14
山道を歩いている昭雄。 行き止まりにぶつかり、首を傾げながら来た道を戻る。 草に隠れた細い道を歩いている昭雄。 辺りは暗くなりかけている。 道がなくなり、目の前に崖が現れる。崖の下を覗く昭雄、仕方なく、来た道を戻る。 夜になり、道もない森の中をさまよい歩く昭雄。 目の前を白い人影が通り過ぎた。昭雄は後を追って人影に近づく。 女である。白いギリシャ時代の着物のような物を着ている。 「ちょっと、すみません」と昭雄は声を掛けた。 振り返る女。ラーラである。ラーラが昭雄をからかおうと人間の姿をした妖精に化けている。 「道に迷ってしまったんですけど、月見村はどちらでしょうか?」 ラーラ、昭雄を上から下まで眺めてニコッと笑う。 「月見村はどちらか、ご存じありませんか?」 「あなた、人間?」とラーラはとぼけて聞いた。 「えっ?」 「人間なのね」 「ええ、人間ですけど、お化けにでも見えますか?」 「いいえ‥‥‥わたし、人間と話をするの、初めてなのよ」 「えっ? あなたは人間じゃないんですか?」 「ええ、わたしはこの山の精です」とラーラは白い服をなびかせて踊り出す。 どこから、ともなく静かに音楽が流れて来て、二人の回りを妖精たちが踊りだした。昭雄には何も見えないし、ただ風の音しか聞こえない。 「からかわないで下さいよ。月見村はどっちです?」 「さあ?」とラーラは昭雄にウィンクをした。 「あなたは何してるんです、こんな所で?」 「散歩よ」 「今頃?」 「そうよ、今日はいい天気じゃない。綺麗な三日月が出てるわ」 昭雄、三日月を見てからラーラの顔を見る。昭雄にはラーラの存在が理解できない。理解できないが彼女に興味がある。こんな夜、山の中を一人で散歩している女の人がいるわけがない。しかも、古代調の服を着て、自分は山の精だと言う。俺はキツネにでも化かされているんだろうか? ラーラは微笑を浮かべながら昭雄を見ていた。 「いつも、今頃、散歩してるわけ?」 「ええ、そうよ」 「月見村はどっちです?」 「知らないわ」 「あなたはこの山に古くからいるんでしょ?」 「そうね、そうかもしれないわ。でも、まだ、いないかもしれない」 「何言ってんです。あなたは気違いですか?」 「気違い? わたし、人間じゃないのよ」 「月見村は? 教えて下さいよ」 「月見村がどうしたの?」 「帰るんです」 「なぜ?」 「なぜって、そこに泊まるんです」 「なぜ?」 「別に理由なんてないですよ」 「それじゃあ、帰ったってしょうがないじゃない」 「あなたはどこに住んでるんです?」 「この山よ」 「山のどこ?」 「決まってないわ。どこでもいいのよ」 「なぜ?」 「理由はないわ」 「馬鹿な事、言ってないで教えて下さいよ。あなただって、これから家に帰って寝るんでしょう。僕はもう疲れてるんですよ。早く、宿に帰りたいんです」 「わたしには家なんてないわよ」 「それじゃあ、どこで寝るんです?」 「眠くなった所で寝るわ」 「へえ、毎日、野宿してるわけですか?」 「野宿? それが自然じゃないの? あなたはなぜ、帰る理由のない所にわざわざ帰らなければならないの? わたしには行く所はあるけど、帰る所なんてないわ」 「そういえばそうだけど‥‥‥」 「ところで、あなた、本当に人間なの?」 「さあね、人間である理由は別にないけど、やっぱり人間でしょう」 「不思議ね、あなたにはわたしが見えるのね?」 「見えますよ、頭の先から足まで‥‥‥でも、よく、そんな薄着で寒くないですね‥‥‥まさか、幽霊じゃないでしょう?」 「違うわ。幽霊は過去のもの。わたしは未来のものよ」 「未来?」 「あなたはきっと、わたしの先祖なのよ」 「よせやい、馬鹿馬鹿しい」 「それじゃあ、あなた、わたしの仲間が見える?」 「仲間?」 「ほら、あそこで踊っているでしょ」 「‥‥‥何もいないじゃないか」 「あなたの名前は?」 「自分から先に言えよ」 「わたしにはまだ名前がないのよ」 「記憶喪失にでもなったのか? 嘘ばかりつくなよ」 「ねえ、教えて」 「石山昭雄」 「イシヤマアキオ‥‥‥わかった。わたしのお爺さんよ、あなたは」 「あんた、やっぱり狂ってるな」 ラーラは片手を胸に当てて昭雄を見ている。 「あなたに面白いものを見せてあげるわ。ついてらっしゃい」とラーラは言うと山奥の方に歩き出した。 「何だい? 面白いものって」昭雄は立ったまま、ラーラの後ろ姿に尋ねた。 「何してるの? 怖いの? 早く来ないさいよ」 ラーラは後を振り返りもせず、さっさと歩いて行く。昭雄は彼女に吸い込まれるかのように彼女の後を追った。
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15
西の空に三日月がいる。 山の中の細道をラーラと昭雄が並んで歩いている。月の光で昭雄の影はできるがラーラの影はない。 昭雄はラーラの横顔を見た。彼女は何かを考えているような顔をしていた。 「あんた、頭はちょっとおかしいけど、わりと美人だね」 「ありがとう」とラーラはニッコリと無邪気に笑った。「あなた、奥さんを殺して来たんでしょ?」 「何言ってんだよ」昭雄には、とても彼女の話の飛躍にはついて行けない。 「俺はまだ独り者だよ」 「そう、まだ殺してないの」 「俺は気違いじゃないぜ。人なんか殺すわけないだろう」 「ところが殺すのよ」 「殺すわけない」 「あなたは奥さんを殺すの」とラーラは決めつけた。 「そうかい‥‥‥俺はあんたが殺したくなってきたよ」 「それは無理よ。わたしはまだ存在してないもの」 「俺の前に実際にいるじゃないか」 「あなたがいると思ってるだけよ」 「それじゃあ何か、俺はこんな山の中で一人芝居をしてるわけか? それじゃあ、まるで、俺は気違いじゃないか」 「そうかもね‥‥‥でも、もしかしたら、あなた自身も存在してないんじゃないの。ただ、いると思い込んでるから、いるだけなのよ」 「ふん」と昭雄は言うとラーラの肩を抱いた。 「やっぱり、ちゃんと存在してるじゃないか」 「あなたがいると思っている限り、わたしは存在してるわ」 「しかし、随分、冷たいな」 「人間じゃないもの」 昭雄は薄気味悪くなって、ラーラから手を離す。おびえたような目でラーラを見る。 「怖がらなくても大丈夫よ。あなたを食べたりしないから」とラーラは昭雄の肩にさわる。 「ちょっと待ってくれよ」と昭雄はラーラの手を払う。「本当に食べないでくれよ」 ラーラはニコニコしている。 「一体、俺をどこに連れて行くつもりだ?」 「血の池よ」
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