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ササと御台所様
ヤマトゥ(日本)に行った 四月二十五日に浮島(那覇)を出帆して、五月十日に薩摩の 勘解由小路殿が亡くなったと聞いてジクー(慈空)禅師は驚いた。去年、あんなにも元気だった勘解由小路殿が亡くなるなんて信じられなかった。将軍様(足利義持)の補佐役ともいえる勘解由小路殿が亡くなってしまって、交易はうまく行くのだろうかと不安になった。 博多の『妙楽寺』に十日間滞在して、京都へと向かった。 大きな港に入る度に、その地を支配している守護大名に歓迎されて 兵庫の港に着いたのは六月の十五日だった。『細川氏』の兵に守られて『京都』に入ったのは十八日で、九条通りから 行列の中に、クバ扇を持った『ヌル』たちと 『等持寺』で歓迎の宴が開かれて、九州探題の『渋川道鎮(満頼)』と勘解由小路殿の跡を継いだ『 斯波左兵衛督は渋川道鎮の義兄で、父親に似て立派な武将だった。勘解由小路殿が亡くなったので、どうなる事かと心配していたジクー禅師も斯波左兵衛督と会って安心した。 「将軍様が琉球からの船が着くのを首を長くして待っておられました」と斯波左兵衛督はジクー禅師に伝えた。 ササは博多に着いてからずっと窮屈な思いをしていて、もううんざりしていた。将軍様に守ってもらうのはいいのだが、まったく自由な行動ができなかった。船を降りて決められた宿所に入るとそこから出る事は許されず、楽しみにしていた村上水軍の『あや』と会う事もできなかった。佐敷大親から、使者が将軍様に会うまでは決して騒ぎは起こすなよと釘を刺されて、じっと我慢してきたのだった。こんな事になるのなら去年と同じように、『一文字屋』の船に乗って京都に来ればよかったと後悔していた。 京都では門限さえ守れば外出もできるという。翌日の朝、ササたちは早速、『一文字屋』の『まり』に会いに行こうと張り切っていたら、『高橋殿』がやって来た。『高橋殿』が直々にやって来たので、僧侶たちは大騒ぎしてかしこまった。ササたちは『高橋殿』に呼ばれて再会を喜び、ササ、シンシン(杏杏)、シズ、そして、ナナは『将軍様の御所』に移る事になった。『 『高橋殿』と一緒にいたのは 『三条坊門の御所』に入って、ササたちは『御台所様』と再会した。驚いた事に、『御台所様』は庭で侍女たちを相手に、『 「去年、あなたたちが帰ってから、あなたたちの噂話をしてね、『武当拳』のお話をしたら習いたいとおっしゃって、わたしが教えたのよ」と高橋殿が言った。 「あなたが来るのをずっと待っていたのよ」と御台所様は嬉しそうに笑った。 将軍様の正妻である『日野 北山殿が生きていた頃、夫の 栄子が『高橋殿』に会ったのは、嫁いで来たその年に、義持と一緒に『北野天満宮』に参詣した時だった。参詣のあと高橋殿の屋敷に寄って、義持の義母である高橋殿と会った。天下に怖い物なしと言われている北山殿の側室だけあって、高橋殿は美しい人だった。そして、優しい人でもあった。当時の義持は北野天満宮に参詣して、高橋殿と会うのを唯一の息抜きにしていた。栄子も高橋殿から歌や踊りを教わるのが楽しみだった。 『高橋殿』にそれとなく義持を見守っていてくれと頼んだのは『北山殿』だった。母親が亡くなって孤独になった義持を母親の立場で見守るように頼んだのだった。数多くいる側室の中で、そんな事を頼めるのは高橋殿より他にいなかった。北山殿はこれから実行に移そうとしている『重大事』のためにも、義持にはしっかりしていてもらわなくてはならないと思っていた。 北山殿が秘していた『重大事』とは義持の弟の『 北山殿の『重大事』は北山殿の急死によって幕を下ろした。『重大事』を知っていたのは高橋殿だけで、高橋殿は北山殿の死と共に、その事は忘れ去って、今は義持のために働いている。 「ササ、『船岡山』に行きましょう」と御台所様は言った。 「えっ!」とササは驚いた。 「『スサノオの神様』が降りていらっしゃる岩が見たいんですって」と高橋殿が笑いながら説明した。 「ササが神様とお話しする所も見たいのよ」と御台所様は真面目な顔をして言った。 御台所様は侍女を二人だけ連れて、高橋殿と奈美、ササたちと一緒に御所を抜け出して、『船岡山』へと向かった。 「抜け出して大丈夫なのですか」とササが心配すると、 「今日のために、わたしの身代わりが用意してあります」と御台所様は楽しそうに笑って、「お忍びで出掛けるのは久し振り」と言った。 「久し振りという事は前にも、お忍びで出られたのですか」とナナが聞いた。 ナナは予想外の展開に腰を抜かしてしまいそうなほどに驚いていた。京都に着いた途端に、『将軍様の御所』に入るなんて、まるで夢でも見ているようだった。将軍様なんて、対馬や朝鮮にいた頃、話には聞いても、天上の人で自分にはまったく縁のない人だと思っていた。その『将軍様の奥方様』に会うなんて信じられない事だった。そして、将軍様の奥方とまるで友達のように接しているササを見て、改めてササの凄さを思い知っていた。 「将軍様と一緒に何度か出掛けた事があるのです。お供も連れずに二人だけで歩いたの。楽しかったわ。秘密の出入り口も将軍様に教わったのです」 話をしながら歩いていたら、わりと早く『船岡山』に着いた。 「ここなのね」と船岡山を見ながら御台所様が言った。 「三年前の 「えっ!」と侍女たちが不安そうな顔付きで御台所様を見た。 「大丈夫よ」と高橋殿は笑った。 「 去年、登った道は夏草が生い茂っていて、山に入った者もいないようだった。ササを先頭に草をかき分けながら登って行った。 山頂に出ると怖がっていた侍女たちも歓声を上げて、素晴らしい景色を楽しんだ。 「これなのね」と御台所様は大きな岩を見つめた。 ササは岩の前に座り込んでお祈りを始めた。シンシンとシズとナナもササの後ろに座ってお祈りをした。御台所様もみんなの真似をした。御台所様がお祈りを始めたので、景色を眺めていた侍女たちも慌てて御台所様に従った。高橋殿と奈美も一番後ろで両手を合わせた。 一瞬、強い風が吹いた。侍女の一人が小さな悲鳴を上げた。 姿は見えないし、声も聞こえないが、誰もが神様の存在を感じていた。ササは『スサノオの神様』の声を聞いていた。 挨拶のあと、ササはスサノオの妻、『 「お前が生まれた島じゃ」とスサノオははっきりと言った。 去年も同じ質問をしたのに答えてくれなかった。『豊玉姫』が対馬に来て、『 「どこに行けば、『豊玉姫様』に会えますか」とササはスサノオに質問した。 「お前の島に帰っているはずじゃ」とスサノオは言った。 「探したけど、どこにもいませんでした」 「おかしいのう。『豊玉姫』は玉グスクと呼ばれる都の姫様じゃった。どことなく、お前に似ている可愛い娘じゃった。海の近くの高台にある聖地が好きでよく行っていた。男は入れんと言って、わしは中に入った事はないが、二つの大きな岩があって神様が降りて来られると言っていた。多分、そこにいると思うがのう」 スサノオの話を聞いて、『セーファウタキ(斎場御嶽)』だとササは気づいた。『セーファウタキ』が凄いウタキだと母親の馬天ヌルから聞いてはいても、ササはまだ行った事はなかった。 「『セーファウタキ』には軽い気持ちで行ってはいけないわ。行くべき時が来たら行きなさい」と母は言った。 「行くべき時っていつなの?」とササが聞くと、「神様が教えてくれるわ」と母は言った。 行ってみたかったが母の言葉を信じて、ササは『セーファウタキ』には近づいていなかった。ようやく、行くべき時が来たんだわとササは思った。 「 ササは着物の上から『勾玉』を右手で押さえた。古い物だと思ってはいたが、スサノオが豊玉姫に贈った勾玉だとは知らなかった。この勾玉を持っていたから『スサノオの神様』が現れたのかもしれなかった。 「『ヒレ』とは何ですか」 「昔、女が肩に掛けていた細長い綺麗な布じゃよ。今は見かけなくなったが、優雅な物じゃった」 その後、スサノオは『稲田姫』が産んだ『サルヒコ』の活躍を話して去って行った。 ササはお礼を言って、『スサノオ』と別れた。ササがお祈りを終えて立ち上がると皆はまだ両手を合わせて、お祈りを続けていた。 「神様はお帰りになりました」とササは言った。 皆が顔を上げてササを見た。皆、夢でも見ていたかのような顔付きだった。 「不思議な気分だわ」と御台所様が言った。 「心地よい音楽が聞こえて、まるで、極楽にでもいるような気分だったわ」 「あたしも音楽を聴きました」とナナが言うと、「あたしもよ」とシズが言った。 「わたしには音楽は聞こえなかったけど、何か凄い力に守られているような感じがしたわ」と高橋殿は言った。 「あたし、神様の声を聞いたわ」とシンシンは言った。 「スサノオの神様?」とササが聞くとシンシンはうなづいた。 「昔の戦の事を話してくれて、男どもは戦が好きじゃが、泣きを見るのは女子供じゃ。戦はしてはならんぞと言いました」 ササは笑って、「シンシンも一人前の『ヌル』になったわね」と言った。シンシンが言った事は去年、ササも聞いていた。 『船岡山』を下り、『北山第』に行って、『七重の塔』に登った。京都の街が一望の下に見渡せ、まるで、鳥になったような気分だった。ササは横笛を吹いた。空を自由に飛び回っている鳥を思わせる軽やかな調べが京都の空に流れていった。 翌日、ジクー禅師は『将軍様』と ササたちはずっと『将軍様の御所』に滞在して、御台所様と行動を共にしていた。『武当拳』の稽古をしたり、『和歌』の稽古をしたり、偉い公家の先生を呼んで、ヤマトゥの歴史や、神様の話なども聞いた。そして、二十三日の早朝、まだ夜の明けぬうちに、将軍様たちと一緒に『伊勢参詣』の旅に出た。 物凄い人数にササたちは驚いた。将軍様に従って、伊勢に行くのは一千人余りもいた。あちこちに 女たちは御台所様に従う者たち三十人余りに過ぎなかった。その中にササ、シンシン、シズ、ナナが加わり、高橋殿、 『坊門局』は初めて会うが、やはり北山殿の側室だった人で高橋殿と仲がよかった。御台所様、高橋殿、対御方、坊門局はお 伊勢神宮には『豊玉姫』の娘の『アマテラス(玉依姫)』がいる。アマテラスからお母さんの話を聞こうとササは張り切っていた。 京都からひと山越えると『琵琶湖』に出た。ササたちは海だと思ったら、湖だという。琵琶湖の近くのお寺でお昼を食べて、その日は 神宮は『 『外宮』は広い神社だった。ササたちは将軍様と一緒にお参りした。御師に従って、決められた通りにお参りして、神様の声を聞いた。 神様は『トヨウケ姫』ではなく、『ホアカリ』だった。ホアカリはアマテラスの息子で、ヤマトの国の王様だったという。本来は内宮に祀られていたのだが、内宮に母親の『アマテラス』を祀る事になって、こちらに移されたらしい。以前、この地に祀られていた姉の『トヨウケ姫』は『 ササたちは若い御師に案内させて『小俣神社』まで足を伸ばした。面白そうだわと言って、御台所様も付いて来た。ササたちと御台所様と侍女二人、高橋殿、平方蓉、奈美が、内宮に向かうみんなと別行動を取って『小俣神社』に向かった。 宮川を渡った川向こうに『小俣神社』はあった。小さな神社だった。『トヨウケ姫』はササを歓迎してくれた。ここでは『ウカノミタマ』という名で祀られているという。 『トヨウケ姫』はここに祀られる事になった事情を話してくれた。 「今の京都ではなく、奈良に都があった時、伊勢の地は日が昇って来る地として霊地とされました。内宮の東にある『 「どうして、お母さんが『内宮』の地に祀られるようになったのですか」とササは聞いた。 「わかりません。実際、母も驚いております。あんなに立派なお屋敷を建てなくてもいいのにと言っておりました」 「お母さんは今、『内宮』にいるのですか」 「今はいないようです。母は人気者ですから、あちこちに祀られております。海の女神様になったり、山の女神様になったり、名前もいっぱいあります。生きている時もそうでしたけど、一カ所に落ち着けない人で、あちこちに行っておりました。今頃は九州の方にいるのではないでしょうか」 「やはり、九州ですか」 博多に帰ったら探してみようとササは思い、「九州のどこにいると思いますか」と聞いた。 「九州には母が住んでいた所があちこちにあります。母が若い頃を過ごした『 「えっ、『豊玉姫様』のお墓が九州にあるのですか」とササは驚いた。 「『豊玉姫様』は南の島に帰ったって、あなたのお 「一度、帰ったのですけど、祖父が亡くなって、九州でまた戦が始まったのです。祖母は心配して戻って来たのです。母は凄い人でしたけれど、祖母も凄い人でした。祖母の一言で戦も治まったのです。当時、各地にいた王たちは祖母のお世話になっていたので頭が上がらないようでした」 「そうだったのですか」 「戦が治まると祖母は『イトの国』で暮らして、四年後に亡くなりました。母は祖母のために大きなお墓を造りました」 「そのお墓はどこにあるのですか」 「『イトの国』です」 「博多で聞けばわかるかしら?」 トヨウケ姫は答えなかった。ササは対馬の『ワタツミ神社』にあったお墓は何だろうと考えていた。 「祖父は今、京都にいるのですか」とトヨウケ姫がササに聞いた。 「はい。会って参りました」とササは答えた。 「わたしも京都に行きたいわ」とトヨウケ姫は寂しそうな声で言った。 数十年後、トヨウケ姫の願いはかなって、京都の『伏見稲荷神社』の主神として祀られる事になる。 ササはトヨウケ姫から聞いた話を皆に話した。 「すると『アマテラス』は本当は男の神様だったのね」と高橋殿が聞いた。 「そうです。スサノオ様の孫の『ホアカリ様』が『アマテラス』だったのです」 「どうして、『ヒミコ』を『アマテラス』に変えてしまったの?」 「それはわかりません。『ヒミコ』に変えて立派な社殿を建てたと言っていましたから、時の権力者が『ヒミコ』を『アマテラス』にしたかったからでしょう」 「女の天皇だわ」と御台所様が言った。 「昔は女の天皇がいらしたって聞いたわ。その女の天皇が女王様だった『ヒミコ』に憧れていて、『ヒミコ』を『アマテラス』にしたのよ」 「そうかもしれないわね」と高橋殿が御台所様にうなづいた。 「『アマテラス』は天皇の御先祖様になっているわ。御先祖様を女に変えてしまったのは、女の天皇しか考えられないわね。誰だか知らないけど、『北山殿』みたいに凄い権力を持っていた女の天皇がいたんだわ」 「でも、『太陽の神様』は女神様でいいんじゃないの」と奈美が言った。 「恵みを与えてくれる『太陽』は女神様の方がふさわしいわよ」 「それも言えるわね」と高橋殿が言って、ササを見た。 「『太陽』はずっと昔から神様としてあがめられてきました」とササは言った。 「ヤマトゥでも、琉球でも、きっと明国や朝鮮でもそうに違いないわ。本当は神様には男も女もないのかもしれません。人間が勝手に男だの女だのって決めたんだわ。そう言えば、『太陽の神様』がいて、『月の神様』はいないの?」 黙って話を聞いていた若い御師が、「『月の神様』は『ツキヨミ様』です」と言った。 「外宮の近くに『月読神社』があります」 御師の案内でササたちは宮川を渡って『外宮』に戻り、『月読神社』に向かった。『月読神社』は外宮の北御門から一直線の道で結ばれ、その道は神様が通る道だという。 人々で賑わっている外宮の近くだが、ここに参拝する人はあまりいないようで静かだった。 古い神様がいた。『スサノオ』よりもずっと古い神様だった。神様の話によると、内宮の地に『太陽の神様』が祀られ、この地に『月の神様』が祀られたという。 「『外宮』ができる前からこの地におられた神様です」と御師は説明した。 内宮に向かう前に、もう一つ、『ツキヨミ』を祀っている神社があるというので寄ってみた。『 「どうして、こんなに近くに『ツキヨミ様』を祀る神社が二つもあるのですか」とササは御師に聞いた。 「こちらの方が新しいのです。『内宮』ができてから、アマテラス様の御両親と弟の『ツキヨミ様』を祀る神社をこの地に建てました」 「えっ、『ツキヨミ様』って男の神様だったの?」とササは驚いた。月の神様は女神様だと思い込んでいた。 「本当は女神だったはずなのです。古い神話では『イザナギ』と『イザナミ』は二人の子供を生んで、『アマテラス』は男で、『ツキヨミ』は女だったそうです」 「『イザナギ』と『イザナミ』って、『スサノオ様』と『豊玉姫様』の事?」 御師は首を振った。 「古い神話の話です。古い神話の中に『ヒミコ』を『アマテラス』としてはめ込んだようです」 お祈りをして『内宮』に向かった。 『内宮』に着いた時は、すでに将軍様たちは帰ったあとだった。 「歩きながらずっと考えていたんだけど、『足利氏』は天皇家から別れた『 「それなのよ」とササが言った。 「天皇家の先祖に『琉球人』がいたら具合が悪いので、誰かが、お母さんの『豊玉姫様』もお父さんの『スサノオ様』も消してしまったのよ」 「将軍様の御先祖様は『アマテラス』で、ササの御先祖様はそのお母さんの『豊玉姫様』。遙かに遠いけど親戚になるのね」 親戚と言われて、ササは首を傾げた。 「何となく、ササとは縁があるような気がしたの」と御台所様は嬉しそうに笑った。 『内宮』は聖地だった。古い神様がいっぱいいた。 『スサノオ』の子孫たちがこの地に来て、『スサノオ』や『ホアカリ』、『トヨウケ姫』を祀る前、『太陽の神様』や『川の神様』が祀られていた。中でも『 山田の御師の屋敷に帰ると、将軍様は『お |
伊勢神宮、外宮
小俣神社
伊勢神宮、内宮