沖縄の酔雲庵


国定忠次外伝・嗚呼美女六斬(ああびじょむざん)

井野酔雲

国定忠次外伝 嗚呼美女六斬 キンドル版


天保5年(1834年)、上州境宿で境小町といわれた美しい娘が行方知れずになります。娘の家族に頼まれて、百々一家の親分、国定忠次が捜索に乗り出しますが、娘は無残な姿になって発見されます。下手人は一体、何者なのか? 忠次の子分、保泉村の久次郎は浮世絵師の歌川貞利の力を借りて、下手人を追い詰めます。
「嗚呼美女六斬」というのは、バラバラ殺人事件を題材にして歌川貞利が売り出した艶本の題名です。




目次




第一部 美人例幣使道



1.高砂屋のお常

境宿の隣村、百々村の百々一家の表座敷では、お常の兄、小五郎が親分の忠次にお常を捜してくれと頼んでいた。日光例幣使街道、上州(群馬県)境宿の足袋屋『高砂屋』の娘、お常が昨日の昼頃、出掛けたきり、まだ帰って来ないという。

2.五月屋のお政 一晩中、降っていた雨も朝にはやみ、お天道さんが顔を出した。円蔵が思った通り、島村の伊三郎は張り切って、朝早くから十手を持って百々一家に乗り込んで来た。
3.浮世絵師、歌川貞利 川べりの眺めのいい所にあると思っていたのに、貞利の家は川から大分離れた桑畑の中にあった。門の脇に『五桑亭』と書いてあり、庭に芽を出したばかりの五本の桑の木が植えてあった。
4.中瀬のしんさん 驚いているお政に手を振ると、久次郎は飛び出して行った。一旦、百々村に帰って、手のあいている山王道の民五郎と新川の秀吉を連れ、長脇差を腰に差して平塚の渡し場へと向かった。
5.貞利の艶本 貞利の仕事は美人絵だけではない。わ印(笑い本)と呼ばれる艶本も毎年、正月に売り出して、そっちの評判もなかなかよかった。
6.百々一家 百々村に帰ると中瀬に潜入していた下植木村の浅次郎と鹿村の安次郎、島村に潜入していた茂呂村の茂八が待っていた。伊三郎の子分たちが大勢でお常を捜し回っているので、危険を感じて帰って来たという。
7.境宿の絹市

筵の間から、白い足の裏が覗いていた。そんな馬鹿な、と筵を開いてみると根元から切られた足が転がり出て来た。切り口には血の混ざった塩が固まり、半ば腐っているのか異臭を放っている。

8.野州無宿の馬吉 木崎宿にいた関東取締出役の吉田左五郎が道案内の吉十郎を連れて境宿にやって来た。お常の死体を検分し、町役人たちから事情を聞くと本陣に腰を落ち着けた。左五郎は事件の関係者を集めて話を聞いた後、死体の発見現場を見て回った。
9.嗚呼美女六斬 何と行っても飛ぶように売れたのは、店に出す事なく、隠れて売り出された艶本『嗚呼美女六斬』だった。『嗚呼美女六斬』は売り出される前から境の旦那衆の話題になって、予約が殺到して、その日のうちにほとんどが売れてしまうという版元も大喜びの有り様だった。




第二部 境七小町



1.湊屋のお八重 お常の三回忌も近い二月の二十二日、貞利の『当世玉村美人』に描かれた湊屋の飯盛女、お八重がバラバラ死体となって発見された。二年前のお常の事件そっくりに、バラバラになった両手両足、生首が宿場のあちこちで見つかった。
2.橘屋のお関 兄貴も先生の『美女六斬』は見たんべえ。あん中の残酷な絵は実際に姉ちゃんを責めて、それを手本したらしいぜ。あの本に出てる以外にも、先生は姉ちゃんを手本に何枚も残酷な絵を描いたらしい。伊三郎親分はそれを見ながら不気味に笑ってたそうだ。
3.井筒屋のおゆみ おゆみは時々、おりんの店に手伝いに来ていた。水商売が気性に合っているらしく、客扱いもうまく、七小町に選ばれる程の美人なので評判はよかった。おゆみ目当ての男たちが毎晩のようにやって来て、おゆみを口説いていた。
4.お北と伊三郎 不思議な光景だった。お北の悲鳴がだんだんとよがり声に変わってったんだ。苦痛が快感に変わってったんだよ。そんな話を江戸で聞いた事はあったが、目の当たりにするのは初めてだった。
5.三味線の師匠、お夢 お夢は去年、江戸から流れて来た芸人で、人形浄瑠璃の盛んな平塚に落ち着いて、娘や旦那衆に三味線を教えていた。年の頃は二十の半ば、江戸から来ただけあって婀娜っぽい粋な女だった。
6.お常の三回忌 忠次は円蔵を名代として長光寺に送り、自らは子分たちを指揮して宿場の出入り口を厳重に警固した。二年前の悲劇が再び起きないように、市に集まって来る者たちの荷物を一つ一つ厳しく改め、怪しい者は有無を言わさずに追い返した。
7.謎の女 三人は同時に手に持った荷物を目を背けるようにして、久次郎に見せた。それを見て、久次郎は声が出なかった。代わりに、お万が大声で悲鳴を上げた。荷物の中にはバラバラになった人間の死体が入っていた。
8.深谷のお美代 忠太の言った通り、なかなかの別嬪だ。これだけの器量よしで、二十歳を過ぎても嫁にも行かないというのは、確かに訳ありに違いない。
9.翁屋のお通 お通は七小町の中で一番年下の十六歳だった。京人形のような可愛い顔をして、熱心に人情本を見ていた。
10.おりんの居酒屋 おゆみは目を輝かせて、おりんから芝居の話を聞いていた。鹿安も興味深そうに聞いている。久次郎も酒をなめながら聞いていた。貞利が入って来たのは、おりんが『東海道四谷怪談』の話をしている時だった。
11.紅屋の仙太郎 久次郎と貞利は十日程前に来て、仙太郎に会っていた。その時は少しも怪しいとは思わなかった。子供たちに読み書きを教えている姿を見て、こいつは違うなと思い、通された部屋の中に難しい書物が積んであるのを見て、益々、こいつは違うと確信してしまった。まさか、その男が貞利の艶本をすべて持っていようとは思いもしなかった。
12.見知らぬ女 日も暮れ、大通りのあちこちに行灯が灯った。月は雲に隠れていたが風はなく静かな夜だった。六つ半頃、裏口を見張っていた宇之吉は見知らぬ女が仙太郎の家からこっそりと出て行くのを見て驚いた。




第三部 天女乃舞



1.国定一家 何事もなく例幣使の通過も終わった翌日、忠次は子分たちを田部井村に集めて、新築祝いを行なった。その日は生憎の雨降りだったが、縄張り内の旦那衆が大勢集まって来た。近所の女衆も手伝ってくれ、祭りさながらの賑やかさだった。忠次は田部井村の新しい家を本拠地とし、『百々一家』を『国定一家』に改めて、組織も再編成した。
2.お関の小指 久次郎がイライラしている、そんな時、ずぶ濡れになった鹿安が飛び込んで来た。
「兄貴、大変なんだ。おゆみが消えちまった」鹿安は蒼ざめた顔をして久次郎を見つめたが、久次郎の機嫌は悪かった。
3.江戸に行ったおゆみ おゆみがいなくなってから、おりんの店にはおゆみと関係のあった男たちが集まって、毎晩、おゆみの噂を肴に酒を飲んでいた。店内には鹿安が貞利からもらって来たおゆみの裸の絵が飾られ、男たちは懐かしそうにその絵を眺めながら酒を酌み交わした。
4.お通と孝吉 藤次が蔵の戸を開けると、むせ返るような異様な臭いが漂って来た。この前のカビ臭さとは全く違う臭いだった。藤次が持って来た提灯を久次郎に渡した。久次郎が提灯で蔵の中を照らすと、そこには地獄絵が再現されていた。
5.越後屋のお奈々 久次郎が境宿に帰ったのは、お通が殺されてから五日後の夕方だった。さすがに疲れ切っていた。早く保泉村の家に帰って熱い風呂に入って眠ってしまいたかった。丁切を抜けて町に入ると雨の中を傘もささずに越後屋のお奈々が駈け寄って来た。
6.お千香としんさん 脇道に入って桑畑の中を行くと、しばらくして竹薮に囲まれた大きな蔵があった。貞利は鍵を開け、重そうな戸を開けた。中は真っ暗で何も見えない。貞利が先に入り、やがて、明かりを付けるとお奈々も入った。「わあ、素敵」とお奈々が言った。








嗚呼美女六斬の創作ノート

1.登場人物一覧 2.境宿の図 3.「佐波伊勢崎史帖」より 4.「境町史」より 5.「境町織間本陣」より 6.岩鼻陣屋と関東取締出役 7.「江戸の犯罪と刑罰」より 8.「境町人物伝」より 9.国定一家 10.国定忠次の年表 11.日光の円蔵の略歴 12.島村の伊三郎の略歴 13.三ツ木の文蔵の略歴 14.保泉の久次郎の略歴 15.歌川貞利の略歴 16.歌川貞利の作品 17.艶本一覧




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