酔雲庵


インプロビゼーション

〜閉ざされた闇の中から〜

井野酔雲







26.アイドルを探せ




 飛行機から降りた途端に冬子の携帯が鳴った。着メロはシルヴィ・バルタンの『アイドルを探せ』だった。シルヴィ・バルタンは相変わらず、パリでは人気があるようだ。

 思った通り、静斎からの電話だった。冬子はこっぴどく怒られ、私は「何もしません」と八百万(やおろず)の神様に誓わなければならなかった。

「海外にいた時は何も言わなかったくせに、まったく、うるさいんだから」と冬子はぶつぶつ言っていた。

 レンタカーを借りる手続きをして、車に乗り込んだ時には外はすでに暗くなっていた。

 冬子が持って来たジョン・コルトレーンの『バラード』を聴きながら、鹿児島空港から九州自動車道に乗った。さらに指宿(いぶすき)スカイラインに乗り、谷川インターで降りて国道に出た。昼間なら桜島が見えるのだろうが、何も見えなかった。

 海岸沿いの国道を走って、八時半頃に池田湖にたどり着いた。湖のほとりにある池田湖パラダイスは真っ暗で人影もなかった。人の影はないが恐竜の影はあった。池田湖にはイッシーという恐竜が住んでいるらしい。

「湖の反対側よ」と冬子がパソコンを見ながら言った。インターネットは使えないが、空港で必要な地図をワードにコピーして張り付けたのだという。レンタカーにカーナビが付いていないので、その地図のお陰で迷わずに来られた。前田の家がどこにあるのかまでわかるので非常に助かった。私一人だったら、ここまでは来られても、前田上等兵の家を捜すのに苦労したに違いない。

 冬子の指示通りに進んで、三十分程で前田上等兵の家に到着した。家の前は狭い道なので、広い庭まで車を乗り入れた。

 家は真っ暗で、ひっそりとしていて、人のいる気配はなかった。

 車から降りて玄関のベルを押してみたが、返事はなかった。

 表札には前田博志、京子、直樹、優子と名前が並んでいた。

「出掛けているみたいね」と冬子が残念そうな顔をして首を振った。

 私はうなづいた。庭を見ると屋根付きガレージの中にトヨタのサーフが停まっていた。ガレージにはもう一台入れるようになっているが、もう一台はなかった。

「苦労して来たのに運がなかったみたいね。この時間にいなければ、帰って来るのは明日かも」

「ホテルに入って一杯やるか」と私は飲む真似をした。

「本場の薩摩焼酎を飲みましょうよ」と冬子は楽しそうに笑った。

「静斎さんには内緒だぞ」と言って、私は隣の家に向かった。冬子は付いて来た。

 隣の住人は帰っているようだ。家には明かりがつき、確かに人の気配があった。私はドアのベルを押した。

 家の中から返事が聞こえ、玄関の戸が開いて、人のよさそうなお婆さんが顔を出した。

 私は夜分にすみませんと謝り、前田家の事を聞いた。

「待っていても誰も帰って来ませんよ」とお婆さんは言った。

 私と冬子は驚いて顔を見合わせた。

 お婆さんの話によると前田夫妻は去年の九月に交通事故に遭って二人とも亡くなってしまったという。酔っぱらい運転のトラックに追突されて即死だったらしい。一人息子は鹿児島市の農協に勤めていたが、両親が亡くなると仕事を辞めて帰って来た。喫茶店を始めるとか言っていたけど、結局はやらずに、一月の半ば頃、鹿児島市に戻ったらしくて、以後は空き家状態になっているという。

 息子がどこにいるのかはお婆さんは知らなかった。何も言わないで、知らないうちにいなくなっていたという。

 表札には四人の名前が書いてあった。博志と京子は亡くなった夫婦で、直樹というのが一人息子だろう。優子というのが誰だか気になったので聞いてみた。

「優子ちゃんは五歳の時に亡くなったんですよ」とお婆さんは言った。「そこの池田湖で事故にあったんです。直樹ちゃんと二人で夏休みに水遊びをしていて、溺れちゃったみたいです」

「そうだったのですか。お祖父さんとお祖母さんももういないのですね」と聞くと、お婆さんはうなづいた。

「お祖父さんも池田湖で事故にあって亡くなりました。もう二十年近く前です。お祖母さんの方は去年が七年忌だったんですけど、そろどころじゃなくて、やらずじまいでしたよ」

「そうでしたか。待っていても無駄みたいですね」と私は苦笑した。

「あの、どのような御用だったのですか」とお婆さんは聞いた。

 沖縄戦の事を聞きに来たのですと言ったら、お婆さんはきょとんとした顔をして私たちを見ていた。

 私たちはお礼を言って、お婆さんと別れ、車の所に戻った。

「まいったねえ」と私は冬子に言って、タバコに火をつけた。「前田上等兵の息子さんが事故に遭って亡くなってしまったなんて思ってもみなかったな」

「最悪ね。これで何もかもわからなくなっちゃったわ。中山さんが来た時も誰もいなかったのかしら」

「一月の半ば頃から留守だって言ってたな」

「中山さんが萩にいたのは一月の十一日よ」

「孫の直樹に会ったかもしれないけど、孫が祖父さんの事を知っているかどうかは疑問だな。祖父さんは二十年も前に亡くなっているからな」

「そうね。孫同士で会ったとしても沖縄戦の真実は確かめられないわね」

 私は煙を吐きながら空を見上げた。曇っていて星は見えなかった。

「これからどうするの」と冬子は聞いた。

「鹿児島まで来て、何の収穫もなく帰るわけにはいかないな」

「息子さんを捜すの」

 私は冬子を見て、うなづいた。「中山さんと会ったかどうかを確認しなけりゃならない。と言っても、これからじゃ無理だな。明日にするか」

「鹿児島市に戻って農協に聞いたらわかるんじゃないの」

「そうだな」と言って私は車に乗った。

「寒い」と言って冬子も車に乗って来た。

 やはり、鹿児島は沖縄と比べたら寒い。タバコを消してエンジンを掛けたら、『アイドルを探せ』が流れた。また、静斎からだと私たちは顔を見合わせて苦笑いをした。

「もう、うるさいんだから」と言いながら冬子は電話に出た。案の定、静斎だった。冬子は今、どこにいるのか説明した。その後、私も出て、「絶対に冬子に手を出さない」と閻魔(えんま)様に誓わなければならなかった。手を出したら針を千本飲まされてから首を斬られてしまう。この調子だと明日の朝までに私は世界中の神様に誓わなければならなくなりそうだ。

 電話を切って、溜息をつくと私は車を動かした。道に出たら、向こうから車のヘッドライトが近づいて来た。私はバックして車が通り過ぎるのを待ったが、その車は前田家に入って来た。

 一体、誰が来たのだろうと見ていると車の後ろのドアが開いて、出て来たのはなんと与那覇警部だった。

 私は驚いて車の窓を開け、「警部、意外な所で会いますね」と声を掛けた。

「あれ、日向さんか。どうして、こんな所に‥‥‥」警部も驚いていた。警部と一緒にいるのは津嘉山刑事だった。運転して来たのは地元の刑事らしい。

 私は車から降りると、前田家は留守だと告げ、隣人から聞いた話を伝えた。

「成程、身内がみんな亡くなって、奴は天涯孤独の身となったわけだな」と警部は言って、車の中を覗き、冬子がいるのに気づくと軽く頭を下げた。

「しかし、昼間、轟の壕で会って、今、こんな所で会うとは驚いた。さすが、東京の探偵さんですな」

 警部はちょっといいですかと言って、後ろの席に乗り込んで来た。津嘉山刑事も反対側から乗って来た。

「どうしてここに来たのか教えてもらえませんか」と警部は言った。

 私は本物の中山が祖父の手記を持って、ここに来たのではないかと思い、前田さんから話を聞くつもりだったと説明した。

 警部はうなづいて、ポケットから写真を出して見せた。

「誰だかわかりますか」

 その写真は冬子が撮ったものではないが、偽物の中山が車に乗る所が写っていた。丁度、こちらを向いていて顔はよくわかる。車は白のセダンでわナンバーだった。

 私が答える前に、「こいつは十三日にリュミエールホテルに泊まっている」と警部は言った。「その時に使った名前は前田秀雄だ」

「前田秀雄?」と私は聞き返した。

「前田上等兵の名前だ」

「どうして、奴がそんな名前まで知っているんです」と私は言ってから気づいて、「もしかしたら、奴は前田上等兵の孫なんですか」と聞いた。

「それを確かめるために、こうしてやって来たわけだよ」

「その写真を撮ったのは誰なのですか」と冬子が聞いた。

「これは川上会長の孫が撮ったらしい。奴は前田上等兵がいつも口ずさんでいた『(きら)めく星座』という歌をホテルの前の海岸でトランペットで吹いていたそうだ」

「トランペット? 奴はトランペットを吹くんですか」

「そうらしいな。結構、うまかったと言っていた。それを聞いた川上会長が何者だと調べたら、前田秀雄という名で泊まっている事がわかった。会長は奴が前田上等兵の孫だとすぐにわかったという。面影が似ていたらしい。会長は以前、前田上等兵に強請(ゆす)られていた事があって、今度は孫が強請りに来たのかと思ったそうだ。それで次の日、自分の孫に命じて前田の後をつけさせた。うまくまかれてしまったようだが、写真を撮ったのはお手柄だったよ。奴が使っていたレンタカーを調べさせたら、奴の名が前田直樹だと判明した。奴がここにいるはずはない」

「奴が前田の孫だったのか」と私は言いながら、白梅同窓会の仲間さんが言っていた事を思い出した。前田上等兵は上原謙に似た二枚目だったと言っていた。奴は上原謙には似ていないが、その倅の加山雄三の若き日に似ていなくもない。

「奴が前田の孫だとすると、中山淳一も奴に殺されたのかもしれませんね」と私は言った。

 警部はうなづいた。「さっき、連絡があったんだが、前田が泊まったナハパレスの部屋からも、リュミエールホテルの部屋からも、前田が借りたレンタカーからも犯人(ほし)と思われる指紋は検出されなかったらしい。ホテルもレンタカーも奴が使用した後に掃除をしたろうし、さらに、別の客が利用してしまったからな、仕方がない。だが、この(うち)には絶対に奴の指紋はある。奴が犯行に使った中山の車に残っていた指紋と一致すれば、奴が真犯人(ほんぼし)だと断定できる」

 しばらくして、パトカーがサイレンを鳴らさずに静かに入って来た。近所の巡査だった。

 巡査によって写真の男は前田直樹だと確認された。巡査から聞いた話は隣のお婆さんから聞いた話と同じだった。ただ、池田湖の事故については、直樹の妹の事故死から四年位経って、祖父が事故に遭ったと言っていた。




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