龍天閣
十二月二十四日、サハチ(島添大里按司)たちは無事に琉球に帰国した。あとを付いて来た サハチたちは休む間もなく、旧港の人たちの接待に追われた。 歓迎の宴の準備が整ったのを確認すると、あとの事は大役とファイチ(懐機)、ヂャンサンフォン(張三豊)に任せて、サハチとウニタキ(三星大親)は首里に向かった。すでに、使者たちは先に首里に帰って、 首里グスクの高楼は完成していて、 「都らしくなってきたな」とウニタキが高楼を見ながら嬉しそうに言った。 「あとは 「お帰りなさい」とマチルギは恥ずかしそうな顔をして言った。 「ただいま」とサハチは笑って、「上出来だ」と言った。 マチルギのお腹の事も、高楼の事も、今回の旅も皆、上出来だった。 近くで見る高楼は思っていたよりも立派だった。 「どうして階段が二つもあるんだ?」とサハチが聞くと、「上り用と下り用よ」とマチルギは言った。 「敵に攻められた時、階段が一つだと逃げ場がないでしょ。それに来年の 「成程。よくそんな事まで気づいたな」 「 階段を登って二階に上がった。マチルギも付いて来たので心配したが、「まだ大丈夫よ」と笑った。 二階の部屋にも何もなかった。回廊に出てみると、いい眺めだった。サハチとウニタキは回廊を一回りした。 留守にしていたのは八か月に過ぎないが、城下の家々は増えていた。特にグスクの南側の発展は凄かった。以前は樹木が生い茂っていた森だった。 「俺たちが留守にしていた間にも、都はどんどん成長しているな」とウニタキが言った。 「まるで、生き物のようだ」とサハチはうなづいた。 「これからお寺をいくつも建てるとなると人々はもっと集まって来るだろう」 「京都に負けない素晴らしい都にしなくてはな」 「京都か、でかく出たな。あそこは六百年の都だぞ」 「ここも六百年経っても都であるような、そんな都にしたい」 ウニタキはサハチを見ながら笑っていた。 三階で思紹と 「無事に帰って来たか」と思紹はよかったと言うように何度もうなづいた。 口髭だけ伸ばして、頭は綺麗に剃っていた。 「うまく行きました」と言って、サハチは思紹の前に座って、旅の成果を話した。 「なに、将軍様(足利義持)に会ったのか」と思紹が驚いた顔をして聞いた。 マチルギも馬天ヌルも驚いた顔をしてサハチを見ていた。 「運がよかったのです。それと、マチルギのお陰でもあります」 「あたしのお陰?」 サハチはうなづいて、高橋殿の事を話した。 「その高橋殿って、ウニタキのような事をしているの?」とマチルギが聞いた。 「そのようだ。裏の組織を持っているようだ」 「ヤマトゥ(日本)の将軍様もそういう組織を持っていたんだ。でも、女の人がお頭を務めているなんて凄いわね」 「確かに凄い人だよ。お前と気が合いそうだと思ったよ」 マチルギは笑って、「会ってみたいわ」と言った。 サハチが琉球の様子を聞くと、 「タブチの留守中にシタルーの娘が、具志頭の若按司に嫁いだの。タブチは 「なに、ヤフスの息子が具志頭按司になったのか」 「そうなのよ。新しい按司の奥さんは 「そうか‥‥‥」 「それと、具志頭の若按司に嫁いだシタルーの娘なんだけど、シタルーのもとに帰ってから、 「ほう。そいつは面白いな」 「今、 「兼グスク按司は大丈夫じゃったのか」と思紹が聞いた。 「イハチとクサンルーと仲よくやっていましたよ」 「敵だか味方だか、わからん奴じゃのう。奴は 「その事は本人もよく承知しています。琉球に帰ったら 「そうか。いよいよ、シタルーが動き出すか‥‥‥ところで、この楼閣の名前なんじゃが、『 「『龍天閣』ですか‥‥‥龍が天に羽ばたく高楼ですね。いいんじゃないですか」 思紹は満足そうにうなづいて、「決まりじゃな」と言って、壁に伏せておいてあった 「親父の字ですか」とサハチが聞くと、 「わしにこんな字が書けるか」と思紹は言った。 「 「素晴らしいですね」 その夜、『 サハチはマチルギからメイユー(美玉)たちの事とファイチの家族が無事に帰って来た事を聞いた。 「メイユーはあなたの側室になったわよ」とマチルギは世間話のように言った。 「えっ?」とサハチはマチルギを見た。 マチルギは 次の日、ファイチとヂャンサンフォンが旧港の使者たちを連れて首里に来た。使者たちは思紹に挨拶をして、首里を見物してからファイチと一緒に浮島(那覇)に帰ったが、シーハイイェン(施海燕)とツァイシーヤオ(蔡希瑶)はササたちとどこかに行き、シュミンジュン(徐鳴軍)はヂャンサンフォンと一緒に島添大里に行った。 サハチが思った通り、ササとシーハイイェンは仲よくなっていた。博多を出て最初に寄った お互いに ヤマトゥから来た 用を済ませたサハチは島添大里に帰った。ナツと佐敷ヌルが帰国祝いの宴を開いてくれた。ササたちも佐敷ヌルの屋敷に来ていて、ササ、シンシン、ナナ、そして、シーハイイェンとツァイシーヤオも一緒に加わり、ヂャンサンフォンとシュミンジュン、ウニタキ夫婦とクグルー夫婦も呼んだ。ファイチはまだ帰っていなかったが、ファイチの妻と子供も呼んだ。ヂャンサンフォンと一緒にンマムイも来た。 「お前、まだ帰っていなかったのか」とサハチは驚いた。 「帰るつもりだったのですが、師匠に挨拶して行こうと島添大里に来たんです。そしたら、 「そうか。奥さんを心配させるな。お前が 「夜が明けたら真っ直ぐに帰ります」とンマムイは調子のいい事を言って笑った。 宴席に着くと隣りにいるナツに、「子供たちは何事もなかったか」とサハチは聞いた。 「大丈夫ですよ」とナツは笑った。 「みんな、笛が上手になりました。あとで聞いてやって下さい」 「そうだな。俺の サハチは博多と京都で見た 「見たかったわあ」と佐敷ヌルは言って、平田のお祭りと馬天浜のお祭りでお芝居をやった事を話した。 「ほう、お祭りでお芝居をやったのか」 「平田では『 「なに、察度(先々代中山王)のお芝居をするのか」 「察度のお母さんは天女だったんでしょ。ソウゲン(宗玄)和尚から『 「『羽衣』なら博多で見たぞ。あれを察度の話にするのか。面白そうだな」 「女子サムレーたちも張り切ってお稽古をしているわ」 「そうか。琉球でもお芝居が見られるのか。お前、凄いな。お芝居の話まで作っているのか」 「あたしがお話を作って、ユリが音楽を作って、ウミチルが踊りを考えるのよ」 「ほう、凄いな」 佐敷ヌルはお芝居の話のあと、神様に言われた『 「三つの刀のうちの 佐敷ヌルがうなづくと、「以前、今帰仁に行った時に聞いた事がある」とサハチは言った。 「山北王は確かに宝刀を持っている。今帰仁に腕のいい研ぎ師がいて、その刀を二度、研いでいるんだ。一度目はマチルギのお爺さんから頼まれて研ぎ、二度目は山田按司に殺された 「短刀は 佐敷ヌルは馬天浜のお祭りが終わったあと、察度の娘の浦添ヌルが何かを知っていないかと思って、浮島の 弟の武寧が滅ぼされたのは仕方がない。あの男はもともと王になるべき器ではない。滅ぼされて当然だ。それよりも、母親の実家である 佐敷ヌルは勝連の呪いを解く事を約束して、英祖の宝刀の事を聞いた。 「その与那覇勢頭の事は昔、ウニタキから聞いた事がある。南の島からやって来たが、言葉が通じないので、琉球の言葉を学んでいたと言っていた。ウニタキが武寧の娘と一緒になった頃の話だ」 「ミャークというのがどこにあるのか知らないけど、いつか、行かなければならないわ」と佐敷ヌルは言った。 「そうだな。遠いと言っても旧港ほど遠くはあるまい。ところで、勝連の呪いは大丈夫なのか」 「大丈夫よ。気になったので、馬天ヌルの叔母さんと一緒に行ってきたわ。勝連ヌルも一緒に調べたけど、不審な点はなかったわ。察度の妹の浦添ヌルは望月党が滅ぼされる前に亡くなっているの。きっと、望月党の事を心配していたんだと思うわ」 「そうか。マジムン(悪霊)退治をしたあと、何も起こっていないからな。大丈夫だろう」 佐敷ヌルの話が終わったあと、サハチはサグルーに言った。 「明国に行く時、 「わかりました」とサグルーはうなづいて、「クルー叔父さんから明国の言葉も教わりました。行くのが楽しみです」と目を輝かせた。 サグルーは来年正月、クグルーと一緒に従者として明国に行く事になっていた。八番組のサムレーとしてジルムイも行くが、ジルムイはサムレーの一員なので、サグルーと行動を共にする事はできなかった。 「朝鮮から帰って来て、一月もしないうちに、また明国に行かなければならない。忙しいが頑張ってくれ」 サハチがクグルーに言うと、「大丈夫ですよ」とクグルーは明るく笑った。 「お前は大丈夫だろうが、妻のナビーは大変だろう。琉球にいるうちに充分に可愛がってやれよ」 「 ササは佐敷ヌルに京都の様子を話していた。ナナとシーハイイェン、ツァイシーヤオ、シュミンジュンは琉球の言葉がわからないので、時々、ヤマトゥ言葉が飛び交った。ヤマトゥ言葉がわからないナツとマカトゥダルとナビーはヤマトゥ言葉を習わなければならないわねと言っていた。 サハチはウニタキと一緒に座をはずして、縁側に出た。 「留守中の事はわかったか」とサハチは星を見上げながらウニタキに聞いた。 「 「そうか、北半分か」 サハチたちは宝島を出たあと、奄美大島、 「山北王は半分しか平定できなかったのが気に入らなかったようだ。兄弟喧嘩を始めたらしい。湧川大主は 「奄美大島は徳之島や永良部島より大きい。一年で平定するのは無理だろう」 「確かにな。あの島には小さな按司のような者たちが何人もいる。それらをまとめる大きな按司はいない。大きな按司がいれば、そいつを倒せば平定できるが、小さな按司たちを一人づつ倒して行かなければならない。手間の掛かる仕事だよ」 「山北王と湧川大主に溝ができたのなら、つけ入る隙があるんじゃないのか」 ウニタキは首を振った。 「単なる兄弟喧嘩だろう。正月までには二人とも機嫌が治るに違いない」 「そうか‥‥‥すると、来年も湧川大主は奄美大島に行くんだな」 「それはわからん。交易を担当していた湧川大主がいなくて、山北王は随分と苦労したようだ。来年は他の者に任せるんじゃないのか」 「そうか。『材木屋』に頼んでおいた材木はヤンバル(琉球北部)から来ているのか」 「ああ、次々に来ているようだ。浮島に山のように積んである」 「お寺を十軒も建てるとなると山北王も忙しくなるな。当分は奴に稼がせてやろう」 「話は変わるが、ようやく新しい進貢船が来たようだな」 「おう。ようやく来た。これで三隻になった。一隻はヤマトゥと朝鮮に行き、二隻は明国に行ける」 「忙しくなりそうだな」とウニタキは笑って、「山南王だが」と言った。 「シタルーが動いたのか」 「大した動きはない。ただ 「朝鮮に逃げた山南王の弟だな」 「そうだ。その長嶺グスクに二百人の兵がいるらしい」 「なに、二百もか」 「多分、 「シタルーは長嶺グスクを首里攻めの拠点にするつもりか」 「多分、そうだろうな。一番近くにあるのは 「上間グスクか‥‥‥」 上間グスクは察度が亡くなったあと、察度の護衛隊長だったチルータが上間にグスクを築いて上間按司を名乗った。七年後、上間按司は サハチが首里グスクを奪い取ったあと上間グスクに行くと、もぬけの殻になっていた。糸数之子は兄のもとへ逃げ、武寧の兵たちも家族を心配して浦添に逃げた。その多くは捕まって、首里で人足として働き、城下造りが終わったあと、改めて中山王の兵として取り立てられている。 今、上間グスクは按司を置く事なく、首里グスクの出城として、首里のサムレーが交替で守っている。長嶺グスクに二百もの兵がいるとなると奪われる可能性もある。あそこが奪われたら首里は危険だった。 「誰かを按司に任命して、グスクも強化した方がいいな」とサハチが言うとウニタキはうなづいた。 誰を任命したらいいかを考えていたら、ファイチが顔を出した。 「参りました」とファイチは言った。 旧港の人たちの突然の来訪で、久米村は大忙しだという。 「もし、 「そうだな。大役たちも突然の忙しさに参っていた。王府の方も改善するべき所がいくつもありそうだ。ずっと休まずだろう。今晩はゆっくりして行ってくれ」 ファイチは笑ってうなづいた。 |
首里グスク
島添大里グスク
長嶺グスク