〜閉ざされた闇の中から〜
22.犯行に使われた車
昨日、夕食の時、中山が使用していたレンタカーを調べようという事に決まったが、瑠璃子が与那覇警部に電話をしたら、レンタカーの事は警察に任せてくれと言われた。警察でも中山の事はマークしていて、行方を捜しているという。昨日の夜、東京から警視庁の特別捜査本部がやって来たので、捜査は強化され、空港やフェリー乗り場の警戒も厳重になり、 今朝、いつものようにスヴニールホテルのロビーに集まって作戦会議を行ない、レンタカーの事は警察に任せて、以前のように、真一が見つけたガマを捜そうという事に決まり、第一外科壕に向かった。 第一外科壕は厳重に警備され、近づく事はできず、その周辺も大勢の警官が捜索していた。第一外科壕の南側の山城という所にもガマがいくつもあって、その辺を調べようと思って来たのだが、警察も同じ事を考えたらしく、すでに捜索を始めていた。 「私たちの出番はなさそうね」と瑠璃子が残念そうに言った。 まさにその通りだった。あの人数で捜し回れば、真一のガマを捜し出すのも時間の問題と言えた。 「轟の壕も警察がいるかしら」と奈々子が言ったので、一応、行ってみる事にした。 警察はまだいなかった。もしかしたら、何かがあるかもしれないと私たちは中に入った。昨日の麻里子と愛のように、私たちは上下のつなぎを着て長靴を履き、帽子をかぶって懐中電灯を持っていた。ここに来る途中で調達したのだった。 瑠璃子は緑色のつなぎ、美夏は赤、奈々子は黄色、冬子はオレンジで私は青だった。 麻里子と愛は島田早紀子の調査が終わったので、次の依頼人を待って事務所で待機している。遺体発見者の二人はあっという間に有名人になってしまい、事務所はマスコミ関係者が集まって来て仕事どころではないらしい。二人が美人だったから余計に騒がれ、事務所の宣伝のために二人はにこやかに応対しているという。 静斎は具合の悪いみどりと一緒にホテルに残っていた。 轟の壕の中はかなり広く、川が流れていて途中から引き返さなくてはならなかったが、行ける所はすべて調べてみた。残念ながらと言ったらいいのか、幸いと言ったらいいのか、何も見つからなかった。壕から出たのと同時に美夏の携帯の着メロが鳴った。冬子に聞いたらコブクロの『桜』だと教えてくれた。また、何かが起こったのかと皆が美夏に注目した。 「鹿児島県霧島市の山中で連続無差別殺人犯の車が発見されたそうです」と美夏は言った。 誰も驚いた顔をしなかった。美夏は話を続けた。「車の持ち主は中山淳一で、まもなく、指名手配されるだろうとの事です 「やっぱり、中山さんだったのね」と冬子がVサインを見せた。「あたしたちの推理が当たってたんだわ」 「やったね」と私がガッツポーズをすると、みんなが「イエー」と歓声を挙げた。 「新里刑事から?」と瑠璃子が聞いた。 美夏はうなづいた。 「一度位、デートしてやった方がいいんじゃないの」と瑠璃子が美夏を見ながら笑った。 「そうね、大事な情報源だもんね」と美夏も笑った。「でも、今、中山淳一はどこにいるのかしら」 「昨日の夕方の五時頃には恩納村にいた」と私は言った。「昨日の夜、どこに泊まったのかはわからないが、今朝から空港の警備は厳重になっている。本島からは出られないだろう」 「袋のねずみね」と冬子が言った。 「袋のねずみが最後の悪あがきをしなければいいんだがな」 「悪あがきって?」 「追いつめられて、近くにいる人を巻き添えにするかもしれないだろ」 「危険だわね」 「もしかしたら、どこかのガマに隠れているかもしれないわよ」と奈々子が言った。 「隠れているとすれば、真一さんが捜したガマに違いないわ」と美夏が言う。 「警察より先にそれを捜さなくちゃね」と瑠璃子は眼鏡の奥でウインクをして、車の所に戻ると地図を広げた。 地形図には瑠璃子が調べたガマの位置が詳しく書き込んであった。 「ねえ、手ぶらで入ったら危険よ」と奈々子が言うと、「そうね。武器が必要ね」と瑠璃子はうなづいてから、「この近くにウッカーガマっていうのがあるわ」と言った。 奈々子は赤のフィットの後ろのドアを開けると米軍払い下げのダッフルバッグから武器を取り出して、「これがいいかしら」と言った。 昔、カンフー映画で見た事はあるが、実際に見るのは初めてだった。 「両方とも沖縄空手で使う武器です。これがヌンチャク、こっちがトンファー」と奈々子は説明して、ヌンチャクの実演をして見せた。 「すごいねえ」と私は感心した。「女ブルース・リーだな」 瑠璃子はトンファーを手に取ると形を演じて見せた。 「カッコいい」と冬子が興味を持って、瑠璃子に、「教えて」と言った。 「狭い穴の中じゃあヌンチャクは危険ね」と奈々子はヌンチャクをバッグの中に戻し、トンファーを四本出して、みんなに配った。 私も瑠璃子の真似をしてトンファーを使ってみた。こいつは面白い武器だった。いつも持ち歩くわけにはいかないが、非常時には役に立ちそうだった。皆が一本づつトンファーを持って、私たちはウッカーガマに向かった。 ウッカーガマは国道を挟んで向こう側の少し歩いた所にあった。ガマの入口に鎮魂の碑があり、その周辺は古タイヤなどが捨てられてあった。まるで、ゴミ捨て場のように荒れていた。このガマは第二十四師団の第二野戦病院壕として使われ、 ガマの中に入ろうとしたら、今度は瑠璃子の携帯が鳴った。瑠璃子の着メロは懐かしい『チャーリーズ・エンジェル』のテーマ曲だった。与那覇警部からで、すぐに行くから待っていてくれとの事だった。 「警部は今、どこにいるんですか」と私は瑠璃子に聞いた。 瑠璃子は道路の向こう側を指差して、「轟の壕にいるみたい」と答えた。 「新里刑事からあたしたちがそこにいるって聞いたんじゃない」と美夏が言った。 与那覇警部はすぐに現れた。 「中山が 「何ですか」と私は聞いた。 「奴は昨日の朝、九時頃、ナハパレスをチェックアウトしている。奴は石垣島に行くと言っていたのは確かなんですね」 「はい」と私は冬子を見ながらうなづいた。「その事は竹中さんも聞いています。三日位は石垣島にいるだろうと言っていました」 警部はうなづいた。「石垣行きの昨日の便を調べたが、中山淳一の名はないんだ。勿論、船も調べたがない。昨日の夕方、リュミエールホテルの支配人の娘、大城美津子が行方不明になった。それも中山の仕業だとしたら、まだ本島にいる可能性はある。石垣島には何しに行くと言っていたんだ。何か用があったのか」 「さあ」と私は首を振った。「写真でも撮りに行ったんじゃないですか。そこまでは聞きませんでした」 警部はうなづいてから、私が持っているトンファーを見て、「そんな物を持って何をしてたんだ」と聞いた。 「護身用です」と奈々子が言って、トンファーをぐるぐる回した。「ガマの中に犯人が隠れていたら危険でしょ」 「成程な」と笑ってから、警部は真顔に戻って、「実はこれは内密な事なんだが、中山淳一は一月二十日に家族から捜索願が出されているんだよ」と言った。 「ええっ!」と私たちは驚いた。 「人を殺しちまったんで、親にも連絡せずに逃げているのかもしれんがね」 「中山は金持ちのお坊ちゃんなんですか」と私は聞いた。 「横浜の病院の 「鹿児島で見つかった中山の車ですけど、いつからそこにあったのかわかっているのですか」と瑠璃子が聞いた。 「車は山道から谷底に転落していたそうだ。まだ山菜の季節には早いんで、人もあまり入らなかったらしい。いつからあったのかはまだわからない。車内には車検証はなかった。ナンバープレートもはずしてあった。最初、誰かが廃車した車を捨てたんだろうと思ったそうだ。しかし、車内を見るとキャンピングカー仕様になっていて、荷物もいくつか残っていた。その中に野球帽があって、ローマ字で中山淳一って書いてあったんだ。その名前で調べたら捜索願が出されている事がわかった。事件性ありという事で、車を引き揚げて調べたら、車のサイドに『鈴木測量』と書いた形跡が見つかったんだ」 「何ですか。『鈴木測量』というのは」と私は聞いた。 「これも機密事項なんだが、例の殺人現場の周辺で何度か目撃されているんだ」 「へえ、中山は測量会社の職員を装っていたのか」 「そのようだ。山の中にいても怪しまれないからな。それだけでなく、決定的なのは 「科捜研が調べたんですね」と奈々子が言った。 「そうらしい。東京からそういう事の専門家が鹿児島に行ったんだろう。DNA鑑定もやると言っていたな。しかし、時間が掛かり過ぎた。車は十五日に発見されているんだよ。もう少し早くわかれば奴を捕まえられたのに残念だ」 「それでも、もう時間の問題です。手柄を立てて下さいよ」と瑠璃子が言った。 「東京の刑事なんかに負けないで下さいね」と美夏が言った。 与那覇警部は任せておけというように手を挙げて帰ろうとしたが、「ああ、そうだ。一応、確認してもらおうか」と内ポケットから写真がプリントしてある紙を出して私に見せた。 「誰です?」と私は聞いた。 「なに?」と警部は不思議そうな顔して言った。 「こいつが中山だろう」 まったくの別人だった。私たちが見た中山は健康そうな顔をした二枚目だったが、その写真の顔は貧相で、キツネが風邪をひいたような顔をした男だった。 「違います」と瑠璃子が言った。 「なに」と警部はもう一度言って、私たちの顔を見た。 私も冬子も首を振った。 「全然違います。この男は中山ではありません」 「何という事だ」と警部は独り言のように呟いた。 「ナハパレスのフロントにはまだ確認してなかったのですか」と私は聞いた。 「ナハパレスに行ったのは昨日だ。これが送られて来たのは今朝の十時だった。俺は朝からこっちにいたからな、こいつは糸満署で受け取ったんだ。多分、捜査本部がナハパレスに鑑識を送って奴が泊まった部屋を調べただろう。本部でも今頃は別人だと気づいたに違いない。しかし、まいったな。この写真は紛れもなく中山淳一だ。そうなると、この沖縄にいる中山は一体、誰なんだ」 「彼が泊まっていた部屋には昨日、他のお客さんが泊まっていたんじゃないんですか」と美夏が聞いた。 「多分な。でも、鹿児島の車から検出された指紋がその部屋で見つかれば、奴が 「あっ、そうか」 私は茫然としていた。奴が中山でないとなると本物の中山はどこにいるんだ。奴は何者なんだ。頭の中が混乱していた。 「あっ!」と冬子が叫んだ。冬子はポケットからデジタルカメラを出すと、スイッチを入れてボタンを押し始めた。 「あった」と言って警部にカメラのモニターを見せた。 「この人です。私たちが会った中山は」 「なに、本当か」と警部はモニターをじっと見つめてから私にも見せた。 それは十五日の夜、中山がホテルに帰って来た時の姿だった。冬子がいつこんな写真を撮ったのか、私はまったく知らなかった。 「こいつです」と私は言った。 瑠璃子も、「この男です」と言った。 「このカメラ、借りてもいいかな」と警部は言った。 冬子はうなづいた。 「お手柄だよ」と警部は笑った。「早く帰って知らせなくちゃな」 警部は早足で去って行った。 「あの写真、いつ撮ったんだ?」と私は冬子に聞いた。 「中山さん、いえ、違った。あの人が帰って来た時、日向さんはすぐに飛んで行ったでしょ。あの時、撮ったんですよ」 「どうしてまた撮ったんだ?」 「どうしてだろ。何となく、撮っておこうって思ったのね」 「好みのタイプだったのね」と美夏がニヤニヤした。 「違うわよ」と冬子は手を振った。 「とにかくお手柄よ」と瑠璃子がVサインをした。 「しかし、あの男は一体、何者なんだ?」 「何者だかわからないけど、中山淳一の名でレンタカーを借りていない事は確かですよ」と奈々子は言った。 「飛行機も別の名前で乗ればわからないわね」と美夏が言う。「そうなるともう本島から出て行ってしまったかもしれない」 「沖縄から出て行っちゃったかもしれないわ」と冬子が言って私を見た。 私はトンファーをぐるぐる回しながら奴が何者なのかを考えていた。 |
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