沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







アマンウディー




   

 赤木名(はっきな)グスクで催された歓迎の(うたげ)に『手花部(てぃーぶ)ヌル』が若ヌルを連れて参加した。手花部ヌルは奄美ヌルを指導したマジニ(前浦添ヌル)から奄美ヌルの後見役を頼まれて引き受けたという。赤木名ヌルが絶えた後、『カサンウディー(アマンウディー、大刈山)』と『アマンディー(奄美岳)』を守っていたのが手花部ヌルだった。

 『ハッキナ姫』の子孫のヌルで唯一残っているのが『手花部ヌル』だと聞いていたので、どうして倭寇(わこう)に殺されなかったのかと聞いたら、

対馬(つしま)早田(そうだ)様のお陰なのです」と手花部ヌルが答えたのでサスカサ(島添大里ヌル)たちは驚いた。

 七十五年前、鮫皮を求めて琉球に向かった早田左衛門太郎の祖父、次郎左衛門はトカラの宝島から無事に奄美大島に着いて、手花部に寄って一休みした。次郎左衛門と手花部ヌルが結ばれて生まれた息子が、今の手花部大主(てぃーぶうふぬし)の父親だった。次郎左衛門は琉球への行き帰りに手花部に寄るようになり、息子に読み書きや武芸を教えて立派な大主として育てた。倭寇が攻めて来た時も早田次郎左衛門の息子として(しま)を守り通したのだった。

「早田様は琉球の馬天浜(ばてぃんはま)に来て、わたしの曽祖父のサミガー大主と鮫皮(さみがー)の取り引きをしていました」とサスカサが言うと、手花部ヌルは驚いた顔をして、

「あなたはサミガー大主様の曽孫(ひまご)さんなのですか」と聞いた。

 サスカサがそうだと言うと、

「わたしもサミガー大主様の孫なのです」と言ったので、サスカサたちは腰を抜かさんばかりに驚いた。

 早田次郎左衛門は最初に来た時に鮫皮作りの職人を伊平屋島(いひゃじま)に置いて帰った。五年後、伊平屋島に行った次郎左衛門は鮫皮作りが成功した事を知って喜んだ。その時、次郎左衛門は当時、イハチと呼ばれていたサミガー大主をヤマトゥ(日本)に連れて行った。手花部に寄ったイハチは若ヌルと出会って仲良くなったが、若い二人はお互いの気持ちを打ち明ける事ができずに別れた。一年半が過ぎてヤマトゥから帰って来たイハチは若ヌルに自分の気持ちを打ち明け、二人は結ばれた。若ヌルは跡継ぎの娘を産んだが、その後、二人が会う事はなかった。

「曽祖父は若ヌルが娘を産んだ事を知っていたのですか」とサスカサは聞いた。

「次郎左衛門様が話したはずです。娘に会いたかったようですが、馬天浜で鮫皮を作っていたサミガー大主様は奄美大島(あまみうふしま)まで来る事はできませんでした。夏に来たら冬まで帰れませんからね。次郎左衛門様が来なくなって息子の三郎左衛門様が来るようになりましたが、三郎左衛門様も娘の成長を話しているはずです」

「わたしの祖父もサグルーと呼ばれていた若い頃に三郎左衛門様と一緒にヤマトゥに行きましたが、その時、ここに寄ったのですか」

「母から聞いています。わたしが生まれる前の年にサグルー様はここに寄ってからヤマトゥに行き、わたしが生まれた年に帰って来たそうです。母が姉だと知ってサグルー様は大層驚いたようです」

「えっ、祖父は知っていたのですか‥‥‥わたしの父も三郎左衛門様と一緒にヤマトゥに行っています。父はサハチといいますが、父もここに寄ったのですか」

「寄ってはいません。赤木名に名和(なわ)五郎左衛門様が来てから、三郎左衛門様はここには寄らなくなりました。詳しい事はわかりませんが、つまらない争い事は避けるべきだと言っていました。その頃の三郎左衛門様は名和五郎左衛門様と一緒に大宰府(だざいふ)におられた『将軍宮(しょうぐんのみや)様(護良親王)』に仕えておりましたが、対立していたのかもしれません。三郎左衛門様は今も琉球に行っているのでしょうか」

「三郎左衛門様はお亡くなりになって、今は息子の新五郎様と孫の六郎次郎様が毎年来ています」

「そうでしたか‥‥‥サスカサ様は中山王(ちゅうざんおう)(思紹)のお孫さんだと聞いておりますが、もしかしたらサグルー様が中山王なのですか」

「そうなのです。ヤマトゥ旅から帰った祖父は馬天浜の近くにグスクを築いて『佐敷按司』を名乗りました。わたしが生まれる前の年に祖父は父に按司の座を譲って隠居しますが、無人島で密かに兵を育てていて、十年後に中山王(武寧)を倒して中山王になったのです」

「そうだったのですか。母は九年前に亡くなってしまいましたが、母が聞いたらきっと喜ぶと思います」

「今まで中山王のお船はこの島に寄れませんでしたが、これからは寄れます。きっと、祖父はお墓参りに来ると思います」

 ヤマトゥに行った祖父は帰りに必ず、ここに寄るだろうとサスカサは思った。

「中山王がここに来るなんて‥‥‥」と言って手花部ヌルは首を振った。

「中山王とは名乗らず、お忍びで来ますよ」とサスカサは言って笑った。

 マキビタルーはサグルー(山グスク大親)とマウシ(山田之子)と仲良く酒を飲んでいた。サスカサと結ばれたマキビタルーは俺たちの弟だから奄美の平定を手伝えとサグルーは言っていた。サスカサとしても今後、マキビタルーが行動を共にしてくれれば嬉しい事だった。

 翌朝、サスカサたちは奄美ヌルと手花部若ヌルの案内で、アマンディーに向かった。手花部若ヌルは湯湾(ゆわん)若ヌルと阿室(あむる)若ヌルと同い年で、久し振りの再会を喜び、一緒に行くと言ったので、手花部ヌルは若ヌルに案内役を任せていた。

 サスカサ、シンシン(今帰仁ヌル)、ナナ(クーイヌル)、タマ(東松田若ヌル)、ミナ(志慶真ヌル)、サスカサの弟子になった五人の若ヌル、湯湾若ヌル、阿室若ヌルと腰に刀を差したサムレー姿の女たちがぞろぞろと歩いていたので、道ですれ違う島人(しまんちゅ)たちは何事だと驚いていた。

 赤木名からアマンディーまで半時(はんとき)(一時間)ほどで着いた。

 アマンディーの(ふもと)にマジニが使用していた小屋があったので一行は一休みした。全員が入れるほど広い小屋ではないので、若ヌルたちは小屋の近くにあるガジュマルの木陰で休んだ。

「マジニ様のために父が建てたのです」と奄美ヌルがサスカサに言った。

 昨夜の歓迎の宴で色々と話を聞いてわかったが、奄美ヌルは徳之島(とぅくぬしま)若ヌルと同い年の十五歳で、今年の正月に『ハッキナ姫』のウタキ(御嶽)で儀式をして奄美ヌルになったという。奄美ヌルの指導をしていたマジニは役目を終えて鬼界島(ききゃじま)(喜界島)に行ったらしい。

「ここで寝泊まりしてお山の上のウタキにお祈りに出掛けました。でも、万屋(まにや)にグスクができると、そちらにヌルのお屋敷ができたので、この小屋で寝泊まりする事はなくなりました」

 万屋グスクの事は昨夜、奄美按司から聞いていた。湧川大主(わくがーうふぬし)(攀安知の弟)が鬼界島攻めに使っていたグスクで、サスカサたちに宿泊施設として利用してほしいと言っていた。

「マジニさんはここに泊まって何度もお山に登っていたのね?」とサスカサは奄美ヌルに聞いた。

「『カサンヌ姫様』から鬼界島の事を色々と聞いていたようです。でも、湧川大主様が鬼界島を攻めていたので、マジニ様はとても悩んでいました」

「マジニさんは湧川大主に鬼界島攻めをやめさせようとしたの?」

「やめさせようとしましたけど無駄でした。でも、鬼界島攻めに失敗した湧川大主様は毎日、お酒を飲んでいました:けど、マジニ様の介抱で立ち直って、マジニ様の願いを聞いて鬼界島攻めをやめました。その時から、湧川大主様は急に人が変わったかのように穏やかになりました」

「湧川大主が変わったの?」

「いつも怖い顔をしていて近寄りがたかった湧川大主様が、島の若者たちを集めて一緒にお酒を飲んで騒いだり、武当拳(ウーダンけん)を教えたりしていました。笑顔なんて滅多に見た事なかったのに、いつも楽しそうに笑っていました」

 サスカサたちは不思議に思いながら奄美ヌルの話を聞いていた。

 小屋から少し登った小高い山が『アマンディー』で、樹木が生い茂った山頂に『カサンヌ姫』のウタキがあった。樹木は生い茂っているがウタキから『カサンウディー』の山頂は見えた。カサンヌ姫の屋敷があった頃はこんなにも樹木はなかったのだろう。

 サスカサたちはウタキの前に並んでかしこまり、お祈りを捧げた。

「『瀬織津姫(せおりつひめ)様』を連れて来てくれて、ありがとう」と神様の声が聞こえた。

「『瀬織津姫様』をお連れしたササ(運玉森ヌル)はおめでたで、ここには来られませんでしたが、シンシンとナナがササと一緒に瀬織津姫様を探し出しました」とサスカサが言った。

「『スサノオ様』から聞いたわ。ササの跡継ぎが生まれたのね。おめでとう。瀬織津姫様がいらしたお陰で、『カサン姫様』の事も『アマン姫様』の事もわかったのよ」

「『カサンヌ姫様』ですね。『アマン姫様』の事を教えてください」

「瀬織津姫様とスサノオ様は『アマン姫様』の声が聞こえたけど、わたしには聞こえないのよ。『カサン姫様』にも聞こえなかったわ」

「えっ、どうして聞こえないのですか」

「カサン姫様もわたしも瀬織津姫様の妹の『知念姫(ちにんひめ)様』の子孫なの。『アマン姫様』の子孫じゃないから聞こえないのよ」

「瀬織津姫様とスサノオ様はどうして聞こえるのですか。瀬織津姫様は『アマン姫様』の子孫なのですか」

「『アマン姫様』は六代で絶えてしまったので子孫はいないわ。瀬織津姫様は初めてヤマトゥに行く時、『五代目のアマン姫様』のお世話になっているの。そして、十七歳だった『六代目のアマン姫様』を連れてヤマトゥに行ったのよ。瀬織津姫様と六代目のアマン姫様は強い絆で結ばれたので、亡くなった後も瀬織津姫様は六代目アマン姫様の声が聞こえるし、瀬織津姫様の子孫のスサノオ様も聞こえるのよ。勿論、瀬織津姫様の子孫なら誰でも聞こえるというわけじゃないのよ。スサノオ様のように高いシジ(霊力)を持っていなければ聞こえないわ」

「声が聞こえないのに、どうして『アマン姫様』の事を知ったのですか」

「瀬織津姫様がスサノオ様と一緒にヤマトゥにお帰りになる時、『アマン姫様』は一緒にヤマトゥに行ったのよ。その時、『カサン姫様』も一緒に行って、瀬織津姫様からアマン姫様の事を色々と聞いたらしいわ。わたしはカサン姫様からアマン姫様の話を聞いたというわけなのよ。詳しい事はカサン姫様に聞いたらいいわ」

 十二歳で鬼界島から奄美大島に来て、『ヤン姫』のもとで修行して、ヤン姫の跡を継いで『カサンヌ姫』を名乗った。『カサンウディー』に登って古いウタキを見つけ、遥拝所の『アマンディー』に屋敷を建てて『カサンウディー』を見守っていたという話を聞いて、サスカサたちはカサンヌ姫と別れてカサンウディーに登った。

 険しい場所もなく山頂は思っていたよりも近かった。鬱蒼(うっそう)とした樹木に囲まれた広場は霊気が漂い、向かい合う形で古いウタキが二つあった。南側のウタキが『アマン姫』で北側のウタキが『カサン姫』だという。アマン姫のウタキの方が古く、苔むした岩を囲んで小さな石が五つ並んでいた。

「わたしは祖母の指導でヌルになりましたが、祖母はわたしが十五の年に亡くなってしまいました」とアマン姫のウタキを見ながら手花部若ヌルが言った。

「祖母が亡くなってしばらくして、わたしは曽祖母の声が聞こえるようになりました。曽祖母はわたしが生まれる前年に亡くなっていたので会った事はありませんが、その声は懐かしく聞こえました。わたしは曽祖母の声に従ってここに来て、ウタキの前でお祈りをしました。祖母と一緒に何度も来てお祈りを捧げていましたが、当時のわたしには何も感じられませんでした。でも、その時は神様の存在を感じる事ができたのです。そして、今年の正月、母と一緒にここに来て、いつものようにお祈りを捧げたら、突然、『カサン姫様』の声が聞こえて驚きました。わたしも母も祖母も曽祖母も、あのウタキはカサン姫様のウタキで、もう一つはカサン姫様の跡を継いだ何代目かのカサン姫様のウタキだろうと思っていたのです。カサン姫様がいらっしゃる前に『アマン姫様』がいらっしゃったなんて初めて知りました」

 サスカサたちは最初に『カサン姫』のウタキにお祈りをした。

「クル(手花部若ヌル)が言ったように、『瀬織津姫様』のお陰で、『アマン姫様』の事を知る事ができたわ。ササにはとても感謝しているわ」と神様の声が聞こえた。

「『カサン姫様』ですね。カサン姫様が『ユワンウディー(湯湾岳)』からこのお山にいらした時、このお山は『アマンウディー』と呼ばれていたのですか」とサスカサは聞いた。

「そうなのよ。『アマミク様』と『シニレク様』がこのアマンウディーお山に降臨していらしたという伝説があったわ。琉球の『ミントゥングスク』のように『アマミキヨ様』と『シネリキヨ様』の伝説があったのよ。『アマン姫様』の事はわからなかったけど、琉球からいらしたアマミキヨ様の子孫とこの島にいらしたシネリキヨの子孫がこのお山で結ばれたに違いないと思って、わたしは大切に守ってきたのよ」

「その時、遥拝所の『アマンディー』もあったのですか」

「あったわ。このお山は神聖な場所としてヌルしか入れなかったので、島人たちは遥拝所のアマンディーでお祈りしていたのよ」

「それで『アマンディー』の名前はそのまま残って、『アマンウディー』は『カサンウディー』に変わったのですね」

「わたしが亡くなってから『カサンウディー』って呼ばれるようになったわ。でも、昔のように『アマンウディー』に戻してもかまわないのよ」

「お山の名前はそう簡単には変えられません。島人たちが『カサンウディー』って呼んでいるのなら、それでいいと思います。きっと、『アマン姫様』も怒らないと思います。カサン姫様はアマン姫様と一緒に瀬織津姫様に従ってヤマトゥに行っていらしたと聞きました。ずっと一緒に旅をしてもアマン姫様の声は聞こえなかったのですか」

「聞こえないし、お姿も見えなかったわ。瀬織津姫様はアマン姫様のお姿もお見えになったのよ。アマン姫様にはわたしの姿も見えて、声も聞こえたらしいわ。でも、アマン姫様の声はわたしには聞こえないのよ」

「えっ、アマン姫様はカサン姫様の声が聞こえるのですか」

「わたしだけじゃないわ。カサンヌ姫の声も聞こえるし、きっと、あなたたちの声も聞こえるんだと思うわ」

「瀬織津姫様の子孫で高いシジを持っていれば、アマン姫様の声が聞こえるとカサンヌ姫様から聞きましたけど、ヤマトゥの神様でアマン姫様の声が聞こえた神様はいらっしゃいましたか」とナナが聞いた。

「瀬織津姫様の娘さんたちは皆、聞こえたわよ。孫の『伊予津姫(いよつひめ)様』は再会を喜んでいたわ」

「えっ、伊予津姫様はこの島に来た事があるのですか」

「琉球に行く時にこの島に寄って、アマン姫様のお世話になったって言っていたわ」

 伊予津姫様が琉球に行った事は聞いていたが、この島に寄ったのは知らなかった。でも、よく考えてみれば、当時の舟は丸木舟なので、あちこちの浜辺に寄らなければ琉球には行けなかった。トカラの宝島から一気に奄美大島まで来て、赤木名か手花部で一休みして、西海岸を南下して行ったに違いなかった。

「一緒にお酒を飲んだけど、伊予津姫様はとても強かったわ。アマン姫様も強かったけど、わたしにだけお姿が見えなかったのは残念だったわ」

「わたしたちも伊予津姫様と一緒にお酒を飲みました」

「聞いたわよ。とても楽しかったって伊予津姫様も言っていたわ」

 カサン姫が『玉依姫(たまよりひめ)』と『トヨウケ姫』にも会ってきた話を聞いてから、サスカサたちは『アマン姫』のウタキに向かった。

「『瀬織津姫様のガーラダマ(勾玉)』を身に付けているササ(ねえ)なら『アマン姫様』の声が聞こえるかもしれないわね」とサスカサが言った。

「今度、ヤマトゥに行く時にここに寄って『アマン姫様』のお話を聞きましょう」とナナがシンシンに言った。

「その時はわたしも一緒に行きたいけど、マシュー叔母さん(安須森ヌル)が今帰仁(なきじん)に行っちゃったから無理ね」とサスカサは首を振った。

 『アマン姫』のウタキの前に(ひざまづ)き、サスカサたちはお祈りを捧げた。

 アマン姫の声は聞こえなくてもアマン姫にはこちらの声が聞こえるので、「この島をお守りくださってありがとうございます。これからもずっとお守りください」とサスカサは挨拶をした。

「歓迎するわよ」という神様の声が聞こえたのでサスカサは驚いた。

「今の聞こえた?」とサスカサは首を傾げながらナナとシンシンに聞いた。

 ナナは首を振ったが、シンシンは聞こえたと言った。

「わたしにも聞こえました」と志慶真ヌルが言った。

「どうせ、聞こえないだろうと思って独り言を言ったのに、どうして、あなたたちに聞こえるの?」と神様が言った。

「わかりませんが、わたしにははっきりと聞こえます」とサスカサが言って、

「わたしもはっきりと聞こえます」とシンシンが言って、

「わたしにも聞こえます」と志慶真ヌルが言った。

「わたしの声が聞こえるヌルがいるなんて信じられないわ。どういう事なの?」

「三人とも『伊予津姫様』の子孫だから聞こえるんだわ」とナナが言った。

「あなたたちは『伊予津姫』の子孫なの?」

「わたしと志慶真ヌルが伊予津姫様の娘の『安芸津姫(あきつひめ)様』の子孫で、シンシンは『吉備津姫(きびつひめ)様』の子孫です」とサスカサが言った。

「えっ、『吉備津姫』の子孫? あなたは唐人(とーんちゅ)なの?」

 シンシンが驚いて、「わたしは唐人です。『アマン姫様』は『吉備津姫様』を御存じなのですか」と聞いた。

「伊予津姫はわたしの生前に来たけど、娘の吉備津姫が来た時、わたしは亡くなっていたの。でも、吉備津姫はここに来てわたしに挨拶をしたわ。吉備津姫はわたしの声が聞こえたので、わたしは伊予津姫との思い出や瀬織津姫様の事を話してあげたのよ。それから二十年余りが経って、吉備津姫は大きなお船に乗って来たわ。前回に来た時、この島から宝島に渡る途中で嵐に逢って、何日も海の上をさまよった末に『閩越(ミンエチ)』という国に着いたらしいわ」

「ミンエチ?」とシンシンが聞いた。

「詳しい事はわからないんだけど、『(エチ)』という国が滅ぼされて、王様の一族が『閩江(ミンコウ)』まで逃げて来て、新しい国を造ったらしいわ」

「ミンコウとはどこですか」

「川の名前らしいわ」

「ミンコウ‥‥‥『閩江(ミンジャン)』ですね。閩江といえば福州(フージョウ)ですね。昔、福州にあった『閩越』という国に吉備津姫様は行ったのですね?」

「そうなのよ。積んでいた『シビグァー(タカラガイ)』が無事だったので、閩越の王様に喜ばれて、王様の側室になって二人の娘を産んだらしいわ」

「えっ、吉備津姫様は王様と結ばれたのですか」

「賢くて勇敢で、お酒好きな可愛い娘だったからね。立派な御殿(うどぅん)で暮らしていたんだけど、娘たちも大きくなったので、また海に出たくなって琉球を目指して、この島に着いたのよ」

「ここまで来たのにヤマトゥには帰らなかったのですか」

「みんなが心配しているから、一度帰りたいって言っていたけど、『閩越』のためにシビグァーの交易をしなければならないって言っていたわ。閩越からこの島に来たのは一度きりだけど琉球には何度も行っていたようだわ」

「もしかしたら『閩越』ではシビグァーが(じに)の代わりに使われていたのですか」

「そうらしいわね」

 『吉備津姫』を調べるために明国(みんこく)(中国)に帰らなければならないと思っていたが、広い明国のどこを探したらいいのか見当もつかなかった。まさか、奄美大島で吉備津姫の消息がわかるなんて思ってもいなかった。シンシンはアマン姫に出会えた事に言葉で言い表せないほど感激していた。

「瀬織津姫様と一緒にヤマトゥに行った時、伊予津姫様と会って吉備津姫様の事を教えたのですか」

「教えたわ。吉備津姫が生きていてよかったって、伊予津姫はとても喜んで、みんなでお祝いのお酒を飲んだのよ。その時、あなたの事も聞いたけど、まさか、この島に来るなんて思ってもいなかったわ」

「吉備津姫様がいらした頃の琉球には知念姫様のお孫さんがいたのですか」

「孫の『垣花姫(かきぬはなひめ)』は亡くなって、曽孫の垣花姫がいたのよ」

「垣花姫様が吉備津姫様とシビグァーの交易をしていたのですね。吉備津姫様は馬天浜に来たのですか」

「その頃はまだ馬天浜はないのよ。今の国場川(くくばがー)の辺りで島は切れていて、西方(いりかた)から来た吉備津姫は島と島との間を抜けて東方(あがりかた)に出て、須久名森(すくなむい)の浜辺で交易をしたのよ。」

「『スクニヤ浜』ですね。『スクニヤ姫様』からお聞きしました」

「会った事はないけどスクニヤ姫の事は聞いているわ。吉備津姫が『閩越』から来た頃は二代目のスクニヤ姫と交易をしたんだと思うわ」

「国場川で切れていた島はいつ、今のようにつながったのですか」とサスカサが聞いた。

「スサノオが来た頃にはつながっていたから三百年くらいを掛けて少しづつ海面が下がっていったんだと思うわ。この島も赤尾木(ほーげ)の所で切れていたのよ。赤尾木から南が『アマンの大島』と呼ばれていて、こっちは『口ぬ島』って呼ばれていたわ。カサン姫が来て、『カサンヌ島』って呼ばれるようになったのよ。カサンヌ姫が来た時はもうつながっていて、鬼界島ではこの島全体を『カサンヌ島』って呼んでいたのかもしれないわね」

「『閩越』という国で王様の側室になられた吉備津姫様は閩越では何と呼ばれていたか御存じですか」とシンシンが聞いた。

「『倭夫人(ワフニン)』と呼ばれているって言っていたわ。当時はまだヤマトゥの国はなかったからヤマトゥに住んでいる人たちとアマンの島々に住んでいる人たちはみんな『倭人(ワニン)』と呼ばれていたみたいね」

「『ワフニン』ですか。それがわかれば探し出せると思います。必ず、明国に行って『吉備津姫様』の事を調べます。今まで、何の手がかりもなかったのに、『閩越』という国の王様の側室だった事と名前もわかりました。本当にありがとうございます」とシンシンはお礼を言った。

「あなたが明国に行く時はわたしも行くわ。わたしも吉備津姫に会いたいわ。今まで、わたしの声が聞こえるヌルがいなくて退屈していたのよ。急に三人も現れるなんて信じられない事だわ。この島に来た時は必ず寄ってね」

 アマン姫と別れてカサン姫のウタキに戻ると、話を聞いていた『カサン姫』は驚いていた。

「あなたたちが『伊予津姫様』の子孫だったなんて‥‥‥そして、『アマン姫様』の声が聞こえるなんて‥‥‥」

 サスカサたちはカサン姫と別れ、手花部若ヌルの案内で眺めのいい場所に行って、鬼界島を眺めながら昼食を取った。

「サスカサとシンシンとミナがアマン姫様の声が聞こえたなんて驚いたわ」と『ユンヌ姫』の声が聞こえた。

「きっと、『アキシノ』にも聞こえるわね」

「わたしの母にも聞こえるのでしょうか」とサスカサがユンヌ姫に聞いた。

「アキシノを助けたんだから、きっと聞こえるわよ」

永良部(いらぶ)ヌル(前瀬利覚ヌル)もアキシノ様の子孫だから聞こえるわね」とナナが言った。

屋嘉比(やはび)ヌルも聞こえるわ」と志慶真ヌルが言った。

「ありがとう」と言う『アマン姫』の声がサスカサとシンシンと志慶真ヌルに聞こえた。

「わたしの声が聞こえるヌルがそんなにもいたなんて知らなかったわ。あなたたちが来てくれたお陰で楽しくなりそうだわ」

「琉球の首里(すい)グスクに瀬織津姫様を探し出したササというヌルがいます。きっと、アマン姫様の声が聞こえると思います」とサスカサが言った。

「わたしが案内したいけど、わたしにはアマン姫様の声が聞こえないから無理ね」とユンヌ姫が言った。

「あなたには聞こえなくても、わたしにはあなたの声が聞こえるわ。案内して」とアマン姫が言った。

 サスカサはアマン姫が言った事をユンヌ姫に教えた。

「わかりました。ご案内します」とユンヌ姫が言って、アマン姫を連れて行ったようだった。

「ササが驚くわね」とシンシンとナナが笑った。





赤木名グスク




アマンディー




アマンウディー(カサンウディー)




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