと、ササの姿が見えない事に気づいた。何となく、いやな予感がして、サハチは座を立つと、みおとふさと話をしている女子サムレーのアミーに、ササの事を聞いた。 アミーは辺りを見回してから、「ちょっとお庭を散歩してくるって言って、もうかなり前に出て行きました」と言った。 「シンシンとシズも一緒か」 アミーはうなづいた。 「探して来ましょうか」とアミーは心配そうに言ったが、「いや、大丈夫だ」とサハチは言って、そこにいろと手で合図をした。 もとの席に戻ったサハチは、ウニタキとファイチを誘って宴席から出た。 「どうしたんだ?」とウニタキが聞いた。 「ササとシンシンとシズがいない」 「三人は去年も来たんだろう。街に出て行ったんじゃないのか」 「ササは高い所が好きなんだ」とサハチは言った。 「高い所?」とウニタキが首を傾げた。 「ササたちが『呑碧楼』に登ったというのですか」とファイチが聞いた。 サハチはうなづいた。 「まさか?」とウニタキは言ったが、「シズならできるな」とニヤッと笑った。 ササたちが出て行ったか門番に訪ね、出た事を確認するとサハチたちは妙楽寺へと向かった。 空には 妙楽寺はひっそりと静まっていた。門は閉ざされ、門の外には門番はいない。門から入ったとしても奥にある呑碧楼までは遠い。サハチたちは石塀に沿って、呑碧楼の近くまで行った。 呑碧楼を見上げても人がいるようには見えない。 「本当にいるのか」とウニタキがサハチに聞いた。 「いなければそれでいい。とりあえずは上まで行ってみよう」 「おい。ササをだしにして、お前が登ってみたいんだろう」 「まあ、それもある。首里の楼閣の参考にしたい」 石塀は一丈(約三メートル)余りの高さがあった。飛びついて乗り越えられない事もないが、塀の上に 「俺に任せろ」とウニタキが言って、刀を鞘ごと腰から抜くと塀に建てかけた。 ウニタキは刀の 「中の様子は?」とサハチは聞いた。 「誰もいない」 サハチとファイチは塀に飛びついて、よじ登った。 寺の しばらくして、登って来いとウニタキが合図をしたので、ファイチが登り、サハチもその縄を伝わって登った。 縄を片付けるとウニタキは二階の部屋に入った。サハチとファイチも入り、扉を閉めると中は真っ暗になった。それでも、暗闇の洞窟歩きを経験した三人には中の様子はわかった。階段を登って三階へ行き、さらに四階、五階と上がった。五階の扉は開いていた。小声で話す声が聞こえる。 サハチはそうっと三人の前に顔を出した。三人は驚いたようだが、さすがに悲鳴は挙げなかった。 「あたしの勝ちね」とササが言った。 「 「何だって、俺が来るのがわかっていたのか」 ササは笑ってうなづいた。 「 「お前の考えがササに見透かされていたんじゃないか」とウニタキが笑いながら顔を出した。 「いい眺めだな」とファイチも顔を出した。 天上界に来たような気分で、サハチたちは下界を眺めた。 「去年も登ったのか」とサハチはササに聞いた。 ササは首を振った。 「博多の街で見る物が珍しくて、なぜか、ここに登ろうとは思わなかったわ」 「そうか‥‥‥」 サハチは月を見上げてから、沖に浮かんでいる琉球の交易船を見た。 「酒はあるのか」とサハチはウニタキに聞いた。 ウニタキは驚いた顔をしてサハチを見た。 「お前の懐には色々な物が入っていそうだ。酒もあると思ったんだ」 ウニタキは笑って、「 「はい」と言ってシンシンがサハチに瓢箪を渡した。 「そう言うと思って持って来たのよ」とササは言った。 サハチはお礼を言って酒を飲んだ。酒を回し飲みしながら月見酒と 次の日、琉球船の上陸許可が下りて、一行は妙楽寺に入った。一文字屋孫三郎が琉球の使者に会おうとして妙楽寺を訪ねたが、会う事はできなかった。まず、九州探題が交易を済ましたあと、妙楽寺を開放して、商人たちの取り引きを許すと言われたらしい。妙楽寺は厳重に警護されて、琉球の者たちも外には出られないようだという。 坊津でシンゴの言う事を聞いてよかったとサハチはシンゴに感謝した。 |
坊津
博多