酔雲庵


インプロビゼーション

〜閉ざされた闇の中から〜

井野酔雲







01.なごり雪




 その年の三月は野球の話題で持ち切りだった。

 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第一回大会が行なわれたのだ。

 王監督率いる日本チームがどこまでやるのか、イチローがどんな活躍をするのか、誰もが期待の目をしてテレビ中継にかじりついていた。

 三月三日から日本が参加しているA組の試合が東京ドームで始まった。日本は中国に18対2と快勝、次の日も台湾に14対3と快勝して、五日に韓国と戦って2対3で敗れてしまうが、二位になって二回戦進出が決まった。

 アメリカ、カナダ、メキシコ、南アフリカのB組はメキシコが一位、アメリカが二位で二回戦進出。C組はプエルトリコとキューバ、D組はドミニカとベネズエラが二回戦進出となった。

 二回戦は二組に分かれ、A組の日本と韓国はB組のメキシコとアメリカと対戦する事になる。舞台を東京からアメリカ、カリフォルニア州のアナハイムに移して、十二日に日本対アメリカ、韓国対メキシコ戦が行なわれた。

 日本時間にして今朝の六時から日本対アメリカ戦が行なわれ、勿論、私も早起きしてコーヒーを飲みながらテレビ観戦をした。八回の表に西岡がタッチアップをして得点したのに、タッチアップが早すぎると判定されてしまい、日本はアメリカにサヨナラ負けしてしまった。

 くそったれめ、あんな判定があるものかと今日一日、気分が悪かった。依頼された仕事は思うように事が運ばず、おまけに、夕方からは雪が降って来て、寒い一日だった。ようやく調査は終了したが、もうくたくただった。

 日本対アメリカ戦の後に韓国対メキシコ戦があったのに見る事はできず、早く結果が知りたかった。

 事務所に戻ったのは七時を過ぎていた。

 暗く誰もいない事務所の明かりをつけ、暖房を入れると真っ先にパソコンのスイッチを入れた。

 まだ買って間もないパソコンなので起動も速い。これは本当にお買い得だった。買おうか買うまいか悩んでいたら、新製品が売り出されて、古い型の展示品が半額近くで買えたのだった。今まで騙し騙し使っていたパソコンとは大違いで、まことに使いやすかった。

 お気に入りのブラウザのスレイプニルでヤフー・スポーツを見ると結果はすぐにわかった。

 韓国がメキシコに2対1で勝っていた。それにしても韓国は強い。日本はすでに二敗しているのに、韓国は負け知らずの四連勝だ。

 明日は日本戦はない。韓国対アメリカ戦がある。どっちが勝っても、勝った方は準決勝に進むだろう。日本は明後日のメキシコ戦に負けるわけにはいかなかった。

 ふと電話を見ると留守番電話が入っているのに気づいた。どうせ、今回の依頼人の催促電話だろうと再生してみると、懐かしい声が聞こえて来た。

「日向さん、お仕事ですよ。お久し振りです。竹中冬子です。覚えていらっしゃいますか。至急、連絡お願いします」そう言って、携帯電話の番号を告げていた。

 本当に久し振りだった。前回、冬子に会ったのはいつだったろうか。

 冬子がパリに留学する前、『オフィーリア』で行なわれた送別会だったから、あれは確か、四年前の秋になる。

 いつ日本に帰って来たのだろう。まさか、パリからの国際電話ではないだろうな。パリまで来てくれというのなら行ってもいいが‥‥‥金持ちのお嬢さんで、気まぐれだから何を言い出すかわかりゃしない。

 冬子に初めて会ったのは彼女が美術大学に通っている頃で、長野オリンピックが開催されていた一九九八年の二月だった。田舎から出て来た妹の依頼で冬子を捜した。すぐに見つかり、冬子の縁で私は画家の藤沢静斎を知る事になる。冬子が大事に持っていた絵によって冬子の実の父親が静斎だとわかり、冬子は安アパートから静斎が用意したマンションに移った。美大を卒業して、しばらくアルバイトをしながら絵を描いていたが、四年前の秋にパリに留学した。一度だけ、イタリアのフィレンツェから絵はがきをもらった事がある。友達と美術館巡りをしていると書いてあった。

 今、どこにいるのだろうと思いながら、携帯電話の番号を押してみた。しばらくして、冬子の声が聞こえた。名前を名乗ると、

「あっ、日向さん。お電話、待っていました。お仕事です。すぐにこっちに来てほしいんです」と冬子は言った。

 相変わらずだった。三年半振りだというのに挨拶もなく、二、三日前に会ったような口振りだ。

「今日の俺はとても疲れているんだよ」と私は言った。

「お仕事、忙しいんですか」

「忙しいっていう程でもないが、今日は寒いし疲れたよ」

「それなら、すぐ来て下さい。こっちも雨が降っていて、ちょっと寒いけど東京よりはずっと暖かいですよ」

「『雨の朝パリに死す』って知ってるか」と私は聞いた。

「えっ、何ですか」

「昔の映画だよ。若き日のエリザベス・テイラーが出ていたんだ」

「それがどうかしたんですか」

「パリは雨が降っているんだろう」

「えっ、なに言ってるんですか。あたし、もう日本に帰っています」

「なんだ、パリじゃないのか。俺はてっきり、パリでルパンを捜すのかと思ったよ」

「ルパンて、ルパン三世の事?」と冬子は真面目に聞いてきた。

「ルパン三世は冬子じゃなくて、不二子だろう。俺が言ったのはフランスの怪盗、アルセーヌ・ルパンだよ。ルパン三世の祖父(じい)さんじゃないのか」

「へえ、そうなの」と感心している。

「いつ、帰って来たんだ」と私は聞いた。

「えーと、九日です」

「九日っていうと四日前か」

「そんな事はどうでもいいんです。すぐに来て下さい。今日は無理だから明日、必ず来て下さいね。必要経費は送ります。銀行口座を教えて下さい」

「ちょっと待ってくれ。俺はまだ仕事をするとは言ってないし、一体、今、どこにいるんだ」

「沖縄です」と冬子は当たり前のように言った。

「何だって? 何で沖縄にいるんだ」

「沖縄に親友がいるんです。日本に帰って来て電話をしたら、遊びに来てって言われて。東京は寒いから行ってみようって思ったんです」

「帰って来て、すぐに沖縄とは忙しいこったな」

「あたしの親友、上原みどりって言うんですけど」

「ああ、みどりちゃんか」と私は思い出した。

 上原みどりは冬子と同じ美大生で大学を卒業してから、しばらくの間、冬子のマンションで一緒に暮らしていた。一度、冬子に誘われて、みどりも一緒に静斎のビーチハウスに行った事があった。

「あら、みどりを知ってるの」と冬子は驚いたような声を出した。

「一緒に海水浴に行っただろう。俺をアッシー君に使ってな」

 冬子の笑い声が聞こえた。

「そうだったわね。知ってるなら話が早いわ。みどりの彼氏が行方不明なんです。今日一日捜し回ったんだけど、あたしたちじゃ見つからないの。お願い、彼氏を捜して」

「そう言えば、みどりちゃんは沖縄生まれだって言ってたな、その彼氏っていうのはいつから行方不明なんだ」

「昨日の昼過ぎです。あたしが沖縄に着いたのが昨日の二時頃で、みどりのアトリエがある名護まで行って、夕方、電話をしたら通じないんです。それからずっと電話は通じないわ」

「今日もダメなのか」

「ええ。電話は通じないし、自宅にも帰って来た気配はないし、車もどこに行ったのか見つからないんです」

「なるほど」と言って私は考えた。

 沖縄か‥‥‥沖縄には行った事がなかった。綺麗な珊瑚の海を見てみたいような気もするが、行ってみたら彼氏は見つかったという結末のような気がする。

「ねえ、お願い」と冬子は言った。

「飛行機代は持ってくれるのか」

「勿論ですよ。飛行機代にこっちの滞在費、それに調査費用もちゃんと払います」

「日本に帰って来たばかりなのに景気がいいな」

「帰って来る前にパリでバイトをしたから大丈夫です」

 冬子は力強く言うが心細かった。片道切符だけは払ってくれるだろうが、後は自腹のような気がする。

「ところで、静斎さんは元気なのか。二年前に奥さんの七年忌に会ったきり会ってないが」

「元気ですよ。あたしが沖縄に行くって言ったら、わしも後から行こうかって言ってました。本気かどうだか知らないけど」

「そうか、来ればいいのにな」

「父に会いたいんですか」

「沖縄の海を眺めながら、一緒に飲むのもいいと思ってね」

 私は冬子に口座番号を教え、行く前に連絡すると言って電話を切った。

 私の事務所の壁には二つの油絵が飾ってある。一つは静斎が描いた山の神、菊理媛(くくりひめ)で、もう一つは冬子が描いた私の肖像画だ。

 静斎の絵は神話シリーズの一つで、以前は暗い感じの絵が多かったが、十年位前から明るい雰囲気に変わり、この『菊理媛』は明るい感じになった初期に描かれたものだった。

 冬子の絵は冬子独特の感性で描いた肖像画で、私だと言われればそんな気もするが、私以外の誰だと問われると、やはり、私だろうと思ってしまう不思議な絵だった。パリに行って画風がどんな風に変わったのか楽しみだ。数々の名画を目にして、あの独特な感性を失わないといいのだが‥‥‥

 私はパソコンをシャットダウンして事務所をあとにした。

 外はまだ雪が降っていた。なごり雪というやつか。

 私はトレンチコートの襟を立てて、汚れっぱなしのカムリに乗り込んだ。




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