誕生
六百年以上も前、その島にはまだ名前がなかった。 島の人たちは『 その島は鹿児島から南へおよそ六百キロの距離にあり、鹿児島から屋久島を目指して船出して、トカラ列島を右に見ながら奄美大島に行き、徳之島、 その海上の道は古く、縄文時代の頃から利用された。南の島々からイモガイ、ヤコウガイ、タカラガイなどの貝類がヤマトゥへと運ばれ、ヤマトゥからは装飾品の 伊豆大島に流された
すでにヤマトゥ 久し振りのいい天気で、青い空が広がっている。海も日差しを浴びてキラキラと輝いていた。それでも、海から吹きつける 歓声をあげている大勢の村人に混じって、ヤマトゥ船をじっと見ている老人の姿があった。年季の入った杖を突いて、白い髭を風になびかせ、威厳のある顔つきでヤマトゥ船を見つめていた。
すっかり日が暮れて、空には満月が輝いている。 月明かりの夜道をのんびりと歩いているのは先ほどの老人だった。時折、首を傾げながら、何か物思いにふけっているようだ。 風が吹いてきて、草木がざわめいた。 ふと顔を上げた時、老人の目に不思議な光が目に入った。山の中から白い光が天上へと向かっている。 「何事じゃ?」と老人は立ち止まって、しばらく光を見つめていた。 山火事か。いや、そうではなさそうじゃ。 誰かが 老人はその光に誘われるように山の中へと入って行った。 不思議な光だった。常に老人の前方に見えて、分かれ道に来ると曲がるべき道を教えてくれた。 やがて、 老人は首を傾げながら、不思議な石に近づいた。 突然、小屋の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。 老人はびくっとして肩を震わせた。 「誰かおるのか」と老人は小屋の中に声を掛けた。 返事はなかった。ただ、元気のいい赤ん坊の泣き声が聞こえるだけだった。 老人は意を決して、恐る恐る小屋の戸に手を掛けた。老人が戸を開けようとした時、「どなたでしょうか」と中から女の声が聞こえてきた。 老人はホッとした。マジムン(物の 「怪しい者ではない」と老人は言った。 「シチャ(志喜屋)の 戸が開いて女が顔を出した。どう見ても、この小屋とは不釣り合いな上等な着物を着た女だった。 「大主様‥‥‥」 狭い小屋の中には赤ん坊を抱いた娘がいた。どうやら、戸を開けたのは、その母親のようだった。 「そなたたちは、この小屋の住人なのか」と老人は聞いた。 女は首を振った。 「大主様、どうか、お助けください」 女はどうしたらいいのかわからないという顔をして、赤ん坊の方を振り返った。 老人も赤ん坊を見た。窓から入る月明かり、いや、不思議な石の発する光のお蔭で赤ん坊の顔は、はっきりと見えた。赤ん坊は泣いていなかった。 くりっとした目で老人を見つめて、右手を上げたかと思うと小さな指で天を指さした。 「なんと‥‥‥」 老人は小屋の中に入ると、赤ん坊に近づいて、じっとその顔を見つめた。 赤ん坊は嬉しそうに笑っている。 「うーむ。この子はただものではない」 そう言って、老人は赤ん坊を抱いている娘を見た。 娘の顔に見覚えがあった。 「そなたは 娘はうなづいた。 老人は娘と母親から事の成り行きを聞いた。 娘の名はミチ(満)といい、村一番と評判の美しい娘だった。父親は 赤ん坊の父親はサミガー(鮫皮) サミガー大主は二十年ほど前に北部の 鮫皮を作るためにエイを解体すると物凄い サミガー大主は鮫皮作りに適した場所を捜しながら、各地を転々として、ようやく、佐敷の馬天浜に落ち着いた。 馬天浜に移った翌年、ヤマトゥからの船がやって来た。サミガー大主は鮫皮と交換に、大量の鉄や陶器を手に入れて村人たちに喜ばれ、さらに、領主である あれから二十年が経った。 大グスク按司の保護のもと鮫皮作りの規模は拡大して、エイを捕るために各地からウミンチュ(漁師)たちが大勢集まって来て、佐敷は発展して行った。 十八歳になったサミガー大主の長男、サグルーは剣術の指導を受けるために美里之子の武術道場に通い始めた。それ以前も剣術の修行はしていたが、「自己流よりは、しかるべき師のもとで修行した方がいい」と父に言われて訪ねたのだった。そこでミチと出会い、お互いに 大グスク按司の孫とはいえ、サグルーの嫁になれば苦労するに決まっている。鮫皮作りの親方の妻として大勢の荒くれ男たちの面倒を見なければならず、そんな辛い目には遭わせたくない。ミチはしかるべき武将のもとへ嫁にやると決めていた。 ミチが妊娠して、その相手がサグルーだと知ると父親は怒り、絶対に許さんと言って、ミチを部屋の中に閉じ込めてしまった。ミチに会わせてもらえないサグルーは、ミチの妊娠も知らずに、もっと強くなってミチを迎えに来ると言って修行の旅に出た。半年前の事である。 ミチのお腹はだんだんと大きくなっていった。臨月になると母親は心配して、娘をサミガー大主のもとへ連れて行こうと決心した。幸い、父親は敵が攻めて来るかもしれないと サグルーがまだ帰って来ないのに、サミガー大主のもとへ行くのは 馬天浜のサミガー大主の屋敷に行く前に、もしかしたら、サグルーが 「この小屋はサグルーの修行小屋だったのか」と老人は改めて小屋の中を見回した。壁の隅に棒や木剣が立てかけてあった。 「わたしも小屋を建てる時、手伝いました」とミチは明るい声で言った。 「そうじゃったのか」と老人はうなづいた。 「大主様、どうしたらよろしいのでしょうか」と母親が聞いた。 「うむ」と老人は笑っている赤ん坊を見ながら、「この子はただの子ではない」ともう一度言った。 「将来、きっと大きな事を成すじゃろう。サミガー大主のもとに行って大切に育てるのじゃ。わしも一緒について行ってあげよう」 母親は安心したように、大きくうなづいた。 小屋を出て、ガジュマルの木の下にある石を見た時、それは光ってはいなかった。どこにでもありそうな普通の石だった。 老人が不思議そうな顔をして石を見ていると、「その石はサグルー様の神様なんです」とミチが言った。 「修行するための小屋を建てる場所を捜していた時、その石が光ったって言っていました」 「そなたもこの石が光るのを見たのか」と老人は聞いた。 ミチは首を振った。 「石が光るなんて信じられないけど、あの人がそう言うんだから、きっと光ったんだと思います」 老人はうなづいて、また、石を見つめた。 「わしは 「大主様も見たのですか」とミチは驚いて、不思議な石を見つめた。 「大切になさるがいい。サグルーが言ったように、この石は神様の 老人は母と娘を促して、小屋から離れた。 「ところで、その子は男の子なのか」 ミチは力強くうなづいた。 老人も満足そうにうなづいて、夜空を見上げた。 気のせいか、いつもより大きな満月が輝いていた。
その頃、赤ん坊の父親のサグルーは 強くなって帰って来ると言ったものの、あてがあるわけではなかった。旅に出て玉グスク(玉城)の城下に来た時、『シラタル(四郎太郎) シラタル親方は先代の 久高島は、佐敷の東にある 一月が経って、シラタル親方も根負けして、指導してくれるようになった。それは厳しい修行だったが、ミチをお嫁にもらうためだと歯を食いしばって頑張った。 シラタル親方には三人の子供がいた。一番上は長女のフカマヌル(外間ノロ)と呼ばれる美人で、次が長男のマニウシ(真仁牛)、次が次女のウミタル(思樽)だった。長女のフカマヌルはサグルーより三つ年上で、口うるさくて気の強い女だが、姉というものを知らないサグルーにとって、本当の姉のような気持ちで気兼ねなく接する事ができた。次女のウミタルは二年前に島を出て、 マニウシはサグルーより一つ年上で、共に修行に励んだ。今までシラタル親方は武術の事を子供たちに隠していたので、子供たちは父親の強さを知らなかった。突然のサグルーの出現によって、父親の正体がわかり、皆、驚いていた。 島に来て半年近くが経った頃、「わしのすべてをお前に授けた。あとはお前が自分で工夫する事じゃ」とシラタル親方は突然、言い出した。 「師匠、まだ 「極意か」と笑って、シラタル親方は右手を上げると 「これが極意じゃよ」 サグルーにはわからなかった。シラタル親方の真似をして掌で空を切ってみたが、何でこれが極意なのか、さっぱりわからなかった。 「わしはな」とシラタル親方は海を見ながら言った。 「二十年前の シラタル親方はそう言って、夜空を見上げた。 サグルーも空を見上げた。降るような星の中、神秘的な満月が輝いていた。 家に帰るとフカマヌルがいつになく強い口調で、「早くおうちに帰りなさい」と言った。 すべてを授けたとシラタル親方に言われても、まだまだ修行を積まなければ帰れないとサグルーは思っていた。師匠にしろ、フカマヌルにしろ、どうして急に追い出すような事を言うのか、サグルーにはわけがわからなかった。 「もうすぐ、あなたの子が生まれるのよ。早く帰って祝福しなさい」 「ええっ!」とサグルーは驚いて、フカマヌルの顔を見つめた。 「本当よ」 シラタル親方を見ると、優しい笑顔を浮かべてうなづいた。 次の日、サグルーは久高島を後にして、故郷へと向かった。 「今度来る時には、わたしの跡継ぎができているわ」とフカマヌルは謎めいた言葉でサグルーを見送った。
シチャの大主と名乗った謎の老人は、有名なトキだった。トキというのは 赤ん坊とミチはサミガー大主に歓迎されて、馬を飛ばして帰って来たサグルーも我が子と対面した。 サグルーとミチの子はサハチルー(佐八郎)と名付けられた。佐敷の佐と祖父サミガー大主の その頃、琉球にはまだ
佐敷苗代に すで物まもの 又もたい苗代に と『おもろさうし』にも歌われている。 |
尚巴志誕生の地
久高島