家督争い
まるで、前もって父親が亡くなるのを知っていたかのように、その日の夕方には、二百人の兵を率いて タブチは父親の重臣だった者たちを集めると、父親の跡を継いで タブチに反対して、出て行った重臣は一人もいなかった。 亡くなった山南王の 確たる理由もなく次男が跡を継げば、それは山南王だけでなく、重臣たちの身にも降り掛かってくる。自分たちの息子たちも家督争いを始める可能性が出てくるのだった。ここは長男のタブチに跡を継がせて、次男のシタルーに、その補佐をさせるのが一番いいだろうと重臣たちは意見をまとめ、生前、汪英紫から渡された遺言の書き付けをタブチに渡した。 タブチは満足そうに書き付けを受け取ると、その場で火を付けて焼却した。重臣たちを味方に付けたタブチは、順調に行っている事を神様に感謝した。あとはシタルーだけだった。何としてでもシタルーを説得して、 子供の頃は三人で仲良く遊んだものだった。父親が八重瀬按司を倒して、 父親が 五年後、父親は シタルーの留守中に山南王が亡くなり、跡を継いだ若按司は 次の日の十一月二十三日、タブチは父親の葬儀を行なった。弟のシタルーとヤフスは来なかった。 二十四日、豊見グスクのシタルーが二百人の兵を引き連れて、島尻大里グスクにやって来た。島尻大里グスクの 重臣たちの見守る中で、タブチはシタルーと会った。タブチは弟を説得した。頭のいい弟だから、筋道を立ててちゃんと説明すれば、わかってくれると思っていた。しかし、シタルーはうなづかなかった。シタルーは父親の遺言書を盾に、自分が跡を継ぐ事の正当性を主張した。 弟がすっかり変わってしまった事にタブチは気づいた。明国に留学して、自分が特別な人だと思い込み、『ハーリー』を催して各地の按司たちに褒められ、自分を見失い、思い上がってしまったようだった。重臣たちの説得にも耳を貸さず、自分の思い通りにならない事に怒り狂って帰って行った。 タブチは重臣たちと相談して、中山王に使者を送った。中山王の妻はタブチの姉だった。シタルーの姉でもあるが、山南王の家督争いに介入しないようにとお願いした。さらに、中山王の弟の その日は対陣するだけで、お互いに攻撃は仕掛けなかった。 城下では戦が始まると大騒ぎだった。荷物をまとめて逃げる人、グスク内に避難する人たちが大通りを行き交っていた。シタルーの兵たちは道を封鎖して、城下の人たちを皆、グスク内に追い込んだ。 午後になると島添大里按司のヤフスと 翌日からシタルーは総攻撃を開始した。しかし、兵力が少な過ぎた。グスク内には島尻大里の兵三百人と八重瀬の兵二百人の計五百人が守っているのに対し、攻めるシタルーの兵は三百人だった。三百人の兵ではグスクを包囲する事もできず、近づけば弓矢を射られるので、まともな攻撃も仕掛けられなかった。 重臣たちが兄のタブチを支持した事は、シタルーにとって予想外な事だった。父親が生きていた頃、重臣たちは父親の願い通りに自分を支持していたはずだった。それなのに、父親が亡くなった途端に考えを変えて、シタルーを裏切った。兄に先手を取られて島尻大里グスクを占拠されたが、遺言書があれば兄を追い出せると思っていた。まったくの誤算に、シタルーは自分を見失う程に怒りが心頭に達していた。 サハチのもとにはウニタキの配下の者たちによって、島尻大里の様子が知らされた。サハチはウニタキの屋敷で、絵地図を見ながら状況を把握していた。ウニタキだけでなく、クマヌとファイチ(懐機)も一緒だった。 「今の所はタブチが有利じゃな」とクマヌが言った。 「中山王が出て来ますかね?」とサハチはクマヌに聞いた。 「中山王としては、シタルーが山南王になった方がいいと思っているはずじゃ。亡くなった山南王は抜け目がないからな、生前に、シタルーの事を頼んでおいたに違いない。必ず、攻めて来るじゃろう」 「タブチとシタルーが中山王を交えて争っている隙に、島添大里グスクを奪い取ればいいのですね」とサハチは言って、三人の顔を見回した。 「すぐに決着はつかんとは思うが、早いうちにキラマ(慶良間)の兵の移動をした方がいいぞ」とクマヌが言った。 「師匠(サハチの父)には知らせました。まもなく、顔を出すでしょう」とウニタキが言った。 二十六日、 タブチから出陣要請が来たに違いないと思いながら、サハチは糸数に向かった。 島添大里グスクを攻撃してくれとのタブチからの要請だった。 それはサハチが思ってもいなかった要請だった。島尻大里を攻めているシタルーを攻めろ、という要請だと思っていた。そうだった場合、弟のマサンルーを大将にして送り出し、島尻大里で合戦が続いているうちに、島添大里グスクを攻め落とそうと思っていた。東方の按司たち全員が島添大里グスクを攻めるとなると、島添大里グスクを落とすわけにはいかない。もし、落城してしまえば、一番手柄を上げた者が手に入れる事になる。サハチが手柄を上げる確率は極めて低い。誰が手に入れるにせよ、東方の按司が島添大里按司になってしまうと、もう攻め取る事もできなくなってしまう。何とかしなくてはならなかった。 佐敷に帰り、待っていたクマヌとファイチを伴って、ウニタキの屋敷に行くと父とヒューガの姿があった。 ヒューガに会うのは八年振りだった。真っ黒に日焼けしたヒューガは、見るからに海賊のお頭といった雰囲気が漂っていた。 「師匠、お帰りなさい」とサハチが言うと、ヒューガも父も笑ってうなづいた。 父の顔を見て、キラマの島では、父が『師匠』と呼ばれている事を思い出した。 「いよいよじゃのう」と父が言って、「忙しくなりそうじゃな」とヒューガが言った。 「それが、もう少し様子を見た方がよさそうです」とサハチは首を振った。 絵地図を囲んで六人が丸くなって座ると、サハチは三日後の島添大里グスク攻撃を皆に伝えた。 「そいつはうまくないのう」と父が言って、腕を組んだ。 「どうして、島添大里を攻めるんじゃ?」とクマヌが腑に落ちないといった顔で言った。 「豊見グスクを攻めろというのならわかるが、島添大里を攻めてヤフスを押さえたって、どうしようもないじゃろうに」 「いや、そうとも限らんぞ」と父が絵地図を見ながら言った。 「東方の按司たちが豊見グスクを攻めれば、ヤフスが東方を攻めるじゃろう。そうなると、東方の者たちは本拠地が危ないと戻らざるを得なくなる。それならば、初めから島添大里を攻めさせた方がいいと思ったんじゃろう」 「東方の按司が全員で攻めるとなると、落とすわけにはいかんな。ヤフスに踏ん張ってもらわんとならんのう」とクマヌが言った。 「トゥミに知らせないといけませんね」とウニタキが言った。 「東方の按司たちが攻めている間は動くなと」 「そうじゃな。早く知らせた方がいい」と父が言った。 「グスク内に火を掛けられたら落城してしまう」 ウニタキはうなづくと部屋から出て行った。 「どうしますか」とサハチは父に聞いた。 「このままでは、島添大里グスクは落とせませんよ」 「なに、心配はいらんよ」と父は平気な顔をして言った。 「この十年間、島添大里グスクを攻めるための作戦を何通りも練って来たんじゃ。戦は動く。必ず、好機が訪れるはずじゃ」 「そうなればいいのですが。兵の移動はどうしますか」 「向こうはいつでも移動できる状態にしてある。もう少し、様子を見てからにしよう」 父とヒューガをウニタキの屋敷に残して、サハチたちはグスクに戻ると戦の準備を始めた。 その頃、 二十九日、 その日の朝、島尻大里を攻めていたシタルーの兵は、 島添大里グスクのある山裾で合流した東方の按司たちは、山を登ってグスクを包囲した。 島添大里グスクは北側と西側は険しい崖になっているので、総勢三百五十人の兵が南側から東側にかけて、石垣に沿ってグスクを囲んだ。サハチたち佐敷の兵は一番東の端で、 サハチは参加しなかったが、前回、島添大里グスクを攻めた時、城下の家はすべて焼き払われた。今回はグスクを攻め落とせば、自分たちの物となるので、城下を焼き払えと言う者はいなかった。 高い石垣に囲まれているグスクを攻めるのは難しかった。近づけば敵の弓矢でやられてしまう。 何の進展もなく、三日が過ぎた。 十二月に入ると急に寒くなってきた。グスクを攻めるよりも、 「今年はひどい台風が来て作物が全滅した。このグスクだって、 確かに糸数按司の言う通りだった。佐敷は今の所、何とか食いつないでいるが、 「どれだけの兵糧が蓄えてあるのか、それが問題じゃな」と父は言って坊主頭を撫でた。 最近、剃っていないので少し伸びていた。 「兵糧がなくなる前に、シタルーが糸数でも攻めてくれれば、みんな撤収して行くんじゃがのう。今のシタルーにそんな余裕はないじゃろうな」 「それでも、シタルーはここの兵糧がどれだけ持つのかは知っているはずです。ここが落ちる前に、何とかするとは思いますが」 「今の状況では何とも言えんな。今のシタルーには弟の事を心配する程の余裕はないじゃろう」 雨が降ったりやんだりの日々が続いていた。 サハチたちは小屋を立てて本陣とし、兵たちの小屋も立てて交替で休ませた。小屋の中で、サハチと父が絵地図を睨みながら、ここにいる東方の兵を本拠地に戻す方法はないものかと頭を抱えていた時、ウニタキがやって来た。 「中山王がやっと出て来た」とウニタキは言った。 「中部の按司たちの兵も率いて来た。シタルーの兵と合わせると、総勢一千近くにはなるな。島尻大里グスクは完全に包囲された。ここと同じ状況だ」 「とうとう出て来たか。シタルーにも少しは余裕が出て来たな。こうなると、ここが落ちる前に、糸数を攻めるかもしれんな」 サハチはそう言って、父を見た。 父はうなづいた。 「シタルーも弟の心配ができる状況になったな。中山王としても、島添大里グスクが落ちてしまうと浦添が危険になるから何としても守るはずじゃ」 いつの間にか、ヒューガとファイチが小屋に来ていた。 ヒューガは明国の武術に興味があるらしく、しきりにファイチから聞いていた。ファイチもヤマトゥの武術に興味があるようで、年齢は親子ほども違うのだが、二人は気が合うようだった。 「移動を始めますか」とヒューガが父に聞いた。 「うーむ」と父は唸った。 「難しい所じゃのう。移動するのはいいが、そのあとが問題じゃ。あまり長い間、出番がないと食糧に困るし、隠しておくのも大変じゃ。こういう時は、馬天ヌルに聞くのが一番じゃな。ちょっと聞いてくる」 そう言うと父は小屋から出て行った。 「わしも一緒に行くか」とヒューガか付いて行った。 「お願いします」とサハチは父の護衛をヒューガに頼んだ。 中山王の武寧がシタルーを助ける事に決めたのは、 十二月九日、 また 佐敷グスクで一泊して、ヒューガと一緒に戻って来た父は、「もう少し待てとのお告げじゃった」と馬天ヌルの言葉を伝えた。 「島添大里グスクには、二か月は耐えられる兵糧があるはずだと馬天ヌルは言うんじゃ」 「どうして、そんな事がわかるのです?」とサハチは父に聞いた。 父は首を傾げた。 「蔵の中が見えたのかもしれんな。佐敷ヌルにも聞いてみたが、兵の移動は来年になってからでも大丈夫だと言った」 「そうですか。二人がそう言うのなら、もう少し様子を見ますか」 それから四日が過ぎた十四日、中山王と共に出撃して来た中グスク按司と 「シタルーはなぜ、八重瀬を攻めたのでしょう?」とサハチは言った。 本陣の小屋にはサハチと父とクマヌがいた。 「八重瀬は簡単には落ちまい」とクマヌは言った。 「タブチは充分な兵糧を準備していたはずじゃ」 「この戦にタブチが勝つには、中山王とシタルーの兵を破らなくてはならんが、今の状況では難しい」と父は言った。 「米須按司、与座按司、具志頭按司、伊敷按司、真壁按司、玻名グスク按司の兵三百が、島尻大里を包囲している中山王とシタルーの兵に奇襲を掛けていますが、さほどの効果は出ていないようです」とウニタキが言った。 「シタルーが勝つには、島尻大里の兵糧が尽きるのをじっと待つか、何とかして、グスク内に誰かを潜入させて、グスク内を混乱させるかじゃな。八重瀬を攻めたのは、米須按司たちを八重瀬の救援に向かわせるためじゃないのか」と父が言った。 「八重瀬の守備兵はどれくらいだかわかるか」とクマヌがウニタキに聞いた。 「五十前後でしょう。城下の村の人たちが二百人ほどグスク内に避難しています。その中に、俺の配下の研ぎ師もいます」 「なに、八重瀬グスク内に配下の者がいるのか」と父は驚いた顔をしてウニタキに聞き返した。 「はい。腕のいい研ぎ師で、もう五年も前から城下に住んでいますので、タブチにも信用されています」 「うーむ。それは使えるかもしれんな」 次の日には、米須按司たちが豊見グスクを攻撃したとの知らせが届いた。お互いに本拠地を攻めて、相手を動揺させる作戦に出ていた。 十二月二十日、大グスクを攻撃していた知念按司が引き上げて来た。敵の夜襲にやられて、散々な目に遭ったという。 「大グスクの守将は 内原之子と聞いて、サハチは大グスクが落城した時、叔父の苗代大親と戦って敗れた武将を思い出した。糸数按司も思い出したらしく、「そいつは、わしの親父を殺した内原之子の倅か」と聞いた。 「多分、そうじゃろう」と知念按司はうなづいた。 「そうか。奴の倅なら 糸数按司はサハチを見て、「どうじゃ、大グスクを攻めてみんか」と言った。 「見事に攻め落とせば、大グスクはそなたのものじゃ」 サハチは少し考えてから、「やってみます」と答えた。 サハチは兵を率いて大グスクへと向かった。 久し振りにいい天気だった。 |
島尻大里グスク
島添大里グスク