渋川道鎮と宗讃岐守
サハチ(琉球中山王世子)たちは『 五郎左衛門は 『倭館』は山の裾野の森だった所を切り開いて造ったようだ。五年前、 倭館の守備兵たちは五郎左衛門を見ると敬礼して出迎え、門番も何も言わずに中に入れてくれた。五郎左衛門の地位はかなり高いようだった。 広い敷地内にはいくつも建物が建っていて、右側にある建物の前の庭では武術の稽古をしている琉球の兵たちの姿があった。 屋敷の入り口にヤマトゥ(日本)のサムレーが二人立っていて、一人のサムレーが、「皆様、お待ちになっております」と五郎左衛門に言って案内に立った。なぜか、もう一人のサムレーもついて来た。 サムレーに従って正面にある階段を登って二階に行くと、何部屋もある中の一部屋の前に二人のサムレーが立っていた。案内して来たサムレーはその部屋の前で立ち止まって、部屋の中に声を掛けた。部屋の中から返事が聞こえて、頭を丸めた僧が現れた。 「津島屋殿、ようこそ」と僧は言って、「おや、船越の若殿も御一緒か」と六郎次郎を見て笑った。 サハチとジクー禅師もちらっと見たが、僧は何も言わなかった。 部屋の中には四人の男がいて、僧以外の三人は長卓の向こう側に座っていた。 五郎左衛門はサハチたちに、男たちを紹介した。九州探題の渋川 渋川道鎮はサハチと同年配に見え、宗讃岐守は四十代の半ば、平道全はサハチより二つ三つ年下、宗金は三十前後に見えた。平道全は五郎左衛門と同じように朝鮮の官服を着ていて、朝鮮の都、 五郎左衛門がサハチとジクー禅師を四人に紹介すると、 「噂は父上から聞いている」と渋川道鎮が言った。 「『七重の塔』で将軍様(足利義持)とお会いになったそうじゃな。高橋殿を味方に付けて、将軍様にお会いになるとは大したもんじゃよ」 渋川道鎮はそう言って笑った。嫌みな笑いではなく、本当に楽しそうな笑いだった。 「わしらは恐ろしくて、高橋殿に近づく事もできんわ。その高橋殿のお屋敷に滞在しておったとはのう。父上から話を聞いた時は腰を抜かすほどに驚いたわ」 渋川道鎮の妻が 「高橋殿が琉球の事に興味を示して、わたしどもが呼ばれたのです」とサハチは答えた。 「そうじゃろうの」と道鎮はうなづいて、「まあ、座ってくれ」と言った。 サハチたちは道鎮たちに向かい合って腰を下ろした。 「そなたは一番いい時期に来られたんじゃ」と道鎮は言った。 「北山殿(足利義満)が突然にお亡くなりになられて、明国との交易が危うくなってきたんじゃ。将軍様が明国の皇帝から日本国王に 「こちらこそ、よろしくお願いいたします」とサハチは道鎮に言った。 「 「はい。船越から参りました」 「早田殿とは古い付き合いのようじゃのう」 「祖父の時代から交易を続けております。その頃、わたしの父は 「ほう。早田殿は先見の明があったんじゃのう」 「わしが琉球に行った時、丁度、 平道全がそう言って、サハチを見て笑った。何となく不気味な笑いだった。 「朝鮮に使者を送って来た目的は、やはりあれですか」と宗金がニヤニヤしながらサハチに聞いた。 あれと言われてもサハチにはわからなかったが、すぐにひらめいて、「あれです」と言って笑った。 「なに?」と平道全が言って宗金を見てから、「琉球には寺院と呼べるのは護国寺しかなかったが、やはり、あれが欲しいのか」とサハチに聞いた。 サハチは平道全の言葉で、あれとは『 「道全殿が琉球に行かれた時、中山王の都は 「首里とはどこなんじゃ?」 「浮島(那覇)を望む高台にあります。ご存じないとは思いますが、昔、 「おう、あそこか」と平道全は思い出したようにうなづいた。 「そう言えば、中山王(武寧)が新しいグスクを築くとアランポー(亜蘭匏)殿が言っておったのう。アランポー殿はお元気ですか」 サハチは首を振った。 「先代の中山王が滅ぼされた時に、逃げたようです」 サハチがそう言うと、平道全は急に大笑いした。 「あくどい事をしておったようじゃからのう。稼いだ財宝を持って明国に逃げおったか」 「ところで、大蔵経と仏像は手に入るでしょうか」とサハチは誰にともなく聞いた。 「仏像は手に入るじゃろうが、大蔵経は難しいな」と宗讃岐守が言った。 「大蔵経を手に入れるために、誰もが、倭寇に連れ去られた者たちを朝鮮に返しているんじゃが、未だに、すべてを手に入れた者はおらんのじゃ。朝鮮も小出しに出しているようじゃな。わしらは大蔵経に踊らされているようじゃ」 宗讃岐守は笑った。気味の悪い笑いだった。 「そなたの父上だが、朝鮮でうまくやっているようじゃのう」と平道全が六郎次郎に言った。 「すっかり朝鮮に落ち着いてしまったようじゃ。そなたも知っていると思うが、そなたの父上は朝鮮では 六郎次郎は平道全を見つめたまま何も言わなかった。 「さて、わしらはそろそろ引き上げよう」と渋川道鎮が言った。 「あとの事は『津島屋』に任せる。よろしくお願いいたす」 サハチたちは四人と別れ、琉球の者たちがいる宿舎に向かった。 「平道全の言った事は気にするな」と歩きながら五郎左衛門が六郎次郎に言った。 「大丈夫です」と六郎次郎は答えたが、悔しそうな顔をしていた。 「宗讃岐守はわしらが邪魔なんじゃよ」と五郎左衛門はサハチに言った。 「左衛門太郎が対馬に帰って来なければいいと願っておるんじゃ。宗讃岐守はわしらが中山王とつながっているのを知って、 「いいえ、知りません」 「そうか。そいつの手引きで、讃岐守は宗金と組んで、琉球に船を送ったんじゃ」 「宗金という僧は商人なのですか」 「商人の真似事を始めたようじゃな。奴は朝鮮の言葉がしゃべれるんじゃよ。詳しい事は知らんが、母親は 「讃岐守は早田氏を倒そうとしているのですか」 「やがてはそうなるじゃろうな。今はまだ時期が早い。奴が対馬に本腰を入れたのはつい最近の事なんじゃよ。讃岐守は 「敵同士が同盟を結んだのですか」 「いや、同盟は結んではおらん。休戦中と言った所かのう。少弐氏というのは 武術の稽古をしている琉球の兵たちの近くに行くと、外間親方が駆け寄って来て、 「 「京都では、予想以上にうまくいったよ」とサハチは笑った。 外間親方の案内で、サハチたちは使者たちがいる部屋に向かった。途中でクグルーと出会った。クグルーは驚いた顔してサハチを見つめて、「按司様」と言った。 「よかった。無事だったのですね」と言ったあと、「みんなも来ているのですか」とクグルーはサハチに聞いた。 「ああ、『津島屋』さんのお世話になっている」 「そうでしたか。みんなに会いたいですよ」 「ここから出る事はできるのか」と聞くと、 「出入りは自由じゃよ」と五郎左衛門が答えた。 「それじゃあ、あとで会いにくればいい」とサハチはクグルーに言った。 使者たちの部屋には サハチは京都での出来事を話して、来年からヤマトゥに使者を送る事を告げた。そして、朝鮮への使者も来年も送り、朝鮮からは経典と仏像を賜わるように頼んだ。 「宗金という僧から朝鮮の都の事を色々と聞いた」とクルシが言った。 「宗金は九州探題の使者として何度も都に行っているらしい。使者がどういう風にして、朝鮮の王様に会うのか詳しく教えてもらって、みんなにも話した。宗金が言うには、前例があるから大丈夫じゃろうと言っていた。朝鮮という国は何でも前例に従って、物事を行なっているそうじゃ。初めての出来事に出会うと戸惑って、なかなか事が運ばないが、前例があれば、すんなりと行くだろうと言っておった」 「うまく行く事を祈っています」 「按司様は都には行かないのか」 「行きます。どんな所だか見て来ますが、別行動を取るつもりです」 「そうか」とクルシは笑った。 「都に行く許可が下りたら都に向かいますが、都に行くのは警固兵を入れて四十人ほどになります。それとは別に五郎左衛門殿が兵二十と荷物運びの人足たち二十人を付けてくれるとの事です」と新川大親が言った。 「五郎左衛門殿も一緒に行かれるのですか」とサハチは五郎左衛門に聞いた。 「それがわしの仕事なんじゃよ」と五郎左衛門は笑った。 「 「そうだったのですか。それは大変ですね」 「なに、倭寇働きをしていると思えば、何でもない事じゃよ」 「わしらが都に行っている間、倭館では朝鮮の商人たちとの交易があるそうです」と新川大親が言った。 「ほう、明国と同じだな」とサハチが言うと、 「明国と違うのは朝鮮には銭がない事じゃな」と五郎左衛門が言った。 「それと、都までの道のりじゃが、道はかなりひどいぞ。川には橋もないし、渡し舟があっても、今にも沈みそうな 「どうして荷車がないのです」とサハチは不思議に思って聞いた。 「木を曲げて車を作る技術がないようじゃな。それに、荷車があったとしても道がひどくて通る事はできんじゃろう。雨が降れば、道はぐちゃぐちゃになってしまうし、水たまりだらけになる。雨が降ったらやむまで待つしかないんじゃよ」 「そんなにもひどいのですか」 「高麗から朝鮮に変わっても中身は何も変わっておらん。結局、この国は都に住んでいる 「ヤンバンとは何です?」 「両班とは文官と武官の事じゃ。日本では武士は文武両道を建前としているので、文官と武官に分かれてはおらん。朝鮮は古く そう言って、五郎左衛門は苦々しい顔をして首を振った。 サハチたちは藤五郎、クルシ、クグルー、マウシを連れて津島屋に帰った。 クグルーとマウシは共に 「お前、抜け出して大丈夫なのか」とサハチがマウシに聞くと、 「普段、真面目に務めているので、隊長が許可してくれました」とマウシは笑った。 「そうか。頑張っているようだな」とサハチも笑ってうなづき、「お前は漢城府まで行くのか」と聞いた。 「はい、行く事になりました」 「そうか。使者たちをしっかりと守ってくれ」 真面目な顔をしてうなづいたマウシは、以前に比べて頼もしくなったように思えた。 遊女屋に泊まった者たちは部屋でごろごろしていて、クルシとクグルー、マウシとの再会を喜んだ。ササたちはどこに行ったのか、姿が見えなかった。 夕方に帰って来たササたちは朝鮮の着物を着ていた。 「ねえ、似合うでしょ」とササは嬉しそうに言った。 不思議とよく似合っていた。 「似合うよ。朝鮮の 「ソラとウミに案内してもらって、隣りの島に行って来たのよ」 ソラとウミというのは五郎左衛門の娘婿、浦瀬小次郎の双子の娘だった。十七歳の娘たちで、どっちがどっちだかわからないほどよく似ていた。 「スサノオの神様がここにも来ていたのよ」とササは言った。 「まさか?」とサハチが言うと、 「本当なのよ」とササは真剣な顔付きで言った。 「どうして、スサノオの神様が朝鮮に来るんだ?」 「その頃は朝鮮じゃなかったわ。カヤという国だったのよ。カヤでは鉄を作っていたの。スサノオの神様はカヤから鉄を作る技術者をヤマトゥに連れて行ったのよ」 「鉄か‥‥‥」 「鉄というのはそんなに古くからあったのか」 「琉球に鉄が来るのは遅かったけど、スサノオの神様は鉄の力でヤマトゥの国を統一したのよ」 「そうか、鉄だったのか‥‥‥」 琉球に鉄を持って来たのは 「スサノオの神様は鉄でヤマトゥの国を統一したけど、今は何があれば琉球を統一できるの?」とササが聞いた。 サハチは少し考えて、「火薬だな」と言った。 「火薬って?」 「 「鉄炮の事はサワさんから聞いたわ。 「そうだ。その武器があれば琉球を統一できるだろう」 「朝鮮からもらえば?」 「朝鮮にしろ、明国にしろ、鉄炮と火薬は国外に出してはならない物なんだよ」 「そうなんだ‥‥‥もしかしたら、鉄も昔はそうだったんでしょうね。スサノオの神様はどうやって持ち出したのかしら?」 「今度、スサノオの神様に詳しく聞いてくれよ」とサハチが言うと、ササは首を振った。 「ここにはスサノオの神様はいないわ。いたという形跡があるだけ。対馬と同じよ。京都に行かなければスサノオの神様には会えないわ」 「スサノオの神様はどうして京都にいるんだ?」 「奥さんが京都にいるからじゃないの」 「 「豊玉姫様は京都にいないわ。豊玉姫様よりも先に奥さんになった 「スサノオの神様には奥さんが二人いたのか」 「もっといたんじゃないの。王様だったんだから」 「いい身分だな」 「按司様だって、そのうち、いい身分になれるじゃない」 「いい身分になっても、マチルギは怖いよ」 ササはサハチを見て、ケラケラ笑った。 「もしかしたら、スサノオの神様も稲田姫様が怖くて、京都にいるのかもね」 サハチたちは次の日、朝鮮の都、漢城府に向かった。 |
朝鮮、富山浦